西城秀樹の若い頃“ヒデキのアイドル人生”を語る!!昔の彼の姿を今に! 男性アイドル

西城秀樹の若い頃“ヒデキのアイドル人生”を語る!!昔の彼の姿を今に!

今年63歳で亡くなった歌手で大スターの西城秀樹さん、若い頃には山口百恵さんからのラブレター話や十朱幸代さんとの関係など、音楽の話題以外にもたくさんの出来事がありました。西城秀樹さんは日本の音楽界を発展させ、支え、盛り上げることに大きく貢献したと言えるでしょう。

西城秀樹のアイドル人生をたどる!若い頃の彼とは?

日本を代表する歌手である西城秀樹さん、今年彼の訃報を聞いて驚かれた人も少なくはないでしょう。それだけ、昭和の日本の音楽界を牽引してきた大スターゆえに悲しみは大きいです。大スター西城秀樹さんはどんな人生を歩んできたのでしょうか?

西城秀樹さんの若い頃、デビューしたての頃の彼の姿はどんな感じだったのでしょうか。また山口百恵さんから貰ったと言われている“ラブレター”の存在は真実なのか、十朱幸代さんとの男女関係はあったのかなどを中心にピックアップし、重ねて彼の音楽人生を見ていきたいと思います。

また、西城秀樹さんを襲った病についても考えていきたいと思います。西城秀樹さんの病との闘い、そこから考え、分かることは何か、西城秀樹さんの最後まで生きたその63年間の生活とともにお伝えします。

西城秀樹の簡単なプロフィール

西城秀樹(さいじょうひでき)、本名は木本龍雄(きもとたつお)と言います。1955年4月13日、広島県広島市東蟹屋町(現在は同市東区東蟹屋町)に生まれました。事業家の父の元に生まれたこともあり、家は裕福であったようです。

身長は181cmと高身長で血液型はAB型、誰もが知る日本を代表する歌手として、また後には俳優としても活躍しました。所属事務所はアースコーポレーションです。戦後復興の時代に生まれ、高度経済成長期に大いに日本を湧かし、大スターまでのぼりつめた一流歌手です。

西城秀樹さんのデビュー後は、片仮名で“ヒデキ”がニックネームとなりました。活動の範囲は幅広く、歌手や俳優としての彼はもちろん、“ヒデキ感激”の言葉や“YMCA”のパフォーマンス、さらにはアニメ『ちびまる子ちゃん』にもキャラクターとして登場するほど、デビュー当時から多くのファンとともに歩んでいました。

『NHK紅白歌合戦』には1974の初出場から11年連続での出場を誇り、また『日本レコード大賞』では何度か歌唱賞を受賞するなど実力派歌手として奮闘してきました。2018年5月16日、自宅のある神奈川県内の病院で63歳という歌手人生に幕をおろしました。

西城秀樹の早過ぎる死、元アイドル“ヒデキ”を思う!

ニュース、報道を通して西城秀樹さんの訃報を知ったのは5月の出来事でした。驚きと動揺、悲しみ様々な気持ちが日本中を包み、大スターの死を知ったのです。63歳というまだまだ活動できたであろう、早過ぎる最期となりました。

2018年4月13日、西城秀樹さんは63歳の誕生日を迎え、翌日の〈同窓会コンサート2018in足利(栃木県足利市)〉に出演時、ステージ上で祝福のケーキが出たとのことです。この時の歌声が本人の人生最後の公での歌唱となりました。

2018年4月25日、自宅で倒れ救急搬送され、意識不明の中懸命な治療が行われましたが、同年5月16日に亡くなられました。死因は急性心不全でした。関係者、ファンはもとより、ご家族の悲しみは計り知れません。謹んでご冥福をお祈り致します。

西城秀樹のアイドル人生とは?若い頃の彼を画像でチェック!

ここで西城秀樹さんの歌手として活躍していた全盛期の当時の画像を見ながら、西城秀樹さんの思い出を語りましょう。髪型は最近と違い、長髪でした。またこれは西城秀樹さんに限ったことではなく、多くのアイドルの方々と共通しています。

衣装もシックな色合いのものからシンプルなもの、胸元を開ける少し派手なものまで昭和の雰囲気を感じさせてくれるようです。西城秀樹さんの代表作の一つ「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」は当時のテレビ番組『ザ・ベストテン』で1位をとり、今でも歌い継がれている名曲です。

西城秀樹の若い頃のアイドル人生、『新御三家』時代へ

1970年代を席巻したアイドル歌手の西城秀樹さん、彼と郷ひろみさん、野口五郎さんを交えたこの3人を総称して“新御三家”と言っていました。それだけこの3人がこの時代の日本の音楽シーンに与えた影響は計り知れないものでしょう。

西城秀樹の若い頃のアイドル人生、“ヒデキ感激”を生み出す

西城秀樹さんの活躍ぶりはCMにもありました。当時のハウス食品のバーモンドカレーCMには西城秀樹さんが出ていました。彼が作ったカレーを子どもたちが食べ、皆“おかわり”をねだる、そこから西城秀樹さんが言った「ヒデキ感激!!」が一気に広まったのです。

西城秀樹の若い頃のアイドル人生、アニメにも登場!!

西城秀樹さんの活躍、今度はアニメです。ご存知の方も多いと思いますが、アニメ『ちびまる子ちゃん』にはキャラクターとして“ヒデキ”が出てきます。まる子のお姉ちゃんが大ファンで、よくテレビにしがみつくように見ているシーンがありましたね。

西城秀樹は昔、山口百恵からラブレターを貰った?真相は?

テリーは還暦を迎えた西城さんに会った際、「実はね、山口百恵ちゃんが僕のこと好きだったんだよ。ラブレターをもらった」と昔話を打ち明けられ、驚いたという。

(引用:日刊スポーツ)

この記事を見る限り、西城秀樹さんがご自身でラブレターの存在や、それを受け取ったという事実を告白しています。したがって、山口百恵さんからのラブレターは真実である可能性が非常に高いと思います。

西城秀樹の恋愛事情、十朱幸代との破局!理由は?

この十朱幸代さん、実は恋多き女優として有名で、数多くの熱愛の噂がありました。しかし彼女はどんな噂であっても否定してきましたが、西城秀樹さんとの交際だけは宣言しています。当時2人の交際は事実のようです。

西城秀樹の両親や家族は?子供の名前や年齢は?

お子さんは女の子が一人で一番上のお姉さん(長女)、次いで男の子が二人、お兄さん(長男)と弟くん(次男)の3人です。まずは一番上のお姉さん(長女)の木本莉子(きもとりこ)さんです。2002年6月3日生まれ、現在は16歳頃になっています。大人びたしっかりした印象かつ、可愛らしさも兼ね備えた感じを受けます。

次はお兄さん(長男)の木本新之助(きもとしんのすけ)くんです。2003年9月1日生まれ、長女の出産からおよそ1ヶ月と少しで誕生しました。現在は14歳くらいでしょうか。顔立ちがすっきりしていて西城秀樹さんに負けず劣らずのイケメンですね。ネット上でもそのイケメンぶりに噂になっています。

さらに弟くん(次男)の木本悠天(きもとゆうま)くんです。2004年生まれと分かっていますが、残念ながら何月何日に生まれたかは不明です。今はおそらく13歳くらいにはなっているでしょう。あどけない可愛らしい表情が何とも言えないですね。

最後は奥さん、名前は木本美紀(きもとみき)さんです。結婚当時の彼女の住まいは大阪だったそうです。また奥さんは全くの一般人で芸能界とは関わりのない方だったようです。ということで、家族構成は5人家族であると考えられます。今となっては西城秀樹さんが他界され、4人家族となってしまいました。

西城秀樹の生い立ち

プロフィールにもあるように、西城秀樹さんは1955年4月13日に広島県広島市東蟹屋町(現在の同市東区東蟹屋町)で生まれました。お父さんは事業家でありましたが、この当時は実家でパチンコ店を経営していていたそうです。お父さん、お兄さん、お姉さん、西城秀樹さんの4人暮らしで、末っ子でした。

ジャズギターを趣味としていたお父さんの影響もあって、西城秀樹さんは幼少期から音楽を学び始めました。彼の最初の楽器はドラムでした。小学校3年生の頃にはジェフベックのファンになります。西城秀樹さんが小学校5年生の時、同じく音楽をやっていたお兄さんとエレキバンドを組んで小学生ドラマーとして活動し始めます。

高校時代になると活動の幅は広がり、通っていた高校やジャズ喫茶などで出演し、その時に突然のスカウトを受けます。芸能界入りを断固反対するお父さんを押し切って上京、西城秀樹さんの芸能界デビューへと進んでいきます。

1972年には念願の歌手デビューを果たし、その後様々な活動を通して大スターとなっていきます。愛称“ヒデキ”とともにその抜群なルックスとスタイルを武器にたくさんのファンに支持され、音楽活動に取り組んでいきました。

西城秀樹を襲った病とは?病名:急性心不全!

西城秀樹さんは2018年4月25日、家族との団らんの時間に突然意識を失って倒れ、救急搬送されましたが、結果的に亡くなってしました。西城秀樹さんが63歳でこの世を去った、その死因は“急性心不全”というものでした。突然死、突如心臓が止まるとった現象の総称に使われるのがこの言葉です。

急性心不全には様々な要因があるようですが、西城秀樹さんの原因が何であるかは公開されていません。ですが、西城秀樹さんの急性心不全に関しては以下の分析記事もありますので載せてみました。誰にでも起こる可能性があるものです。ひと事とは言えませんね!

2度の脳梗塞を乗り越えた西城さんだが、死因は急性心不全だった。2つの病気の因果関係について、医療ジャーナリストで医師の森田豊氏は「63歳という若い年齢からも、2つの病気があったというよりは、関係があるとみるのが自然だ」と指摘した。急性心不全の原因としては心筋梗塞、不整脈、弁膜症などがある。「中でも、脳梗塞を2度起こした西城さんは、やはり血栓ができて冠動脈に詰まりが生じた心筋梗塞ではないでしょうか」と分析した。

(引用:毎日新聞)

西城秀樹を襲った病はこれだけではない!過去には脳梗塞も経験

上記の引用にもありますが、今回の“急性心不全”が以前2度起こした脳梗塞が関係しているのではないかとの見方が濃厚なようです。脳梗塞、つまりは脳内の血管中の血液が詰まり、血管を塞いでしまうものです。また、そもそも血管そのもの病の進行もあったようです。

 元々、西城さんは血液が濃くなる「二次性多血症」で、血液が詰まりやすい体質だった。脳梗塞、心筋梗塞の原因は老化や生活習慣による動脈硬化が主で、日本人の4人に1人が動脈硬化による心臓や脳の病気で亡くなっている。森田氏は「脳梗塞の後、本人も医師も薬や生活習慣の見直しで再発防止に努めていたと思う。具体的には禁煙禁酒、適度な運動、食生活の改善など。しかし、それよりも血管の病の進行が強かったのではないか」と語った。

(引用:毎日新聞)

西城秀樹の若い頃“ヒデキのアイドル人生”を語る!!のまとめ

今回は大スターの西城秀樹さんの若い頃についてふれてきました。新御三家の一人として日本の音楽シーンにその名を轟かせた大スター、その当時の輝きが今でも脳裏に浮かんでくるという人は少なくないでしょう。

また、西城秀樹さんは急性心不全というもので63歳の生涯を閉じました。彼の死を悼む思いは日本中を包みました。残念ながらこの世を去ってしまった西城秀樹さん、彼が生きた軌跡を感じ、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。