河合奈保子の今現在!オーストラリアでの長期間休業を経て復帰?! エンタメ

河合奈保子の今現在!オーストラリアでの長期間休業を経て復帰?!

皆さんは80年代活躍した歌手の河合奈保子さんをご存知ですか。河合さんは松田聖子さんの同期で、高い歌唱力で評価の高かったアイドル歌手です。現在テレビで見かけることはありませんが、中高年の間で密かに話題となっている河合さん。今現在どうされているのか調べてみました。

目次

[表示]

最近話題の河合奈保子は今どうしている?現在の芸能活動は?

2016年8月、アイドル時代の河合奈保子さんの写真集が発売し、爆発的な売り上げを記録しました。以来、河合さんの復活に注目が集まっていますが、今のところまだその動きはありません。昔のアイドルが少しずつ芸能活動を再開する中、河合さんは今現在どうしているのでしょうか。今後芸能界復帰の可能性があるのかも含めて見ていきましょう。

河合奈保子とは?プロフィールを当時の画像と共にご紹介します!

河合奈保子さんは1963年7月24日大阪市浪速区で父は会社員の家庭に長女として生まれました。小学1年よりピアノを始め、中学ではフォークソングクラブ、高校ではマンドリンクラブに所属し、ギターも嗜むという音楽性豊かな学生時代を送っていました。ちなみに中学2年で「スター誕生!」に応募しており、この時の結果は選外でした。
1979年12月、高校1年生だった河合さんは、芸映プロの新人発掘コンテストで西城秀樹の妹募集オーディションに応募し、2万5000人の中見事優勝し芸能界デビューしました。これに伴い拠点を大阪から東京へ移し、明大中野高校に編入しています。そしてオーディション優勝の半年後、「大きな森の小さなお家」で歌手デビューを果たします。
河合さんはデビューから2枚目のシングル「ヤング・ボーイ」で第22回日本レコード大賞新人賞を受賞、翌年以降も「エスカレーション」を初めヒット曲を次々と発表し、数年に亘り日本レコード大賞を連続受賞しました。河合さんは音楽面の才能を発揮し、デビュー4年目のアルバムから制作面にも参画、1985年より自作曲の発表もしています。
1996年2月、河合さんはヘアメイクアーティストの金原宜保さんと結婚、翌年第一子の出産を機に芸能活動を停止したとされています。その後もCDを断続的に発表していましたが2009年10月、河合さんが既に事務所を辞めていたことが報じられました。

河合奈保子は今現在家族とオーストラリアに移住!その訳は?

河合奈保子はアイドル時代からオーストラリアに魅了されていた

実は現在、河合奈保子さんはオーストラリアに住んでいるそうです。アイドルという仕事柄、デビュー以来海外を旅し様々な出会いを体験してきた河合さん。訪れた多くの国のうち、人々のおおらかさやカラッとした温暖な気候、豊かな自然なオーストラリアを河合さんは「最高の地」と表現しています。若い頃からお気に入りの国だったようですね。

アイドル歌手の時代から自然が大好きだった河合奈保子

河合さんは元々自然が好きで、住んでみたい場所も自然の多いところだったようです。デビュー間もない頃にも牧場で生活をしてみたいと言っており、実際に酪農体験をしてもいます。河合さんが過去取材で訪れたオーストラリアについては大自然を満喫した様子で「息が詰まるところがない」「新婚旅行先と決めている」といった発言をしていました。

河合奈保子が移住したオーストラリアの生活や永住権について

オーストラリアは移民の受け入れには寛容な国です。犯罪率も低く住みやすい都市ランキングで、オーストラリアの都市は上位を占めており日本からの移住者も多いといいます。永住権を取るにはオーストラリア政府公認の英語テストをパスする必要がありますが、旦那さんの金原宜保さんは美容師ですから、技術独立ビザを取っているかもしれませんね。

河合奈保子との結婚。旦那、金原宜保と今現在の活動について

河合奈保子さんは1996年2月、金原宜保さんと結婚しました。旦那さんの金原さんは業界では有名なヘアメイクアーティストです。若い頃ニューヨークで修業し、帰国後ファッション、PV、CDのプロデュースも多数手がけ、大成功しました。代表的なアーティストに倖田來未、宇多田ヒカルなどがおり、表参道で自身のサロンを経営しています。
河合さんと金原さんの出会いは1995年、河合さんのCM撮影で金原さんがヘアメイクを担当したのがきっかけでしたが、お互い直感的にパートナーだと思ったのだそうです。互いに多忙で2人きりで出かける機会がなく電話で話すだけだったと言いますが、家族を交えて共に出かけるなどしていることから家族思いな性格が共通していたようですね。

河合奈保子の子供たちと今現在の子育て・教育方針について

河合奈保子の子供は何人?どんな子供?音楽の才能はあるのか?

河合奈保子さんには2人の子供がいます。長女のkahoさんは6歳の頃母の見よう見真似でピアノを弾き始め、娘の才能を感じた河合さんは英才教育に取り組んだようです。河合さん自身がトップクラスの歌唱力を誇る歌手だったので、kahoさんが今後思うような音楽活動をするためにも、基盤を作る重要性を痛感していたのかもしれません。

河合奈保子の教育方針は?芸能活動を休止しての子育てとその想い

河合さんは第一子を出産する時に、子育てが終わるまで仕事をしないと誓ったそうです。これまで歌手復帰を熱望されても断り続けてきた河合さんは、今現在専業主婦として家族を支えています。それもあってか、成長につれて音楽活動を始めた長女kahoさんにも学業を優先するよう告げており、これは河合さん・金原さん共通の認識のようです。

オーストラリアでの子育てと、河合奈保子が求めた子育て環境

河合さんがオーストラリアに移住した理由のひとつが「子供をのびのびとした環境で育てたい」というものでした。移民国家であるオーストラリアで子育てすることで、オーストラリア人本来のおおらかな国民性に加え、多種多様な生活習慣・文化と触れ合うことができるわけです。まさにそれ自体が河合さんが望む子育ての在り方なのかもしれません。

河合奈保子の娘kahoは歌手デビューして今現在どうしている?

6歳から見よう見真似でピアノを弾き始めた河合奈保子さんの長女、kahoさんは、英才教育でメキメキ実力をつけ12歳で本格的に作詞作曲を始めました。既にこの頃には自宅に本格的な音楽設備が備わていたといいます。母親である河合さんがピアノの他にギターやマンドリンなど扱えたので、たくさんの楽器が身近にある環境だったのでしょうね。
そんな河合さんの長女kahoさんが日本の芸能界にデビューすることが決まったのは、kahoさん14歳の時でした。Kahoさん作詞作曲のデモ音源を聴いた音楽プロデューサー三宅彰さんが惚れ込み、CDデビューへと導いたのです。「every hero」というその曲は、堀北真紀主演ドラマ「ミス・パイロット」の主題歌にもなりました。
音楽プロデューサー三宅彰さんは1998年デビューした宇多田ヒカルさんをプロデュースした人です。図らずも河合さんの娘kahoさんは、母が大物歌手であること、海外で育ち語学が堪能なところなど、宇多田ヒカルさんとの共通点が多くあったことから、「第2の宇多田ヒカル」と話題になりラジオの仕事なども舞い込んでいたといいます。
しかしkahoさんはデビュー翌年ソニー・ミュージックと契約を終了し、音楽活動を停止してしまいました。河合さんが学業優先を強く希望していることに加え、「第2の宇多田ヒカル」という売り出し方をkahoさん本人が嫌がったことが原因と思われます。

河合奈保子の娘kahoの今後は?現在は音楽活動していない?

河合奈保子の娘kahoは大学でデジタルメディアを勉強している

河合奈保子さんの娘、kahoさんは日本で一旦歌手デビューしたものの、今は音楽活動を停止し、歌手活動が「引退状態」となったままですが、2016年の報道によると、その後は大学に進学しデジタルメディアを勉強しているようです。デジタルメディア専攻ということですから、デジタルで音楽制作をする技術や知識を学んでいるのでしょう。

kahoが勉強中のデジタルメディアとオーストラリアの教育事情

河合さんの娘kahoさんが大学でデジタルメディアを学んでいるという話でしたが、これはオーストラリアの教育事情が関係あるかもしれません。20年程前からオーストラリアの学校では1人1台のパソコン授業が行える環境が整っています。中学の授業でも作曲用ソフトを扱ったり、日本よりずっと進んだ教育が行われているところもあるのです。

河合奈保子の娘kahoは大学で力をつけて卒業後に復活か!

河合さんの娘、そして第2の宇多田ヒカル、と騒がれ一時歌手活動を停止してしまっているkahoさんですが、本人は「母は河合奈保子」ということを誇りに思っており、大学での専攻も併せて考えると歌手として活動することには前向きであると見て良いのではないでしょうか。それどころか、大学で力をつけて親子で復帰ということもありそうです。

河合奈保子自身の今現在の芸能活動は?まだ引退はしていない?

河合奈保子は事務所退所後も芸能活動していた?その活動内容は?

河合奈保子さんが1997年に出産を機芸能活動を停止してからも、復帰を求める声が多くCDのベストセレクションなどが今日まで継続的に発売されています。その他特に活動はしていませんが、2006年に河合さんが自宅で録音したオリジナルのピアノ曲「nahoko音」がネット配信限定にも関わらず大きな反響を呼び、後にCD化されました。

世界に愛される、河合奈保子作曲の「ハーフムーン・セレナーデ」

河合さんの人気は日本だけに留まりません。1986年に河合さんが作曲した「ハーフムーン・セレナーデ」は、なんと香港・中国などでも有名なのです。実は日本で発表された翌年に香港歌手によりカバーされ、今も愛されている名曲なのだそうです。中国圏では中国の名曲と思っている人も多いようで、人々に非常に親しまれていることがわかります。

2016年アイドル時代の写真集がバカ売れ!存在感は今も健在!

2016年、河合奈保子さんの写真集「再会の夏」が発売と共に大ヒットしました。写真集の売れ行きが伸び悩む現在、驚くべき販売部数を記録したそうです。写真は当時の焼き直しですが、そこまでヒットした理由として河合さん自身の性格の良さや、年相応の自然な表情や身体がかえって魅力的、等が河合さんの根強い人気に繋がっているようです。

旦那の金原宜保が語った今現在の河合奈保子と愛娘kahoの関係

1996年、河合奈保子さんの写真集「再会の夏」が発売されるタイミングで、旦那さんの金原宜保さんが雑誌の取材に「娘は妻のアイドル時代の写真を見て美しいし可愛いと言い、誇りに思っているようだ」といった話をしています。実際、この写真集をきっかけにファンミーティングが開かれ、河合さんの影響力は今だ健在であることがわかりますね。
また、同取材で金原さんは母娘で音楽談話をよくしているといった話もしており、河合さんがkahoさんから大学で学んでいるデジタルメディアの情報も得ている様子でした。親子間が非常にうまくいっているようですね。いずれ親子共演など見れるかもしれません。

今後河合奈保子の復帰はありうるのか?現在本人の意思は?

河合奈保子の芸能界復帰はありうる?いつ?そして本人の意思は?

2006年に「nahoko音」を発表した河合奈保子さんは、ファンに向けて主婦業の合間にも音楽を続けられることが嬉しいと語っていました。子供が成長するにつれ音楽に対する想いが強くなってきて、アイデアが自然に溢れ出てくることも語っています。これは間違いなく芸能界で音楽活動を再開する意思があると見て良いのではないでしょうか。

元アイドル歌手河合奈保子・娘kahoの芸能界復帰はもうすぐ?

河合さんは2010年に雑誌の取材で、子供と一緒にいられるうちは主婦業に専念したいこと、心の整理をつけたうえで音楽活動が出来ることになれば、きちんと挨拶したいとコメントしていることから、娘のkahoさんが大学を卒業してから何らかの活動を始める可能性が高いですね。いずれ来る(母娘で?)復帰するその日を楽しみに待ちましょう。