羽生善治は将棋界の伝説!天才的ですごいエピソードのまとめ! エンタメ

羽生善治は将棋界の伝説!天才的ですごいエピソードのまとめ!

藤井聡太フィーバーで将棋界も賑わいましたが忘れてはならないのは羽生善治です。史上初の永世七冠を達成し、国民栄誉賞を受賞したことは記憶に新しいと思います。将棋界へ類まれなる貢献をした、天才羽生善治の伝説的エピソードの凄さを見ていきましょう。

目次

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羽生善治の永世七冠達成は伝説!天才しか成し得ない偉業!

「七冠」とは7つのタイトル戦で勝利したことになります。タイトル戦はトーナメント優勝者と前大会優勝者による5番勝負で先に3勝した方が優勝です。

「永世」とは、それぞれのタイトル戦で一定の回数勝ち続けることができた棋士に与えられる称号になります。以下に7つのタイトルを挙げます。

  1. 永世名人
  2. 永世竜王
  3. 永世王位
  4. 永世名誉王座
  5. 永世棋王
  6. 永世王将
  7. 永世棋聖

「永世七冠」がどれだけ凄いかですが、野球で例えるなら「三冠王を5年連続で取る」に等しい記録です。通常で考えれば、この偉業は有り得ない凄さであり、まさに天才であり超人的です。

伝説・羽生善治の獲得賞金はどれくらい?

対局料のランキングを公表するようになったのは1993年からです。そこから現在までの賞金を計算すると約26億3千万円です。実際には1993年以前も賞金を貰っています。

ですからトータル30億円前後ではないでしょうか。羽生善治といえば本の出版や講演会の依頼など、対局以外の仕事も多いようです。出版では「決断力」という本を30代のときに出版しました。

この本は50万部を超えるベストセラーになっています。現在でも売れ続けるロングセラー本です。本の印税も含めれば、総収入額は30億円以上は確実とも思われます。

羽生善治のデビューは伝説的だった!

藤井蒼太はデビュー後、29連勝ですが羽生善治は6連勝止まり。一見、デビュー当初は大したこと無かったようですが違うのです。羽生善治のデビューもまた伝説的なのです。

小学6年のとき奨励会入会試験に合格。以降1年あまりで6級から初段に昇段します。その後も驚異的なスピードで昇段を重ね、加藤一二三、谷川浩司に続く史上3人目の中学生棋士になります。

プロ棋士初年度は全棋士中第1位の勝率を記録し、なんと勝率は7割4分です。将棋大賞新人賞と勝率1位賞を受賞します。その後18歳という史上最年少で将棋大賞の最優秀棋士賞も受賞しています。

大胆比較!羽生善治VS藤井聡太!

現在の将棋界を沸かせている、第一人者といえば、やはり藤井聡太で間違いありません。彼は2020年10月現在、まだ高校生の棋士として戦いますが、すでにタイトルを2つ手中に収めています。

今年で50歳となった羽生善治と、現状どちらの棋力が上であるのかを問うことにはあまり意味はないでしょう。将棋の棋力は一般に25歳でピークを一度迎えるという説が有力です。

羽生と藤井どちらが上の「天才」なのか?

親子以上の年齢差の、この2人の天才を、どちらが「上」か比べることは現実には無謀な試みと言えるでしょう。しかしプロデビュー後の華々しい快進撃という意味で、この2人は遜色ないです。

羽生は初年度に勝率1位と新人賞を余裕で奪取した大天才なことは前述しました。他方、藤井聡太のデビュー後29戦負け知らずという快挙もやはり尋常ではない凄さです。

10代の若さで沈着冷静!AI将棋の申し子・藤井聡太の凄さ

この2人を比べる評論は、将棋専門雑誌にも何回も登場しています。見方はそれぞれですが、共通して言えることの1つには、藤井聡太の棋譜には「無理無駄ムラ」がほとんどない点です。

これは最近の将棋の勝負において、その一手がどの程度効果的なのかを、AIが数値化して表してくれる時代になったことが大きくあります。つまり棋力を客観視するデータが登場したのです。

無論、AIの判定が全てではありませんが、藤井聡太の棋譜はデビュー以来、AI判定での悪手が非常に少ないのです。ヘマをしない強さ、とでもいうべきでしょうか。

盤上の全てを読もうとした天才!それが羽生善治

羽生もまたミスの少ない棋士の1人です。しかし長考の後の一手には、常人を超えた未知の棋譜を求める挑戦的な傾向が見られました。ここ最近では、あまり奇抜な手は指さないと当人は言っていますが。

それでも「伝説の一手」と称される、解説者でも全く気付かないような「妙手」を指す棋士の代表が羽生善治です。つまり大雑把に言うとしても、羽生と藤井は全くタイプが別の棋士なのです。

現時点で2人の対戦は2回あり、どちらも藤井聡太が勝利しています。15歳で一気に7段まで昇りつめた勢いと、50歳を迎え一山越した羽生とでは、対戦だけでいえば藤井優勢のようです。

羽生善治の伝説の一手!

語り継がれる伝説の一手といえば、1988年度のNHK杯で加藤一二三との対局で指した「5二銀」が有名です。なぜ伝説の一手と言われるかというと羽生善治は誰が見ても圧倒的に不利な状況から逆転したためです。

5二銀という一手が形成を逆転し、結果的に羽生善治が勝利しました。羽生善治といえば、解説者も説明に困る常識外れ的な手を指します。その一手により形成が逆転するのです。

才能もさることながら「ひらめき」が凄いのだと思います。今後も見ている者を驚かす絶妙な一手が期待できることでしょう。

羽生善治伝説の対局!

伝説の一手で紹介した、加藤一二三とのNHK杯の対局が伝説の対局としてファンの中で語り継がれています。あの5二銀の一手は脳裡に刻まれるほどインパクトが強かったのでしょう。

この対局の解説を米長邦雄永世棋聖がしていましたが、5二銀の一手を見て「おぉっ!やった!」と大声で叫んだほどです。

どれ程すごい勝負だったのか、将棋を知らない人には分かりにくいのですが、羽生劣勢の中その一手で形成が逆転し、勝利したのです。予想外の展開に見ていた者の脳裡深くに印象付きました。

羽生善治の国民栄誉賞受賞は伝説になる!

国民栄誉賞とは、内閣総理大臣表彰のひとつで1977年8月に定められました。これまでに26人と1団体が受賞しています。最初の受賞者はプロ野球の本塁打の世界記録を更新した王貞治です。

今年の2月に羽生善治も国民栄誉賞を受賞し、将棋界では史上初です。受賞理由は次のように、首相官邸ホームページで解説されました。

将棋界を牽引する棋士の第一人者として、1996年に初めて七冠を同時に制覇するなど比類なき功績を重ね、将棋界初の永世七冠という歴史に刻まれる偉業を達成、多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えることに顕著な業績があった

(引用:Wikipedia)

2018年2月13日、第4次安倍内閣での受賞であり、囲碁界からは井山裕太とのW受賞でした。将棋界と囲碁界の両天才のW受賞は、今後も伝説として語られていくことでしょう。

天才を支えたのは元歌手で女優の妻・畠田理恵!

羽生善治の奥さんは畠田理恵です。「Momoco」グラビアやTBS「モモコクラブ」にレギュラー出演します。1996年「ここだけの話 〜オフレコ〜」でアイドル歌手としてもデビュー。

26歳で羽生善治と結婚して芸能界を引退しました。引退後は羽生の良き理解者として家庭を支え、良妻賢母と称されます。羽生が長きに渡り活躍できたのも、奥さんの理恵さんのおかげのようです。

羽生善治の婚約者ほったらかしエピソード

羽生善治と畠田理恵が婚約して、畠田さんが羽生さんの家に遊びにいった際のエピソードです。突然、「ごめん、ちょっと待ってて」と言って隣の部屋へ行ったそうです。

待てども出て来ず、そのうちパチパチと駒の音がしてきて、なんと結局3時間も待たされたそうです。それが例え婚約者でも、将棋に頭が切り替わると他のことが見えないのでしょう。

それほど羽生善治が将棋に対して、並々ならぬ覚悟で挑んでいることを、奥さんの理恵さんは深く理解しているのでしょう。今日の羽生善治があるのは、妻のおかげと言っても過言ではありません。

羽生善治の将棋スイッチエピソード

羽生善治は、自宅に居ても、家族で旅行に行った際も、食事に行った際も、突然将棋スイッチが入り集中モードになるそうです。そうなると頭の中は将棋のことで一杯です。

今までの会話は置き去りにされ、羽生善治は将棋呪文を呟き出します。慣れてしまったのか子供たちも「お父さん、宇宙に行ってるね」と許しているというエピソードもあります。

羽生善治の勝っても負けても反省会エピソード

勝負の世界の人は負ければ反省、勝てば何が良かったのか振り返りをすると言いますが、羽生善治もその1人です。

対局が延び夜遅く家に帰ってきても、部屋から棋譜をなぞる音が遅くまで聞こえてくるそうです。勝っても負けても、自分の棋譜を巡り日々精進している点こそ、天才たる所以と言えるでしょう。

羽生善治の寝癖エピソード

羽生善治のトレーマークと言えば寝癖でしょう。最初は気にして直していたそうです。直らないため仕方なく「アンテナ立ってるな、今日も快調」と自分に言い聞かせるようになったといいます。

それからはほとんど気にしなくなり、今では羽生善治=寝癖とまで浸透しました。

羽生善治の長時間睡眠エピソード

羽生の睡眠エピソードもあります。普段対局がない時でも、将棋のことで頭をフルに活用しているため相当疲れるのでしょうか。羽生善治は、相当のロングスリーパーらしいです。

今までの最長時間は26時間。さすがに奥さんも心配になり、生きているのか鼻の前にティッシュを当て、息をしているか確認したエピソードがあったらしいです。

羽生善治が繰り出した「必殺技」?ネーミングが愉快?

羽生善治の対局中には、見た目に極めて大きな特徴があり、それらがある種の「必殺技」的に捉えられているエピソードがあります。天才・羽生善治ならではの、そのクセを見てみましょう。

「手の震え」

将棋でも囲碁でも、緊張のあまり指し手が「震える」ということは、普通にあります。しかし羽生善治の「手の震え」が出るのは、勝利を確信しきった時の一手に多いと言われています。

2003年の王座戦で、19歳の新鋭・渡辺明5段の猛追の5戦目で、羽生は手の震えが止まらずまともに駒を持てなかったエピソードがあります。この勝負では3-2で防衛に成功していました。

以後、手の震えについては「勝利を確信した」時に手が震えると当人も認めているようです。極限の集中力が、そうさせるのでしょうか。現在も羽生の手が震えればほぼ勝利と言われています。

「ハブにらみ」

この言葉は、蛇の「ハブ」と羽生を引っかけた非常に巧いネーミングセンスと言われています。羽生がまだ若手の頃、上目遣いに対局相手をにらむような所作が見られ、相手を恐れさせたようです。

これを「ハブにらみ」と称し、対局と棋譜もさることながら、羽生善治の対局中の動きや目線に注目が集まりました。盤上を見据えながらも、相手の表情をも読んでいるのかもしれません。

天才の血を受け継ぐ娘も凄かった!

羽生善治夫妻には、娘さんが2人いますが、さすが羽生善治の娘です。偏差値73の超名門女子校、田園調布双葉中高に通っていました。主な進学先は東大・京大・慶應上智などです。

2人の進学先は慶應義塾大学の医学部、東京医科歯科大と噂されています。父親譲りの頭脳なんでしょうね。子供が親と同じ道を進むのはよくある話ですが、娘さんは将棋に興味はないのでしょうか。

父親を見ていると大変さも分かりますし、何といっても家庭を忘れ将棋に没頭するところは真似したくないのかもしれません。娘さんがプロ女棋士として登場するのを見たい気もしますが期待は薄そうです。

羽生善治のチェスの趣味は天才ならではの没頭ぶり!

羽生善治の趣味といえば「チェス」が有名です。その腕前は今や国内トップクラスです。チェスの世界でも奇抜な一手を指し「チェスの定跡を変えた」と言わせています。

他にも読書や絵画鑑賞、ウォーキングなどを趣味にしているそうです。趣味と言えるかどうか分かりませんが外国語を学ぶことも好きみたいです。

趣味といえば本業以外で自分の好きなことをやるケースが多いですが、中には趣味でナンバーワンを目指す人もいるかもしれません。羽生善治のチェスは趣味の領域を超えているとも言えるでしょう。

羽生善治のライバルは誰?

羽生善治のライバルについては様々な見方があります。永世名人を先に取った森内俊之9段。7冠達成を競った谷川浩司9段。王座戦で羽生善治を角番に追い込み、永世七冠を2度も阻止した渡辺明棋王。

羽生本人は、故・村山聖9段がライバルと語っています。村山は「名人」を射程に捉えていましたが癌で29歳という若さで亡くなってしまいました。

「東の羽生、西の村山」と並び称され羽生を追い詰める存在だったようです。

羽生善治の次の伝説は天才の域を超える!

「永世7冠」という歴史に残る偉業を成し遂げた羽生善治にとって、次の目標はあるのでしょうか?2017年度、新たに叡王戦というのが出来ました。当然、そのタイトルも狙ってくるでしょう。

もちろん永世も狙っていくでしょう。よって、まずは8冠のタイトルで最終的には永世8冠です。現在、50歳ですから、加藤一二三さんと同じ年齢まで現役を続ければ十分可能と思われます。

もしも、永世8冠を達成したら「将棋界の神様」として、未来永劫語り継がれるのではないでしょうか。可能性がない話ではありません。是非、今後の更なる伝説に期待したいと思います。