武勇伝?トラブル?プロレス界の伝説・前田日明の逸話まとめ エンタメ

武勇伝?トラブル?プロレス界の伝説・前田日明の逸話まとめ

今や日本プロレス界の伝説として語り継がれる前田日明さん。このページでは前田日明さんのたくさんある武勇伝の内いくつかをまとめてみました。これをご覧になれば、伝説とされた前田さんの生き様や人柄がわかる筈です。彼はどのような人物なのでしょうか見ていきましょう。

プロレス界のカリスマ・前田日明伝説!それは武勇伝かトラブルか

元プロレスラーで実業家の前田日明さんをご存知でしょうか。プロレス界に格闘技を取り入れ、日本のプロレス界において大きな発展をもたらしたカリスマ的存在です。現役時代でも数多くの試合を重ねていきました。そんな前田さんですが、トラブルが多い、怖いなど、リング外の有名な逸話や噂が何かと多い人物です。

言い換えれば、それは「伝説」や「武勇伝」とも呼ばれています。その武勇伝とは一体どのようなものなのでしょうか。そしてささやかれている噂は本当なのでしょうか。ここでは、かつて若かりし頃の前田日明さんが功績と共に残してきた伝説または武勇伝とされる逸話を紹介していきたいと思います。

身長は2m弱!前田日明のプロフィール

まず伝説のプロレスラー・前田日明のことについて知ろう

  • 名前:前田 日明(まえだ あきら)
  • 生年月日:1959年1月24日
  • 出身地:大阪府大阪市
  • 身長:191㎝

元プロレスラーであり実業家。新日本プロレス、UWF、リングスで活躍しました。プロレスに格闘技を取り入れ、現在の日本のプロレス界の基盤を作り上げた人物として知られています。現役を引退した現在もテレビの出演や著書の出版など、芸能界やプロレス界での活動を続けています。

「脱力タイムズ」で前田日明本人が明かした、二つの武勇伝

それではまず、最近話題になった武勇伝からご紹介致しましょう。放送規制音が何度もかけられるほどの過激な内容にスタジオが騒然となり、芸能ニュースとして当時ネットにも取り上げられていました。

2017年6月9日に放送されたバラエティー番組「脱力タイムズ」に出演された前田日明さん。オリラジの藤森慎吾さんからネタを振られた前田さんはガチな武勇伝を二つ明かしてスタジオが騒然となったことで話題になったのは記憶に新しいという方もいらっしゃるかもしれません。

前田日明の武勇伝その1・高校時代にバッチを取った?

それは番組の終盤、オリエンタルラジオの藤森慎吾さんが持ちネタ「武勇伝」を披露することになった場面に始まりました。ネタを振られた前田日明さんは「高校時代、空手の路上教習と称して、○○○からバッチを取りました」とガチな武勇伝を明かしました。しかも重要部分は銃声の規制音で聞こえないようになっていました。

実際、前田さんは少年時代の頃から習っていた空手の初段を取った際、とある先輩から路上教習として外で様々な人と喧嘩をやらされたという逸話が武勇伝として存在します。どのような立場の人からバッチを取ったのでしょうか…。それにしてもテレビ番組でそのような話題を堂々と発言する前田さん、大物さがにじみ出ていますね。

前田日明の武勇伝その2・トラブルか? 代官山で誰かシバいた

いきなりガチな武勇伝に、流石に「ダメダメ…」と顔を曇らせるオリラジの藤森さん。それをよそに前田日明さんは「まだあるよ?」と続けて「えー、代官山鎗ヶ崎交差点で深夜2時。交差点を占拠している○○○をシバきました」とまたしても規制音付きのガチエピソードが。その規制音の下に何を語られたのか、この発言にスタジオはますます騒然。

その中で藤森慎吾さんは「ダメだよー!」と叫んで前田日明さんの前に座り、「前田さんは、僕らのネタを勘違いされてる…!」と他の出演者らの爆笑を誘うという方法でその場を切り抜けました。放送規制がかかるあたり過激さが伺えますが、前田日明さんの生き方が表れているエピソードと言えるのかもしれません。

前田日明の伝説・赤井英和とトラブルを起こして喧嘩した?

実はこの噂はデマ!?

現在のプロレスの基盤を作った前田日明さん。先述でご紹介した通り、若い頃は喧嘩を繰り返し、出身地の大阪では有名な不良だったそうです。同じ頃、同じく大阪で名が通った不良で、後にそちらもプロレスラーとなる赤井英和さん。芸能界で1番喧嘩が強い人物としてあげられる筆頭候補の一人とされています。

お二人に面識はなく、偶然電車内で出会ってそこでトラブルとなって喧嘩に発展した、という有名なエピソードが存在します。ですが、後にご本人らからそのような事実はないという証言が挙げられ、現在はまったくのデマという結論が出ているようです。格闘技の著書で前田日明さんと赤井英和さんの話題が挙げられ、広まってしまったようですね。

まだまだある!前田日明の武勇伝

現役時代にもリング外で多くの伝説が!

前田さんの武勇伝はまだまだあります。ここからは主に現役時代、UWFやリングスといった団体に所属してプロレス界で数々の功績をあげ続けていた頃に起こったものを中心とした武勇伝をご紹介します。

試合で多くの勝利を重ね、日本のプロレス界に大きな革命と影響をもたらしたカリスマ前田さん。彼はリングの外でどのような考え方の下でどのように動いていたのでしょうか。よろしければ是非ご覧ください。

前田日明の武勇伝その3:長州力に顔面蹴りをして解雇される

タッグマッチの試合の際、対戦相手の長州力さんの顔面に流血するほどの蹴りを入れ、全治一か月のけがをさせて当時入っていた団体・UWF(ユニバーサル・レスリング・フェデレーション)から解雇されたという話もあります。試合の前から長州力さんとの間にはとある因縁があり、その不満が試合中に現れてしまったのです。

お二人はプロレスの考え方も違っていたようです。前田さんは「プロレスとは戦い」。試合でも真剣勝負が必要という意見をお持ちです。事実、実戦に近い前田さんのファイトスタイルは人気でした。一方長州力さんは、前田さんに「俺たちの世界に入ってくるな」と述べています。因縁のあったお二人ですが、現在は良好な仲のようです。

前田日明の武勇伝その4:坂田亘選手をフルボッコにした

試合を楽しみにしていたファンの前で不甲斐ない試合をした坂田亘選手を椅子で殴りボコボコにした、というのもかなり有名な逸話です。前田さんのプロレスを盛り上げたいという気持ちが表れた武勇伝と言えるでしょう。

背景は坂田選手は前から消極的な試合を続けており、前田さんを怒らせていました。次の試合もまた同じことをしたらシメる、と前田さんは念を押していたのですが、坂田選手は再び不甲斐ない試合を繰り返し、その上控室の椅子に座ってふんぞり返っていたのです。その態度にとうとう激怒した前田さんは坂田選手を椅子で殴って制裁を加えたのでした。

前田日明の武勇伝その5:格闘技雑誌の編集長を恫喝する

これは前田日明さんが総合格闘技団体「リングス」に所属していた頃の特に有名なお話です。当時、「フルコンタクトKARATE」という格闘技の雑誌が発行されていましたが、この雑誌の編集長がリングスは八百長だと批判したのです。

これに前田日明さんは激怒。その編集長を連れ出しては恫喝してビビらせました。プロレスを格闘技として発展させようと尽力した前田日明さんにとって、自分の所属している団体が八百長だといわれることは到底許せないことだったのでしょう。

前田日明の武勇伝その6:在日米軍をノックアウトさせる

前田日明さんが六本木で愛車のベンツを駐車していたところ、近くで車のボンネットに座っていた在日米軍数人が前田さんに対して舐めた態度をとってきたそうです。普通なら怖くて何もできないと思われますが…前田さんは違いました。

これに怒った前田日明さん。なんと彼らにハイキックをかまして相手をノックアウトさせたのです。余りの迫力に残った一人は対戦を拒否しました。そして最後に「日本人を舐めるなよ!」と怒鳴ったそうです。

【まとめ】武勇伝から見る伝説のプロレスラーの人柄

ここまで前田日明さんの武勇伝をいくつかご紹介致しました。前田日明さんには他にもここではすべて語りつくせないほどの多くのエピソードや武勇伝が存在しています。多大な影響と功績を残している一方、10代のころから喧嘩に明け暮れ、今でも危険で怖いイメージがあり、批判もある前田さん。

しかし、どの逸話からもプロレスへの情熱やまじめな性格、生き様を感じ取ることができます。だからこそ、彼は伝説と呼ばれ続けたり、現役を引退した今でもテレビに出演したりと何かと注目されている人物なのでしょう。今後の動向も注目ですね。