帝王高山善廣さんプロレス技の事故で脊髄損傷して激やせって本当。現在は? スポーツ

帝王高山善廣さんプロレス技の事故で脊髄損傷して激やせって本当。現在は?

高山善廣さんといえば、ドン・フライ選手とのノーガードの殴り合いで伝説を残したプロレスラーです。そんな高山善廣さんでしたが、2017年の試合で技を失敗して脊髄を損傷してしまい病院で生活をしてらっしゃいます。高山善廣さんの現在とその有志をおってみたいと思います。

帝王・高山善廣さんを襲ったのは悪夢のような事故だった!!

2017年の5月4日。大阪豊中ローズ文化ホールを埋め尽くした観客がその日目にしたのはそれまでの帝王として数々のプロレスラーとしのぎを削ってきた高山善廣さんの覇権の終わりが告げる瞬間でした。

DDTプロレスリングの豊中大会で、6人タッグマッチでヤス・ウラノ選手と対戦した高山善廣さんは熱戦を繰り広げ、その中で回転エビ固めという技を仕掛けます。この技を決めて3カウントを狙いにいこうと思った矢先でした。

会場は騒然

技を仕掛けたはずの高山善廣さんの様子がおかしい。駆け寄った審判、ヤス・ウラノ選手の慌てようから観客も何かを察し場内が騒然としていきます。明らかに、そのとき「帝王」の覇権が崩れ去る音がしたのです。

すぐさま病院へと救急搬送された高山善廣さんでしたが、その怪我の診断は無慈悲なものでした。「頸髄完全損傷」。残りの人生のあらゆる範囲を狭めなければならない宣告に「帝王」は何を思ったでしょうか。

帝王・高山善廣さんの怪我の原因回転エビ固めとは?

「帝王」高山善廣を襲った「脊髄損傷」の原因ともいえる回転エビ固めと呼ばれる技どうしてあのようなじこになってしまったのか?技の詳細について見ていこうとおもいます。まず、回転エビ固めとはその名前のとおり、最終形態はエビ固めです。相手の背後から相手の体をさかさまに体を持ち、頭と背中が地面につくようにします。

相手は背後から体を抑えられている上にさかさまにされているために逃れるのが大変困難です。回転エビ固めはこの体制に持っていくときに特徴があります。まず相手と向き合うときに距離をとります。そして走っていき、相手の頭をジャンプで飛び越しそのとき背後に回ります。その瞬間に自身が頭を地面に向けた状態で背中側から相手に組み付きます。

頭から落ちる大変危険なわざ

背中側から組み付かれた相手は反動で、背後に崩れ落ちます。すると、後転の要領で組み付いた選手と組み付かれた選手が同時に転げ、そのままエビ固めの形になるということです。素人にはとても難易度の高い技です。

この飛び越えて、相手選手と共に後転するタイミングでなんらかの失敗があり、頭を地面に向けていた高山善廣さんは脊髄を痛めてしまいました。体の大きなプロレスラー2人分の加重がかかったため、重大なダメージを逃れることは出来ませんでした。

帝王・高山善廣さん。事故後の経過と現在の様子

高山善廣さんは試合後、大阪市内の病院で手術を受けました。首から下が動かない状態で、食事や排泄といったいっさいの行為が自分では出来なくなってしまったとのことです。搬送され、手術を受けた翌日の診断は翌日の検査の結果、頸髄損傷および変形性頚椎症というもの。

5月の術後、一時は良化傾向が見られず、呼吸もできない上に心臓停止のトラブルも発生していた高山善廣さんでしたが、8月には関東の病院に転院し人工呼吸器も取り外されるようになったが、医師の診断が頸髄完全損傷と変更され、現状では回復の見込みがないことが明らかにされたそうです。

現在は元気な姿も

そんな高山善廣さんは現在病院で療養している様子が度々メディアやブログ、SNSで公開されています。多くのファンから支援され、かつての帝王のイメージとは違いますがやさしい笑顔を見せてくれています。

高山善廣さん現在と過去の画像

高山善廣さんは現在ではSNSにたくさんの画像を乗せてくれています。症状はある一定からは回復しないと診断されてしまいましたが、その元気な姿はファンを安心させてくれています。現在はやはり運動をしていないことから、大幅な減量が見られます。

かつては「帝王」として知られた高山善廣さんですから、試合のときはとても恐ろしい表情をしていました。しかし、プライベートではとてもやさしいこともファンの間では有名です。きっと普段からやさしい方だったのでしょう!

ファンの支援が加速!

現在は多くのファンがSNSを通じて高山善廣さんの支援を呼びかけています。これからも元気で楽しい日々をすごしてもらえるように、プロレスファンのみならず、支援に参加していきたいですね!!

高山善廣さんを苦しめる頸髄完全損傷。その症状は?

高山善廣さんを襲った頸髄完全損傷とはどんな怪我なのでしょうか。頸髄損傷とは脊髄損傷で首の部分の脊髄の損傷を頸髄損傷と呼ぶそうです。原因として多いのは事故による首の骨の脱臼・骨折にともなう頸髄の損傷がおおいのだとか。

脊髄が傷つくと、そこから下にある神経がマヒするため、体が動かなくなり皮膚の感覚もなくなります。また、その重度も部分的なものから完全麻痺まであり、今回高山さんは完全麻痺にちかい症状のようです。

過酷な症状が特徴

症状には運動機能、知覚機能、体幹機能、自律神経、排泄機能と各種あり、頸髄には呼吸するための神経もあるため傷ついた部分によっては自分で呼吸ができず、人工呼吸器が必要な場合もあるのだそうです。

帝王・高山善廣さんのベストマッチその1ドン・フライ戦

高山善廣さんといえば、プロレスラーとしての顔が強いですが、それよりもファンを魅了してやまないのがその男気!かつて総合格闘技、最高峰のリングとして世界中からトップファイターの集ったPRIDEでその真価が発揮されました。

2002年6月23日に開催されたPRIDE21。この日、高山善廣さんは、あの泣く子も黙る強面おやじ!PRIDEの男塾塾長と称されるドン・フライ選手と一騎打ちを行います!いや、いつ見ても怖いですね!!

PRIDE1の名勝負

日本人選手ならだれもがビビッて逃げ出すようなドンフライ選手と対峙し、一歩も引けをとらない見事な睨み合いを展開した高山善廣さん。会場のボルテージは最高潮に達したのはいうまでもありません。

そして運命のゴングが鳴らされたときでした。一目散に駆け寄る二人。すぐに組み付くと、なんと戦術もくそもないお互い組み付いたままの殴り合いを繰り広げます!実に30秒にも及ぶ殴り合いを続けました。こんなことが出来る格闘家がほかにいるでしょうか?

高山善廣さんのベストマッチその2小橋建太戦

高山善廣さんのベストマッチとして小橋建太さんとのタイトルマッチを挙げるファンは多いでしょう。2004年4月24日に行われた同試合。プロレスリング・ノアのリングで行われたGHCのタイトルマッチ。60分1本マッチ。チャレンジャーとして挑んだ試合でした。

会場は小橋選手のホーム気味の雰囲気。小橋選手の8度目の防衛戦でした。4年ぶりのベルトを巻くべく、高山善廣さんも闘志満々で挑んでいったまさに当時のプロレス頂上決戦というのにふさわしい試合でした。

互いの力を出し尽くした勝負

序盤から小橋選手の得意技である逆水平チョップと、高山選手の肘の応酬が繰り広げられるエキサイティングな展開に、お客さんも唸りまくりの試合でした。ちなみにこの試合は同じ日にPRIDEも開催されており、それでも満員になったことでその注目度の大きさがわかります。

試合は互いの必殺技が応酬する中で、小橋選手のバックドロップ、ブレーンバスター、そしてきめはムーンサルトというまさに死闘の末、小橋選手の防衛に終わりました。しかし、最後は小橋選手もふらふら。帝王を仕留めるのは、それだけ大変ということでしょう。

高山善廣さん。実は挫折をした過去も

帝王として知られ、数々の名勝負を繰り広げた高山善廣さん。今では多くのファンを持ち、怪我をして引退を余儀なくしたときはファンの心配なメッセージが多数寄せられました。そんなプロレスの帝王高山善廣さんですが、かつてはそのイメージとは程遠い挫折の経験もあったようです。

大学時代、20才の時に休学して、第1次UWF(興行活動停止後の新日本プロレスとの業務提携時代)の入団テストを受け見事合格した高山善廣さん。入門するも、ラグビー時代に負った肩のケガが再発したことを言い出せず、一ヶ月足らずで逃げ出してしまったのだそうです。

偶然のプロレス復帰

その後、前述のライフガードのアルバイト中に、UWFの先輩である宮戸優光さんと偶然再会し、交流を続けていましたが、当時の新生UWFブームの時は、客席から寂しく眺めるだけだったのだといいます。

大学卒業後、フジサンケイグループで営業マンをやっていたが、プロレスラーの夢を捨てられず悩んでいたところ、宮戸さんに声を掛けられ旗揚げ間も無いUWFインターナショナルに再入門を果たします。そして見事1992年6月、金原弘光戦でデビューを果たしました。

高山善廣さんのプロフィール

男気満載で大人気のプロレスラー高山善廣さん。数々の名勝負と、その特徴的な金髪がファンの心には今でも強く熱く燃えたぎっていますね?そんな高山善廣さんのことをもっと多くの方に知ってもらいましょう。

  1. リングネーム:高山善廣
  2. 本名:高山善廣
  3. ニックネーム:帝王
  4. 身長:196センチ
  5. 体重:125キログラム
  6. 生年月日:1966年9月16日(51才)
  7. 出身:東京都墨田区

現在のプロレスの立役者のひとり

もともとUWFインターナショナルという団体でそのキャリアをスタートさせた高山善廣さん。その後フリーランスとして全日本プロレスに参加したり、プロレスリング・ノアの立ち上げに参加したりとプロレスを牽引してきたひとりでもあります。PRIDEで繰り広げたドンフライとの戦いは今でも語り継がれる名勝負です。

帝王高山善廣を襲った事故と現在、そのまとめ

日本屈指の名プロレスラー高山善廣さん。不運の事故でそのキャリアを終えることとなりました。その原因の技は回転エビ固めという大変難易度の高い大技でした。現在は大怪我の後遺症で病院での生活を余儀なくされています。しかし、今でもその名勝負の数々は多くのファンの記憶に残っており、プロレスラー高山は戦い続けています。