タモリが作った伝説、赤塚不二夫への白紙の弔辞に感動が止まらない! お笑い

タモリが作った伝説、赤塚不二夫への白紙の弔辞に感動が止まらない!

ご訪問ありがとうございます。今日はビックスリーの一人でもある、名司会者タモリさんについての話題を掘り下げて行きたいと思います。タモリさんと言えば、これまで数々の伝説を作ってこられた人物でありますが、今回は白紙の弔辞というものについてまとめて行きます。

天才タモリ伝説、白紙の弔辞ってどんなエピソード?PART1

日本のテレビ番組を語る上で、大変重要人物となっているタモリこと森田一義さん。今、タモリさんが作った数々の伝説の中の1つである、白紙の弔辞が話題になっています。事のきっかけは、誰もが知っている有名漫画、『天才バカボン』や『おそ松くん』の作者、赤塚不二夫さんなのです。

赤塚不二夫さんが亡くなられた際、葬儀に出席したタモリさん。その際彼は、赤塚不二夫さんへの弔辞を読むこととなったのです。しかしその弔辞がなんと!白紙ではないか?という説が噂されています。弔辞といえば、かなり長い文章であるのが一般的ではないでしょうか。

天才タモリ伝説、白紙の弔辞ってどんなエピソード?PART2

そのような長文を、大変な濃度の内容で読み上げたタモリさん。葬儀に参列した当時も話題になりましたが、改めて10年経った今でも伝説となっているようです。それでは事の詳細を紐解いて行きたいと思います。

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART1

さて弔辞とは、亡くなった方と最も関係が深かった人間が、遺族の希望で務める事が多いのだそうです。葬儀の際、赤塚不二夫さんと生前最も親しかったとされるタモリさんが、その大役に選ばれたのです。下記の引用文抜粋の文章をご覧ください。

私がお笑いの世界を目指して、九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーで、ライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。

(引用:日刊スポーツ

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART2

赤塚不二夫さんの葬儀にてタモリさんが読んだとされる、弔辞の冒頭部分を抜粋したものになります。お二人のドラマのように運命的な出会いが、目に浮かんでくる文章ですよね。その後の文章はこのように続きます。

あなたは「君はおもしろい。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるから、それに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションに居ろ」と、こう言いました。

それから長いつきあいが始まりました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。

(引用:日刊スポーツ

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART3

ビッグスリー、タモリの誕生秘話と言ったところでしょうか。上記に記されている出来事が起こらなければ、今の大成功を納めたタモリさんは存在しないかも知れません。まだまだ驚きの弔辞は続きます。

赤塚先生はほんとうに優しい方です。

あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せる、あの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。

(引用:日刊スポーツ

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART4

赤塚不二夫さんの、知られざる温かいお人柄がどんどん溢れ出てきますね。皆さんお馴染み、赤塚先生の名言に”これでいいのだ”というものがあります。懐の深い赤塚不二夫さんだからこそ言える、素晴らしいお言葉だったのですね。

あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも、目からはボロボロと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんのひたいをピシャリとたたいては「この野郎、逝きやがった」とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を無化していったのです。

いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月。伊豆での正月。そして海外へのあの珍道中。どれもが本当に、こんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが、京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

(引用:日刊スポーツ

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART5

ここまででも相当な長さと、密度の濃い内容となっているのですが、伝説の弔辞はまだまだ続きます。タモリさんと、赤塚不二夫さん。お二人で幾度となくご旅行へ行かれたり、無数の喜怒哀楽を共にされたのですね。これほどまでに、仲が良かったとはあまり知られていない事実のようです。

あなたはいまこの会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、ひじをつき、ニコニコと眺めていることでしょう。

(引用:日刊スポーツ

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART6

伝説の弔辞も終盤に差し掛かってきましたが、記事を書きながら涙が止まりません。これほど素敵な関係を、赤の他人同士が築けるものなのかと、ひたすらに感動させられますね。そして最後はこのように締めくくられています。

 私はあなたに生前お世話になりながら、ひと言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを他人を通じて知りました。

(引用:日刊スポーツ

感動必至、赤塚不二夫とタモリの壮絶な絆PART7

”親しき中にも礼儀あり”という諺がありますが、タモリさんと赤塚不二夫さんは、そんな諺さえとうに超越した、どこまでも深く素晴らしい関係であった事が改めてわかる文章のように思います。分割してお伝えしましたが、以上が赤塚不二夫さんへ送った、伝説の弔辞となっております。

天才タモリ伝説、白紙の弔辞は最高の贈り物

このような壮絶な文章を、何も見ずにスラスラと述べられる。いくら話す事の慣れている、タモリさんだからと言って、いつでも成し遂げられる事ではないと思います。赤塚不二夫さんへの弔辞だったからこそ、お二人の関係性が偉大なものであったからこその伝説ではないかというのが、筆者の思うところです。

天才バカボン・赤塚不二夫のプロフィール

  • 名前:赤塚不二夫(あかつか・ふじお)
  • 本名:赤塚藤雄
  • 出身地:満州国
  • 国籍:日本
  • 生年月日:1935年9月14日
  • 職業:漫画家
  • 代表作:『おそ松君』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』『レッツラゴン』

赤塚不二夫さんといえば、未だに作品がリメイクされるなど、こちらも伝説の絶えない人物ですね。綾瀬はるかさん、岡田将生さんが出演した、実写版『ひみつのアッコちゃん』や爆発的なブームを巻き起こしたアニメ『おそ松さん』など。名作の数々は今も輝き続けています。

ビッグスリー・タモリのプロフィール

  • 名前:タモリ
  • 本名:森田一義(もりた・かずよし)
  • ニックネーム:タモリ・タモさん
  • 生年月日:1945年8月22日
  • 出身地:福岡県福岡市
  • 主な司会歴:『笑っていいとも!』『世にも奇妙な話』『ブラタモリ』etc…
  • 血液型:O型
  • 身長:161cm

 

まとめ

今回の記事を通して、タモリさんと赤塚不二夫さんの知られざる関係を垣間見る事ができました。赤塚さんは天国から、今もタモリさんのことを温かく見守っている事を確信しています。赤塚不二夫さんのご冥福をお祈りいたします。

長くなりましたが、今回の記事はこれで終わりとなります。いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!またお会いできますように