秋山智咲の相模原遺体遺棄事件詳細!当時の婚約者や現在の生活は? エンタメ

秋山智咲の相模原遺体遺棄事件詳細!当時の婚約者や現在の生活は?

秋山智咲は相模原遺体遺棄事件の共犯とされ、判決後には異例の会見を開いたことでも注目されました。実家が金持ちのお嬢様で、当時は東大卒の婚約者もいたようです。今回は事件の詳細を紹介するとともに、秋山智咲の現在についての情報も紹介します。

目次

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秋山智咲の相模原遺体遺棄事件

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「相模原遺体遺棄事件」とは、25歳だった阿部由香利さんが佐藤一磨によって殺され、秋山智咲らによって遺体を相模原市内の墓地に遺棄されたという事件です。

佐藤一磨が嘘だらけの経歴を名乗っていたことや秋山智咲が地元で有名な豪農のお嬢様であったことから、大きくニュースでも報じられて注目されていました。まずは、事件の概要について見ていきましょう。

主犯の佐藤一磨と二股交際

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主犯である佐藤一磨は、被害者である阿部由香利さんと共犯とされる秋山智咲の二股交際をしていたと見られています。阿部由香利さんと知り合ったのは2007-2008年とされています。

2人の女性が二股されていた事実を知っていたかは明らかになっていませんが、お互いに面識はなかったと秋山智咲は主張しています。

被害者は阿部由香利さん

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死体遺棄された被害者は、当時25歳だった阿部由香利さんです。阿部由香利さんは10代でデキ婚し、親子3人で都内に暮らしていましたが、間も無く離婚してひとり親となりました。

シングルマザーとして息子の響輝ちゃんを育てていましたが、響輝ちゃんも同時期に佐藤一磨に殺されたと見られ、別の場所に死体遺棄されていました。

佐藤一磨と出会ったのは離婚が成立した後だったようです。響輝ちゃんと実家に一時的に身を寄せていましたが、2007年9月に出て行ってからは確認されていません。

2人は被害者の遺体を遺棄

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佐藤一磨は阿部由香利さんに多量の睡眠薬を飲ませて眠らせ、首を締めて圧迫し殺したとされています。睡眠薬は秋山智咲に山形県で入手させたものを使用しました。

佐藤一磨は死体遺棄については認めましたが、「気付いたら死んでいた」と殺害したことは否認し、事情聴取でも詳しく供述することはありませんでした。

なぜ殺害したのか、死体遺棄しなければならなかったのかについては分かっていません。

約1ヶ月の間自宅マンションに放置していた

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阿部由香利さんを殺害した後、秋山智咲に借りさせていた世田谷区のマンションに遺体を放置していました。その期間はおよそ1ヶ月間であり、異臭騒ぎも起きていたようです。

遺体をそのまま放置できないと察知し、ブルーシートに包んで別の場所へと移動させました。近所や管理人には犬の遺体であると説明し、掃除代などを全て負担することで示談していたようです。

遺体は神奈川県相模原市にある墓地に埋められ、逮捕前日に頭部が見つかりました。

「犬の死体だと思った」と主張

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秋山智咲は殺害に使われた睡眠薬を入手していたことや死体を放置しておくための場所を提供していたことから、殺人幇助の疑いで逮捕されていました。

しかし、一貫して「人ではなく犬の死体だと聞かされていた」と無罪を主張しました。睡眠薬についても、日頃から佐藤一磨にDVをされており、恐怖から命令を聞くしかなかったと説明しました。

そして遺体を埋めることについても、佐藤一磨が「手伝わなければ元カノの北川景子とよりを戻して手伝ってもらうからいい」と言われ、負けたくないという気持ちで手伝ったようです。

判決前に異例の会見

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2017年3月の決審後、秋山智咲は弁護士とともに異例の会見を開きました。保釈されているため会見することはできますが、このような刑事事件では通常会見はしません。

二審の前にテレビの単独インタビューに答えていたこととも共通しますが、世間に「秋山智咲も佐藤一磨に騙されていた被害者の1人である」という被害者イメージを拡散させたかったと見られています。

これによって裁判官の心象を悪くしたばかりか、会見まで開くところがわざとらしいと世間からも冷ややかな目を向けられました。

懲役1年執行猶予3年の判決

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秋山智咲には、2016年9月の東京地裁で懲役1年執行猶予3年の判決が言い渡されました。これに対して被告側は、死体と認識していなかったことを理由に控訴しました。

2017年5月に行われた控訴審でも第一審が妥当であるとして控訴は棄却されました。その理由としては、本当に動物の死体だと思っていたら、虚偽の証言をしなかっただろうとされたためです。

佐藤一磨についても限りなく黒と言われていましたが、証拠不十分で懲役1年8ヶ月執行猶予3年の非常に軽い判決となりました。

佐藤一麿の嘘に翻弄されていた?!

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人の死体を犬の死体と疑わなかった点には同情できませんが、秋山智咲に近づいた佐藤一磨が経歴を偽って騙していたことについては同情の余地があるかもしれません。

ここでは、佐藤一磨がついていた嘘について紹介します。

佐藤一磨の経歴は嘘だらけ

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佐藤一磨は周りに「慶應大学出身でテレビ局のプロデューサーをしている」と全く嘘の経歴を名乗っていました。秋山智咲はアナウンサー志望だったため、距離を縮めなすかったとされています。

元カノには北川景子や相武紗季などの有名女優がいると言ったり、テレビにEXILEを起用することを決めたのも自分であると主張していたりしたようです。

佐藤一磨の生い立ちの中で兄弟差別があったことや両親が仕事で成功していた頃から、人一倍コンプレックスを抱えていたのでしょう。

子供の頃から評判が悪かった

佐藤一麿は近所や地元での評判は小さい頃から悪かったようです。昔からアトピー性皮膚炎で顔も整っていない方だったので、イケメンの弟ばかり可愛がられるというコンプレックスを持っていました。

家庭での不満や苛立ちを外で発散していたのか、嘘をついたり友達のおもちゃを勝手に持って帰ったりすることが多く、友達が少ない上に周りからも嫌われていたようです。

また、自分を強く見せるためかディレクター気取りの嘘の電話を大声でしていたこともあるようです。

秋山智咲の手紙

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秋山智咲は公判中に弁護士に向けて手紙を送っていました。手紙の中でも一貫して無罪を主張しており、「私も騙されていたのだから被害者である」と記されていました。

その他にも手紙の中には、佐藤一麿が全ての経歴を偽っており、将来有望なのに彼女のために全てをなげうってまで実家の農業を継ごうとしてくれていた事などが書かれていました。

秋山智咲の現在の情報はある?

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2017年5月、控訴が棄却されて秋山智咲に懲役1年執行猶予3年の判決が下されました。他にも多くの殺人事件や犯罪があるため、裁判の結果が報道された後は一般人が情報を知る機会はあまりありません。

執行猶予が3年ついているため、この期間に別の犯罪を犯して有罪にならない限り、1年間の懲役刑は免れることができます。

秋山智咲の現在についての情報はありませんが、実家が金持ちで農業を営んでいることから現在も農業の手伝いをしながらひっそりと暮らしていると思われます。

秋山智咲には婚約者がいた

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秋山智咲は死体遺棄を行ってから佐藤一磨とは破局しましたが、その後地元に帰って東大卒の元同級生と婚約していたようです。

遺体を遺棄しておいて正々堂々と実家に帰って生活したり婚約者を作ったりする点に恐怖を感じる人もいるでしょう。ここでは、婚約者について紹介します。

死体遺棄後に佐藤一麿とは破局

一緒にいると警察に追われることを予想してか、佐藤一磨のこれまでの嘘が全てバレて嫌になったのか、理由はわかりませんが、死体遺棄後に2人は破局したようです。

しかし供述の中では2人が口裏を合わせていると感じられる点もあったため、別れる前に入念に打ち合わせをしていたと思われます。

地元に帰り東大卒の男性と婚約

秋山智咲はアナウンサーになることを目指していましたが、どのテレビ局にも合格することができず夢を諦めざるをえませんでした。そのため、実家の農業を継ぐために地元に帰りました。

秋山智咲の当時のブログには、「中学校の同級生と婚約したけど、遠距離恋愛で辛い」という内容が書かれていました。その婚約者は爽やかなイケメンで、東大卒の優秀な男性だったようです。

事件後に婚約破棄

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遠距離恋愛をしながら結婚までの日にちを指折り数えて待っていた秋山智咲ですが、事件が発覚したことを機に婚約者から別れを告げられてしまったようです。

一貫して無罪を主張してきましたが、客観的に出ている証拠をもとに考えると腑に落ちない点が多く、婚約者も死体遺棄に手をかした女性と将来過ごすことはできないと考えたのでしょう。

秋山智咲の生い立ち

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事件が発覚してメディアで放送されるようになり、秋山智咲の生い立ちや実家についても世間に知られるようになりました。美人でお嬢様の子がなぜ死体遺棄に協力したのか、疑問に思った人も多くいました。

そこで、ここでは秋山智咲の生い立ちについて紹介します。

実家は地元でも有数の豪農

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秋山智咲の実家は静岡県にありますが、地元では有名な豪農だったようです。祖父の代の時に花とお茶で成功し、実家の敷地面積もとても広いと言われています。

敷地内に入ってから建物までが遠いため車での移動が基本で、駐車場には高級外車がずらりと並べられており、家族で頻繁に海外旅行にも出かけていました。

また、秋山智咲の妹はすでに結婚していますが、両親は結婚祝いに1億円以上する都内のマンションをプレゼントしたという噂まで出回っています。

白百合女子大学の生粋のお嬢様

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秋山智咲は高校まで実家で過ごし、高校卒業後は白百合女子大学に通っていました。白百合女子大学はお嬢様学校として有名であり、アナウンサーも多く輩出しています。

アナウンサーを目指し、お嬢様として育てられた秋山智咲にとってベストな選択だったのでしょう。彼女は4年で白百合女子大学の文学部英語英文学科を卒業しています。

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