大スター西城秀樹の葬儀で異様な光景!!転売された品物は何だったの?! 男性アイドル

大スター西城秀樹の葬儀で異様な光景!!転売された品物は何だったの?!

歌手の西城秀樹さん(享年63)が、5月16日に急性心不全のため亡くなりました。5月25日に通夜、26日には告別式が営まれたのですが、その直後にインターネット上で起こった出来事が、炎上状態へと発展しているのです。一体何が起きたのでしょうか?

大スター西城秀樹の葬儀で転売される品物は何?!

西城秀樹さんのお通夜・告別式の両日とも、一般参列者用に祭壇が設けられて、2014年のコンサート写真が入った「西城秀樹さんありがとうポストカード」が配布されました。ポストカードは2日間で2万枚用意され、開始数時間前から多くのファンが列を作っていました。

しかし、翌27日からオークションサイト「ヤフオク!」などで、この「西城秀樹さんありがとうポストカード」を含む記念品が転売されていることが発覚します。転売されているのはポストカード、西城秀樹さん還暦記念アルバム『心響-KODOU-』、

ハウス食品の「バーモンドカレー」、お礼状がセットになって出品されていました。なんと中には、数十万円を超える高値で取引されているもの確認されているのです。葬式で出たものを即転売とはかなり常識はずれな気がします。少しがっかりですね。

大スター西城秀樹のプロフィール

西城さんは、1955年4月13日生まれ、広島県広島市のご出身です。身長181センチ、血液型はAB型、本名は、木本龍雄(きもと たつお)といいます。学歴は、明治大学付属中野高等学校定時制卒業、趣味・特技は、モダンアート、ドラム、水泳でした。

大スター西城秀樹の葬式・死因はなんだったの?!

西城秀樹さんは2003年、2011年と2度、脳梗塞で倒れ、2度めの脳梗塞では右手、右足に痺れが残る、右半身まひという後遺症が残っていました。脳梗塞で倒れてからもリハビリを続け、2017年10月に東京・中野サンプラザで行われたコンサートでは、

健康状態を考慮し、座ったままだったものの、往年の歌声を披露し、ファンと一緒に写真を撮るなど、元気な姿を見せていました。 2015年に60歳の還暦を迎えた際に登場した、2015年のテリー伊藤さんとの対談では、約8年半ぶりの新曲を加えた

“還暦記念アルバム”についてや、しんどい時は「やっぱり、子供がいるっていうことだね。とりあえず子供が20歳になるまでは頑張ろう、と。」と子供がいることを励みに活動を続けていることを語っていました。 しかし、その夢はかないませんでした。

大スター西城秀樹の死因・急性心不全!

西城秀樹さんの死因とされる急性心不全なのですが、心不全は死因の原因にはならないんだそうです。なぜかというと、心不全というのは心臓が不全になった状態であり、結果です。つまり心不全は死因ではありません。心不全につながる「原因」が

ほかにあるされています。真の「原因」の頻度としては心筋梗塞や弁膜症、狭心症、不整脈などが考えられます。弁膜症を除きすべて「生活習慣病」が密接に関わってきます。そしてやはり一番は高血圧です。なんと西城秀樹さんは1日3箱以上を吸う

ヘビースモーカーであったそうなんです。脳梗塞発症直後日本に帰り東京の病院に入院、ここで厳しく禁煙を指示されたといいます。平成13年におそらく喫煙害と思われる二次性多血症で入院したこともあり、これと脱水症が脳梗塞の大きな誘因になったと思われます。

大スター西城秀樹の葬式の品物は何だったの?

63歳で死去した歌手の西城秀樹さんの葬儀・告別式が5月26日、東京都港区の青山葬儀所で営まれました。西城さんとともに「新御三家」と呼ばれた歌手の野口五郎さん、郷ひろみさんの2人が弔辞を読んだほか、親交の深かった関係者やファンら約1万人が参列。

会場正面には、生前の西城さんを中心に新御三家の3人が笑顔で並ぶ大きな写真パネルが設置されました。そしてファンが会場の外まで長い列をつくっていました。野口さんは、声を詰まらせながら「どうやってこの現実を受け止めればよいのか。

西城秀樹の葬式・悲しい別れ!!

君のことを思い出して泣いてばかりいる。君の思うラブソングを天国で極めてくれ」。郷さんも「秀樹の歌や笑顔は、人々の心に刻まれていく」と遺影に語りかけましたした。出棺直前には、ファンの間から西城さんの大ヒット曲の(Y.M.C.A.)の合唱が起こり、

青い布で覆われたひつぎが現れると「ヒデキー」「ありがとう」と声がかかりました。喪主で妻の木本美紀さんは「どうか秀樹さんを忘れないでいてください」と涙声であいさつしました。西城さんの曲で、「ブルースカイ ブルー」が流れる中、出棺。

西城秀樹の葬式告別式で配られた品物は?!

西城秀樹さんの、葬儀告別式で配られたお別れの会の記念品が大量にネットで高額転売されてたのはご存知ですか?焼香を終えたのちの記念品として、若かりし頃の西城さんのライブ写真に、「ありがとう」という趣旨のメッセージが添えられた

ポストカードを渡していたのです。そして参列したファンに配布されるポストカードは2014年のライブ写真の入ったもので、2日間で2万部用意されていました。通夜の参列者には会葬御礼として、西城さんが73年から85年までCMに出演していた、

西城秀樹の葬式告別式で配られた品物は?!②

ハウス食品の「バーモントカレー」が配られました。会場の出口には、「バーモントカレー」の箱が味ごとに複数、用意され、関係者が参列者に配っていました。ハウス食品は、西城さんが亡くなった際「CMは大変好評をいただき、そのおかげもあって、

今日カレーライスが国民食とまで言われ、皆様に愛されるようになりましたものと大変深く感謝しております」などと感謝と追悼のコメントを発表していました。西城秀樹さんが亡くなってから、CMや、バーモントカレーの秘話がテレビでよく放送されていましたね。

複数のサイトにて、転売が横行しているのが、とても残念ですよね。葬儀場まで参列できなかった方も非常に多く、そのようなファンの人たちが記念品をほしいというならばわかりますが、大量に売るのはさすがに露骨に金儲けで、西城さんへの冒涜ですよね。

西城秀樹の葬儀で感動の野口五郎スピーチ!!

野口五郎さんによると、西城秀樹さんは、実は、過去に「引退」を真剣に考えていたそうなんです。「秀樹は心が大きく、素晴らしいやつだった。僕はうらやましかった。彼のまねはできない。46年間も(西城さんは)弟のようで、(自分は)兄貴のような関係…。

そんな人っています? ある時は『僕に曲を作ってくれ』なんて頼んできたり…。こんな関係ってなかなかないんですよ。(脳梗塞を発症後に)秀樹が会見で『引退する』と言おうと思った瞬間に、『2人目のお子さんがもうすぐ誕生ですね』と質問があった。

西城秀樹の葬儀で感動の野口五郎スピーチ!!②

あの言葉で秀樹は引退を言えなくなった。あの言葉で、あれから十数年歌い続けることができたんです。僕はインタビュアーに感謝したい」と野口五郎さんは西城秀樹さん引退おもいとどまらせたインタビュアーに感謝しました。そして西城秀樹さんの葬儀で、

野口五郎さんは感情を高ぶらせて、このことを涙声になりながら語っていました。ここで、西城秀樹さんとともに活躍してきた、野口さんの弔辞を少し紹介していきたいと思います。「秀樹、君が突然、去ってしまったことを知ってから何日がたっただろうか。

皆さんに「気持ちの整理がつくまでに少し時間をください」とお願いしたのだけど、どうやってこの現実を受け止めてよいのか。いまだに君の言葉を、いろんなことを思い出して泣いてばかりいる。秀樹との46年間は簡単に語りきれるものではありません。

西城秀樹の葬儀で感動の野口五郎スピーチ!!③

こんなふうに君への弔辞を読むなんて考えてもいなかった。僕にとって、君は本当に特別な存在だった。あるときは兄のようでもあり、あるときは弟のようでもあり、親友でもあり、ライバルでもあって。いつも怒るのは僕で、君は怒ることもなく、全部受け止めてくれて…。

今思うと、僕と君とは、心の大きさが違うよね。つくづくそう思うよ。いつも僕のいうことを大事に、大事に、聞いてくれて。なんでそんなに信用してくれていたの?訃報を聞いて、君の家に向かう途中で、僕は突然、思い出して、妻に言った。

秀樹の歌で「ブーメランストリート」って曲があって、ブーメランだからあなたが「きっと戻ってくる」って歌詞だけど、アンサーソングとして戻ってこなかった人を「ブーメランストレート」ってどうって(秀樹に)言ったら、「それ、いいね」って、秀樹が大笑いして。

西城秀樹の葬儀で感動の野口五郎スピーチ!!④

そうしたら彼、本当に「ブーメランストレート」っていう曲、出してしまったんだよ。」君の家に着き、君に手を合わせ、奥さんの美紀さんと話し始めたら、秀樹の曲をかけ続けていたディスプレーから、突然「ブーメランストレート」が流れてきた。

数百曲もある君の曲の中で「五郎、来てくれたね。君が僕だけに分かる合図を送ってくれたのかなって、そう思ったよ。」と西城秀樹さんとのエピソードを野口さんは葬式・告別式で語っていました。とても感動するスピーチですよね。

西城秀樹の葬儀で感動の郷ひろみのスピーチ!!

そして、こちらが郷ひろみさんが読んだスピーチです。「これが、僕から…、秀樹に贈る最初で最後の手紙になります。弔辞。秀樹、五郎、そして、僕。新御三家と呼ばれて、気が付いたら45年以上の月日が流れていました。秀樹、五郎、僕より先にデビューしていて、

何も分からず芸能界に飛び込んだ僕は、2人の背中を見て歩んでいくことがやっとでした。あの頃、毎日のように、音楽番組があって、2人が当たり前のようにそばにいて、でも、僕の中では、2人のことをライバルと思ったことは1度もなく。

西城秀樹の葬儀で感動の郷ひろみのスピーチ!!②

同じ世代を駆け抜けていく、同志という思いでした。1975年。日本レコード大賞で秀樹、五郎の2人が金賞を受賞し、残念ながら、僕一人だけ名前を呼ばれることはありませんでした。でも、その時の思いが一心のバネになって、翌年、日本レコード大賞大衆賞、

「あなたがいたから僕がいた」で受賞することができました。人は、頑張れば、努力すれば、必ずかなうんだ。それを教えてくれたのは、2人の存在です。ある時、秀樹は40度近い高熱が出たにもかかわらず、ステージを務め、最後は倒れるように歌を歌い上げた。

西城秀樹の葬儀で感動の郷ひろみのスピーチ!!③

本当にファンの人のことをまず考えて、自分の人生をダイナミックに生きる人と痛感しました。今から2年前、2016年。ある雑誌の対談で秀樹、五郎、僕。新御三家が顔を合わせました。秀樹は大病を患ったにもかかわらず、そこに駆け付け、

1つ1つの言葉を大切に伝えてくれる。僕はとても心を打たれました。残念ながら、それが、秀樹を見た…、最後になってしまいました。あの時、対談の中で「ここまで歌を続けてきたんだから、感謝の気持ちを持って歌い続けていこう」。

そう締めくくったにもかかわらず、秀樹は天国に行ってしまいました。本当に残念です。日本中の人々から愛された秀樹の歌、そして、笑顔。これは、これからも人々の心の中に、しっかりと刻まれていくことでしょう。僕は秀樹のことを兄貴という風に思っていました。

西城秀樹の葬儀で感動の郷ひろみのスピーチ!!④

まず最初にデビューした五郎が長男で、秀樹が次男、僕が三男。その思いは、今でも変わっていません。これからも、秀樹の背中を見て、心の中でそう思って、ずっと歌を歌い続けていきたいと思っています。今まで、本当にありがとう。そして、安らかに眠って下さい。

西城秀樹の葬式・転売やスピーチのまとめ

今回は大スター西城秀樹さんの葬式・告別式の模様をお伝えしました。転売目的で記念品をゲットする人もいた中、御三家として一緒に頑張ってきた野口五郎さん、郷ひろみさんからの感動スピーチには涙が出そうになりますね。ご冥福をお祈りいたします。