なぜまだ決まらない?村田修一の移籍先は?阪神電撃移籍か? エンタメ

なぜまだ決まらない?村田修一の移籍先は?阪神電撃移籍か?

プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグの栃木ゴールデンブレーブスで2018年7月末までの契約でプレイをしてきた村田修一選手ですが、今季いっぱいはブレーブスでプレイすると8月1日に記者会見を開きました。この村田修一選手の移籍騒動について調べてみました。

そろそろ契約満了!?村田修一の次の移籍先はどこ?阪神か?

現在はプロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグの栃木ゴールデンブレーブスというチームでプレイしています。栃木ゴールデンブレーブスとの契約が7月31日までだったことで、次の移籍先について阪神ではないか?と言われていましたが、今のところ阪神に移籍する話はないようです。

7月31日までにプロ野球球団からのオファーがなく新たな移籍先が決まらない事から、プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグの今シーズンはこのまま栃木ゴールデンブレーブスでプレイするとのことです。

なぜ決まらない!?移籍先が決まらない理由は素行に難あり?

村田修一選手の移籍先が決まらない理由の一つとして村田修一選手の成績ではなく、性格や素行に問題があるという噂があるようです。村田修一選手の成績の低下というよりも『人格に問題アリ』としてどこも引き取り手がなく移籍先が決まらない理由となっているようです。

村田修一の移籍先は!?なぜ阪神に移籍という話があったの?

未だに移籍先が決まらない村田修一選手ですが、一時期阪神に電撃移籍をするのではないか?と噂があったようですが、何故そんな噂が出たのかが気になります。噂では阪神が獲得した新外国人が期待外れだった事から代わりに村田修一選手が移籍してくると噂されていたようです。

村田修一のプロフィール

  • 名前:村田 修一(むらた しゅういち)
  • 生年月日:1980年12月28日
  • 出身:福岡県糟屋郡篠栗町
  • 身長:177cm
  • 体重:92kg
  • 投球・打席:右投右打
  • ポジション:三塁手、一塁手、二塁手
  • 所属球団:プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグ栃木ゴールデンブレーブス(契約は7月末までですが、今シーズン最後まで続ける事を発表済)

村田修一の経歴①

  • 小学校時代は軟式野球チーム「勢門ベアーズ」に所属していました。
  • 学校時代は粕屋町のボーイズリーグ「粕屋フェニックス」に所属していました。
  • 東福岡高校時代は投手として3年の春夏に甲子園出場を果たしています。
  • 春のセンバツでは横浜高校の松坂大輔と投げ合って三回戦敗退してしまいます。
  • 夏の甲子園は古木克明を擁する豊田大谷高校に敗れて初戦敗退してしまいます。
  • 高校通算30本本塁打を達成しています。
  • 第3回AAAアジア野球選手権大会では日本代表に選ばれ、最優秀防御率(0.00)を記録し優勝に貢献しました。
  • 日本大学経済学部[4]進学後、硬式野球部に入部。
  • 大学在学中に「松坂大輔世代」だったために投手としては松坂大輔投手には勝てないと判断して投手から野手へ転向しました。
  • 大学時代は3年秋に、1シーズン8本塁打を記録し、通算20本塁打(歴代2位タイ)を打っています。
  • 大学リーグ通算104試合出場、374打数103安打打率.275、20本塁打、70打点、ベストナイン4回を記録しています。
  • 2002年のドラフト会議にて横浜ベイスターズに自由獲得枠で入団が決まりました。

村田修一の経歴②

  • 2003年横浜ベイスターズに入団します。
  • 2003年6月まで二塁でしたが、シーズン下半期は三塁手のレギュラーに定着しました。
  • 9月28日に明治神宮野球場で行われたヤクルトスワローズ戦で右手尺骨を骨折してしまいシーズンを終えました。
  • 2004年5番・三塁手で開幕スタメンの座を掴みましたが、種田仁選手、内川聖一選手らとの併用状態だったようです。
  • 2004年12月8日に入籍。
  • 2005年不振が続き打順が9番となってしまいました。
  • 2006年シーズン終了後の日米野球では日本選抜に選ばれました。
  • 2007年は全試合に「4番・三塁手」でスタメン出場しました。同年初タイトルとな本塁打王を獲得しました。
  • アジア野球選手権大会に日本代表として出場しました。
  • 2008年前年に引き続き開幕から4番・三塁手で出場します。同年北京オリンピック野球日本代表に選出されました。
  • 2009年からは横浜ベイスターズの選手会長を務めました。同年WBC日本代表に選出されました。
  • 2010年全試合に4番で出場します。国内FA権を取得しましたが残留しました。
  • 2011年主将に就任しました。12月8日に読売ジャイアンツへの移籍を発表しました。

村田修一の経歴③

  • 2012年5月1日読売ジャイアンツ第76代4番打者に就きます。自身2度目のベストナインを獲得しました。
  • 2013年自身初めて三塁手部門でゴールデングラブ賞を受賞しました。
  • 2014年2年連続となる三塁手部門でゴールデングラブ賞を受賞しました。
  • 2015年右肘関節炎で2度の登録抹消も経験するなど苦しいシーズンとなりました。
  • 2016年2年ぶり3度目のゴールデングラブ賞を獲得しました。3年ぶり4度目のベストナインにも選出されました。
  • 2017年自身2度目となるFA権を取得しましたが、10月13日戦力外通告を受けました。

村田修一の経歴④

  • 2018年シーズンからプロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグ栃木ゴールデンブレーブスに7月末までの契約として入団しました。
  • 背番号はNPB所属時代と変わらず「25」を引き続き着用していました。
  • 7月末までのNPB復帰を目指す方針でした。
  • プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグの公式戦には4月7日の開幕戦から出場していましたが右足ふともも裏を負傷し4月中旬から約2週間欠場してしまいました。
  • プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグ栃木ゴールデンブレーブスの契約期限である7月31日までに残念ながらNPB球団からの声はかかりませんでした。

村田修一の決断!!

プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグ栃木ゴールデンブレーブスでプレイを続けてきた村田修一選手は8月1日に記者会見を開き、7月31日までにNPB球団からのオファーがなかったことを受けてけじめとして今季いっぱいはブレーブスでプレイすると決断したようです。

記者会見の中で来季の現役続行については村田修一選手は「来年も現役としてユニホームを着続けることは考える事は難しい」と判断しつつも、8月1日現在まだシーズン途中と言うことで「その二文字『引退』は言いたくない」と明言は避けたようです。

阪神電撃移籍に期待!なぜ村田修一の移籍先は決まらない?まとめ

プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグの栃木ゴールデンブレーブスへの今季残りシーズン残留を決めた村田修一選手。阪神に移籍の噂もあったようですが、現実は厳しいようでまだ移籍先が決まりません。今期はどうなることかわかりませんが、阪神への電撃移籍があることを期待しましょう!

プロ野球独立リーグベースボールチャレンジリーグでも6月月間MVP野手部門を受賞する等、まだまだ好成績をみせる村田修一選手なだけに、来季も元気な姿でプレイするユニフォーム姿を見たいですね。