アントニオ猪木の名言「道」には作者がいて意味があった!詳しい詳細を紹介します!! スポーツ

アントニオ猪木の名言「道」には作者がいて意味があった!詳しい詳細を紹介します!!

元プロレスラーの『燃える闘魂』でお馴染みであるアントニオ猪木さん!!そんなアントニオ猪井さんが引退試合に放った名言「道」はとても有名となっていますが、今回はこの名言「道」についてやアントニオ猪木さんの様々な情報を紹介していきたいと思います!!

作者がいる!?アントニオ猪木の名言『道』には意味があった!!

『燃える闘魂』でお馴染み、元プロレスラーで現在は参議院議員であるアントニオ猪木さん!!今回はそんなアントニオ猪木さんの名言「道」の全文や隠された意味、作者がいる事実等のアントニオ猪木さんに関する様々な情報をいくつかに分けて紹介したいと思います!!その前にアントニオ猪木さんのプロフィールをのぞいてみましょう!!

名言の作者?!アントニオ猪木のプロフィール!!

名前:アントニオ猪木 生年月日:1943年2月20日(75歳)最終学歴:横浜市立寺尾中学校 出身地:神奈川県横浜市鶴見区 身長:血液型:AB型 職業:参議院議員(外交防衛委員会)事務所:無所属クラブ 妻:一般人 です!!

アントニオ猪木の名言「道」は引退試合から生まれた!!その①

様々な伝説を作り、プロレス界を牽引してきたレジェンド・アントニオ猪木さん!!そんなアントニオ猪木さんの引退試合が行われたのは、1998年4月4日で彼が55歳の時だったそうです!!そして引退試合の相手は事前に対戦相手が決められていたわけでは無くイベントで勝ち上がってきた相手と一戦を交える、というスタイルを取りました!

アントニオ猪木さんの対戦相手を決めるための決勝戦にたどり着いたのは、元柔道家『小川力也』さんとアメリカの『ドン・フライ』さん。優勝の本命はアントニオ猪木さんの愛弟子である小川力也さんの勝利を会場中が期待していたのですが、ドン・フライさんが勝利しアントニオ猪木さんの対戦相手となりました!!

アントニオ猪木の名言「道」は引退試合から生まれた!!その②

こうして行われたアントニオ猪木さんとドン・フライさんの試合。試合は終始アントニオ猪木さんのペースであり、アントニオ猪木さんの得意技「コブラツイスト」から「グランドコブラ」へと移行したところでドン・フライさんがギブアップ!!試合時間にして約5分弱という速さでの勝敗になりました。

それでもアントニオ猪木さんのプロレス人生の全てが詰まっていた内容で、ファンにとってもとても見ごたえのある内容だったそうなのです!!そして行われた引退セレモニーの最後に挨拶とファンやプロレス関係者への感謝の言葉を述べると共に、格言とも呼べる『道』を述べたのです!!

アントニオ猪木の格言ともいえる名言『道』の全文を紹介!!

引退試合の最後にアントニオ猪木さんは格言ともいえる名言『この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道は無し。踏み出せばその一歩が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ。』。このフレーズを最後に、アントニオ猪木さんはプロレスラーとしての最後を迎えたのでした。

因みに、この格言の意味は簡潔に言うと「迷っても仕方がないから、とにかくやってみよう。」という意味が込められているそうですよ!!新しいことを始める時、失敗を考えて一歩踏み出せない時、踏み出さなきゃ何も始まらないという事なのです。迷わずにとにかくやってみようというわけですね!!

好評のあまりアントニオ猪木の『道』を壁紙にする人も!!

1998年4月4日に行われたアントニオ猪木さんの引退試合以降、格言とも言える名言『道』はその後も多くのプロレスファンから愛されるようになり、最近ではアントニオ猪木さんの格言『道』は携帯の壁紙としても登場しているようです!!凄く深い言葉ですもんね・・・。

アントニオ猪木の格言とも言える名言『道』には作者がいた!?

アントニオ猪木さんが1998年4月4日の引退試合の最後に話した格言『道』。意味がとても深く感動することから、その後は壁紙まで出ていたのですが。。実はこの格言は、アントニオ猪木さんの供述で「一休さん」のお話から取ったものだと言われていたのです!!ですが調べて見ると、「一休さん」では無かった事が判明したのです!!

この『道』の作者は、愛知県碧南市出身の宗教家『清沢哲夫』さんと言う方が「無常断章」という作品の中で生まれたフレーズだったのです!!この「無常断章」の全文と『道』には多少違いがあるものの、ほとんど違いが無かった事から間違いありません!!作者を間違えるなんて、アントニオ猪木さんらしいですね(笑)

アントニオ猪木のプロレス引退後!その①:盛り上げ役に!!

伝説を作り続け、プロレス界を牽引してきたアントニオ猪木さん!その後のアントニオ猪木さんは、「UFO」「PRIDE」「INOKI BOM‐BA‐YE」など、多くのプロレス団体やイベント等に盛り上げ役として登場し話題になりました!!

さらには、アントニオ猪木さんの完全プロデュースによる『ジャングルファイト(MMA/VT)』というプロレスのイベントを南米ブラジルで開催するなどのプロデュース業にも力を入れていました!!

絶縁!?

盛り上げ役として様々なイベントに登場し、自身でプロレスのイベントを主催するなどの活躍を見せていたアントニオ猪木さん!!そんなアントニオ猪木さんは、さらに2002年8月28日に行われた格闘技イベント『Dynamite!』にもアントニオ猪木さんは出演し観客を沸かせていました!!

格闘技イベント『Dynamite!』では上空3000メートルからのスカイダイビングに挑戦し、見事「国立霞ヶ丘陸上競技場」への着地に成功し観客をさらに沸かせたアントニオ猪木さんでしたが、過激な演出のあまりプロレス団体の「PRIDE」と絶縁してしまったそうなのです。

アントニオ猪木のプロレス引退後!その②:参議院議員に!!

プロレス界を引退後は、格闘技のプロデュースなどに専念していたアントニオ猪木さん!!その後は過激な演出のあまり、プロレス団体「PRIDE」と絶縁したアントニオ猪木さんは平成元年に、「スポーツを通じて国際平和」を合言葉に『スポーツ平和党』を結成し「第15回参議院議員通常選挙」に出馬をしました!!

比例区からの出馬であったアントニオ猪木さんは、99万3989票を集めて初当選を果たしたようで『参議院議員』となりました!!この初当選で、史上初のレスラー出身の国会議員が生まれました!!

アントニオ猪木はその後、北朝鮮とのパイプ役に!!

レスラー界から初の国会議員となったアントニオ猪木さんはその後も参議院議員として活躍し、何度か落選もありました。ですが、現在は北朝鮮でも英雄として扱われているアントニオ猪木さんは政権に無くてはならない重要なパイプ役としての役割を担っているのだそうです!!

2018年現在も北朝鮮と「拉致問題」解決のために北朝鮮と日本を行き来し、北朝鮮の最高幹部である金正恩委員長との訪朝対談も行っているのです。現在のアントニオ猪木さんが対談をしているおかげで、戦争にならずに済んでいるのかもしれません。物凄く重役であると思います。。。

最後に

最後までご覧頂きありがとうございました!!いかがだったでしょうか?楽しく読まれて頂けたでしょうか!?あくまでも全てが真実ではなく、噂もありますので全てが事実ではりません!その辺りはご了承ください!!

アントニオ猪木さんの今後について、今後に関して、新しい情報が入りましたら是非ともまた記事を追加していこうと思います!!またその時は読まれていただければ幸いです!!本当に最後まで読んで頂き、ありがとうございました!!