鉄人・衣笠祥雄、がんでこの世を去る。残された数々の伝説や名言!! スポーツ

鉄人・衣笠祥雄、がんでこの世を去る。残された数々の伝説や名言!!

日本球界のレジェンドの一人。「鉄人」と呼ばれた衣笠祥雄さんが2018年4月がんによりこの世を去りました。広島東洋カープが初優勝した時のメンバーで、数々の伝説や名言を残し、豪快なプレーと男気溢れる人柄で球界からもファンからも愛された、鉄人衣笠を振り返ります。

衣笠祥雄の死因は大腸がんだった!!

鉄人と呼ばれた衣笠さんが勝てなかった病。それは、大腸がんでした。衣笠さんが患ったのは、大腸の中でも、上行結腸という、盲腸から上(頭側)に向かう部分にできたがんです。日本人はS状結腸と直腸にがんができやすいと言われています。粘膜の表面から発生した後、大腸の壁に深く侵入、進行するにつれてリンパ節や肝臓、肺などに転移します。

大腸がんはある程度進むと出血などの症状が出ることが多いですが、上行結腸がんなど小腸に近い部分は症状が出にくいため、がんが大きくなって見つかることがあるといいます。大腸がん発見時に肝臓や肺に転移していなければ、8割は治るようです。男性の罹患率、死亡率は女性の約2倍。衣笠さんは発見が遅かったのかもしれないですね。

粘膜の表面から発生した後、大腸の壁に深く侵入していき、進行するにつれてリンパ節や肝臓、肺などに転移する。罹患(りかん)率は40代から増加し、高齢になるほど高くなる。男性の罹患率、死亡率は女性の約2倍となっている。(引用:スポーツ報知)
大腸がんが専門の光仁会第一病院(東京都葛飾区)の杉原健一院長は、「衣笠さんの病状はわかりませんが、大腸がんは見つかった時に肝臓や肺に転移していなければ、8割は治るようになっています」と指摘(引用:YOMIURI ONLINE yomiDr.)

衣笠祥雄のプロフィール

  • 旧名 衣笠幸雄
  • 国籍 日本
  • 出身地 京都府
  • 生年月日 1947年1月18日
  • 没年月日 2018年4月23日
  • 身長・体重 175㎝・73㎏
  • 投球・打席 右投げ・右打
  • ポジション 三塁手・一塁手
  • プロ入り 1965年
  • 初出場 1965年5月16日
  • 最終出場 1987年10月22日
  • 出身校 平安高等学校
  • 所属チーム 広島カープ→広島東洋カープ(1965-1987)
  • 野球殿堂入り(日本) 1996年

衣笠さんは、日本に駐留中だったアフリカ系アメリカ人の父と、日本人の母の間に生まれました。 中学校入学時に柔道部を希望していましたが、なかったため野球部に入部します。高校3年の時、春・夏と甲子園に捕手として出場し、ベスト8の成績を残しました。この時にバッテリーを組んでいたのが、後に阪神タイガースに入団する植木一智でした。

広島カープに入団後、内野手に転向。数々の逸話を残し引退。背番号3番は衣笠さんの永久欠番になりました。引退後は野球解説者・野球評論家・タレントとして活動。2018年4月19日に生放送された横浜DeNAベイスターズ対読売ジャイアンツ戦で解説を行ったのがメディア出演最後となり、4日後の23日に永遠の眠りにつきました。

衣笠祥雄、病気で亡くなる以前から「がん」が噂されていた!?

上行結腸がんという大腸のがんで亡くなられた衣笠さん。死の直前までプロ野球の解説をしていた為、衣笠さんの声の異変や体調を不安視した心配の声があがっていました。衣笠さんは2017年頃から解説の声がかすれており、最後の解説の日も画面に映る衣笠さんの表情が硬く、時折声が聞き取れない部分もあり、不穏な噂が的中してしまいました。

衣笠さん最後の野球中継を放送したTBSもこの日の衣笠さんの体調を考慮し、急遽槙原寛己さんとのダブル解説の体制をとりました。槙原さんもこの日の衣笠さんは体調が思わしくなくなかなか声が出ない状態だったと言います。しかし、体調の悪化が目に見えてわかる状況でも衣笠さんは4月26日も同局で解説者として出演を希望していたそうです。

衣笠祥雄の声のかすれはやはり、上行結腸がんが原因だった!!

亡くなる以前から病気と噂された衣笠さん。2月の対談でも、のどに力を入れて『あっ、あっ』という喋り方で、パッと言葉が出てこない感じがしたといいます。その「声のかすれ」はやはり上行結腸がんの影響があったようです。上行結腸がんは「声にハリがなくなり、かすれた声になってくる」と大腸がんに詳しい梅舟仰胤医師は指摘しています。

直腸がんは、腫瘍などで便が通りにくくなると、血便やお腹のハリなど、いろいろな症状が出てきます。がんが進行すると食事をとれなくなってきて、栄養状態も悪くなるので、脱水気味にもなり、声にハリがなくなってかすれたような声になってくるようです。こんなになっても仕事をするなんて、衣笠さんは最後まで鉄人でした。

この”声のかすれ”が、衣笠さんの死因である「上行結腸がん」と因果関係があり、「声にハリがなくなり、かすれた声になってくる」と大腸がんに詳しい梅舟仰胤医師は指摘する。(引用:FNN PRIME)

がんで死去の衣笠祥雄に球界・芸能界から多くの悲しみの声。

ミスター赤ヘル、山本浩二さん

「休みたいと思っても、彼がそばにいる限り休むことは許されなかった。最高のライバルであり、チームメートであり、お手本になる選手だった」(引用:IWATE NIPPO)
「体調が悪いとは聞いていた。先週、解説をしていたが、声に元気がないと感じていた」(引用:ニコニコニュース)

巨人・長嶋茂雄終身名誉監督

「心優しい人でもあり、巨人戦で死球を受けた時には、カープのベンチを自らなだめながら笑顔で一塁へ向かう姿が忘れられません。芯が強く、優しい心を持っているいい男、ナイスガイでした」(引用:livedoor NEWS)

王貞治さん

「けがを乗り越え達成した連続試合出場記録は絶対に続けるんだという気持ちがあったからですし、その気持ちは後輩にも受け継がれていると思います。慎んでご冥福をお祈りします」(引用:デイリースポーツ)

お笑いコンビ・アンガールズ

「とても優しくユーモアに溢れた方で、僕みたいな芸人にも優しく接してくださったのを覚えています」(引用:AGARA)

この他にも衣笠さんと親しくしていた方々から多くの悲しみの声があがりました。たくさんの方が生前の衣笠さんを温かい心をもち、屈強な肉体と精神を持つと話すことから、衣笠さんは誰にでも優しく男らしいという人柄であったことが分かります。

がんで死去の衣笠祥雄に球界・芸能界以外からも沢山の惜しむ声。

誰からも愛される衣笠さん。生前親しくしていた方からたくさんの惜しむ声が聞こえました。母校の龍谷大平安高は「偉大な大先輩が亡くなり、悲しい限り」と常に母校を気に掛け、多くの激励の言葉を送った衣笠さんを悼んでいます。また全国にいるファンも「スターなのに気配りができる人だった」「声を掛けてくれた」などと別れを惜しみました。

衣笠さんは「白血病で亡くなった友人がいる。ぜひ力になりたい」と骨髄バンクの啓発に取り組むNPO法人の名誉顧問に名を連ね、街頭でのビラ配りにも加わったといいます。その法人で共に活動した方は「多くの命を救いたいという熱い気持ちを感じた。大勢のファンを持つ衣笠さんのおかげで協力してくれる人が増え、感謝している」と悼みました。

鉄人・衣笠祥雄の伝説!!連続出場記録!2215試合!!

「鉄人・衣笠」は数々の伝説を残しています。1970年10月の対巨人戦から衣笠さんは2212試合連続出場という記録を作りました。対巨人戦で西本選手から死球を受け、左の肩甲骨を骨折する重傷で全治2週間と診断が下された時は1122試合で連続試合出場記録がストップしてしまう危機が訪れたが、翌日の試合で代打として姿を見せました。

この日衣笠さんは骨折しているにもかかわらず、フルスイングで挑んで三球三振。試合後「1球目はファンのために、2球目は自分のために、3球目は西本君のためにスイングしました」と話しています。衣笠さんが打席に登場した瞬間、球場全体から大きな拍手が起こりました。その翌日は試合にフル出場し更に人々を驚かせました。

鉄人・衣笠祥雄の野球スタイルは常に豪快フルスイング!!

衣笠さんは現役時代、常にフルスイングで挑んでいました。なので本塁打や打点が多く、三振や凡打も多い選手でした。球史に残る強打者なのに通算犠打数は88と本塁打500本以上の選手の中で突出しいるのは、衣笠さんがチームプレイに徹していた事を語っています。また、打点王と盗塁王のタイトル獲得経験がある数少ない走攻守揃った選手です。

元阪神タイガースの江本さんは、衣笠さんを「打者の目の高さに投げた明らかなボール球にもフルスイングする。当たれば確実に本塁打になるだけに、全く気が抜けなかった」と語っています。江本さんが、衣笠さんから自身通算1000個目となる三振を奪いましたが、それが衣笠さん通算1000個目となる三振というミラクルもありました。

鉄人・衣笠祥雄の名言!!

衣笠さんは生前たくさんの名言を残しています。衣笠さんの野球解説はいつも優しく選手を見守るような温かさがありました。それは、衣笠さんの芯になっている考え方で自分自身と向き合い続けてきたからこそ驕ることなく、人に対していつも思いやりのある言葉を掛けられるのでしょう。そんな衣笠さんの言葉が奥が深く心に響きますね。

紳士な衣笠さんらしい、シンプルな考え

人から長所を認められる、また、人より勝っていると楽しくなる。しかし、その逆ではつまらない。人間の心として当然の作用だ。人よりも少しでも力がある点を自分で掴み、自分の中心に置くこと。そのことが喜びも、継続も、結果も、すべてを生んでくれる。(引用:日刊SPA)

衣笠さんの愛情あふれる人生観

「あなたらしい生き方をしなさいね」(中略)自分がどのような人間なのか考える。今いる環境で自分は何ができるかを考える。それを絶えず続けていれば、いつだって人間はいい方向に向かって行けるものではないか。人に会えば会うだけ、世の中の広さが知れる。(中略)人の話は自分の心を広げてくれるもの。そうすれば、今まで気がつかなかった自分自身を発見することができるはずだ。(引用:日刊SPA)

鉄人・衣笠祥雄!広島市民球場に記念碑が!!

広島東洋カープで長く活躍してくれた衣笠さん。広島市民球場の敷地内に、衣笠さんの連続出場記録を記念した碑があります。長崎県長崎市布巻町の元宮公園には、衣笠の業績を称えて名付けられた「衣笠球場」もあり、絵本 『鉄人衣笠』も出版されています。亡くなられてからも、衣笠さんは 忘れられることなく語り継がれていくことでしょう。

鉄人・衣笠祥雄よ永遠に!!

上行結腸がんにより他界された、鉄人・衣笠祥雄さん。まさに鉄人といった屈強な肉体に、鋼の精神をもった野球選手の訃報に多くの方が悲しみました。しかし、衣笠さんの勇気をもらえる記録や伝説、優しい心が残してくれたものはこれからも語り継がれるでしょう。野球を誰より愛した衣笠さんは天国でも野球をしているかもしれませんね。