皇帝・岸義行の死亡説は本当?大食いを辞めて現在は何をしている? エンタメ

皇帝・岸義行の死亡説は本当?大食いを辞めて現在は何をしている?

2002年以降テレビから姿を消し、死亡説まで出ている大食い界の皇帝・岸義行さん。勝負に対して貪欲なあまり、試合中に倒れる姿や嘔吐する姿まで晒したことも?!現在はどんな生活を送っているのでしょうか?また岸義行さんと岸博幸さんが兄弟という噂は本当なのでしょうか?

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岸義行のプロフィール

丸いサングラスがトレードマークの岸義行さんは、大食い第一世代として女王赤阪などと壮絶なフードバトルを展開していました。皇帝・大食い界のドン・霊長類最強の胃袋などと呼ばれています。

  • 本名:岸義行(きしよしゆき)
  • 生年月日:1963年8月16日
  • 身長:174cm
  • 体重:64kg

皇帝と呼ばれた岸義行の戦歴

岸義行さんは1時間休まずに食べ続けるなど、視聴者に対して強いインパクトを残しています。早食いよりも大食いを得意とするフードファイターです。今も語り継がれている彼の戦歴をみていきましょう。

TVチャンピオン全国大食い選手権~大食いオールスター~大阪食い倒れ決戦

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1999年10月に開催されたこのフードバトルは、男女混合。女王赤阪も出場しています。予選からたこやき200個、串カツ57本、フグカツ丼8杯とたいらげ決勝戦に進みます。

決勝戦は伝説の判定へ

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岸義行さんは決勝戦にて用意されてきつねうどんを27杯食べたところで、タイムアップ!女王赤阪こと、赤阪尊子さんも27杯で終了しました。残った量を計測したところ、わずか5g差で岸義行さんが優勝したのです。

第14回全日本わんこそば選手権

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TV番組の企画以外でも記録を確立しています。1999年11月に行われた「第14回全日本わんこそば選手権」では15分で451杯を食べ、当時歴代記録を残し優勝しました。

全国大食い選手権スーパースター北海道かぶりつき激闘編

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岸義行さんが出場したフードバトルの中でも、印象深い回となったのが2000年11月に行われたフードバトルです。この大会では小林尊さん、赤阪尊子さん、新井和響さんなど大食い界のスターが揃いました。

北海道を味わいつくす

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予選からじゃがいも、ウニ・イクラ丼、ジンギスカン、塩ラーメンなど北海道グルメを味わい尽くします。岸義行さんは優勝こそはできませんでしたが、決勝戦まで進みデッドヒートを繰り広げました。

三者三様の決勝戦

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この大会で注目したいのが、決勝戦の3人の個性。赤阪尊子さんがラーメンの中にメガネを落とし、その様子を見た小林尊が思わず笑います。岸義行さんは表情を変えずに食べ続けるカオスな展開となりました。

岸義行は大食い中に嘔吐したことがある

岸義行さんはフードバトル中に嘔吐をしたこともありました。しかしその情報や動画やあまり詳しく出回っていません。今その映像を見るのは少し難しいでしょう。

過食嘔吐だった人もいた

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一部フードファイターの中にはバトル中に「リセット」と称して、胃の中のものを全て吐き出していたこともあったとか。ある人物は現役時代に、過食嘔吐に悩まされていたと暴露しています。

第2回フードバトルクラブで炎上した岸義行

皇帝とも呼ばれていた岸義行さんは、第2回フードバトルクラブを機に炎上してしまいます。真実は明らかにされていませんが、この回では悪役仕立てられたという声も。この件について見ていきましょう。

フードバトルクラブについて

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フードバトルクラブは2001~2003年にTBS系列で放送された大食い番組。この番組は最強のフードファイターを決めるというコンセプトのもと始まっています。TVチャンピオンと人気を争うほどになりました。

2002年以降ブームは下火に

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しかし2002年1月15日、愛知県の中学生が早食い対決を行った際に事件が発生します。この事件を機に、大食いブームの人気はどんどん衰えていきました。この事件に関しては後ほど詳しく紹介します。

そばアレルギーの相手にそばを選び不戦勝

第2回フードバトルクラブでは岸義行さんは、プリンス山本こと山本晃也さんと対決します。山本晃也さんは甘味系が得意とするフードファイターです。ここで岸義行さんはわんこそばをバトルフードとして選びました。

山本晃也さんはそばアレルギー

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山本晃也さんはそばアレルギーでした。ドクターストップもあり、そのまま岸義行さんの不戦勝となります。2戦目は負けましたが、3戦目に勝利し岸義行さんは決勝へ駒を進めることとなりました。

相手がそばアレルギーとは知らなかった

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相手がアレルギーである食品、苦手である食品をバトルフードに選んだ岸義行さんに対し世間からはバッシングの嵐でした。しかし岸義行さんは山本晃也さんがそばアレルギーだとは知らなかったそうです。

ナレーションに問題も?

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番組内では「冷徹な岸義行」vs「頑張る山本晃也」という構図ができていました。岸義行さんの真意は明らかではありませんが、視聴者心理はたやすく操作できたことは考えられます。

出場条件を満たしていない

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そもそもフードバトルクラブには出場条件があります。その中のひとつに、食べ物アレルギーのある人は出場不可と記載がありました。責められるべきは、本当に岸義行さんだったのでしょうか?

放送作家による陰湿ないじめ?

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ネット上では岸義行さんが担当の放送作家が携わる番組を批判したことで、逆上したことによる嫌がらせとも言われています。さまざまな説が出てしまうほど視聴者にとっては衝撃的な内容だったのでしょう。

岸義行はある事件以来テレビ出演しなくなる

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ある事件が発生した2002年以降、岸義行さんはテレビ出演をしなくなります。この事件とは先述した中学生による早食い事件です。10年ほど続いたフードバトル全盛期は突如終わりを迎えることとなりました。

2002年中学生が早食いを真似て倒れる

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フードバトルクラブについて説明した時にも触れましたが、フードファイター達に大きな影を落としたのが愛知県中学生の死亡事故でした。2002年1月15日の休職中にこの事件は発生してしまいました。

パンが喉に詰まり昏睡状態に

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友人と共に早食い対決をした際に、ある1人が喉にパンを詰まらせて昏睡状態になってしまいます。緊急搬送されましたが、意識が戻らないまま3ヶ月後の2002年4月24日に命を落とすこととなりました。

岸義行が早食いを批判

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中学生が命を落とした事件が発生した後、フードファイターは息をひそめるように沈黙を押し通しました。その中で真っ先に持論を展開したのが、岸義行さんです。彼は元々早食いに関しては批判的な意見の持ち主でした。

岸義行の持論

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事件が起きる前の2001年秋ころから、岸義行さんは早食いに対して否定的な意見を持っていました。当時は「早食いは味わうことなく食べ物を飲み込む。食べ物を粗末にしている」という理由からでした。

事件後にさらに批判は加速

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中学生の死亡事故後、早食いに対する批判は変わりませんが「早食いは窒息の恐れがあり危険」と提唱します。しかし早食いと大食いの定義が曖昧だったため、フードバトルブーム自体が失速することとなりました。

大食い番組は自粛を発表

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事件後、大食い・早食いはバッシングを受けます。放送自粛だけではなく、各地で行われているフードバトルに関連するイベントも軒並み中止となる事態に追い込まれました。

テレビから消えた岸義行の現在は?

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大食い第1世代と言われていたレジェンドたちは、あらゆる場で活躍を見せています。しかしその中で、現在も消息を掴めていない1人が岸義行さんです。

2002年頃からテレビ出演しなくなる

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2002年以降、表舞台にめっきり姿を見せなくなりました。ある場所でタクシーの運転手をしていたなど都市伝説レベルの噂が持ち上がるほど、彼の現在は不明です。

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