母もがんを患っていた?小林麻央のがんは遺伝性乳がんだったのでは?

小林麻央さんが34歳という若さで乳がんによりお亡くなりになったニュースはとても衝撃的でした。実は小林麻央さんのお母様もがんを患っていた事から、小林麻央さんの乳がんは遺伝性のがんだったのではないかと考えられます。その件について詳しく調べてみました。

母もがんを患っていた?小林麻央は遺伝性乳がん!?

小林麻央さんのお母様も乳がんを患っていた過去がある事はどうやら事実のようで、そこから小林麻央さんの乳がんについても遺伝性乳がんだったのでは?という噂もありましたが、小林麻央さん自身から「遺伝性乳がんでは無い」という発表がありました。小林麻央さんの乳がんは遺伝子検査をした結果、お母様から遺伝したものではないという事です。

小林麻央さんが結婚された頃、ちょうどお母様ががんの闘病中だったそうです。お母様がちょうど55歳の時だったそうですが現在は完治しているようです。お母様からしてみれば娘もまた同じ乳がんで苦しむ事になり闘病を支える日々は身を削る思いだったはずです。

母からのがんの遺伝を否定した小林麻央ってどんな人?

  • 名前:小林麻央(本名:堀越麻央)
  • 出生地:新潟県小千谷市生まれ
  • 出身地:東京都出身
  • 血液型:A型
  • 誕生日:1982年7月21日生まれ
  • 職業:フリーアナウンサー
  • 最終所属事務所:セント・フォース
  • 最終学歴: 上智大学文学部心理学科
  • 命日:2017年6月22日(享年34歳)

新潟県小千谷市で出生しました。その後、父の仕事の関係でさいたま市、西宮市、荒川区と転勤を繰り返す日々でした。國學院高等学校卒業。上智大学文学部心理学科を卒業します。上智大学在学中『恋のから騒ぎ』に出演して注目をあびました。卒業後はセント・フォースに所属し『めざましどようび』のお天気キャスターを務めていました。

人物

  • 身長は164cm
  • 左利き
  • 将来の夢は鈴木京香のような女優になる事でした。
  • 視力が悪くコンタクトレンズを装用していました。自宅ではメガネを愛用していたようです。
  • 生前の私服は7割がミニスカートで3割がワンピースを好んで着用していました。
  • 漫画『BASARA』を愛読書としていて生前のバイブルという存在の本であったそうようです。

 

母からのがんの遺伝を否定した小林麻央の家族は?

小林麻央さんには三歳年上のお姉さんがいます。お姉さんは元TBSアナウンサーで現在フリーアナウンサーをしている小林麻耶さんです。小林麻耶さんは小林麻央さんが『恋のから騒ぎ』に出演するきっかけを作った人物でもあります。とても仲の良い姉妹で『麻央ちゃん』『麻耶ちゃん』と呼び合っていました。

小林麻央さんとお姉さんの小林麻耶さんのご両親は現在別居中とのことですが、ご両親ともご健在です。お父様の情報はほとんどといってなかったのですが、お母様は小林麻央さんが闘病中小林麻央さんの自宅に引っ越してお姉さんの小林麻耶さんと共に身の回りのお世話をしていたようです。

母からのがんの遺伝を否定した小林麻央の夫と子供は?

小林麻央さんの夫は歌舞伎俳優の十一代目市川海老蔵さんです。2010年1月29日婚約発表会見を行いました。同年3月3日に婚姻届を提出、7月29日にザ・プリンス パークタワー東京で挙式、結婚披露宴を行いました。また、挙式披露宴に先立って7月9日に成田山新勝寺で結婚奉告参詣を行いました。

2011年7月25日、第一子である長女麗禾(れいか)ちゃんを出産しています。2013年3月22日、第二子長男勸玄(かんげん)くんを出産しています。麗禾ちゃんも勸玄くんも現在は小林麻耶さんとお母様の力添えもあり元気に過ごしているようです。

長女

麗禾ちゃんは、2014年3月に熊本県の八千代座公演で、舞台デビューしています。2018年1月3日より東京・新橋演舞場『初春歌舞伎公演』にて「かぐや姫」で幼少のかぐや姫を演じました。将来の夢は歌舞伎役者になる事だったそうですが、女の子は歌舞伎役者にはなれないので、女優さんを目指すのかもしれませんね。

長男

勸玄くんは2015年11月に「吉例顔見世大歌舞伎 11世市川団十郎五十年祭」(歌舞伎座)の『江戸花成田面影』にて初お目見えを果たしています。小林麻央さんが亡くなった直後の「ABKAI2017」ではお父様の十一代目市川海老蔵さんと共に宙吊りにも挑戦しました。将来の夢は王子様になる事だそうです。

母からのがんの遺伝を否定した小林麻央の夫市川海老蔵とは?

小林麻央さんの夫市川海老蔵さんは市川團十郎を祖とする由緒ある歌舞伎の家に生まれました。現在は十一代目市川海老蔵を襲名しています。本名は堀越 寶世(ほりこし たかとし)。旧名は堀越 孝俊でした。新旧読みは同じです。愛称は「海老さま」、「海老ちゃん」。身長176cm、体重80kg。血液型はAB型。星座は射手座です。

母からのがんの遺伝を否定した小林麻央と市川海老蔵の馴れ初め

小林麻央さんと市川海老蔵さんとの出逢いは2008年12月27日「NEWS ZERO」でのインタビューでした。2009年1月19日「NEWS ZERO」に市川海老蔵さんが出演。「人生を変えた出会い」というテーマでインタビューをします。その後、新橋演舞場で行われた「初春花形歌舞伎」を観劇を経て交際がスタートしました。

当時プレイボーイだった市川海老蔵さんでしたが、小林麻央さんに出会ってから女性遊びがピタリと嘘のように止んでしまったそうです。婚約会見の時に市川海老蔵さんは「一生愛し続ける」と語っていましたが、小林麻央さんを最後まで愛し続けた事は亡くなった時の記者会見からも伝わってきました。

小林麻央を苦しめた乳がんと闘病の記録

  • 長男の出産から約1年後に乳がんの兆候が確認されていたようです。この時に対処しなかった為に後に重篤な症状に陥ることになります。
  • 2014年2月に人間ドックを受けた際、乳房にしこりが発見されます。この時人間ドックの担当医が「癌の可能性は五分五分である」と診断を下します。
  • 乳腺専門医の知人2人が「オーバーな担当医だ」との見方を示します。また、再検査の担当医も「癌ではない」と診断を下します。
  • 長女の授乳時から2年以上の間、乳腺の状態を良くするための母乳マッサージに通いケアしていたため、本人も癌の可能性を疑わなかったそうです。
  • 2014年10月にも同じ箇所にしこりが確認されました。この時の診察で脇にも転移があり乳がんであるという事が確定的な診断が下されました。
  • しばらく非公開で闘病生活に入ります。
  • 2016年6月9日に「進行性がんで極秘入院」という報道がされます。その日の午後に市川海老蔵により「乳がんで療養中」という発表がされました。
  • 闘病中の2016年9月1日にブログ『KOKORO.』を開設。死去3日前の2017年6月20日まで352回更新されました。
  • 2017年1月9日に放送された『市川海老蔵にござりまする』に、入院中インタビューで出演。これが公の場での最後の姿になってしまいました。
  • 2017年6月22日夜、自宅で死去。

乳がんで若くして亡くなった小林麻央の最後の言葉

小林麻央さんは2017年6月22日の夜に天国に旅立ちます。翌日の市川海老蔵さんは記者会見で小林麻央さんの訃報を正式に発表しました。小林麻央さんは市川海老蔵さん、麗禾ちゃん、勸玄くん。お姉さまの小林麻耶さんとご両親に看取られて「愛してる」という言葉を最後に息を引き取ったそうです。

乳がんで若くして亡くなった小林麻央の葬儀は神式にて

堀越家は神道信者であったため葬儀は神式で執り行われました。 諡名は「豊愛尚興姫命」。墓所は青山霊園にあります。小林麻央さんのの葬儀は堀越家と小林家の家族・親族など身内だけで執り行った為に後日、2018年中に堀越家の主催によるお別れの会を開催する意向を表明しました。

乳がんで若くして亡くなった小林麻央を偲ぶ会

2018年6月23日に小林麻央さんの生前の仕事関係者が集まる形式で偲ぶ会が催されました。出席者は300人にもなり、明石家さんまさんや藤原紀香さんから会場に供花が届いていたようです。司会はTBSアナウンサーの安住紳一郎さんが務めたそうです。

母もがんを患っていた?小林麻央は遺伝性乳がん!?(まとめ)

小林麻央さんが亡くなって1年の月日が経ちました。小林麻央さんは乳がんを患い治療もむなしく34歳若さで亡くなってしまいました。そんな小林麻央さんがちょうど結婚して幸せの絶頂期に麻央さん麻耶さんのお母様も同じ乳がんで闘病中でした。幸いお母様は完治しているようですが、麻央さんは残念な結果になってしまいました。

お母様も乳がんを患った事から小林麻央さんの乳がんも「遺伝性乳がん」ではないかと噂されましたが、実際には遺伝性の乳がんではないということがわかっています。お姉さんの小林麻耶さんも長女の麗禾ちゃんにも「遺伝」はしていない事を祈りたいですね。