吉田拓郎の結婚歴、現在の妻(画像アリ)は誰?金沢事件とはどんな冤罪? エンタメ

吉田拓郎の結婚歴、現在の妻(画像アリ)は誰?金沢事件とはどんな冤罪?

吉田拓郎さんは昭和のシンガーソングライターの草分け的存在であり、マイナーな存在だったフォーク並びにロックを一気に日本の音楽シーンのメインストリームに引き上げた人物です。そんな拓郎さんの女性遍歴や、有名な「金沢事件」に迫ってみましょう!

吉田拓郎ってそもそもどんな人物なの?!

シンガーソングライター吉田拓郎のプロフィール

  • 本名:吉田 拓郎
  • 別名:よしだたくろう 入江剣
  • 生年月日:1946年4月5日
  • 出身地:広島県広島市
  • 最終学歴:広島商科大学

吉田拓郎さんは、単なるフォークシンガーやシンガーソングライターではありません。大規模野外コンサート、ラジオの活性化、コンサートツアー、プロデューサー、レコード会社設立など、さまざまな新しい道を開拓したパイオニアです。

その功績は、日本ポップス史における最重要人物の一人と言って過言ではないでしょう。往年の吉田拓郎さんを知らない、若い世代の人たちも、KinKi Kidsと共演した音楽バラエティ番組での姿には、覚えがあるのではないでしょうか。

吉田拓郎が生んだ社会現象って何なのか?

「日経エンタテインメント!」の2000年2月号特集「J-POPの歴史をつくった100人」の中で「吉田拓郎こそが自身の音楽がポピュラリティーを得るために戦ったJ-POPの開祖だ」と論じています。井上陽水さんとよく比較されますが、熱狂的なファンが多く存在する、所謂カリズマ性では圧倒的に拓郎さんの方に軍配が上がりそうです。

社会現象としては、拓郎さんが出てきてギターの売れ行きが爆発的に伸び、ダンガリーのシャツ、ジーパンもよく売れました。拓郎さん以前は外国人ミュージシャンのコピーをする人が多かったがのですが、拓郎さんが出てきてからは「吉田拓郎」をコピーする若者が増えたのも事実です。

名曲「結婚しようよ」でゲットした最初の妻?画像で追跡!

吉田拓郎さんは、最初にフォーク歌手の四角佳子さんと結婚ました。拓郎さんが26歳、四角さんが20歳の時です。ハーフっぽい綺麗な女性で、馴れ初めは友人の紹介でした。拓郎さんが一目惚れし、猛アタックの末、付き合うことになったとか。イケメンではない拓郎さんですが歌っている姿や、独自の世界観が女性を惹きつけたのでしょう。

そして今でも歌われ続けているあの曲「結婚しようよ」でプロポーズ!佳子さんとの間には娘さんを授かっています。しかし、結婚生活は長続きしませんでした。四角佳子さんとは1975年に離婚しました。離婚理由には、浅田美代子さんとの不倫があったのではないか、と言われています。

吉田拓郎「結婚しようよⅡ」再婚の妻は?画像で追跡!

四角さんと離婚した吉田拓郎さんは、1977年に浅田美代子さんと晴れて再婚します。アイドル歌手として活躍していた10歳下の浅田美代子さんに、吉田拓郎さんが楽曲提供をしたのが交際のきっかけだったようです。

拓郎さんは、もともと浅田美代子さんのファンでした。浅田さんは最近では、バラエティ等で、天然で面白いおばさんキャラとして有名になりましたが、若い頃は今のAKB48ぐらいの人気がある可愛いアイドルだったのです。

拓郎さんと浅田さんとの間には、子供はいません。そして拓郎さん、ファンだった女性が自分の妻になって幸せを噛み締めていると思いきや、すぐに離婚へと流れが変わります。浅田美代子さんとは、1985年に離婚となってしまいます。離婚理由は現在の妻、森下愛子との不倫だったようです。

1983年6月に拓郎さんが森下愛子さんとの深夜デートをキャッチされ、当時、奥さんであった浅田さんは「森下さんのことも主人から聞いていましたから、全然心配していません」とコメントしていました。離婚のウワサについても否定しました。しかし、結局浅田さんと拓郎さんは、1983年に性格の不一致を理由に離婚しました。

吉田拓郎の「結婚しようよⅢ」❸現在の妻は?画像で追跡!

1986年12月に現在の妻、森下愛子さんと結婚。彼女は12歳も歳下です。やっぱり拓郎さんは、若い子が好きなのですね!しかし、このふたりの間にお子さんはいません。結婚後に森下さんが体調を崩し、13年も休養していたことも原因かもしれません。病名は不明ですがストレス性のものだとか。現在は復帰し、ドラマや映画に出演しています。

桑田佳祐が吉田拓郎の功績を語る!?

桑田佳祐さんは著書の中で、拓郎さんを聴いて、これなら曲が作れると思った、と述懐しています。桑田さん、長渕剛さん、氷室京介さん、浜田省吾さん等々、多くの後進に音楽の道を志すきっかけを与えたのも大きな功績です。

山本コータローが吉田拓郎の功績を語る!?

山本コータローさんは、拓郎さん以前のフォークシンガーは、岡林信康さんにしてもわりときれいな声であり、彼のような怒鳴り調、太い声で歌うシンガーはあまりいなかったと述べています。さらにその声だけでなくビートの強さ、リズムの良さ、その上歌詞も素晴らしいと。

一方で「イメージの詩」を歌いながら、「マークⅡ」のようなポップな曲も歌える幅の広さが衝撃的だったと語っています。また自分の歌、メッセージ、スタイルを人にどう伝えられるか、どう守るかといった自己プロデュース能力が早くから秀でていたと今になると思う、とも語っていました。

紅白歌合戦の場合も拓郎さんに拒否されて以降、ニューミュージック系の歌は紅白では聴くことが出来ないという常識が定着しました。出演拒否、取材拒否など多くのタブーを破り、フォークにポリシーを持たせ、歌謡曲とは違うという鮮烈なイメージで若者の心をとらえたのです。

小室哲哉が吉田拓郎の功績を語る!?

小室哲哉さんは拓郎さんについて、「フォーク、フォークといわれながらメディアに対しての姿勢とかにロックを感じた」 「歌謡曲への影響力の在り方は日本にもこういうことが有り得るんだ、と目標というか光が見えた気がした」「やっぱり憧れてたし、少なからず影響は受けてると思う」等と語っています。

今も話題に挙がる冤罪、金沢事件とは?

1973年5月23日朝、吉田拓郎さん宅に石川県警金沢中署の刑事3名が押し掛けました。容疑は婦女暴行致傷で逮捕され、手錠をかけられた拓郎さんは金沢に連行されました。マスコミは飛びつきました。テレビ出演拒否などの生意気な言動に、イラっとしていたこともあり「フォークの貴公子」をこき下ろして溜飲を下げたかったのかも知れません。

このニュースは多方面に激震が走りました。熱狂的ファンは警察署まで駆けつけるほどの騒ぎです。しかしこの事件には笑えないオチが・・・。事件はとんだ茶番だったのです。被害者を装った女子大生A子の狂言だったのですから。金沢中署の発表ではA子は拓郎さんから20分間監禁され、暴行されかけるも、懸命の抵抗で未遂に終わったと。

しかし逮捕から10日後、拓郎さんは不起訴処分で釈放されました。襲われたのはA子の狂言で、部屋に鍵はかかっておらず、途中メンバーが将棋盤を借りに入ったりしましたが、拓郎さんは彼女が部屋を出ていく際、おでこにキスしただけだとのこと。A子はもちろんケガもしていなかったと当時取材を担当していた記者は伝えています。

冤罪、金沢事件、狂言と発覚するも訂正報道皆無!?

A子は翌日、自分が通う大学で知人たちに、拓郎さんとデートしたと自慢していたようです。それがなぜ暴行致傷になったのか?実はA子はその日、友人の家に泊まると言って朝帰りしたのですが、両親にその嘘がばれて責められ、あろうことか、愚かにもとっさに吉田拓郎さんに暴行されたと口走った、というのが真相のようです。

さらにA子には婚約者がいました。その夜のこと(A子のでまかせ)を知った婚約者は激怒したので、A子はますます口からでまかせを重ね、告訴せざるをえなくなった、とのこと。拓郎さんにしてみれば、全く身に覚えがない事だったのです。しかし、女性大生の狂言だったにも関わらず、拓郎さんへの同情どころか試練が待っていました。

当時のマスコミがいかに陰湿か、潔白の印象を与える報道などしません。拓郎さんの受けたダメージは大きく、ツアーは中止、歌うCMは自粛、他人に提供した楽曲まで放送禁止。にもかかわらず敵対していたマスコミからの謝罪はなかった。警察もマスコミも冤罪を謝罪することはありませんでした。

吉田拓郎が療養生活に!病気は一体何だったのか?

吉田拓郎さんは2003年に肺癌の手術を行いました。手術は無事成功し、秋に復帰コンサートで全国に元気な姿を見せました。しかし2007年に更年期障害、ストレス、うつ病への入り口とブログにて告白。2007年の夏ツアーはぜんそく性気管支炎と胸膜炎を患い中止、さらには2009年の最後の全国ツアーも慢性気管支炎にて中止しています。

その後、拓郎さんはテレビ出演を絶ち、2013年には4年間続けてきたラジオも降板。一時激痩せし、癌の再発を心配する声もありました。しかし、これはコンサートツアーの体力作りのためで、2014年にはアルバムも発売され、2年ぶりとなる首都圏コンサートツアーも開催しています。

吉田拓郎と森下愛子、三度目の正直で離婚しないで!

ここまでの大病を患ったら、普通は芸能界引退となるはずです。しかし、すぐに復帰できたのは妻である森下愛子さんの献身的な内助の功も大きいでしょう。お互いが病気で苦しんでいる時に、助け合って乗り越えた夫婦の絆は強固なはずです。

吉田拓郎さんのブログでは、夫婦でハワイ旅行へ言った近況が綴られたり、元気な様子がうかがえます。三度目の正直の拓郎さんと愛子さんには、今後も仲良く、おしどり夫婦と言われるようなっていくことを期待したいものです!