つんくさんの癌によって失われた声は?現在のつんくの画像!

つんくさんは歌手ですが、音楽プロデューサーの顔が強いようです。モーニング娘をはじめとするハロプロ、歌手に楽曲を提供してきました。そんな中、とても大事なものを奪われてしまったつんくさんについて、現在の病気の状態、声はどうなっているか調べてみたいと思います。

つんくさんの現在は声は?

つんくさんの声は、手術してから最初はまったく声はでていません。しかし、訓練することにより、会話が出来るくらいの声が取り戻せます。それは、「食道発声法」です。ちゃんとした声でしゃべれのではないのですが、意思疎通が可能になり、訓練すれば長い文章までゆっくりではありますが、話せるようになります。

そんな食道発声法をつんくさんも練習して、だいぶ話せるようになってきています。少し声量が小さくて、息継ぎで話をしないと話せないために、ゆっくりですが、まったく声が出ない時からすると、嬉しいことです。子供さんと会話が出来るのですから、練習をさらにして、頑張っているようです。

つんくさんの現在の癌は大丈夫?

2014年に喉頭癌を患い、2015年に自分の仕事で使う、とても大事な声帯を全摘しないといけないほどに悪化していた喉頭癌でした。その癌を全摘して取り出し、命を選んだつんくさんです。歌は、自分にとってとても大事なものでした。その歌を歌えないという苦しみは計り知れないものだったと思います。

命のように大事な声帯を全摘しないといけないほどの、進行具合だったようです。この全摘をしなければ、命に関わる深刻な状況で、つんくさんが選んだのは、やはり命でした。まだ小さな子供さんがいます。家族がいるのです。声帯を失っても、それに代用するものを使って、楽曲を提供することに決めたのでしょう。

つんくさんの癌によって失われた声

つんくさんの声は、まったく出ません。シャランQ時代だった頃の画像が流れ、甘い声で歌っていたつんくさんが出てくる時があります。楽曲は、歌わなくても作れますが、歌手になるくらい歌うことが好きだったのですから、失われてしまった声が出ない事は、正直辛いと思います。しかし、彼は失った声帯の全摘をしたことを、大学生に伝えました。

自分が失った物は大きいが、前を向いて、現実から目をそらさず、突き進んでいってほしいという思いがあったのでしょう。癌の進行具合で、声帯を全摘さなければいけない癌という病気を、改めて恐ろしいと感じました。まだまだ若く、自分も歌手として甘い声で歌いたいだろうと思いました。

つんくさんと喉頭声帯癌との戦い!

つんくさんは2014年3月に早期の癌を見つけます。喉頭癌です。しかし、2014年10月に再発します。この時に手術をします。早期発見からの再発だったため、この時進行が速い状態で、ステージIII以上の状態でした。2015年に苦渋の決断をしなければいけなかったようです。

つんくさんは、2015年に声帯を全摘しましたが、全摘したから治ったではありません。ここからが、また戦いが始まるのです。全摘してから、約5年再発がなければ、完治したといえます。今は2018年なので、三年経っていますが、後2年再発がないか、検査をして経過をみています。5年すると生存率もかなりあがります。

つんくさんの癌の余命があった??

2014年に咽頭声帯癌を公表してから、一度は早期だったので完治したと思っていたのに、実は再発して、深刻な状況になっていました。2015年4月の大学の入学式の時の言葉にも、余命を思わせる言葉がありました。「歌手として一番大切にしてきた声を捨てて、生きる道を選びました。」とスクリーンのつんくさんからのコメントが流れました。

声帯を全摘するので、余命が短いとも考えますが、悪い部分を取り省くことにより、つまり声帯を全摘することにより癌再発を阻止して、余命をなくす、生きる事を選んだのです。ですので、余命宣告は受けてはいないようです。もしも余命宣告されていたなら、積極的に活動は出来る状態ではなかったはずです。

つんくさんプロフィール

  • 本名:寺田 光男
  • 生年月日:1968年10月29日
  • 出身地:大阪
  • 血液型:B型

1988年にシャ乱Qを結成します。1992年に、メジャーデビューします。シングルベッドなどヒット曲を出す中、ハロプロをつくり音楽プロデューサーとしても活躍していきます。2000年にシャ乱Qの活動を休止します。そして、ソロとして活躍する名前を「つんく」とします。

つんくという芸名は、大学の友人から付けられたと発言するまでは、小学生の頃「つんくん」と呼ばれていたからと言われていたようです。トーク番組で、「実は…本当の由来は〜」と言っていました。みつおがつんくになるのは、洒落たお友達だったんですね。

つんくさんの2018年の活動

つんくさんは、日本子守唄協会の15周年記念プロジェクトの一環で、歌手のクミコをプロデュースして、100年後も歌い継がれる子守唄をつくりました。「生まれてきてありがとう」という曲です。

病気と闘いながら、病気と向き合う事が出来るようになったからこそできた作品ではないかと思います。海外のも頻繁にいって楽曲を作ったり、音楽提供のためのミーティングなど積極的な活動を進めています。また「新生つんく」として、様々な楽曲を作り始めることが楽しみです。

つんくさんの奥様は?子供は?

つんくさんの奥様は、福岡でレポーターやタレントとして活動していました。たまたま、仕事で福岡に来ていた際に、レポーターをしている所を見かけ、その様子などみていて惚れ込んでしまい、博多大吉の華丸さんに紹介してもらい、付き合いがはじまりました。しばらくは遠距離でお付き合いをしていたようです。

2008年4月29日に双子の長男と長女を出産します。2011年に次女が生まれています。つんくさんの長女はすでに歌手デビューしています。なんと、任天堂3DS向けゲーム「リズム天国 ザ ベスト +」の中にある「I’m a Iady now」で歌っています。芸名「Hotmic」ホッミックという名前で活躍しているようです。

つんくさんの激やせ画像?!大丈夫か?

つんくさんは、2017年の画像で激やせしてるという噂がたちました。この上の写真で手の薬指から指輪が関節まで下がっています。頬がこけて見えますが、やはり手術してから、こけていたので、急激に痩せたのではないでしょうが、この写真を見た人から、心配の声が上がりました。

今年のインスタなどの画像には、一時痩せた感じだったのが、少しふっくらしているように思います。一時的に痩せてしまった時期がたしかにあったようですが、なんとか体力などつけて、活動しているようです。中々日本で活動してないので、つんくさんを見る機会がないことから、余計に心配する声が上がったのでしょう。

現在のつんくさん、拠点をハワイへ!

2016年に家族でハワイに移住しました。海外での仕事の幅も広がってきたことも要因ではあります。日本の仕事の時に、日本に帰ってきて活動しています。子供もインターナショナルスクールに通わせ、グローバルな人間に育ってほしいと常々考えていました。

双子の長男と長女は東京のインターナショナルスクールに通っていたので、ハワイへの移住はだいぶ前から考えていたのではないでしょうか。ハワイの環境も、つんくさんの病気には良いのではないでしょうか。芸能人でも自由に行動も出来る環境にもありますので、ノンストレスで生活できます。

つんくさんは音楽と共に生き続ける!

つんくさんは、現在は子守唄にも力を入れていますよね。子供が生まれ、親と子供との関係に歌は欠かせないものだと、体から感じることができたからっはないでしょうか。ハワイで作り上がる楽曲を、ハロプロのアイドルだけではなく、色々なアーティストに提供することが期待できます。

まだ、完治したと安心できませんが、5年再発がなければ、ほぼ大丈夫とされます。あと2年ほどになりますが、今も音楽活動でニューヨークまで仕事に行くほど元気なので、このままの状態を維持してほしいものです。