赤阪尊子の現在は?大食い女王はマツコの番組に出演していた! エンタメ

赤阪尊子の現在は?大食い女王はマツコの番組に出演していた!

1990年代の大食いブーム立役者の1人、メガネがトレードマークの赤阪尊子さん。現在もマツコ・デラックスさんと大食い対決をしたり大会の見届人をしたりとテレビ出演をしています。赤阪尊子さんは今どんな生活を送っているのでしょうか。年齢や糖尿病の噂など徹底解析です。

目次

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赤阪尊子のプロフィール

女性フードファイターの先駆者とも言われ、1990年代~2000年前半の大食い番組ブームを支え続けた1人・赤阪尊子さん。彼女の強靭な胃袋は、男性フードファイターとも互角に渡り歩いていました。

  • 本名:赤阪尊子(あかさかたかこ)
  • 生年月日:1955年2月25日
  • 年齢:65歳(2020年12月現在)
  • 出身地:大阪府
  • 身長:159cm
  • 血液型:B型

年齢は65歳(2020年12月現在)

2015年10月放送の「いきなり!黄金伝説」に出演した際には、年齢を60歳と話していたので2020年12月現在で65歳になります。赤阪尊子さんがデビューしたのは38歳。あれから20年以上経ちました。

出身は大阪

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フードファイターとしては遅咲きの38歳でデビューした赤阪尊子さん。当時は地元の大阪で保険の外交員をしていました。食欲にはかなり自信があり、お昼には5合分のおにぎりを持っていくなど大食漢だったとか。

1990年代に大食いで活躍

テレビで見ていた大食い選手権を見て、自ら「第4回大食い決定戦」に応募。初出場にして赤阪尊子さんは優勝をかっさらいます。当時は男性も同じフィールドで戦っていたのでかなりの快挙といえるでしょう。

オファーがひっきりなしに

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優勝してから大食い女王としての地位を確立していきます。選手権が開催されるたびに、赤阪尊子さんにオファーが来ていたそうです。その度に彼女は大阪から新幹線に乗って東京まで通っていました。

優勝5回、準優勝4回

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今こそフードファイターは男性と女性で分かれていますが、赤阪尊子さんの現役時代は男女同じフィールドで戦っていました。その中でも優勝5回、準優勝4回と大会に参加するごとに記憶に残る爪痕を残しています。

メガネがトレードマーク

赤阪尊子さんのトレードマークと言えばメガネ!大会中にはラーメンの中にメガネを落としてしまったこともありました。ふくよかな顔立ちとメガネ姿の彼女をイメージする人も多いでしょう。

キャッチフレーズは?

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フードファイターはそれぞれキャッチフレーズをつけられていました。赤阪尊子さんは「女王赤阪」「飢えるジャンヌ・ダルク」と呼ばれています。周りを圧倒する胃袋の持ち主だったのは間違いありません。

2002年に引退

 

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2002年には若手の活躍に押され限界を感じていたそうです。同時期に大食いバトルを真似した中学生が亡くなった事故が発生し、自らの意思で引退を決意することとなりました。

赤阪尊子は子どもの頃から大食いだった

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赤阪尊子さんは小学校の頃は好き嫌いが多く、少食だったそうです。しかし中学生になった時に食欲が急増!食事4食・早弁・おやつ(パン1斤)・夜中に米を2~4合炊きこっそりと食べていたそうです。

大食漢だったのは家族で赤阪尊子だけ

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ストレスのせいか、成長期のせいか異常な食欲を持つ赤阪尊子さんに対して家族は「食べ過ぎだ」と話していたそうです。家族内でも大食漢と言われていたのは曾祖父さんだけ。唯一血を受け継いだのかもしれません。

社会人になると激やせ

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社会人になるとストレスにより、食欲が一気に無くなり激やせしてしまいます。このままでは体を壊すと、きちんと食事をするようにしたところ食欲が復活!中学生以上の食欲を取り戻します。

大食漢なのは体質?

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彼女が大食いの理由は、満腹中枢への伝達が遅いからだとか。またかなりの胃下垂で、胃も柔らかく骨盤あたりまで膨らむこともあるそうです。1日10~15回トイレに行くこともあるそうなので、特異体質と言えます。

赤阪尊子の大食い戦歴がすごい!

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さまざまな理由から2002年に自らの意思でフードファイターを引退した赤阪尊子さんは、初出場の大会で優勝した他にさまざまな快挙を残しています。彼女の戦歴をピックアップしてみました。

TVチャンピオン第3回甘味大食い女王選手権

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1997年4月に行われたこの選手権の決勝で用意されたのは、高さ80mの3段ウェディングケーキでした。その量はなんと70人分!このケーキを制限時間60分で最初に完食するか、多くの量を食べた人が優勝です。

メイクをしてドレスを着た姿で登場

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決勝に残ったのは3人。全員メイクをして、ウェディングドレス姿で登場しました。そのままの姿でケーキを懸命に口に入れていきます。未完食ではありましたが、圧倒的な量を食べて赤阪尊子さんが優勝しました。

TVチャンピオン打倒!赤阪 甘味大食い女王選手権

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あまりにも圧倒的な強さから、打倒!赤阪として大会のタイトルにもなりました。この選手権は2001年5月に放送されています。女王赤阪を打倒すべく、女性フードファイターが集まりました。

予選から圧倒的な差をみせつける

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第1ラウンドはチョコバナナ、第2ラウンドは巨大ババロア・プリン、第3ラウンドは銘菓と予選から圧倒的な差をみせつけます。決勝では1ホール500gのケーキを9個食べ(2位は5個)優勝しました。

TVチャンピオン大食いスーパースター史上最大のチャレンジマッチ

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この大会では多くのフードファイターが出場しました。数ある大会の中でも、赤阪尊子さんは「甘味大食い女王お正月スペシャル決戦」に出場。おしるこ36杯7.2kg(2位は28杯5.6kg)を食べ優勝しました。

赤阪尊子の現在は?

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フードファイターとして1つの時代を築いてきた赤阪尊子さんは、地元のローカル番組でコメンテーターとして活動もしていたそうです。現在、彼女はどこでどんな生活をしているのでしょうか?

還暦を迎えて食欲減退

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赤阪尊子さんは還暦を迎えています。さすがに以前のように大食いすることはなく、食欲も激減しているようです。しかしフードファイターとして現役で頑張っている人たちにアドバイスを送ることもあるとか。

母親の介護をしている

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2019年2月掲載の日刊ゲンダイのネット記事では、赤阪尊子さんの特集が組まれています。そこでは現在は高齢の母親の介護をしながら、暮らしていると明るく語っていました。

現在は無職

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母親の介護を機に、長年務めていた保険外交員は退職しています。月7万円の家賃収入と母親の年金、貯金を切り崩して生活をしているそうです。テレビ出演はしているので、ある程度の臨時収入はあるのでしょう。

レーシック手術を受けた

トレードマークのメガネはある時期からかけなくなりました。どうやらレーシック手術をしたそうで、今はメガネ無しの生活をしているそうです。

現在も独身

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現在も赤阪尊子さんは独身で、母親と一緒に2人暮らしをしています。60歳のテレビ出演時に、独身であることは自ら語っていたので現在もその可能性であることは高いでしょう。

結婚よりも大食いを選んだ

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婚約者がいた時期もあったそうです。しかし相手に「大食いをやめて欲しい」と言われたことがきっかけで、破談になります。それだけ大食いは赤阪尊子さんにとって譲れないアイデンティティとなっていたのでしょう。

赤阪尊子は今もテレビに出演することがある

フードファイター引退後もテレビに出演しています。2015年10月放送の「いきなり!黄金伝説」では、10数年ぶりに大食いにチャレンジ。しかし直前に盲腸炎になっていたことから、平凡な結果となります。

2016年「マツコの知らない世界」

赤阪尊子さんは2016年5月3日放送の「マツコの知らない世界」に、かつて大食い決定戦を盛り上げたフードファイターたちと出演。ここではマツコさんと、カレー3皿早食い対決(ほぼ引き分け)を繰り広げました。

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