西郷輝彦さんが癌!?現在の病気の状態と看病する妻は? エンタメ

西郷輝彦さんが癌!?現在の病気の状態と看病する妻は?

名俳優の西郷輝彦さんが2011年、前立腺癌の病気に罹り前立腺を全摘出しました。しかし6年が過ぎた2017年、西郷輝彦さんの妻と共に再発の公表を行いました。2020年現在、西郷輝彦さんは役者として復帰活躍されていますが、気になる癌の現状を調べてみました。

目次

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西郷輝彦さんが病気!癌になった当時は?

歌手で俳優の西郷輝彦さんは2011年、体調不良があり検査入院していました。当時は「周囲に迷惑と心配をかける」との事で公表していませんでした。

西郷輝彦さんの意向で事務所関係者にでさえ伝えていなかったとの事。ですから私たち世間一般の民間人が、それを知る由もありませんでした。

妻も悲痛!!西郷輝彦さんが病気の癌再発を公表

2011年に検査入院とされていますが、実はこの時に前立腺を全摘出したのでは?との声もあります。看病した妻の談話などは、ほとんどないようです。

6年が経過した2017年の癌再発の際は、マスコミ各社へファックスで「6年前になりますが、前立腺癌と診断され・・・」と今回、癌が再発した事を報告しました。

前立腺癌の初期症状とは?

そもそも前立腺癌って何?って方もいらっしゃるかもしれませんので、簡単に解説しておきましょう。前立腺癌とは前立腺の外線の、線上皮から発生する率が高い癌です。

初期には全くと言ってよいほど自覚症状はないようです。癌が進行すると尿道が圧迫され、排尿困難、頻尿、残尿感、夜間の頻尿などの症状がでます。

前立腺癌が進行すると?

前立腺癌が尿道や膀胱に広がると排尿痛、尿漏れ、血尿の症状があらわれ、更に癌が進行すると尿が出なくなったり、精嚢腺(せいのうせん)に広がると精液が赤くなるようです。

リンパ筋の転移では下肢のむくみ、脊椎、骨盤骨に転移では体の激痛や下半身麻痺の症状があります。

現在、癌は全摘出すれば完治するのでは?

ひと昔前では癌になってしまうと、もう死んだも当然と思われるほど、不治の病と言われていました。しかし現代では癌は早期発見では部位にもよりますが、ほとんど治ると言われています。

しかし稀に、癌を全摘出したにも関わらず、再発してしまう場合もあるそうです。

西郷輝彦さんの妻もショック!癌再発の原因とは?

西郷輝彦さんは、前立腺癌を根治するために全摘出手術をおこなったのにも関わらず、再発してしまいました。

5年再発しないと「寛解」と言われ、ほぼ根治とみなす癌ですが、再発の原因は手術や放射線治療でも、目に見えない小さな癌細胞が残っていることに起因することが多いようです。

そしてその残存した癌細胞が、時を経て再度成長していったのではないか、と言われているそうです。

現在の西郷輝彦さんの癌ステージは?

西郷輝彦さんの前立腺癌は全摘出手術をして6年経過しているので、完治したと思われますが、今回のケースは人間の目ではわかりにくい状態でした。

なおかつ放射線が届きにくい場所に、小さな癌細胞が残っていたのが再発した可能性が高いとの事です。転移ではなく、今回も早期発見できたようで、早い段階で治療を再開したようです。

癌再発で仕事にも支障が?

西郷輝彦さんの癌再発は、早い段階で見つかって幸いだったようです。しかし2018年3月の、博多座での舞台出演予定であった「舞子(まいこ)はレディ」は、治療に専念するため降板しました。

西郷輝彦さんにとっては悔しい気持ちがあるかと思いますが、やはり「命優先」は当然のことです。

病気が再発した西郷輝彦さんの心境

癌が再発してしまった西郷輝彦さんは、ファンの方々へこう語っていました。

「1日も早く皆さまの前に、完全復活した姿で、歌と芝居のパフォーマンスをご披露できるよう、心して病と向き合う所存でございます。」と。

再発にも関わらず、明るく前向きにコメントを発表しています。西郷輝彦さん自身のツイッターも元気に更新していました。

西郷輝彦は癌再発の公表後にも精力的にテレビ出演していた!

西郷輝彦さんは、癌の再発を受けその治療に専念するため、翌春の舞台出演は断っていました。しかし驚いたことに、再発の発表から間もない時期に、考えられないようなオファーを快諾していたのです。

治療直後と推測される2017年大晦日にまさかの「ガキ使」オファー快諾?

その番組とは近年の大晦日では定番となった通称「ガキ使」でした。ダウンタウンを含む6人の芸人が織り成す「ガキの使いやあらへんで!絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時」です。

番組では毎年、ありえないオファーとして、芸能界の重鎮大御所にとんでもない汚れをさせることで知られます。西郷輝彦さんは「ふなっしー」の着ぐるみで、振り切った登場をしていました。

西郷輝彦はノリノリで、「輝彦なっしー!」「舟木も橋もこんな仕事は絶対に受けないなっしー」などと絶叫。ダウンタウン浜田雅功が、「なにをさしてんねん」とたまらずツッコミを入れるシーンも見られました。わずか1カ月前にガンが再発したことを発表したばかりだっただけに、西郷輝彦の振り切れた姿に驚いた方も多かったのではないでしょうか。

(引用:斜め上からこんにちわ)

西郷さんの公式ツイッターでは、この12月上旬に自宅へ帰った呟きがありましたから、その短い合間を縫って撮影に応じたことが推測されますが、これほどのサプライズもそうそうありません。

2018年6月には娘の辺見えみりと「ダウンタウンなう」で初共演?

バラエティ出演では、娘である辺見えみりさんと「ダウンタウンなう」で、初めての親子共演をしました。初共演とは意外でしたが、その理由は「嫌だった」からとフランクに話すムードでした。

まだ幼かった頃に西郷輝彦さんは、当時の妻・辺見マリさんと離婚しています。辺見えみりさんにしてみると、多感な時期に離れ離れだったことで、色々誤解もあったようです。

番組で明かされた父親エピソードに、えみりさんが涙ぐむシーンもあったようです。

2019年7月ドラマ「ノーサイドゲーム」に出演

2018年の一時期には、西郷輝彦さんは癌治療の副作用から髪をスキンヘッドにしたとの噂もありました。しかしドラマ「ノーサイドゲーム」では、ロマンスグレイのきれいな髪で出演しています。

本作は社会人ラグビーチームを巡るストーリーの中、その社長役を堂々たる威厳と親しみやすさで演じていました。70代に入り、演技には重厚さと円熟味があると好評でした。

癌と向き合う気持ちが大切!

誰しも「癌」と診断されただけでも目の前が真っ暗になり、周囲の音や声も聞こえなくなってしまう位にショックを受ける事でしょう。

しかし、現在、日本人の2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死亡してしまうというデーターを、国立がん研究センターが発表しています。

他人事ではない確率がデーターとして出ているのです。

癌は防げるの?

現在、癌はこのような高い確率で、誰しもが罹患する病気の1つです。「いつか癌になるかもしれない」と不安ばかり思っていては、身体が目にみえないストレスを受け、余計に悪影響です。

まず一番大切なのは、毎年癌検診を必ず受診する事です。もし癌が見つかったとしても、早期発見なら高い確率で根治できます。

癌を予防する!

そして「自分がもし癌と診断されたら」と少しの心構えも必要かもしれません。癌検診を受診するのは、「癌になっていないか見つける」事です。

日々の生活習慣の見直しが一番大切だと思います。強い免疫力をつける為に適度な運動、睡眠、食事、過度なストレスを避けること。ストレスは本当に健康に危害を加えます。

癌の治療は日々研究されている

昔に比べると、癌の早期発見も可能になり、そして癌の早期発見の段階だと根治する可能性は、部位にも拠りますが9割近くになるとの事。

もしも癌のステージが高い場合でも、高額な費用は要しますがトモセラピーという放射線治療の道もあります。近い将来には「癌は怖くない病」になっている事に期待できるかもしれません。

西郷輝彦さんのプロフィール

  • 本名 今川盛揮(いまがわ せいき)
  • 生年月日 1947年2月5日
  • 出身地 鹿児島県鹿児島市
  • 身長 176cm
  • 血液型 A型
  • 子ども 辺見鑑考・辺見えみり・今川宇宙
  • 職業 俳優、歌手、作家(ペンネーム我修院建吾)

身体を動かすのが好きだったそうで、鹿児島県から東京へ上京するまでは、野球やテニスなどさまざまなスポーツをしていたそうです。

芸術面でも幼少期から剣舞や絵画を習っていたり、お兄さんの影響でジャズを聴き、将来は音楽方面に進みたいと思っていたそうです。

西郷輝彦さんの輝かしい経歴!

  • 1964年 レコード「君だけを」でデビュー(60万枚のセールス)
  • 1964年 レコード「十七才のこの胸に」大ヒット
  • 1964年 第6回日本レコード大賞新人賞受賞

当時の西郷輝彦さんのキャッチフレーズは「太陽の王子」だったそうです。当時にしては高身長で彫の深い顔付き、イケメン王子そのものだったでしょう。

1965年に鹿児島で行われた帰郷ショーで観客が入口に殺到しすぎて、観客13名が負傷、警官1名が死亡という事故まで起こってしまったようです。

西郷輝彦さんのマルチな才能!

geralt / Pixabay

西郷輝彦さんは、歌手として俳優としてともに大成功を収めた方です。しかしその2つに留まることなく、その他にもマルチな才能を各方面で開花させています。

西郷輝彦さんのマルチな才能:その①

1964年の歌手デビューで成功している西郷輝彦さんですが、日本レコード大賞新人賞を受賞した曲と同名の映画「十七才のこの胸に」にてスクリーンデビューも果たしています。

華やかな裏では所属していた事務所が解散し、当時のマネージャー、クラウンレコード、太平洋テレビ等と共同出資会社の社長も兼業していたようです。

西郷輝彦さんのマルチな才能:その②

西郷輝彦さんは歌手、俳優以外にも大活躍されています。それは「文筆業」という文化人的側面と、歌うだけではなく作詞作曲もできるといった広範囲のものです。

ペンネームを使いわけ、当時人気の「明星」という雑誌の連載小説の執筆活動、またご自身の曲である「傷だらけの天使」の作詞作曲を担当したりと、マルチに才能を開花されていました。

再発後の西郷輝彦さんと妻の現在

西郷輝彦さんは、癌治療後6年間は予後が非常に良好で、愛妻と共に何事もなく過ごされていました。再発の不安は薄らいで、幸せな日々が続いていたことでしょう。

そんな中での今回の癌再発は、西郷輝彦さんも妻もご家族全体にとって、とてもつらい事だったかと思われます。しかしその不屈の精神で、今度も必ず治るという信念があるようです。

2020年現在で73歳と、俳優としては円熟味を増した演技が素敵な、西郷輝彦さんの今後に大いに期待していきましょう。