上原美優の死因は自殺!?遺書が残っているって本当なの!? グラビア

上原美優の死因は自殺!?遺書が残っているって本当なの!?

2011年5月11日、その命を絶った上原美優さん。遺されていた遺書と共に世間を騒がせてきました。「貧乏アイドル」として一躍ブレークしてテレビで活躍していたグラビアアイドルです。この記事では、上原美優さんの遺書や、自殺の真相をまとめましたので紹介していきます。

上原美優の死因が自殺って、そもそも本当なの?

結論からお伝えすると、各メディアが報道している通りで、死因は自殺です。警察の現場検証から自殺だと断定されています。2011年5月12日午前3時37分に搬送先の病院で死亡したようです。具体的な死因は頸部圧迫による窒息死のです。自殺方法ですが、上原美優さんは自室のドアにベルトとスカーフを使って首吊りを図ったようです。

大人気のグラビアアイドルタレントだったことから、この上原美優さんの死には、たくさんの驚きの声や悼む声が集まっていました。まだ若いというのに自殺という道を選んだ上原美優さん。そんな上原美優さんがなぜ亡くなることになったのかという、様々な憶測が広がりました。

上原美優の死因は自殺。家族が原因?

上述の通り、上原美優さんの自殺について、様々な憶測が飛び交っています。理由はシンプルに1つ、と単純なものではないと思いますが、最も強い動機は、最愛の母が突然亡くなってしまったことだと思われます。当時、上原美優さんは芸能界で大人気でした。多忙を極めており、本人も体の調子も悪くしていましたが。

そんな中、東京マラソン2010に仕事で参加しました。足の故障と悪天候だったことが原因で途中で倒れ意識を失って棄権します。その1ヶ月後に上原美優さんの最愛の母が心筋梗塞で急逝してしまい、上原美優さんは仕事の関係で看取ることもできず突然の別れに強いショックを受けたことから情緒不安定になっていたようです。

上原美優の死因は殺人という、謎の噂はどこから?

自殺報道がされる前に、2chで上原美優さんが乱暴な男に連れまわされているという書き込みがあったようです。そして、事件直後のテレビ報道では、周辺住民のインタビューによると、『男が名前を呼びながら追いかけている声や、男女が喧嘩をしている声が聞こえた、女性の大声が聞こえたので救急車を呼んだ』とありました。

実は、この証言は時が経つにつれ、伝えられなくなったというのです。これは明らかに何らかの揉め事があって、それを揉み消そうとした節が感じられます。しかし、実はある一人の男が、警視庁から殺人容疑も視野にマークされていたようです。それは、の市川海老蔵暴行事件の当事者だった元関東連合リーダーの石元太一さんです。

本当に死因は自殺なのか?謎が深い上原美優の交友関係。

上原美優さんの所属事務所であるプラチナムプロダクションは、関東連合と密接に関わりがあります。その関東連合の元リーダー石本太一さんはプラチナムの幹部でした。そして、石本太一さんは上原美優さんの元彼氏です。しかも自殺の第一発見者が、石本太一です。彼は、住吉会系の青田会というところで、武闘派の極道だったようです。

プラチナムプロダクションは枕営業が、会社として行われているようで、所属アイドルの手島優さんも、それを証言しています。一説によると、石本太一さんは上原美優さんを上手く利用して枕営業させていたようです。その中で、何か問題が生じ殺害したのではないか?と噂されています。

上原美優の自殺。遺書のようなメモが残っていた?

様々なSNSで、上原美優さんの遺書のようなものが公開されています。以下が上原美優さんの遺書の写真です。残念ながら、あまり読める状態ではないようです。あなたはなんて書いてあるか読めますでしょうか?

1行目は、日本語ではないような漢字っぽい、文字が並んでします。2行目は、「話し」というのがかろうじて読めるくらいです。その次はひらがななのかカタカナなのか良くわかりません。最後の行は「ホントーニアリガトウ」ではないかと言われているようです。

上原美優の遺書【1行目の謎の真相】

1行目の文章について、上原さんの地元である鹿児島県種子島の、とある小屋の壁にその文字が書かれていると噂になりました。それは、彼女が残したメモの文字と似ています。そして、同時進行でこんな憶測も飛び交っていました。「1行目に書かれているのはカタカナで、それに誰かが付け足したのではないか?」

そのメモを読み解いていくと、8文字の言葉が浮かび上がってくるようです。それは、「カミハオリテキタ」。深夜に一人で見ていたら、背筋が凍るレベルですよね。これに対して、ネットユーザーも騒然としています。

上原美優の遺書の真相

この上原美優さんの謎の遺書騒動を巡って、2014年11月8日に漫画家の赤星たみこさんが問題のメモは父親が遺したメモだったことを明かしています。赤星さんはこのメモが解読できなかったため、自身のブログをで、ネットに解読できる人がいないか画像を公開していたそうです。

しかし、気づいてみれば世間では父親のメモが、上原美優さんの遺書扱いになっていて、驚くと同時に簡単に他人の情報を流用するネットユーザーの倫理観の無さに恐怖を感じたようです。メモ画像を流出させた犯人は2ちゃんねるの自殺関連スレッドの住人で、それを見た人の勘違いが一人歩きしたようです。

上原美優の生い立ちとは?

極貧大家族に生まれました。上原美優さんは、4男6女の10人兄弟の末っ子・六女として生まれ、この時点で父親が55歳、母親が43歳だったようです。両親の仕事は不明ですが、12人家族というお大所帯を支えるにはとても稼ぎが追いつかず家計は困窮を極めていたそうです。

上原美優さんが生まれた種子島では、どんな生活をしていたの?

実家はボロボロの掘っ立て小屋だったようで、雨の日は雨漏りがする為、家の中でも傘をさしたり、下着が足りないため上原美優さんはパンツを履かずに通学したこともよくあったようです。貧乏ということもあり友達が少なかったようで、それを見かねた母親が学校帰りの子どもを家に誘って招き入れ一緒に遊んでいたそうです。

貧乏なことから、”15歳になったら自立する”という家族ルールが決められていたそうで、上原美優さんも中学校を卒業すると種子島から出て鹿児島市内の高校に通い始めました。高校に進学するもアルバイト漬けの日々が続き、友達もできないばかりか不良グループに目をつけられて暴行されることもあるようです。

壮絶だった上原美優さんの人生

いかがでしたでしょうか?素敵な笑顔で、テレビに出ていた姿をよく見ていただけに、ショックが大きいですね。この騒動は、死後もしばらく様々な憶測が飛び交い、赤星たみこさんを巻き込んでの騒動となっていました。また、半グレ集団である関東連合や、芸能界の闇を感じさせるネタが多かったことから尚更話題となりました。

  • 上原美優の死因は自殺だった
  • 殺人などの噂が広がっていたが、母親を追って亡くなったようである
  • 遺書が残っていると噂だったが、それは本人の遺書ではなかった

上記がこの一連の騒動のまとめです。芸能界は、視聴者からは見えないブラックボックスなことから、どうしても色々な噂が広まりがちですね。しかし、現状でも、タレントが悪質な芸能事務所に虐げられている現状は事実としてあるようです。今回は、その闇の一かけらにすぎないかもしれませんね。