中田英寿の凄さって何?気になる当時の移籍金や年棒・伝説を大公開! スポーツ

中田英寿の凄さって何?気になる当時の移籍金や年棒・伝説を大公開!

この記事を読んでいる人は、次のことが気になっていますよね?「中田英寿って本当に凄かったの?」「現在の日本代表メンバーと、全盛期の中田英寿を比較したら、どっちが凄いの?」「当時は、どのくらい稼いでいたの?」この記事では、その疑問を全て解決していきます!

中田英寿のサッカーにおける凄さって?

その疑問、結論から先にお伝えするとズバリ「バランス力」が凄い!に尽きるでしょう。一説によると、中田英寿は、本田圭介の持つフィジカルとキック力、香川真司の持つテクニックとパス精度を、たった1人の体で全てを持ち合わせいた、という一説もあります。日本サッカー史におけるレジェンドとも言われているのも納得いきますね。

そのバランス力を一つ一つ細分化していくと、特出して優れている点が、「パス」「フィジカル」、「判断力」、「メンタル」この4点です。1つだけでも優れていれば、特出して優れていれば、何でも活躍できそうな項目ですね。しかし、それだけ言われてもボンヤリしていて、よく分からないですよね。各項目で触れていきます。

中田英寿の「パス」の伝説級の凄さ

中田英寿のパスは、「キラーパス」と異名を取っており、業界では有名です。その理由は、パスが力強くて早い、なおかつ精度も良くミスは少なかったようです。しかし当時は、中田英寿のセンスに周りの選手が付いてこれないこともありました。そのパスは試合にチャンスをもたらしており、ミスをしているという印象は与えていなかったようです。

ブラジル代表の元監督であるドゥンガは、このパスをこう評していたようです。『ヒデはパスを受け取った時、逆サイドの仲間は既に準備し走り出していると思っている。』高いセンスがあるが故に、周りの選手が付いてこれなかったのです。サッカーはスピードが命の為、失敗の可能性があっても、成功の最大値を考慮すると、正しい選択だと思います。

中田英寿の「フィジカル」の伝説級の凄さ

中田英寿のフィジカルは、海外の屈強な選手を吹き飛ばす程のものでした。当時の体脂肪率は、なんと3%だったそうですよ。そのような勇ましい強さだけではなく、なかなか倒れない体幹のあるバランスも評価されていました。世界のどんな選手からタックルを受けても、まず転びません。後ろから攻められても、ひょいっと避けてしまいます。

2018年の現在でも、中田英寿を超えるフィジカルの強さを感じさせる選手は出てきていません。日本人が世界で活躍できないのは、フィジカルに強くなることを軽視しているから、と言われています。つまるところ、対人プレーが強い選手が海外で活躍できるといえます。中田英寿は海外の選手が相手でも、独力で局面を打開できる強さがありました。

中田英寿の「判断力」の伝説級の凄さ

この強みは、中田英寿を語る上で絶対に抜かせません!中田英寿は、正真正銘の頭脳明細、インテリジェンスプレイヤーです。具体的な凄さをお伝えしますと、常に未来を探してプレイしている点です。次の展開で起きることや起こしたいこと、起きてはいけないこと、それを常に予測しながらプレイしていました。一歩先がいつも見えている状態です。

ゆえに周りの選手への要求は、厳しかったです。中田英寿は、受け身ではなく常に試合に波を起こしていました。上述でパスの凄さをお伝えしましたが、それが一例です。どんなプレイが求められていて、どんなプレイが周りを鼓舞できるか、どんなプレイを相手は嫌がるのか。先を見てプレイし続けた中田英寿は、凄いだけでは言い表せません。

中田英寿の「メンタル」の伝説級の凄さ

中田英寿は、強靭なメンタルを持っていたことは、上述の「パスの凄さ」と「判断力の凄さ」の項目でも理解できます。その理由は、周りの選手に合わせず、自分の正義を貫き通せることが良く分かるからです。皆様もよく分かるとは思いますが、チームの中で自分の意見を発信し続けることは、並大抵のことではありません。

プロ中のプロが集まる日本代表のチームです。強靭なメンタルでないと主張し続けることはできなかったでしょう。中田英寿が出すパスでもわかる通り、中田英寿の「感性」と「周囲の実力」がギャップを生み続けていました。それでもプレイにブレがない中田英寿は、並の選手には負けないメンタルを持っていたといえるでしょう。

Jリーグ時代の中田英寿の「年棒」の伝説級の凄さ

サッカー全国大会に出場した韮埼高校を卒業し、新卒でベルマーレ平塚(現在 湘南ベルマーレ)に入団しました。その年棒はなんと、破格の1,000万円!Jリーグに12チームあった内、11チームが中田英寿の獲得に動いたので、この数字も納得ですね。高校を卒業と同時に一瞬でサラリーマンの目標年収をクリアしてしまったということです。

凄いのはここまでではありません。入団3年目には、年棒4,000万円にまで跳ね上がりました。若い年齢だと、どうしても天狗になってしまいがちですが、実力を伸ばし続けた結果なのでしょう。本当に強い男は、お金が目的なのではなく、どんな状況でも好きなことを続けられる男なのかもしれませんね。

海外時代の中田英寿の「年棒」の伝説級の凄さ

プロサッカー選手3年目の中田英寿は、海外に活躍の場を移しました。ベルマーレ平塚(現在 湘南ベルマーレ)からイタリアのACペルージャ・カルチョに移籍しました。なんと年棒は、8,100万円です。日本のJリーグ時代から倍増しましたね。4年程で、大手企業の平均的なサラリーマンの生涯収入の半分を年棒だけで得た計算になります。

その後、ASローマに移籍した中田英寿の年棒は、2憶5,000万円。この数字が、大手企業の平均的なサラリーマンの生涯収入です。勢いは止まりません。ASローマからパルマに移籍した時の年棒は、4憶円です。パルマからACFフィオレンティーナに移籍した時の年棒は、2憶7,000万円と落ちましたが、凄いと年棒ですね。

中田英寿の「移籍金」の伝説級の凄さ

上述では、驚愕の年棒を紹介しました。でも休憩するのはまだ早いです。輝かしいマネーの話は尽きません。21歳の時、ベルマーレ平塚(現在 湘南ベルマーレ)からイタリアのACペルージャ・カルチョに移籍した時の移籍金は、6憶8,000万円です。ACペルージャ・カルチョからASローマに移籍した際の移籍金は、19憶5,000万円。

ASローマからパルマに移籍した際の移籍金は、33憶円です。この移籍金は、日本サッカー史において未だに抜かされない最高額です。ちなみに2位は香川真司のボルシア・ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドFCへ移籍金21億3,000万円です。3位は、まともや中田英寿のASローマに移籍した際の19憶5,000万円です。

中田英寿の凄さが分かる「伝説の試合」 part1

引退してから10余年経ちますが、今も伝説と語り継がれている「伝説の試合」があります。それはASローマ時代で2000年ー2001年シーズンの試合です。ASローマとユヴェントスFCが、優勝を賭けた大事な試合です。中田はスタメン入りしておらず、後半20分。0-2でACローマは後れを取っていました。

この苦しい状況で、「ローマの王子」と呼び声が高かったトッティと交代し、中田英寿が出場しました。ここからが急展開。出場して約1分で、凄まじい勢いのミドルシュートでゴールを決めました。まだACローマは危機的状況でしたが、中田英寿は果敢に攻めます。内の1本、中田英寿が放ったミドルシュートのこぼれ球を仲間が拾いゴールしました。

中田英寿の凄さが分かる「伝説の試合」 part2

それは、中田英寿が日本から海外へ、拠点を移して1番最初の試合です。当初は、「金稼ぎ目当てでやってきた日本人」と冷たい目線で現地の人達から見られていました。この伝説の試合は、そんな冷たい目線を一瞬で吹き飛ばします。相手は、あの有名な”ジダン”が率いる当時王者のユヴェントスです。中田はスタメンで試合に出場しました。

相手は王者のユヴェントス。前半戦、圧倒的な強さで3得点を奪われます。誰もが勝てる訳ないと思っていました。それでも中田英寿は諦めませんでした。後半7分、デビュー戦にして初ゴール。勢いは止まらず後半16分2点目を決め、王者を追い詰めました。結果、仲間が得点を決め、4-3で勝利。日本人=下手くそのイメージを吹き飛ばしました。

中田英寿の凄さが分かる「伝説の名言」

これをやれば勝てる、というものはない。自分のベストを尽くすだけ。後はもうなるようにしかならない。考えるより、まず動けばそれでいい。

(引用:U-NOTE)

この名言から読み取れるのは、常にベストを尽くしてきた姿勢ですね。この一言には、私たちの生活にもヒントがたくさん詰まっているように思えます。日本人の性ですが、周りと合わせて無難に生きすぎようとしていませんか?本心では勝ちたいと強く思っているのに、行動が伴わないこともありますよね。そんな時は上の名言を思い出してくださいね。

中田英寿の凄さは、「努力」にあった!

いかがでしたでしょうか?イメージ通りだった人も、ガラリとイメージが変わった人もいるかもしれませんね。サッカーのテクニックや収入だけを知ると、中田英寿は生まれつき才能があって、そのおかげで華やかな生活を送れている。そう思われるかもしれません。でもそれは違うと思います。中田英寿は滲む様な努力を重ねてきたのだと思います。

名言から読み取れる通り、ベストを尽くし続けた人生だったのではないでしょうか?ベストを尽くし続けるということは、自分が信じた事や良いと思った事を全て実践するということです。皆さんは、それをできていますか?どこか逃げてしまった経験があるのではないでしょうか。中田英寿のようにカッコよく活躍できるヒントが沢山ありましたね♪