石原裕次郎の本当の死因はがんではなく梅毒だった?!真相を探ります! エンタメ

石原裕次郎の本当の死因はがんではなく梅毒だった?!真相を探ります!

石原裕次郎三さんと言えば昭和の大スターとして有名な俳優ですが、病気で死亡した後に死因にまつわる噂が各方面で飛び交っています。肝臓癌で亡くなった石原裕次郎さんですが、本当の死因は何だったのでしょうか?噂となっている梅毒の真相を探ります。

石原裕次郎はがんで亡くなった?本当の死因は梅毒だった?!

若い頃から晩年に至るまで「昭和の大スター」として君臨し続けた俳優の石原裕次郎さんですが病気により突然死去してしまいます。没日は1987年7月17日でした。「昭和の大スター」と呼ばれた俳優の石原裕次郎さんの死は当時の日本中で大きなニュースとなり週刊誌にも大きく取り上げられていました。

その死因が大きく取り上げられています。発表は肝臓癌とされていますが、ここにきて梅毒だったのではないかとの噂が広まっているのです。その噂となったことやさらには、石原裕次郎さんの妻や子供、愛人に至るとこまで調べていきたいと思います。

石原裕次郎のプロフィール

  • 本名:石原裕次郎(いしはら ゆうじろう)
  • 生年月日:1934年12月28日
  • 没年月日:1987年7月17日(満52歳没)
  • 出生地:兵庫県神戸市須磨区 死没地 東京都新宿区信濃町
  • 身長:178 cm
  • 血液型:A型
  • 職業:俳優、歌手、声優、司会者、モデル、実業家
  • 配偶者:石原まき子(北原三枝)
  • 著名な家族:父・石原潔、母・石原光子、兄・石原慎太郎

若い頃の石原裕次郎さんは慶應義塾大学に進学したものの、オーディションを受けたが全て不合格に終わりました。しかし石原裕次郎さんは兄である石原慎太郎さんの小説「太陽の季節」が映画化される際に兄である慎太郎さんからの推薦により映画「太陽の季節」の端役で俳優デビューを果たしました。

この時に後に自身の妻となる北原三枝さんに相手役として出会います。その後の石原裕次郎さんは俳優または歌手として映画・テレビドラマ・レコードに至るまでデビューから晩年まで数多くのヒット作品を残して誰しもが認める「昭和の大スター」として昇りつめました。

「石原軍団」設立

石原裕次郎さんは功績としてよく知られているのが石原プロの設立です。石原裕次郎さんは1963年に石原プロモーションを設立し、自分の息子のように育て上げた「石原軍団」と呼ばれる数多くの俳優を輩出しました。「石原軍団」は渡哲也さん、舘ひろしさん、神田正輝さん、徳重聡さんなどが在籍しています。

石原裕次郎の肝臓がんの闘病生活

石原裕次郎さんは1987年7月17日に肝臓癌で死去したと報道されていますが、死因である肝臓癌に至るまでに長期間による闘病生活を送っていました。石原裕次郎さんの死因である肝臓癌は1984年に発見されました。石原裕次郎さんは1986年5月に高熱のため入院します。

7月に退院した後はハワイへ移り静養しています。石原裕次郎さんは1987年4月にハワイから帰国直後に病院で検査を受け、入退院を繰り返すものの容体が悪化していき高熱や幻覚症状が発生します。そしてついに石原裕次郎さんは同年の7月17日金曜日午後4時26分肝細胞癌のため死去してしまいます。享年は52歳でした。

石原裕次郎の死因は肝臓がんだが、本当の死因は?

石原裕次郎さんの死因は肝臓癌と言われていますがその肝臓癌に至るまでのもっと前の死因は今でも解明されていません。石原裕次郎さんの死因は肝臓癌と言われていますが正式には「食道静脈瘤」という病気です。「食道静脈瘤」はC型肝炎に感染して肝硬変、肝臓癌となり、食道の静脈が風船のようになって破裂し出血する病気です。

食道静脈瘤を患った後の石原裕次郎さんは、肌の色が茶色くて全体的に浮腫んだいるような印象がありました。実はこの肝臓癌に至るまでの石原裕次郎さんの死因に関しては、はっきりと公表されておらず今でも諸説挙がっておりまとまっていない状態です。

石原裕次郎の死因は梅毒だった?

石原裕次郎さんの死因である肝臓癌(正式には解離性大動脈瘤)という病気は動脈硬化や梅毒が多くのケースで原因とされています。石原裕次郎さんは昭和の芸能界を象徴する派手な夜遊びを繰り返していたので、これにより石原裕次郎さんはに梅毒かかっていたのではないかと言われています。

石原裕次郎さんの死因は梅毒によるものではないかと言われていますが、石原裕次郎さんが梅毒にかかっていた可能性について迫ってみました。石原裕次郎さんがご健在の頃は夜遊びも盛んで女性との噂が終始絶えなかったので梅毒が死因ではないかと言われています。

石原裕次郎と松田聖子と若い頃の関係!

当時アイドル歌手として名を馳せていた松田聖子さんが石原裕次郎さんの愛人だと言われていました。しかし石原裕次郎さんと松田聖子さんは夜の関係を持つことが出来なかったようです。このことからも石原裕次郎さんが松田聖子さんと関係を持てなかったのは梅毒にかかっていたからではないかと言われています。

ただしこの石原裕次郎さんが梅毒によって松田聖子さんと関係を持てなかったという説は噂レベルでしか語られていません。おそらく芸能界の大スター2人が関わっている大問題なので、芸能界全体で黙殺されていると言った状態だからではないでしょうか。

石原裕次郎が梅毒疑惑!妻との関係で明らかに

石原裕次郎さんが梅毒にかかっていた説を裏付ける要因がもう一つあります。それは石原裕次郎さんの実の妻である女優の北原三枝さんです。映画で共演した後に石原裕次郎さんと北原三枝さんは結婚しています。しかし子供は生まれずに石原裕次郎さんは亡くなってしまいました。

松田聖子さんや妻である北原三枝さん以外の女性ともスキャンダラスな噂がたくさん出回っていた石原裕次郎さんですが最後まで子供を持つことは出来ませんでした。夜遊びが好きにも関わらず子供が一切生まれなかったのは梅毒にかかっていたせいであり、それが石原裕次郎さんの死因となっているのではないかと言われています。

石原裕次郎に息子や娘がいなかった原因とは?

石原裕次郎さんの死因は梅毒であるという説が多く語られていますが、それは夜遊びが好きな石原裕次郎さんにもかかわらず子供が一切できなかったからだとされています。しかし子供が一切できなかった説に関しては別の推測もあります。それは放射線治療です。

石原裕次郎さんは若い頃にスキーで足を骨折した際に、本来ならば手術が必要なのにもかかわらず俳優の仕事を優先したために手術を拒否し何回もレントゲンを撮って病状を確認するという経験をしています。この時に受けた放射線治療により子供が作れない体になったのではないとも言われています。

石原裕次郎のお墓

石原裕次郎さんのお墓は、万成石五輪塔で神奈川県横浜市鶴見区にある總持寺に立てられており、墓碑には石原裕次郎さんの妻の直筆で石原裕次郎さんの気持ちを代弁したような言葉が綴られています。「美しき者に微笑を、淋しき者に優しさを、逞しき者に更に力を、全ての友に思い出を、愛する者に永遠を。心の夢醒める事無く。」

まとめ

今回は「昭和の大スター」と呼ばれた俳優の石原裕次郎さんについてご紹介しました。石原裕次郎さんの死因に関する決定的な情報は石原裕次郎さんの死後約30年経った今でも不明ですがおそらくもう解明されることは無いでしょう。

石原裕次郎さんの死因の中で最有力候補と呼ばれているのは梅毒です。本当にそれが死因なのかは分かりませんが石原裕次郎さんほどの素晴らしい俳優が子供を残せなかったのは残念で仕方ありません。石原裕次郎さんのご冥福を心からお祈り致します。