バカリズムの本名、出身高校や学歴、経歴は?相方の現在は? お笑い

バカリズムの本名、出身高校や学歴、経歴は?相方の現在は?

ピン芸人の枠をハミ出し、ブッチギリの人気を誇るバカリズムさんは、そのシュールで滑稽、シニカルでひょうきんな独特の芸風で、一般人はおろか芸能人、有名人にもファン多数!その本名や出身高校、コンビの解散理由や相方の現等々、ファンが気になる事柄を色々調べてみました!

バカリズム・本名升野英知の出身高校は?

コンビの話をする場合はどちらの意味の【バカリズム】か紛らわしいので、彼の本名をここで紹介しましょう。「升野英知」というのがピン芸人である「バカリズム」の本名です。読み方は「ますのひでとも」です。

芸能界のお仲間には彼は「バカリさん」などと呼ばれているのをよくTVで見かけます。しかし、親しいひとの中には彼を「升野さん」「升野くん」「ひでさん」などと呼ぶひとも結構いるとのことです。

その升野英知さんは1975年11月28日生まれの42歳で、出身地は福岡県田川市です。身長は165cm、体重は60kg、血液型はA型、お酒は一杯ぐらいしか飲めない下戸らしいです。気になる彼の学歴ですが、まず出身高校は地元福岡の「飯塚高校」です。

バカリズムは本来コンビ名?相方がいたの?

バカリズムさんはお笑い芸人、ピン芸人としてすでに一流ですが、それどころか今や芸人の枠を大きく超えて俳優、脚本家、ナレーター、映画監督、作詞家、イラストレーターなどマルチな才能を光らせると存在として、注目を集め続けています。

ご存知のひとも多いかと思いますが、そもそも「バカリズム」とはコンビ名だったのです。コンビを解散してからも、現在のバカリズムさんは「バカリズム」の名前で芸能活動を続けることにしたのです。

所属事務所は「マセキ芸能社」で、同事務所は他にも「ウッチャンナンチャン」「出川哲朗」「マギー審司」「ナイツ」「ニッチェ」「狩野英孝」「いとうあさこ」等々、多数のタレントを擁しています。バカリズムの二人が行った日本映画学校のOBが多数在籍しているとのことです。

バカリズムの高校以降の学歴は?

そして卒業後「日本映画学校」(現・日本映画大学)の俳優科に進みました。そこで相方となる松下敏宏さんと出会います。漫才の授業でその二人でコンビを組むことになり、そして意気投合して、1995年、お笑いコンビを「きくらげ」を結成します。

当初歳上の松下さんが主導権を握り、ネタ作りもしていたそうです。しかしその後、敬語はやめようということになり、ネタ作りも升野さんに主導権が移っていきました。コンビ名も松下さんが命名した「きくらげ」から升野さんがつけた「バカリズム」に変わりました。

バカリズムと相方のプロとしての経歴

日本映画学校を出てから二人は、その後の10年ほどで「爆笑オンエアバトル」「ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー」「笑う犬」「エンタの神様」等々、数々のバラエティに出演しまくって、その一種独特のコント、シュールな芸風で人気を得ました。

バカリズム、コンビの解散理由は?

ところが2005年11月、松下さんが突然、芸能界を引退することになります。表向きの理由は「一身上の都合」という当たり障りのない説明でした。升野さんが後にある番組で真相を語ったところによりますと、松下さん自身が芸人を辞めて普通に働きたいという心境になったということでした。

コンビとしては高い評価を受けていた「バカリズム」ですが、ブレイクというにはまだ届かなかった過去を振り返って、升野さんはこう語っています。当時はまだまだ未熟であり、面白く無いからブレイクしなかったのだと。

昔のネタを見ても伝え方の未熟さを感じるとともに、ただただ変わったことをやろうとしても客観視できず、伝える技術さえなかったとも。そして売れないことを環境のせいにしたり、お互い相手に責任をなすりつけたりと・・・。

そういう苦い経験を通して、松下さんは自分自身の芸人としての限界を感じたのかも知れません。一方ピン芸人「バカリズム」として再出発した升野さんは手応えを感じたそうです。ピンの方が見易いだろうなと感じたと語っています。

ピンだとイメージがふたりに分散せず、キャラクターとしての「バカリズム」を打ち出しやすくなったとのこと。ピン芸人一年生の2006年、R-1ぐらんぷりでフリップネタ「トツギーノ」をひっさげ登場し、見事4位に。その結果露出も増え、彼の持ち味と才能が開花の時期を迎えました。

相方が辞めピンになっても「バカリズム」には理由がある!

コンビ「バカリズム」が終わりを告げて、ピン芸人になってからも、升野さんは「バカリズム」を名乗り続けました。これはなぜでしょうか?本人の弁によると、せっかくここまで十年やってきた芸歴がリセットされてしまうのが嫌だったとのことです。

もうひとつそれに絡んで、ピンで出直して本来後輩だった芸人に頭を下げたくない(笑)のだそうです。実際はコンビが変わろうがピンになろうが先輩後輩の順列は変わりませんから、これはリップサービスでしょう。

バカリズムの相方の現在は?

「バカリズム」として升野英知さんの相方だった松下敏宏さんは、現在は完全に一般人です。芸能界を辞めた後には、突然だったからでしょうが、やれ女性問題だの金銭問題だの、逮捕されただのとお決まりの憶測からの噂、デマが飛び交い、今でもネット上では噂の残骸がくすぶっています。

しかしどうやら実際に問題や事件があったわけでもないので、前述のように自身の芸人としての限界を感じ、一般生活にに戻りたくなったと考えるべきでしょう。ちなみにコンビとしてのバカリズムの過去映像でも、一般人である松下さんに配慮して顔にはモザイクが掛かります。

「バカリズムの元相方をお笑いイベントで見た!」複数の目撃情報

しかしながら一般人となっても、お笑い関係のイベント会場で見かけたという情報も散見されます。もちろん未確認情報ではありますが、そういうことを聞くと少しホッとします。つまり、お笑い自体が嫌いになったのではなく、自身は一般人として働きながら、気楽にお笑いを楽しんでおられるなら、少し嬉しくも感じるのです。

バカリズムは高校では野球部に所属?

升野英知さんの出身高校は福岡県の飯塚高校です。現在は男女共学ですが、2001年までは、つまり升野さんの在校当時は男子校でした。意外かもしれませんが升野さんは野球部に所属しており、これまた意外なことに、ヤンキーとタイマンを張ったというエピソードもあります。あのベビーフェイスで、実はやんちゃな面もあるのですね・・・。

バカリズムの高校時代の武勇(?)伝

それを裏付ける話ですが、以前にラジオ番組「バカリズムのオールナイトニッポンGOLD」で、バカリズムさんが高校時代の過激なタイマン勝負の体験を語りました。番組内で、よほどのことがない限り、これからの人生で殴り合いのケンカをすることなどないでしょう!といった対話の流れから、突如バカリズムさんが思い出したように告白しました。

過去に頭をレンガで殴られたことがあるという衝撃体験でした。高校時代に年に1度行われていた、インフルエンザの予防接種を受けるために、ブッチャーというニックネームの友人と共に市の施設に行くことになりました。ところが会場で、なぜかブッチャーは列を無視し、先頭に割り込んで、他校のヤンキーたちとケンカを始めたのです。

高校生升野英知、若気のいたり

止めに入ったバカリズムが、とばっちりを食らって殴られてしまいました。彼はブチ切れてしまって、殴った相手と大乱闘になりましたが、周りが二人を羽交い絞めにして止めました。先に羽交い絞めを解かれたバカリズムは、相手がまだ羽交い絞めされているのを確認して、思いっ切り殴って逃げたそうです。(笑)

相手はそこそこケンカも強い不良だったらしく、それがバカリズムに負けたという不名誉な噂に腹を立て、居所を調べ上げられて執拗にタイマンを迫ったのです。仕方なく、これで最後にしてほしいとタイマンの申し出を受けました。

タイマン当日は人目に触れるといけないので、トイレで闘うことになりました。その闘いの途中、どうやら人が来そうだということで一旦トイレを出て、ほとぼりが冷めてトイレに戻るときに、相手に誘導されてバカリズムが先に入りました。

その直後後頭部に衝撃が走り、頭がワサビを食べた時の何倍もツーンとしたといいます。振り返ると相手が割れた(!)レンガを持って立っていました。そして相手が言ったことがふるってます。「これで最後だ、男の約束だからな」(笑)

バカリズム出身高校の野球部の快挙

ちなみにその飯塚高校野球部は、2008年に甲子園に、卒業後に東北楽天ゴールデンイーグルスへ入団することになる辛島航投手を率いて初出場しています。また2012年にも2度めの出場を果たしています。バカリズムさん、野球がとても強い高校の野球部に所属していたのですね!

バカリズムの危機感とブレイク

さてピン芸人「バカリズム」としてブレイクしたバカリズム(以降ピン芸人バカリズムを指します)さんですが、「トツギーノ」ネタを番組で披露することが増え、CMにもなりグッズなども売り出され、本人はこのままだとバカリズムではなくトツギーノの人になってしまうという危機感を感じたといいます。

一発屋で終わる危険性を案じ、ある時点でトツギーノネタを封印します。その戦略は正解だったと、後にバカリズムさんは述懐しています。バカリズムさんはR-1ぐらんぷりに2006年から5年連続出場、4度の決勝進出を果たしました。

2009年に「地理バカ先生」で審査員の清水ミチコさんから大会史上初めての100点満点をつけられるほどのウケたのですが、優勝はできませんでした。2010年の大会後、R-1ぐらんぷりからの卒業を宣言しました。

また、大喜利日本一を決める「IPPONぐらんぷり」では2009年の初回から参加し、最多優勝回数を誇ります。松本人志大会チェアマンからも非常に高い評価を受けています。2010年11月27日に放送されたNHK「トップランナー」に出演の際、今後の目標を訊かれると「現状維持」と言い放ちました。

進化するバカリズム

2014年10月から放送された竹野内豊主演のドラマ「素敵な選TAXI」で、初めて連続ドラマの脚本を書き、自身も俳優として出演しました。これを皮切りに単発ドラマ「かもしれない女優たち」SPドラマ「桜坂近辺物語」、その後さらに「黒い十人の女」「架空OL日記」などの脚本も書き、作品によっては俳優や声の出演もこなしています。

また、TVやラジオの仕事だけではなく、ライブも精力的に展開してきました。一人コントを披露する「バカリズムライブ」及び番外編「バカリズム案」を合わせると年に2、3回開催していました。2014年以降は「バカリズムライブ」を年に1回開催するのみになりました。

その後も日本テレビの「バズリズム」の番組内企画で色々なアーティストとコラボするユニット「バカリズムと」で秦基博や水野良樹とコラボをしたり、自ら原作・脚本・主演をこなした「架空OL日記」で脚本家として第36回向田邦子賞を受賞しました。他にも強烈なブレイクを見せる野生爆弾くっきーと絡んだりの八面六臂の活躍です。

バカリズムの最新情報と今後の展開は?

最新情報では2018年6月6日から7月29日まで上野の森美術館で開催される「ミラクルエッシャー展覧会」のナビゲーターに就任しました。同展覧会の音声ガイドの大役も務めるという、いやはや凄区エネルギッシュな活動はお見事です。

バカリズムさんの先輩である今田耕司さんや、有吉弘行さんも彼には一目置いています。それほどの芸とセンスが光っているのでしょう。意外にもバカリズムさん本人は、自分の冠番組を持ちたいという欲望はなく、ただただやりたいこと、好きなことを淡々とやるのが基本姿勢だそうです。

ある意味無欲で、ただ自分が表現したいことをストイックに追求しているからこそ、あれほど自由自在な発想が湧き出てくるのでしょう。今後も芸人の枠を大きく大きく超えて、私たちを笑わせ、驚かせ、感心させ・・・感動させて欲しいものです!