松坂慶子に娘がいた!娘の現在は?旦那はどんな人?若い頃の写真も! エンタメ

松坂慶子に娘がいた!娘の現在は?旦那はどんな人?若い頃の写真も!

大女優として昭和の時代を駆け抜け、現在も活躍中の松坂慶子さん。日本を代表する女優の一人ですがプライベートについてはあまり公表せず、ベールに包まれています。この記事ではあまり知られていない松坂慶子さんの旦那や子供について調べてみました。

松坂慶子は結婚していて娘がいた!名前は?いくつの時の子供?

松坂慶子さんは30年近く前に結婚していてアラフォーの頃に娘を二人産んでいます。初産だと35歳以上は厳しいと言われますが、それを過ぎての出産だったのでとても喜ばしかったことでしょう。

長女の名前は百音(もね・英語表記:MONET)さん、次女の名前は麻莉彩(まりさ・英語表記:MARISA)さん。海外にも通じるように付けられたそうです。40歳を超えて子供二人を出産するのは本当に凄いことです。

松坂慶子は娘たちとテレビで共演していた!

2008年、NHKから放送された「英語テレビ講座」という番組中の「3か月トピック英会話 「赤毛のアン」への旅~原書で親しむAnneの世界~」という企画に出演。

(引用:Pinky)

松坂慶子さんは娘2人と過去に上記のテレビ番組に一緒に出演したことがあり、メディアでも「松坂慶子の娘がデビュー」と取り上げられたそうですがその後、本格的に芸能界入りはしていないようです。当時の娘たちは16歳と13歳。年頃になっていたので、芸能界入りよりも社会勉強をさせるという意図があったそうです。

松坂慶子の娘は現在どうしているの?年齢は?

芸能界入りしなかった松坂慶子さんの2人の娘さんは現在ハワイの大学で芸術を学んでいるそうです。これは松坂さんが2015年に主演した朗読劇『私のエディット』の制作会見の中で触れています。長女が絵画、次女が陶芸を学んでいるそう。もしかしたらアーティストとして大女優の娘の肩書で鳴り物入りでデビューする日が来るかも知れません。

2008年の時点で16歳と13歳なので、現在は20歳を超えて成人しているということになります。子育てとしても完全に松坂さんの手から離れているので、落ち着いてそれぞれの道に専念できるようになったのですね。

プロフィール:松坂慶子

  • 本名:高内 慶子(たかうち けいこ)
  • 生年月日:1952年7月20日
  • 出身地:東京都大田区
  • 身長:162cm
  • 血液型:A型

1967年の中学3年生の時に「劇団ひまわり」に入団し、幼児向けのコメディーで実写版の『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』でデビューしました。主に女優業を続けていましたが歌手としても活動しており、1979年に出演したドラマの主題歌である『愛の水中花』をヒットさせています。

尚、本名が「高内」なのは旦那さんの姓です(旦那さんについては後述)。殆どの芸能人に見られますが、結婚後も旧姓を使って活動を続けているということになります。あまり語られない旦那さんのことについて触れてみましょう。

松坂慶子の旦那とその馴れ初めは?

  • 氏名:高内 春彦(たかうち はるひこ)
  • 生年月日:1954年8月5日
  • 学歴:東京造形大学美術家(油絵・版画専攻)

ピアノを6歳から、ギターは15 歳から始める。

高校1年のときからジャズ・ギターを目指し、大学時代はジャズ研で活動。

18 歳のときから2年間、渡辺香津美氏に師事する。

(引用:CLEARTONE.jp)

高内さんは音楽活動をされています。大学卒業後、1980年に渡米しニューヨークにて『HIKO BAND』を結成し活動していました。松坂さんとの出会いはカンヌ映画祭の帰りにニューヨークに立ち寄った際、友人の紹介がきっかけで交際が始まりました。

そして2人は1990年に結婚しますが、既に大女優として名前を上げていた松坂さんと、海外で活動していたので日本での知名度は皆無に等しかった高内さんとでは「格差婚」として話題になったそうです。この頃の松坂さんは38歳。当時にしてはかなりの晩婚でした。

松坂慶子と旦那の結婚は反対され続けていた!?

2人の結婚は祝福されるどころか、大激怒した人物がいました。松坂さんの両親、特に父親です。親に黙って結婚してしまった事、高内さんの知名度が低く「売れないミュージシャン」と思っていたのが原因のようです。週刊誌に「金のある娘に寄生するヒモ亭主」と暴露したこともあったとか・・・。

松坂慶子の旦那にはちゃんと実績がある!

ヒモ亭主と呼ばれ、散々な扱き下ろされ様ですが、高内さんは多くの音楽活動の中でもプロデューサーとしてNHKの番組『銀河宇宙オデッセイ』、カンヌ映画祭ドキュメント/短編部門受賞作である『黒い太陽』の音楽を担当しています。

それ以外にも大英博物館やお台場アクアシティ等の環境音楽も担当したことがあるとか。全く実績がない訳ではないので前述のような松坂さんの父親の批判は本当にあったのか、結婚後も反対を続けたのか真相は不明です。

松坂慶子の若い頃の実績

小学2年生の頃に「くるみ児童合唱団」、中学3年生の頃に「劇団ひまわり」に入団し、幼少期から歌や劇に親しんでいました。1968年『ウルトラセブン』の「悪魔の住む花」で少女役としても出演しました。そして1972年「松竹」に移籍。1973年の大河ドラマ『国盗り物語』で濃姫を演じたことがきっかけで知名度が上がりました。

元々は清純派の女優として実績を上げてきましたが、1978年の『事件』という映画に出演してそのイメージを脱皮しました。1979年のドラマ『水中花』ではバニーガール姿も披露。役どころの幅を広げていきました。

松坂慶子は若い頃から歌手活動も行っていた!

松坂さんは歌手としても実績があり、シングルはもちろん、アルバムも出しており、現在でも歌手活動を行っています。有名どころはドラマ『水中花』に出演、そしてその主題歌『愛の水中花』を歌い、大ヒットしました。

日本アカデミー賞を受賞した映画『蒲田行進曲』では元々戦前の曲だった同名の曲を風間杜夫さん、平田満さんの3人によるカバー曲を歌ったことがあります。この曲はJR東日本の蒲田駅で発車メロディーとして使用されています。

若い頃よりも太ったって本当!?

松坂慶子さんは一時期、激太りしたと噂になったことがありました。その理由として考えられるのが年齢を重ねたから、お子さんを2人産んだから、ハワイで生活していていて食事量が多くなったからと様々な憶測があるようです。

しかし、2015年の映画『ベトナムの風に吹かれて』を撮影したとき、ベトナム料理を食べて撮影のために一時期滞在していたことで20kg痩せたそうです。母親役が多いのでふくよかな体型も良いと思いますが、体系維持もがんばってほしいですね。

松坂慶子のまとめ&これから

国民的女優として昭和から平成末期である現在まで駆け抜けてきた松坂慶子さん。結婚の事で両親と衝突し、女優業をこなしながら子供を2人育て上げたその精神力は並大抵のものではないと思います。現在は松坂さんの父は2007年に亡くなられましたが、実母の介護を旦那さんに手助けしてもらいながら行う傍ら女優業を続けているようです。

松坂さんの両親によく思われていないながらも介護を手伝い、松坂さんを支える旦那さんには頭が下がりますね・・。そしてこれから2018年10月から放送が開始されるNHK連続テレビ小説『まんぷく』に主人公の母親役で出演します。これからの松坂さんの活躍に期待したいですね!