小林麻央が死去…死因は乳がん・葬儀の様子や現在の子供たちの様子!!

アナウンサーで海老蔵の奥様である小林麻央さんは、乳がんで闘病生活を送っていましたが、2017年6月22日にお亡くなりになられました。この記事では、小林麻央さんの2016年の乳がん発覚の報道から闘病生活、そして2017年の死去とその後の報道をまとめました。

小林麻央の悲しすぎる死去…死因は?

まず、当日(2017年6月23日)は、市川海老蔵さんがブログで「人生で一番泣いた日です」「マスコミの方々もお察しください。改めてご報告させていただきますので、近隣の方々のご迷惑になるのでひとまずおかえりくださいませ、宜しくお願い致します」とつづり、

身辺に重大な出来事が発生したことをうかがわせました。その後、市川海老蔵さんが記者会見をする前に、小林麻央さんの死去報道がありました。歌舞伎俳優、市川海老蔵さんの妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日夜、都内の自宅で死去しました。 34歳の若さでした。

人気キャスターから梨園の妻へ転身し、成田屋を支えていた14年10月、乳がんの告知を受けて闘病中でした。しかし6月21日に容態が急変したといいます。市川海老蔵さんは予定通り記者会見を行い、麻央さんの最期の言葉が「愛してる」であったことを明かしました。

小林麻央が死去直前に言った言葉は…?

22日には話すことができなくなっていた麻央さん。海老蔵さんが横たわっている麻央さんの前に座ると、呼吸が苦しそうだったが、海老蔵さんは「不思議なことなんですが」と振り返りながら、麻央さんが「息をひきとる前に『愛してる』と言って…彼女が…」と話すと涙しました。

海老蔵さんはしばらく目を閉じ、呼吸を整えてから「愛してる、その一言を言って……泣いちゃいますよね。愛してる、と言って、本当にそれで、そのまま旅立ちました」とあふれる涙をぬぐいながら語りました。あの会見は今でも鮮明に皆様が覚えているのではないでしょうか。

小林麻央プロフィール

  • 芸名:小林麻央(こばやしまお)
  • 本名:堀越麻央
  • 出身地:新潟県小千谷市
  • 生年月日:1982年7月21日
  • 出身高校:國學院高等学校
  • 最終学歴:上智大学文学部心理学科卒業
  • 身長:164cm
  • 所属事務所:セント・フォース

小林麻央さんは上智大学卒業後、セント・フォースに所属し、キャスターを中心に芸能活動をしてきました。2010年3月3日に歌舞伎役者の市川海老蔵さんと結婚し、麗禾ちゃん(2011年7月25日生)と勸玄くん(2013年3月22日生)を出産しています。ふたりの子供を育て、

梨園の妻として夫市川海老蔵さんを支えていた小林麻央さんでしたが、2016年6月9日に乳がんであることが公表されます。夫の市川海老蔵さんは2016年6月9日の会見中に「1年8ヶ月前」に診断が出たと言及していたので、2014年10月頃に乳がん判明したものと思われます。

小林麻央の死因となった乳がんとは?!

2016年6月9日に、夫の市川海老蔵さんが会見を開き、小林麻央さんの乳がんを公表。海老蔵さんは、麻央さんの容態について会見内で「深刻」といい、がんのステージについても「深刻だ」という言葉で表し、現在麻央さんは手術するために抗がん治療を受けている状況だと明かしていました。

ステージは「深刻」という以外に明かされていませんでしたが、その後、小林麻央さん自身がブログで「がんの全身転移」「ステージ4」であることを報告していました。乳がんのステージは大きく5段階に分かれており、0期・Ⅰ期・Ⅱ期・Ⅲ期・Ⅳ期があり、数が増えるほど深刻になります。

乳がんのステージが深刻になってくると、その状態によってステージ内でも細分化されることもあります。小林麻央さんの場合は海老蔵さんが会見内で、「深刻」「手術に至らなかった」と発言していることから、ガンは早期ではなく、Ⅲ期・Ⅳ期にさしかかっているのではと言われていました。

小林麻央の死因・乳がんのステージ

乳がんの10年生存率は、0期:しこりや画像診断での異常な影を認めないもの。1期:2cm以下のしこりで、リンパ節への転移がないと思われるもの。2期:2cmを超える5cm以下のしこりがある、もしくはリンパ節への転移が疑われるもの。3a期:しこりが5cmを超えるもの。

3b期:しこりが皮膚などに及んでいるもの。4期:しこりの大きさを問わず、他の臓器に転移がみられるものとなっています。おそらく小林麻央さんは、最後はステージ4だったということですね。若ければ、若いほど進行はなお早くなると言われています。

小林麻央が死去の前に始めたブログ!!

2016年8月31日、海老蔵さんのブログで麻央さんから重大発表があると告げられました。その翌日の9月1日、小林麻央さんが闘病ブログ「KOKORO.」を開設したことを報告していました。小林麻央オフィシャルブログ「KOKORO.」初めの記事は「なりたい自分になる」とタイトルで書かれていました。

小林麻央さんは、病院で「癌の陰に隠れないで」と医師に励まされたことを明かしていて、「ブログという手段で陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました」と前向きな気持ちをつづっています。そのブログの中で、小林麻央さんが、生体検査の結果告知日の心境と、

当時のがんの進行状況を明かしていました。この時は肺や骨にも転移していると言われていました。そして小林麻央さんが手術したこともブログで報告していました。これまでは手術できる状態ではないとも言われていたので、思ったより状態が良くなってきているかもと言われていました。

小林麻央さん助からず…死去。葬儀は?

海老蔵さんの話によると2016年は本当に深刻な状態で、生きていることが奇跡であったそうです。そして2017年5月、小林麻央さんのがんが顎に転移していることを、市川海老蔵さんが明かしました。2017年6月22日に小林麻央さんが都内の自宅で死去してしまいました。

小林麻央の葬儀の様子は?

市川海老蔵さんは、6月25日に更新したブログで、長女・麗禾さん、長男の勸玄さんの子ども2人と、みたまうつしの儀に参列したことをつづっていま報告。みたまうつしの儀とは「御霊移し」と書くように、神道における葬儀の儀式のひとつ。この儀式は、故人の御霊を、

遺体から霊璽に移すものです。神道では、死の穢れを忌むため、聖域である神社では葬儀を行わず、斎場か自宅で行います。市川海老蔵さんが麻央さんの死後、ブログを更新して、乳がんで亡くなった小林麻央さんの納骨を行ったことを報告しました。「人の生涯はわからない、

わからない事が多いです」「切り開くものなのか? 最初から決まっているものなのか?」と思いを巡らせて、海老蔵さんは、「様々な想いの中、、ロマンに生きてみたい、、そう感じています、今はです」と節目の日に、麻央さんを思い、物思いにふけっていました。

小林麻央さんの死後もブログが世界中で反響!

麻央さんの死後、市川海老蔵さんは小林麻央さんブログ「KOKORO.」を英訳することを発表し、実際に英訳版がブログに投稿されています。海老蔵さんは、その文章の英訳を発信することに関して「海外の知人のみならずBBCの今年の100人の女性というものに、

麻央が選ばれ、日本国民はいままで病などになると比較的心を閉ざしてきた傾向の中、公に伝えるという勇気を高く評価してくださったようで、イギリスのみならず米国からも正式にこの文章を保管させていただきたいという事とか諸々多くのご要望がありました」と経緯を説明。

愛妻を亡くして1週間という時期で、悩んだ末の決断。「麻央も生前 元気になったならば病に苦しんでいる方々の力に勇気に光になりたいの、と」と、遺志を受け継ぐ決意をしたといます。「麻央の愛を世界の方々にも届くことを切に願います」と、報告していました。

小林麻央の死去・死因や葬儀のまとめ

今回は小林麻央さんの闘病生活をまとめました。小林麻央さんの闘病生活を振り返ってみると、癌の転移が進み、容態が悪くなっていった様子がよくわかります。なんと34歳という若さでお亡くなりになられた小林麻央さんのご冥福を心からお祈りいたします。