小林麻央さんが乳がんと闘った日々!顎にまで転移した理由とは?

34歳という若さでこの世を去った小林麻央さん。2010年には海老蔵さんと結婚し、翌年には長女、2013年には長男を授かり、幸せそのものでした。そんなある日、彼女は乳がんに侵され、必死に闘いました。この記事では、小林麻央さんの乳がんなどについてご紹介します。

小林麻央さんの乳がん闘病生活!

小林麻央さんの体に異変が起こったのは、2014年2月のこと。人間ドックで胸にしこりがあると告げられ、乳がんである可能性は五分五分だと告げられました。そして、再検査の結果、経過観察となり、生体検査は行われませんでした。しかし、そのわずか8ヶ月後の10月に小林麻央さん自身で胸に違和感を覚えます。

パチンコ玉くらいのしこりを発見した小林麻央さんは、再び病院で検査を受けることになりました。そして、乳がんだと告げられたのです。そこから、彼女の闘病生活が始まりました。歌舞伎俳優の海老蔵さんの妻として、2児の母としてこのまま死ぬわけにいかないと、明るく笑顔で乳がんと向き合ったのです。

しかし、2016年9月には、肺や骨への転移が発見され、同年10月にはステージ4となったことを告白。2017年5月には顎への転移が知らされ、真央さんは退院して在宅治療に励みました。そして、同年6月22日に天国へと旅立った小林麻央さん。

とても辛くとても長い闘病生活を彼女は、前向きに捉え、多くのがん患者だけでなく、様々な人を元気付けました。34歳という若すぎる死でしたが、彼女は多くの人の心の中で生き続けていることでしょう。そして、天国から夫や子供、家族を見守っていることでしょう。

小林麻央のプロフィール

  • 生年月日:1982年7月21日(享年34歳)
  • 血液型:A型
  • 身長:164cm
  • 出身地:新潟県小千谷市
  • 好きな食べ物:ラーメン、クリームパスタ、餅、肉じゃが、焼肉、ホルモン、たこ焼き
  • 趣味:観劇、格闘技観戦、ゴルフ、社交ダンス

小林麻央さんの乳がんは見落 とされていた?

先ほど少し小林麻央さんの闘病生活についてご紹介しましたが、実は彼女が乳がんだと宣告されるまでに、病院の医師の見落としがあったとされています。初めて胸にしこりが発見された時、生体検査の必要はないのかと医師に聞いたのですが、その必要はないと言われたそうで、念のため半年後にまた検査を受けるようにと言われました。

その8ヶ月後に胸のしこりを訴えた時も、医師は「大丈夫だと思います」と診断。しかし、エコー検査を受けると腋にもしこりがあることが発見され、生体検査を受けることになったそうです。10日後、乳がんだと告げられた小林麻央さん。

検査結果を待っている10日間、自分だけ異次元にいるような感覚だったと語っていて、病室に入った瞬間、医師の表情を見て乳がんだと確信したそう。「もし、最初の診断を信じなければ…」と小林麻央さん本人も後悔していました。本当に最初の段階でがんが発見されていたら、小林麻央さんは助かったかもしれないと思うと、心が痛むばかりです。

小林麻央さんのがんはとうとうステージ4に…!

小林麻央さんは、がんだと宣告されたわずか2年後にステージ4になったと診断されました。最近では、がんも治る病気になってきましたが、ステージ4までいくとがんを治すことは難しいとされています。そのステージ4になってしまった小林麻央さん。

ステージ4だと告げられた時、小林麻央さんはどのように感じたのでしょうか。幼い子供2人、多忙な生活を送る夫。様々なことが彼女の脳裏をよぎり、涙が止まらなかったのではないでしょうか。同じ母親として、小林麻央さんの当時の心境を考えると、胸が張り裂けそうな気持ちになります。

小林麻央さんの乳がんは顎にまで転移…!

小林麻央さんのがんは、次々と彼女の体をむしばんでいきました。最初は、肺や骨への転移。そして、次には顎への転移が発見されました。がんが顎に転移すると、顎が腫れたりするようで、初めて自分のその顔を見た時、思わず泣いてしまったと小林麻央さんは語っています。

がんだというだけで、辛く苦しいのに顔にまで転移し、自分の顔が歪んでしまったらきっと私には耐えられません。小林麻央さんも女性ですし、余計に辛かったことと思います。それでも、明るく闘病生活を送った彼女には尊敬しかありませんね。

小林麻央さんを襲う激しい顎のがんの痛み!

とうとう小林麻央さんのがんは、顎にまで転移してしまいました。顎のがんの痛みは、抑えることができないそうで、小林麻央さんもその激痛に耐えていたそうです。あまりの痛さに、ごはんが食べられなかったり、三倍がゆにしてもらったりしたこともあるそう。

私たちが普段暮らしていてご飯が食べられないほどの痛みを感じることは、恐らく無いに等しいですよね。その時の痛みは到底計り知れませんが、相当なものだったと思います。顔が歪むうえに、激痛に襲われるだなんて、がんはやはり怖い病気なのだとしみじみと感じます。

顎のがんはなぜ痛みを抑えられないの?

小林麻央さん乳がんは、下顎骨への骨転移だと考えられます。この下顎骨という所は、血流が多く神経もたくさんある部分で、骨の中にあります。なので、痛みを抑えることが難しいそうです。大人でものたうち回るほどの痛みだそうで、小林麻央さんもこのような痛みに耐えたのでしょう。考えただけでも、耐えられそうにありません。

小林麻央さん自身の闘病生活を綴ったブログ!

小林麻央さんは、「KOKORO」というブログを立ち上げ、そのブログ内で闘病生活について語っています。辛いこと、悲しいこと、痛いこと、笑顔になれた出来事、ささいな幸せ、願い…など、彼女はこのブログで語り続けました。亡くなる2日前までブログを更新し続けた小林麻央さん。

このブログに多くの人は救われ、多くの人が彼女の病気の完治を願い、多くの人が彼女の死を悲しみました。小林麻央さんはどれほど多くの人に影響を与えたことでしょう。私もこのブログを拝見したことがあるのですが、涙が止まらず、どうか病気が治ってほしいと強く感じたのです。彼女の強さが現れた、小林麻央さんらしいブログだったと思います。

小林麻央さんの夫・海老蔵さんや子供はその時?

小林麻央さんのことを心から愛していた海老蔵さん、2人の可愛い子供たち。海老蔵さんは、何度も小林麻央さんの病気について会見を行ったりしていましたね。その姿は見るに耐え難いものでした。1番近くで妻が病魔に襲われる姿を見ていた海老蔵さん。

会見時には、小林麻央さんへの深い愛情と病気が治ってほしいという願いがひしひしと伝わってきて、こちらまで辛くなったものです。2人の子供もお母さんに会いたいなどと言うものの、我慢していたようです。小林麻央さんが亡くなってしまった時の会見でも、海老蔵さんは大粒の涙を流し、とても辛そうでした。

愛する妻を亡くした悲しみ、唯一無二の母親を亡くした悲しみ。海老蔵さんと2人の子供の悲しみがテレビ越しにも、伝わってきて多くの方が涙を流したことでしょう。それでも、彼らは生きて行くしかないのです、辛い現実と向き合いながら。

小林麻央さんの姉・小林麻耶さんはその時?

小林麻央さんががんだとまだ公表されていなかった時に、小林麻耶さんが倒れるという出来事がありました。仕事と可愛い妹の病気の支えなど、体が悲鳴をあげたのでしょう。妹も頑張っているのだから、自分がこんなのではいけないと語った小林麻耶さんですが、彼女も強いなと感じました。

小林麻央さんが亡くなってから、しばらく芸能活動を休止し、悲しみにくれていたそうですが、最近は徐々に立ち直ってきたようで、良かったと感じますね。4歳年下の男性と結婚もされ、「妹からの贈り物」だと言っていたので、これからも彼女の心の中にも小林麻央さんは生き続けるでしょう。

がん検診は定期的に行おう!

がんの発見が遅れてしまったら、手遅れになるケースが多いです。小林麻央さんが乳がんで闘っていることを知った多くの女性は、彼女の影響でがん検診を受けました。その時だけでなく、定期的に検診を受けないと発見が遅れてしまうこともあるので、注意しましょう。小林麻央さんが私たちに残してくれたものを忘れず、がん患者が減ると嬉しいです。