武藤敬司 膝の人工関節手術を決断!車椅子生活の噂?原因と復帰は? エンタメ

武藤敬司 膝の人工関節手術を決断!車椅子生活の噂?原因と復帰は?

神無月さんのモノマネでもおなじみのプロレスラー武藤敬司さん、プロレス界のレジェンドとして第一線で活躍してきましたが、両膝に人工関節を埋め込む手術を行い、リハビリ生活を送っているそうです。今の状況や復帰はできるのか、調べてみました。

武藤敬司 膝に人工関節を埋め込む手術を決断!

武藤敬司さんは50歳を過ぎてもなお第一線でファンからの指示を集めるプロレスラーですが、その競技生活の中で両膝を故障。歩くだけでも苦痛を伴い悩まされていたようです。これまでも人工膝関節の手術を考えたことがあったそうですが、医者から手術をしたらプロレスを引退するよう告げられていて決断できなかったそうです。

しかし、2017年に人工関節を入れてもプロレスが続けられるという名医に出会いました。その医師は過去にもNBAバスケットボール選手や、スキー選手に人工膝関節を入れる手術を行い、競技に復帰できるほどまで回復させた実績があったそうです。そして2018年3月30日に両膝の人工関節の埋め込み手術を行ったことを発表しました。

武藤敬司 人工関節の埋め込みってどんな手術?

武藤敬司さんが受けた人工関節手術とはどんなものなのでしょうか。膝の手術には部分的に行うものもありますが、武藤敬司さんが受けた手術は全人工膝関節置換術(Total Knee Arthroplasty)と呼ばれるもので、日本国内でも年間6万件以上も行われています。

TKAは傷んで変形した膝の関節を、金属・セラミック・ポリエチレンなどでできた人工関節に入れ替える手術で、通常であれば1~2時間程度で終了します。術後6週間以内には杖を使用した歩行が可能になります。
経過が良好であれば、入院機関は約一ヶ月程度になるようです。武藤敬司さんのブログでも術後ベッドでの姿やリハビリの様子をアップしていますが、両足ともというのは大手術だったことがうかがえます。

武藤敬司 手術の理由!膝は限界で車椅子生活だった?

武藤敬司さんの体は、長年のプロレスラー人生で、すでに慢心創痍の状態だったようです。武藤敬司さんの競技歴はすでに50年を超え、手術も数々受けてきました。特に、右膝の状態は最悪で4回も手術を行ってきたそうです。

武藤敬司さんの膝はすでに変形をしており、日常的な歩行にも苦痛があるほどで移動には車椅子を使用する必要があったほどだったそうです。それでもファンのためリング上ではそんな姿を見せず対戦を繰り返してきました。

武藤敬司 故障の原因は?膝を酷使するスタイルが影響?

武藤敬司さんが膝を故障した理由はなんでしょうか?プロレスラーは、当然のようにケガが多いイメージですが、武藤さんの場合、特に膝を酷使するプレイスタイルだったことが原因のようです。アメリカ遠征していた24歳のころにはすでに右膝の半月板除去手術を行っていたことが知られています。

武藤敬司 代名詞!得意技ムーンサルト・プレスとは?

武藤敬司さんの得意技とされているのが、『ムーンサルト・プレス』という技です。『月面水爆』とも呼ばれる武藤さんが1984年のデビュー時から取り入れていた代名詞とも言える大技ですが、膝に非常に負担をかけるようです。

ムーンサルト・プレスがどんな技かというと、トップロープ上にリングに背を向けて登り、後方に270度宙返りしながら、対戦相手の上に腹部から落下する技です。空中技の中でも派手で見栄えがいいことから使用する選手が多いですが、特に武藤敬司さんのムーンサルト・プレスは勢いがあり、宙返りの距離が長いことで人気がありました。

ムーンサルト・プレスが膝に負担が大きい理由は2つあるようです。一つはリングのロープという非常に不安定な場所を踏み台にすることです。これは膝の本来の可動域に反しているため、膝の半月板を損傷しやすくなります。
そして2つ目の理由は、リングにうつ伏せで落下するという性質上、成功しても失敗しても膝を強くリングに叩きつけられてしまうのです。同じくムーンサルト・プレスを使用していたビッグバン・レイダーというレスラーも人工関節を埋め込む手術を受けています。

武藤敬司 人工関節手術後の様子は?成功?

人工関節を入れる手術は約3時間におよぶものになりました。膝付近に砕けた骨が予想以上に多くあったため、当初予定していた時間を大幅に超える手術となってしまったようです。関係者によると無事成功したとの報告がされています。

術後の経過も良好のようで、3週間程度の入院後、退院。リハビリを行っていました。しかし、長年苦しめられていた分、膝の調子が良くなったことに気を良くしてしまいスクワットをしすぎ、人工関節にヒビが入ってしまい、一旦リハビリを休止。年内の復帰はできず、1年後を目標にしているようです。

武藤敬司 手術の後遺症は残る?復帰はいつ?

手術後も歩行のリハビリを行っている武藤敬司さんですが、以前のような活躍を見せてくれることはできるのでしょうか?一般的な人工関節手術では、日常的な生活にほぼ戻ることが可能なようです。しかし、プロレスラーという職業上、動きも激しくなり注意が必要でしょう。

特に武藤敬司さんの得意技『ムーンサルト・プレス』はリング復帰後も禁止されているそうです。2018年3月14日に後楽園ホールで行われた『WRESTLE-1』で最後の見られる『ムーンサルト・プレス』を披露しファンを熱狂させました。なお3月25日には両国国技館で行われたDDTでグレート・ムタとしても同技を繰り出しています。

武藤敬司 デビューはいつ?これまでの活躍は?

  • 生年月日 1962年12月23日(55歳)
  • 出身 山梨県富士吉田市
  • 身長 188cm
  • 体重 110kg
  • プロレスデビュー 1984年10月5日(当時21歳)
  • 得意技 ムーンサルト・プレス、シャイニング・ウィザード、フライング・エルボー

武藤敬司さんといえば、1990年代から2000年代に蝶野正洋さん・橋本真也さんと『闘魂三銃士』というユニットの一人としても知られています。プロレス界ではシンボル的な活躍をし続け、テクニック・スピード・センスを兼ね備えプロレスファンの指示を集め続けています。

1984年、新日本プロレスの選手が通っていた接骨院に勤務していたことを期に紹介され21歳で入門。その後、海外修行を経てブレイクを果たします。特にNWAでは武藤敬司さんの化身とされるグレート・ムタがヒールとして米国内でも絶大な人気を得ました。

2001年には三冠ヘビー級王座、IWGPタッグ王座、世界タッグ王座の合計6冠の王者という、史上初の快挙を達成します。団体の移籍や、故障による長期離脱などを経て、2013年7月に新団体WRESTLE-1を旗揚げ、自身も運営会社GEN―スポーツエンターテインメントの代表取締役会長を務めています。

武藤敬司 モノマネでも人気のあのポーズは?

プロレスファンではない人にも、武藤敬司さんの知名度は高いですがなぜでしょう?。特に独特のポーズは誰もが見たことがあると思います。ものまねタレントの神無月さんを始め、プロレス好きの芸能人がテレビ等で披露していてそこから武藤敬司さんを知ったという人も多いでしょう。

実はあのポーズには『プロレスLOVEポーズ』という名前があるのです。両手を影絵の犬の形にし「イーヤァッ」の声とともに両腕をあげるというものですが、それは「プロレスに対する強い愛」そのものを込めていると言われ、ファンにも強く浸透しているのです。

武藤敬司 膝の人工関節手術 まとめ

プロレス界で数々の功績を残し、レジェンドとしてなお現役の続行を目指している武藤敬司さん。年内の復帰は断念し、来年2019年にリングに戻ることを目標にしているようです。国内だけでなく、海外のファンも多く、その復帰が待ち望まれています。近年、女性を中心にファンを増やしているプロレス界ですので、今後も注目がされそうですね。