内田裕也の若い頃とは?破天荒と言われる伝説と画像がやばい!!

日本がまだ歌謡曲中心の頃、いち早くロックやロカビリーを取り入れ有名になった内田裕也。海外アーティストの来日に尽力するなど、裏方的な才能も発揮しました。そして現在は破天荒なロックローラーとして知られています。そんな内田裕也の過去を調べていきましょう!

内田裕也のデビューのきっかけは若い頃にあった?!

エルビスプレスリーに憧れて若い頃から音楽の道に進みたいと考えていたそうです。高校を中退していたので昼間はバンド活動をし、夜間は学校に通って勉強をしていました。しばらくして佐川満男と出会ったのがきっかけでロカビリーバンドを結成しました。

そこから我が道を進み始める

この頃の日本といえば歌謡曲が中心でしたが、内田裕也はプレスリーのカバーばかりやっていたそうです。事務所からは歌謡曲を歌ってほしいと言われていましたが、やらないと断っていました。その後、他のバンドにボーカルとして参加したり、テレビ番組に出演したりしていました。

そんな内田裕也は若い頃は女性に人気があった!

佐川満男とロカビリーバンドを結成した2年後には、自身がバンドマスターを務めるブルージーンバップスを結成します。ブルージーンバップスが流行したのがきっかけで、女性ファンが増えました。歌を歌うたび黄色い歓声があがっていました。

内田裕也は俳優としても活躍していた

音楽界だけではなく俳優としてでも活躍していました。1970年代後半から俳優でも活躍し始め、「嗚呼、女たちの猥歌」という作品では内田裕也のイメージをした歌手役を演じたことが話題になりました。

他には映画だと「花園の迷宮」「水のないプール」「座頭市」「戦場のメリークリスマス」に出演しています。ドラマだと「三匹の侍」「七人の刑事」などのヒット作品にも出演しています。若くて黒髪の内田裕也は新鮮ですね。

俳優だけでなく、脚本も

「コミック雑誌なんかいらない」「魚からダイオキシン」という作品の脚本を手がけ、内田裕也自身も映画に出演もし、かなり話題になりました。ロックミュージシャンで有名な内田裕也でしたが、たくさんの映画やドラマなどの作品に出演しているので、俳優としても評価は高かったのではないでしょうか。

内田裕也のプロフィール

  • 生年月日:1939年11月17日生まれの77歳
  • 出身地:兵庫県西宮市
  • 職業:ミュージシャン

白髪のロングヘアーがトレードマークの内田裕也は日本を代表するロックミュージシャンです。今はあまり活動されてないそうですが、全盛期の頃は座フラワーズのボーカルを務めていて女性にも人気がありました。

意外と真面目な学生時代

清教学園中学校に中学2年生の時に転校してきました。高校も清教学園に進学しています。学生生活は意外と真面目だったらしく、中学生時代は生徒会副会長を務めていました。スポーツにも熱心で中学生時代はラグビー、高校生時代は野球をやっていました。

所属事務所は渡辺プロダクション

若い頃は大手事務所の渡辺プロダクションに所属していました。破天荒で有名な内田裕也をコントロールするのはきっと大変だったことでしょう。現在は個人事務所の「内田裕也オフィス」で活動しています。

内田裕也の若い頃の画像は?

内田裕也といえば白髪でロングヘアーのイメージが強いので、若い頃はどうだったか想像がつきません。今と雰囲気は違うのでしょうか。俳優としても活躍していた若い頃の画像とともに見ていきましょう。

そっくり?!内田裕也の画像

日清食品のU.F.O.のCMでまさかのハゲワシとコラボレーションしました。きゃりーぱみゅぱみゅの「ファッションモンスター」で内田裕也とハゲワシが一生懸命踊っています。この仕事に対して内田裕也はロックとポップスの融合だと、喜んでいました。winkともコラボレーションしています。

内田裕也伝説!その1「ストーカー行為で逮捕」

2011年に当時交際していた女性に別れ話をされたことで女性を脅迫し、女性の自宅に侵入したことで逮捕されました。復縁を迫ろうと脅迫文をポストに投函したり、女性宅を自身の自宅と偽り勝手に鍵を交換して侵入しました。そういうことからストーカー行為とみなされ逮捕されましたが、起訴猶予処分で釈放されました。

他にも逮捕歴があった!

若い頃からやんちゃだった内田裕也はお酒を飲んで酔っ払った時、交番まで行って警察官に絡んだりしていました。ウドー音楽事務所に包丁を持って押し入り「外国人ばかりを使うな」と言って暴れ、銃刀法違反で逮捕されていました。

内田裕也伝説!その2「矢沢永吉をボコボコ?」

デビュー当初無名だったキャロルというバンドに所属していた矢沢永吉はプロデューサーが見つからず自分たちで探していました。その時に内田裕也に「自分を男にしてくれ」とプロデュースを依頼していました。しかしメンバー変更があったためプロデュースが流れました。

そのことに内田裕也が「冗談じゃない、お前らが頼んできたんだろ」と激怒したことから伝説が生まれました。矢沢永吉を焼き肉屋に呼び出して殴ってやろうと思っていました。しかし、矢沢永吉が土下座して謝ってきたので実際は殴っていません。

内田裕也伝説!その3「都知事出馬」

なぜ伝説になっているかというと、真面目の代名詞である政見放送で急に歌いだすなど異様な光景が動画サイトで拡散されているためです。突拍子もない公約を掲げたことでさらに話題になりました。内田裕也は当時のことを振り返って「ちょっと頭がおかしかったのかな」とコメントしています。

内田裕也伝説!その4「樹木希林との関係」

二人は夫婦生活を40年以上続けていますが一般の夫婦生活とは違い、とても不思議な関係です。なぜかというと結婚しているにも関わらず、ずっと別居状態なのです。実際に一緒に生活していたのは2年くらいだそうです。別居しているなら離婚してもいいような気はしますが、何かできない理由でもあるのかもしれません。

別居の理由は内田裕也のDV

内田裕也は怒ると暴力が止まらない性格だそうです。樹木希林が警察署に相談したらすぐに駆けつけてくれました。結婚当初は特にひどく、家の中はめちゃくちゃで包丁は何回も買いに行っていました。そのせいもあってお店の人に「なんでそんなに包丁が壊れるの?」と聞かれていました。

ただ離婚を認めないのは樹木希林のほうなのです。理由は内田裕也と出会ったことも縁、内田裕也を放っておけば周りに迷惑がかかるから樹木希林が最後の一線として一緒にいなければならないと言っていました。最大の理由は内田裕也という人間が好きだからだそうです。

内田裕也と樹木希林の間に娘がいる

二人の間の娘とは内田也哉子です。歌手・女優・エッセイストとして活躍しています。ニューヨークやパリといった海外で生活をしていたこともあって英語はペラペラです。そんな内田也哉子の夫は元シブがき隊のアイドルの本木雅弘です。本木雅弘は現在、俳優として大活躍しています。

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内田裕也の妻・樹木希林もすごい!家族の画像もあり!

女性問題だけでなく様々なスキャンダルに首を突っ込み生き抜いてきた内田裕也ですが、何かあるたび擁護してきたのは妻・樹木希林です。家庭内暴力などもありましたが、離婚することなく今に至るのはとてもすごいことだと思います。樹木希林がとてつもなく心の広い持ち主なのかもしれません。

ですが、二人で旅行に行ったり買い物に行ったりと仲良くしているそうです。ハワイでは二人で手をつないで街を歩いていたのを和田アキ子が目撃していたそうです。その光景を見て感動し、涙を流したとか。いろいろある二人ですが、今でも仲良くやっていけるのは樹木希林のおかげかもしれませんね。

樹木希林は女優としてもすごい

内田裕也の妻・樹木希林は日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を獲得したこともある名女優です。代表作には「ツナグ」や「あん」、「わが母の記」などたくさんの映画やドラマに出演しています。そんな樹木希林も全身がんと闘っています。

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若い頃も今も破天荒なロックンローラーで知られる内田裕也ですが、これからもずっとロックミュージシャン、俳優としてたくさん活躍してほしいです。樹木希林ともかぞくとも仲良く過ごしてほしいですね。