岸恵子の娘が美人?現在は?岸恵子の若い頃や離婚についても エンタメ

岸恵子の娘が美人?現在は?岸恵子の若い頃や離婚についても

昭和の大女優・岸恵子さんの娘が美人ってほんと?フランス人と結婚・離婚を隔て、現在はパリと横浜に自宅を構える岸恵子さん。若い頃は鶴田浩二さんや岡本健一さんと噂になったこともあります。今回は岸恵子さんの娘や孫、若い頃について解説していきます。

目次

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岸恵子の娘について知りたい

女優で作家の岸恵子さんをご存じでしょうか?昭和を代表するスター女優とも言われており、現在彼女の生き方が多くの女性から注目されています。

驚異的なキャリアにパリでの生活、年齢を重ねても色褪せない上品さと美しさが彼女の魅力!そんな岸恵子さんの娘さんも美人だと話題になっています。

岸恵子さんによく似ておりCMに出演したこともあるようです。今回は、岸恵子さんの娘について詳しく解説してきます。孫はいるのか?現在と若い頃の岸恵子さんも合わせて見ていきましょう。

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岸恵子ってどんな人なの?

岸恵子さんの娘さんについて紹介していく前に、まずは母親の岸恵子さんのプロフィールを見ていきましょう。結婚を機に渡仏し、パリと日本を行き来しながら暮らしている岸恵子さん。

年齢を重ねる毎に独自の色気を増し、その凛とした佇まいは多くの女性を虜にしています。岸恵子さんは何歳ぐらいでしょうか?これまでにどんな活動をしてきたの?

岸恵子さんの年齢などのプロフィール、これまでの代表的なお仕事も紹介していきます。

岸恵子のプロフィール

鼻筋がシュッと通っていて華麗に咲く華のような美しさのある岸恵子さん。生年月日について調べてみると、なんと1932年8月11日生まれ、現在88歳だと分かりました。

出身は横浜市で、身長は161cm、舞プロモーションに所属しています。1945年5月の横浜大空襲で被災経験も持つ岸恵子さんですが、高校時代からバレエに励み、小説家を目指していたようです。

1本だけの約束で出演した作品がヒットし、そのまま女優活動を続けています。

女優として活動

女優としてデビューしたのは、1951年に公開された映画『我が家は楽し』です。1953年から54年にかけて映画『君の名は』が大ヒットし、主人公のストールの巻き方、通称「真知子巻き」が大流行!

たちまち松竹の看板女優となり、代表作には映画『赤の園』『約束』『雨のアムステルダム』など。ドラマでは『赤い疑惑』『赤い激流』『赤い衝突』『路線地図』などがあります。

日本の映画史を語る上で欠かせない存在となり、その演技力は多くの人から評価されています。

岸恵子の娘が美人?

岸恵子さんには娘さんが1人います。1956年、フランス・日本合作映画『忘れえぬ慕情』に出演し、その作品で出会って映画監督と結婚、のちに娘さんが生まれています。

岸恵子さんの旦那さんは11歳年上で大切にされていたようですが、1975年には離婚して娘の親権を持つことになりました。なんと元旦那の死を娘から聞いたと言いますが、本当でしょうか?

ここからは、岸恵子さんの娘に関するエピソードを紹介していきます。

11歳年上の男性と結婚

『忘れえぬ慕情』に出演したのがきっかけで、映画監督のイヴ・シャンピさんと恋に落ち、二人は結婚しパリに移住しました。旦那さんはなんと11歳年上!優しくて包み込んでくれるような旦那さんだったのでしょう。

夫のイヴ・シャンピさんの母親は有名なバイオリストで、常に手を大事にしているのを見て育ってきました。よって、自身の妻にも手を大事にしてほしいと考え、料理は全くさせなかったそうです。

女優さんですので確かに手先が美しくあることは大事でしょう。とは言え、好きな人に美味しい手料理を振る舞いたいはず!料理できないことがストレスになり、ノイローゼ気味になったと言います。

1963年に娘を出産

そんな岸恵子さんですが、徐々にパリでの暮らしにも慣れ、フランス語もマスター。旦那さんを通じて出会った作家ジャン=ポール・サルトル、コクトーなどと親交を深め、様々な影響を受けたようです。

そして、1963年に待望の第一子、娘さんを出産します。娘さんの名前デルフィーヌ=麻衣子・シャンピと言い、岸恵子さんに似た美人だと噂です。

夫は未来を期待された映画監督でしたが、70年代に入ると徐々に映画を撮らなくなっていきました。岸恵子さんはと言うと、国際交流も深め、本数は少なくなりましたが有名な映画にも出演しています。

1975年に離婚して娘の親権を持つ

娘が生まれてから徐々にすれ違い始めた岸恵子さんと旦那さん。夫は映画を撮らない日々が続き、その一方で岸恵子さんは確実に女優として知名度を上げ、実力をつけていきました。

夫婦間で格差が生まれたのも原因でしょうか。いつの間にかすれ違ってしまい、徐々に溝は大きくなっていったのです。そんな頃、夫の浮気が発覚し、1975年に二人は離婚することになりました。

娘の親権は岸恵子さんが持つことになり、立派に育てあげたようです。

元旦那の死を娘に聞く

元旦那さんと離婚して7年ほどの月日が流れた1982年10月のことでした。その頃は、実家のある横浜を拠点に活動していた岸恵子さんの元に一本の電話がかかってきたのです。

電話の相手は娘さんでした。「パパが心臓病で倒れて」と言葉を選びながら話す娘さん。内容としては元旦那さんが亡くなったというものでした。

彼と最後に会ったのは9月だそうです。シャンピさんが企画を温めていた映画の実現が決まり、開いたパーティに参加したが最後になりました。

岸恵子の娘について

娘から元夫の訃報を聞きいた岸恵子さん。さぞかしショックで後悔もしたでしょう。一緒に暮らしている時は若い岸恵子さんを温かく包み込み、甘えさせてくれるような旦那さんでした。

辛いこともありましたが、それ以上に幸せだった思い出の方が多いでしょう。「女の一生を捧げた」と岸恵子さんも語っており、離婚した後に会うことはなかったですが、交流は続いていたようです。

娘さんはパリで暮らし、ちょくちょく父親に会っていました。再婚したシャンピさんの家に行くこともあったようです。ここからは美人だと話題の岸恵子さんの娘のプロフィールを確認していきます。

岸恵子の娘のプロフィール

岸恵子さんの娘さんは1963年生まれ、両親が離婚後もパリに拠点を置き、なんとソルボンヌ大学を卒業したそうです。大学卒業後はバンド活動に熱中し、1987年には富士通のCMにも出演しています。

その後、ギタリストのワーレン・エレスさんと結婚!ワーレン・エレスさんはオーストラリア出身のミュージシャンですが、演劇の仕事をしていた時期もあるようです。

1998年、結婚を機にパリを拠点として活動するようになり、2017年にはブラット・ピット出演の映画のサントラも手掛けています。

岸恵子に孫はいる?

娘さんはパリを拠点にしており、オーストラリア出身の男性と結婚しました。気になるのは、岸恵子さんに孫はいるのかです。調べてみると、二人の孫がいることがわかりました。

お名前は、ロスコ―エリス君とジャクソンエリス君!長男はソルボンヌ大学で英国文学を学んでおり、現在20歳だそうです。ジャクソンエリス君は、国家試験(大学資格)を受けたとの情報があります。

もちろんお孫さんは生まれも育ちもパリ!日本語はほとんど通じないそうです。お孫さんは勉強嫌いで、困っているとも話していました。

岸恵子の若い頃がやばい?

日本でもパリでも売れっ子だった岸恵子さんには「空飛ぶマダム」というあだ名もあったそうです。清楚で凛としていて、美人な中に芯の強さも感じさせる岸恵子さん。

今も美しいですが、若い頃はその美しい顔立ちがさらに際立っており、多くの視聴者を虜にしてきました。彼女に魅了されたのは一般人だけではありません。

若い頃は鶴田浩二さんや岡本健一さんと噂になったこともあるんです。ここからは若い頃に岸恵子さんを振り返っていきましょう。

目鼻立ちがはっきりした美人

「死ぬまで最強の美魔女」とまで言われる、年齢を重ねても更なる美しさを増している岸恵子さん。若い頃は初々しさも加わり、目鼻立ちがはっきりした美人だと話題になりました。

頬がキュッと引き合があっており、鼻の形も綺麗です。美人でクールな印象も与えますが、笑うと目が優しくなり可愛らしさが溢れ出てくるんです。

その美しさに魅せられ、多くの女性が岸恵子さんを真似たと言います。

鶴田浩二と交際していたが別れさせられた

岸恵子さんはこれまでに何度となく鶴田浩二さんと共演しています。松竹から独立した第一弾作の映画『弥太郎笠』では、鶴田浩二さんから指名があったほどだと言います。

第二弾の『ハワイの夜』でも再び鶴田浩二さんと共演し、大ヒットとなりました。その後、2人に愛報道がありましが、松竹に強引に別れさせられたと言います。

岡本健一との噂もあった

実は、岡本健一さんとも噂があったと言いますが本当でしょうか?もし本当ならかなりの年の差カップルですが、真相を調べてみました。

2006年に放送された岸恵子さんの旅番組にゲスト出演したことがあり、その雰囲気がまるで付き合っているカップルのようだったそうです。

また2017年には、パリの自宅に岡本健一さんを招いている姿も放送されました。差が離れた二人ですので、可愛がっているだけの可能性も高いですが、それにしても仲が良すぎるとの声が上がっています。

岸恵子の現在は執筆業に力を入れている?

岸恵子さんは離婚後、パリと日本を行き来しながら執筆活動にも力を入れています。これまでにエッセイや小説などを出版しており、賞も受賞しています。

また、自身の小説がラジオで放送されたり、吉永小百合さんとの共著も発表し話題になりました。ここからは、作家としても評価されている岸恵子さんの最近の作品や、現在の暮らしぶりを紹介していきます。

執筆業もしている

これまでに10冊以上の著者を発表しており、初めての著者は1983年のエッセイ『巴里の空はあかね雲』です。その後も定期的に魅力的な著者を発表し、2013年にはベストセラーになった本もあります。

今でも名本として語り継がれているのが『わりなき恋』!5年を超える不倫愛を描いた作品で、フランスと日本を行き来する70歳を目前にしたドキュメンタリー作家が主人公です。

岸恵子さん自身がモデルだとも噂されており、そのお相手もにも注目が集まりました。しとやかでそれでいてドロドロした女性の心情も垣間見える作品に仕上がっています。ぜひチェックしてみてください。

自宅がパリと横浜にあるの?

岸恵子さんの現在の暮らしは?自宅はパリ?それとも横浜?自宅は横浜にあり、現在は横浜を拠点に活動していますが、パリにも自宅があります。

パリの自宅はなんと築400年を超える歴史のある家で、老朽化も進んでいるようですが、その分愛着もあるようです。場所はパリの高級住宅地サン・ルイ島!

自身が帰れない時は娘が管理しているようです。現在はコロナウィルス拡大によりなかなか渡仏できませんが、落ち着いたらまた孫の顔を見にパリの自宅も訪れたいと話しています。

岸恵子のスペシャルトークショー

岸恵子さんのスペシャルトークショーの開催が決定しました。期間は10月3日~26日までで東京は新宿文化センターを皮切りに、神奈川県、埼玉県、千葉県でも開催されます。

人生100年と言われる時代に、現在88歳で元気に活動されている岸恵子さん。人生勝組みのように思われることも多いですが、本人からは「負けて勝ち抜く技をどこかで拾った」とのコメントがありました。

どのようなトークショーになるのでしょうか。これまでの人生で学んだこと勝ち抜く技についても話してくれるはず!チケットはローソンやチケットぴあなどで購入できます。ぜひチェックしてみてください。

岸恵子の娘も美人だった!

岸恵子さんにはフランス人の旦那さんとの間に娘さんが1人おり、かなりの美人だとわかりました。また、孫も二人おり、コロナウィルスが蔓延する前はパリと日本を行き来していたようです。

自宅は横浜とパリにあり、状況が落ち着いたらまた娘や孫に会いにパリに行かれることでしょう。88歳となった今も元気で色褪せない美しさがある岸恵子さん。

10月はスペシャルトークショーでその元気な姿を拝見できます。これからもテレビも様々な活動を見せてくれるはずです。ぜひ一緒に応援していきましょう。