麻原彰晃の死刑執行!遺骨は子供に?オウム真理教や麻原彰晃の嫁と子供の現在は? 芸能人

麻原彰晃の死刑執行!遺骨は子供に?オウム真理教や麻原彰晃の嫁と子供の現在は?

2018年7月6日、松本サリン事件や地下鉄サリン事件の首謀者であるオウム真理教の教祖、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の死刑が執行されました。麻原はなぜ数々の衝撃的事件を起こしてきたのでしょうか。子供たちや嫁の現在にも触れながら見ていきたいと思います。

嫁が気になる麻原彰晃の子供時代!麻原死刑囚になった理由は?

麻原彰晃こと松本智津夫は熊本県八代市で生まれました。6男3女の9人兄弟の第7子で、先天性緑内障という目の病気で生まれました。左目がほとんど見えず、右目は少し見えるけれどやはり視力は悪かったそうです。視覚障害者ということもあり、盲学校に入れられた麻原はそのことを大変嫌がったそうです。

また、学校に入ってからも他の子はまったく目が見えない状況で自分は見えるのですから暴力をふるい、他の子たちを支配していました。この時から権力やお金に対する執着心のようなものも芽生え、巻き上げたお金で卒業するまでに300万円ほど貯金をしたそうです。

麻原彰晃の高校時代

高校時代の麻原は盲学校の生徒としては異例の柔道二段を取得。成績は中ほどでしたが、「自分のように病気で困っている人を救う仕事がしたい」と熊本大学医学部を志望するようになります。しかし、視覚障害者では医師免許が取れなかったため医師の道を諦め、高等部専攻科に進学。その後は東京大学法学部を目指しますが受験は3度諦めています。

麻原彰晃の嫁、松本知子

千葉県立木更津高等学校を卒業後、浪人して代々木ゼミナール代々木本校に通い、隣の席になった麻原と知り合い、結婚。20代の頃、許容量をはるかに超える精神的葛藤のために、精神の異常が現れ始め、神経症にかかったと自著「転換人生」に綴っています。そんな知子は夫である麻原彰晃との間に男2人、女4人の子をもうけます。

麻原彰晃には多数の愛人がおり、夜ごと性行為をするために部屋に呼ばれる女性は異なり、麻原が愛人たちと性行為をしている最中、正妻である知子は部屋の前でうろうろしていました。そこにもかなりの精神的ストレスがあったとみられます。

麻原彰晃の嫁、松本知子との子供たち

麻原には12人の子どもがおり、そのうち妻、松本知子との子は6人です。その他にも愛人が多数おりその間にできた子供がいますが、正式な人数はわかりません。愛人の中でも一番有名なのが石井久子です。彼女は麻原との子供を計3人産んでいます。

麻原彰晃と嫁の子供、長女:松本美和の現在

1978年生まれ。ホーリーネームはドゥルガー。スーパーで万引きの経験があり、教団での地位は正悟師。ならびに流通監視大臣でもありました。しかし、長女と四女は家族と縁を切りたい気持ちが強かったため、麻原とは不仲だったようです。現在は縁を切り、ひっそりと暮らしています。

麻原彰晃と嫁の子供、次女:松本宇未(仮)の現在

1981年生まれ。ホーリーネームはカーリー。2000年に三女とともに長男を連れ去る事件がありました。その後、逮捕されて保護観察処分になります。四女とは対立していて批判をしています。現在は長男、次女と一緒に暮らしています。

麻原彰晃と嫁の子供、三女:松本麗華の現在

1983年生まれ、ホーリーネームはアーチャリー。2000年に次女と共に長男を連れ去る事件があり、逮捕された後、保護観察処分になります。教団内では麻原に次ぐ正大師でした。2004年に和光大学に合格しますが、麻原彰晃の娘ということで入学を拒否される。麗華は提訴して東京地裁は「入学拒否は違法」と認定しました。

2013年からブログを立ち上げ、麻原を案ずる文面を綴っています。2015年には報道番組のインタビューに実名で出演し2015年には手記「止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記」を書きました。

麻原彰晃と嫁の子供、四女:松本聡香(仮)の現在

1989年生まれ。生まれたときから正報師という位を与えられていたと言いますが、小さい頃から虐待を受けていたと証言しています。17歳の時に家族から縁を切り自立したいという思いからジャーナリストの江川氏に後見人になってもらいます。

しかしその1年後、江川氏の元から失踪、3年後には「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」という本を執筆。麻原とは深い溝があるように思われる四女ですが、麻原は死刑執行後の遺体引き渡しを四女に指名しています。なぜ四女なのか、その真相については明らかにされていません。

麻原彰晃と嫁の息子の現在

麻原と嫁の知子には2人の息子がいましたが、2人とも名前は不明です。1992年生まれの長男と1994年生まれの次男です。長男は現在、次女、三女と暮らしています。2人とも「麻原の息子だから」という理由でほとんど学校に通わせてもらえなかったことから、かなりの苦労をしていると思われます。

麻原彰晃とオウム真理教

オウム真理教は麻原彰晃(松本智津夫)が設立した宗教団体です。麻原はヒマラヤで最終解脱した日本で唯一の存在で空中浮上もできる超能力者であり、その指示に従って修行をすれば誰でも超能力を身につけることができるなどと言って若者を中心に多くの信者を獲得しました。

当初はヨーガのサークルに過ぎなかったものの、次第に出家信者に全財産を布施させたり、麻原の頭髪や血などを高額で販売するなどして多額の金品を得て教団を拡大させました。内部では懐疑的になって逃走を図った信者を拘束したり、殺害するなどしていて、死者・行方不明者は30名以上となっています。

麻原彰晃の衆議院選挙出馬

1989年に参議院でマドンナ旋風が起こったことから、翌年2月に行われる衆議院選に、石井久子など女性信者を出馬させる構想を立てましたが、その後、麻原自身が真理を広めるために真理党を結成して衆議院選挙へと立候補しました。結果は惨敗。

麻原彰晃率いるオウム真理教、松本サリン事件

松本サリン事件は1994年に長野県松本市で発生したテロ事件です。オウム真理教教徒により、神経ガスのサリンが散布されたもので、死者が8人、重軽傷者600人に及んだ。戦争のない国において、サリンのような化学兵器クラスの毒物が一般市民に対して無差別に散布された世界初の事例です。

麻原彰晃率いるオウム真理教、地下鉄サリン事件

地下鉄サリン事件は1995年に東京都で発生した同時多発テロ事件です。オウム真理教によって現在の東京メトロ線で営業運転中の地下鉄車両内で神経ガスのサリンが散布されました。死者が13人、負傷者約6300人という恐ろしい事件です。

事件の目撃者は地下鉄の入り口が戦場のようだったと語っています。多くの被害者は路上に寝かされ、呼吸困難状態に陥っていました。目撃者や被害者は今も心的外傷後ストレス障害(PTSD)で苦しんでいます。また、重度な後遺症・神経症状に悩まされている人も多いです。

オウム真理教教祖、麻原彰晃逮捕

1995年、麻原は毒ガスを利用した大量殺人事件の首謀者として逮捕されました。信者たちはどうしても麻原が逮捕されることが嫌だったようです。麻原が発見されたのは隠し部屋のようなところで、閉鎖的な世界にひとり、汗だくで隠れていたそうです。裁判中や獄中ではさまざまな奇行を行いました。

死刑を逃れた地下鉄サリン事件実行犯、林郁夫

オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件。実行犯で唯一死刑を逃れたのが林郁夫です。林は逮捕当初、サリン事件とは無関係と思われていましたが、取り調べを担当した警察官は林が嘘をつけない性格だと最初から見抜いており、林をオウムに入る前の石だったころの林に戻したいと強く思っていました。

そして、心を許した林はその警察官に全てを打ち明けます。警察は林が地下鉄サリン事件に関与しているとは全く想像もしていなかったので、林の行動は自主ととられ、死刑ではなく無期懲役という形になりました。

麻原彰晃、死刑執行

2018年7月3日、麻原を始め、土屋正実、遠藤誠一、中川智正、早川紀代秀、井上嘉浩、新実智光の各死刑囚に対する死刑執行命令書が押印されました。7月6日、麻原は朝食を食べた後死刑執行を告げられ、収監先の東京拘置所において死刑が執行されました。最後の言葉は「グフッ」。同日に他の死刑囚の死刑も執行されました。

麻原彰晃、遺骨の受取人は?

麻原は死刑執行直前に遺体の引き取り先として四女を指定したとされていますが、麻原の妻、三女が遺体の引き渡しを求める要求を提出しています。9日に火葬はされましたが、当面は東京拘置所に安置することとなっています。

関係者によると、6日に死刑が執行された7人のうち5人の遺体は親族、遠藤誠一の遺体はオウム真理教の後継団体「Aleph」に引き渡されたとみられ、残るは麻原元死刑囚の遺骨のみとなりました。

オウム真理教の現在は?

オウム真理教は麻原の逮捕後も名称を変えるなどして現在も活動を続けています。後継団体には「Aleph」「山田らの集団」「ひかりの輪」があります。中でも「Aleph」は現在も麻原に帰依しており、一連の事件を起こした当時と同様の修行をしていたり若い世代を中心に勧誘して難関100人ほど新たに入信していると言います。

オウム真理教家族の会

オウム真理教に入信した子供を持つ親が集まり、結束して作られたのが「オウム真理教家族の会」です。地下鉄サリン事件、松本サリン事件のような犯罪が二度と繰り返されることないようにと活動を続けています。ご家族自身もオウムに子供を奪われた被害者です。

麻原彰晃の罪は永遠に消えない

何が麻原を教祖という道へ導いてしまったのでしょうか。麻原のした行為はとても許されることではありません。麻原の死刑が執行された後も、オウム真理教が起こした事件の被害者の方、ご家族の心の傷は癒えません。後継団体があることを不安に思っている人も多いと思います。今後あのような事件がないことを祈るばかりです。