「かなり恐怖を感じた」とは?元ネタは?弁護士・唐澤貴洋の言葉? エンタメ

「かなり恐怖を感じた」とは?元ネタは?弁護士・唐澤貴洋の言葉?

「かなり恐怖を感じた」というフレーズを聞いたことはあるでしょうか?これは世界一受けたい授業に出演した際に、唐澤貴洋弁護士が元ネタとなっています。今回はネット上で流行している「かなり恐怖を感じた」について、元ネタとなっている弁護士や炎上騒動について紹介します。

目次

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「かなり恐怖を感じた」とは?

ネットを楽しんでいる人は「かなり恐怖を感じた」という画像コラやフレーズを目にすることが増えてきたのではないでしょうか?ネット上で流行しているこのネタには元ネタがありました。

「かなり恐怖を感じた」の元ネタ

「かなり恐怖を感じた」は番組でのワンシーンが元ネタでした。しかしこれに限らずキャッチーなフレーズは世に溢れています。なぜここまで「かなり恐怖を感じた」だけが注目されるようになったのでしょうか?

世界一受けたい授業の1シーン

「かなり恐怖を感じた」は世界一受けたい授業という番組に唐澤貴洋弁護士が出演した際に発した一言です。テレビの何気ないワンシーンのように感じられますが告知の甲斐もあり多くのネット住民に注目されていました。

弁護士唐澤貴洋の言葉

先述したように、この言葉を発したのはネット上のトラブルに強いと言われている唐澤貴洋弁護士です。メディアでは最近注目されるようになりましたが、2012年あたりからネット上では有名な人物でした。

コラ素材として人気に

ネット上で多く注目されてしまったこと、彼の実写画像が少なかったことからメディア出演は当初はとても貴重なものとなりました。そのため、世界一受けたい授業のコラ素材が多く出回ってしまったのです。

BB素材が人気に

コラ画像はTwitter上では人気コンテンツのひとつ。その時に話題となっている人物がネタになることは少なくありません。唐澤貴洋弁護士がテレビに出演した際の画像は加工しやすいBBとして出回っています。

唐澤貴洋とは

初めてメディアで顔を出したのは2016年のNHKの取材でした。その前からネット上では有名な人物ではありましたが、プロフィール画像はイラストだったため謎が多い人物として使われていたのは事実です。

唐澤貴洋の誕生日や年齢

まずは唐澤貴洋弁護士の人物について触れていきましょう。生年月日は1978年1月4日なので2021年で43歳です。東京都港区出身で、現在は法律事務所steadinessで弁護士として活動を続けています。

唐澤貴洋の学歴

唐澤貴洋弁護士は東京都港区で生まれ、法政大学第二中学校から新宿山吹高等学校に進学しています。慶應義塾大学総合政策学部卒業、早稲田大学法科大学院を修了した後に司法試験に合格しました。

唐澤貴洋の仕事や経歴

2010年に弁護士登録をした後は、恒心綜合法律事務所を設立。ネットトラブルに強い弁護士として、知的財産権や著作権問題などの業務に取り組んでいます。後にある出来事により、彼の人生が一転してしまいます。

唐澤貴洋が有名になった経緯

エリート街道を進み、ネットに強い弁護士として活動を続けていた唐澤貴洋弁護士がなぜここまでネット上で注目を浴びるようになってしまったのでしょうか?それにはある人物が絡んだ経緯がありました。

掲示板を匿名で荒らす高校生H

炎上弁護士という別名も持つ唐澤貴洋弁護士が、有名になった発端となったのはある人物による炎上騒動でした。この炎上騒動の張本人となったのが、ハンドルネーム八神太一という人物です。

悪質な投稿を繰り返す

学歴や出身地で人を差別したり、東日本大震災の被災者をバカにしたりと悪質な投稿を繰り返していた八神太一。もちろん彼を快く思わない人も多くいましたが当の本人はわかりやすく言うと調子に乗っている状態でした。

他ユーザーをとにかくバカにしていた

本人は他のユーザーが「自分を特定できるわけがない。できるならしてみろ。」というスタンスでした。身元がバレるわけがないと、たかをくくった状態で他のユーザーたちへの挑発を繰り返していたのです。

Hが特定される

しかし八神太一は他のユーザーとのやり取りの中で、頭に血がのぼり大学の合格証を自らの意思で公開してしまいます。この合格証により、日頃から彼に対して快く思っていないユーザーたちから報復が始まりました。

他ユーザーからの報復が始まる

個人情報の特定はかなりのものでした。八神太一の本名(フルネーム)や住所、合格した大学名などが、どんどん明らかにされていきます。本人は「有名になった」と喜ぶような投稿をしていたそうです。

ことの重大さを知る

最初は他ユーザーたちの報復を面白がり「有名になって嬉しい」と意に介していなかった八神太一でしたが、少しずつことの重大さを知るようになります。少しずつ、ネット住民に対して拡散防止を求め始めました。

「かなり恐怖を感じた」の始まり

個人情報の拡散を求めますが、元々日頃から他ユーザーの情報をネット上で晒していた八神太一。彼の訴えが、今更受け入れられるわけがありません。八神太一はネットの怖さを知り他の手段を考え始めます。

Hが弁護士唐澤貴洋を呼ぶ

自身の個人情報がどんどん特定され、拡散防止を求めるも静まる気配が見えません。そこで八神太一が最終手段として助けを求めたのが、ネットに強い弁護士として知られている唐澤貴洋さんでした。

開示請求が頻発する

弁護士に救いを求めた八神太一に対して、バッシングはさらに強くなりましたが唐澤貴洋弁護士に対しては同情する声すら寄せられていました。しかし唐澤貴洋弁護士の過去の職務内容や言動から人間性を疑われるように。

開示請求を相手にしないユーザーも

唐澤貴洋弁護士に経歴についての情報が多く拡散されると、ほとんどのユーザーが彼の人間性について疑問視するようになります。開示請求もたんなる脅しに過ぎないとほとんどのユーザーが相手にしなくなりました。

誹謗中傷の対象は唐澤貴洋に

唐澤貴洋弁護士について明らかになると、ネット上では彼をバカにする書き込みも見られるようになります。放置していれば沈静化するにも関わらず、過剰に反応したのも盛り上がった理由のひとつです。

ネット上の面白いコンテンツになる

ネタにすれば返しがある、過剰な反応が面白いというところがネット住民のターゲットにされた理由のひとつであることは間違いないでしょう。どんどん唐澤貴洋弁護士はネット上においておもちゃのようになりました。

開示請求が火をつけた

唐澤貴洋弁護士は自身をネタにした書き込みに対して、ほとんど開示請求をするようになります。中には彼を擁護する書き込みも含まれていました。無差別開示請求が火に油を注ぐような形となったのです。

ハセカラ民・恒心教の誕生

これらの一連の流れがエスカレートし、八神太一と唐澤貴洋弁護士のやり取りを楽しむハセカラ民や唐澤貴洋弁護士を崇拝する恒心教という言葉まで生まれるようになりました。

「かなり恐怖を感じた」を追い風に

ネット上で大炎上に巻き込まれた唐澤貴洋弁護士でしたが、2017年あたりからこの逆風を活かすようになります。これらの経験を活かし経験に詳しい弁護士、国内最大の炎上被害者として活動するようになるのです。

「かなり恐怖を感じた」どんな風に使われている?

ネット上において流行している「かなり恐怖を感じた」。これはどんな風に使われることが多いのでしょうか?かなり色々なコンテンツにおいて「かなり恐怖を感じた」というワードを目にするようになっています。

コラ画像

「かなり恐怖を感じた」で代表的なものとなっているのが、コラ画像ではないでしょうか?特に世界一受けたい授業のコラ画像は多く出回っていて、かなり恐怖を感じたネタの代表的な作品となっています。

twitterやYouTubeのコメント欄

当初は2ちゃんねるだけで楽しまれていた「かなり恐怖を感じた」シリーズ。しかし話題が広まるにつれてTwitterやニコニコ動画でも扱われる案件と成長していきます。youtubeでも話題となっていました。

反応はさまざま

あくまでもネタとして扱う人もいれば、唐澤貴洋弁護士に対しての悪質な嫌がらせに対して冷静なコメントを寄せる人もいます。多くのコメントを見てみると「かなり恐怖を感じた」の理由も見えてくるかもしれません。

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