私生活があまり語られない中井貴一さんの妻や息子は?父の死因は?どんな人? 俳優

私生活があまり語られない中井貴一さんの妻や息子は?父の死因は?どんな人?

ドラマや映画などでも活躍している俳優・中井貴一さん。最近では吉田羊を見出したエピソードが有名ですが、私生活に関してはあまり語られていません。妻は誰なのか、息子はいるのか、父はどんな人なのか中井貴一さんの家族や生まれについて紹介していきます。

中井貴一さんの生い立ちは?

中井貴一さんは1961年9月18日東京都世田谷区で生まれ、現在56歳です。身長は181㎝で血液型はA型で父は俳優の佐田啓二さん、姉は女優・エッセイストの中井貴恵さんです。中井貴一さんは育ちも東京で成蹊中学校・高等学校を経て成蹊大学経済学部を卒業しています。高校時代からテニスに熱中していました。

テニスのコーチを職業にすることを望んでいた位で、俳優になることなど考えたこともなかったという事ですが、父の17回忌の際、映画監督の松林宗恵さんにスカウトされます。成蹊大学在学中に本格的に俳優としての活動を開始、1981年公開、松林監督の映画「連合艦隊」へ出演しデビューし日本アカデミー新人俳優賞を受賞しました。

中井貴一さんデビュー当時を振り返り、父の死因がきっかけ?

中井貴一さんは当時を振り返りインタビューで「大学に入った時、俳優になるつもりは本当になかった。普通に就職することを考えていました。でも普通オヤジがいると、良くも悪くも、その生きざまを見て、それをどこか基準にして、自分の生き方を考えたりするんだろうけど、俺はそれが不可能だった。

だから偶然に映画出演の話が来た時に、親父の仕事を1度やってみれば、将来について判断がつくんじゃないかと思った。何か分かったら、また大学に戻って就職について考えればいいかなと。あとは学費を自分で稼ぎたかったから、こんなにいいアルバイトはないぞってね」と振り返っていました。

中井貴一さんの妻は?息子はいるのか?

そんな中井貴一さんですがデビューをきっかけにどんどん俳優としての名声を挙げていきます。1983年には「ふぞろいの林檎たち」で主演を演じ、後にのべ4シリーズが製作されるほど大ヒットし、その後も順調に映画・テレビと出演して俳優としての地位を確立します。

その中井貴一さんが結婚したのは2000年、39歳の時で、お相手は外資系企業に勤めるOL、麻友子さんです。奥さんは、中井さんの友人の同僚だったという事でこの友人の紹介で知り合ったのかもしれません。その奥さんと結婚を決めたのには二つの理由があり中井貴一さんがエピソードを披露しています。

中井貴一さんが妻・麻友子さんと結婚を決めた理由とは?

一つ目は、3回目のデートの時に立ち食いそば屋に麻友子さんを誘った時の事です。この頃、中井貴一さんはハードな撮影が続き疲れがピークに達していて、学生時代から行きつけの立ち食いそば屋に誘ったのです。初めてだったみたいですが「おいしいね」と言って食べてくれて、これならやっていけるなと感じたそうです。

そしてもう一つの理由は、中井さんの父が37歳で亡くなっていることから自分も37歳で死ぬと思いながら生きてきたため結婚しなかったとの事ですが、38歳の誕生日パーティーで「よかったね、生きれて」と祝福してくれたそうで、そこで38歳を乗り越えた39歳の誕生日に結婚式を挙げられました。

中井貴一さんの息子はいない?妻の現在は?

中井貴一さんの子供について、いろいろと調べてみましたが子供についての情報はなく、いないという説が有力となっています。どこを調べてみてもいないという情報があるのではなく、子供の情報が全くないからいないと推定して結論付けているようです。また妻の麻友子さんは結婚後も働き続けているようです。

そんな中井貴一さんの父は佐田啓二さん

中井貴一の父は佐田啓二さんという人気俳優です。佐田啓二さんは1946年に松竹大船撮影所に入社します。1947年木下恵介監督の「不死鳥」で、いきなり大スター田中絹代さんの相手役に抜擢され早くもスターの地位を獲得します。その後菊田一夫さん原作のNHKの人気ラジオドラマを映画化した「鐘の鳴る丘」に主演し人気を高めます。

ほぼ同時期にデビューした高橋貞二さん、鶴田浩二さんと人気を分け合い「松竹戦後の三羽烏」と言われました。また、人気を決定的なものとしたのは1953年に公開された「君の名は。」であり、岸恵子さんと共演して、名実共にトップスターの地位につきます。

中井貴一さんの父・佐田啓二さんの死因は?

そんな佐田啓二さんは1957年に中井(旧姓:杉戸)益子さんと結婚しています。この益子さんは松竹大船撮影所のすぐ近くの食堂「月ヶ瀬」の看板娘で小津安二郎監督もこの店の常連だったことで知られています。その7年後佐田啓二さんは事故により亡くなっています。

1964年8月17日、お盆を利用して信州蓼科高原にある別荘に避暑休みに訪れていた佐田啓二さんは、ドラマ撮影のため奥様を残して1人で東京に戻ることになります。東京に戻る途中で、佐田啓二さんが乗る車の運転手が、無理な追い越し運転をして、カーブを曲がり切れずに山梨県韮崎市の国道の橋に激突してしまいます。

父・佐田啓二さんの死因は事故、帰らぬ人に

この事故が原因で頭の骨を折るなどの重傷を負った佐田啓二さんは37歳という若さで帰らぬ人となりました。この時、中井貴一さんは3歳の誕生日を目の前にして、姉・貴恵さんは6歳の頃で、益子さんはシングルマザーとして2人を育てる事となります。

中井貴一さんの姉・中井貴恵さんも女優

中井貴一さんの姉・貴恵さんも女優・エッセイストとして活躍されています。中井貴恵さんは1957年11月27日生まれで現在は60歳です。中井貴一さんと同じく東京生まれで、早稲田大学を卒業しています。大学在学中に女優デビューすることとなり、1977年市川崑監督の映画「女王蜂」に出演します。

中井貴一さんは、仕事で姉の貴恵さんとは共演したくないという姿勢であり、同じドラマに出演した際には一度も共演するシーンがなかったという事です。貴恵さんはその後も映画やドラマ・CMに出演しますが1987年の結婚を機に女優業を休業し夫の勤務地であるアメリカのニューハンプシャー州に居住します。

姉・中井貴恵さんの家族は?

貴恵さんは、その後日本に帰国し、札幌に居住しますが現在は東京に在住しています。家族は2人の娘がいます。近年では絵本朗読を行う「大人と子供のための読みきかせの会」の活動をしていて、その際は本名の「中沢貴恵子」併記で活動しています。

その他にもエッセイストとして、「貴恵のニューイングランド物語」「父の贈り物」など著作を出版するほか、絵本「大きな木のおくりもの」「おおきなかぶ」「はらぺこかいじゅう」「くるみわり人形」などの翻訳を手がけたりなど、文筆家としても活躍しています。

今後も中井貴一さんの活躍に期待

父と2歳の時に死別し、母に育てられてきた中井貴一さんですが2018年に入ってからも映画「嘘八百」で主演の小池則夫役を演じ、また舞台でも2018年12月~2019年1月にかけて三谷幸喜さんの新作ミュージカルに出演することが発表されています。

映画やドラマ、舞台と幅広く活躍されている中井貴一さんは現在も妻の麻友子さんと仲睦まじく暮らしていることでしょう。あまりプライベートは多く語らない中井貴一さんですが、今後も俳優としての活躍を通して、私生活での充実感に期待したいです。