池永チャールストーマスの生い立ちや刑期!リベンジポルノについて

池永チャールストーマスの生い立ちや刑期!リベンジポルノについて

三鷹ストーカー事件の犯人である池永チャールストーマスは、刑期22年を言い渡されて現在服役中です。リベンジポルノを行った事で有名となり、国会も動き出す事態となりました。今回は池永チャールストーマスについて、母親などの家族や生い立ちを含めて詳しく紹介します。

目次

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池永チャールストーマスはどうなった?

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女子高生に復縁を迫ってストーカー行為をし、その挙句に殺害してリベンジポルノまでしたとされている池永チャールストーマス。現在は服役中ですが、裁判後どうなったのか知らない人も多いです。

また、残忍な犯行の裏には彼の歪んだ人格や恋愛観が映し出されていました。そしてそれは過去の体験から形成されたものであり、悲惨な人生を送ってきたようです。

今回は池永チャールストーマスについて、家族や生い立ちを含めて現在の様子を紹介します。

池永チャールストーマスとは?

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三鷹で女子高生を殺害した犯人として知られている池永チャールストーマスですが、どのような人物だったのでしょうか。

事件の概要だけを聞くと、自分勝手でサイコパスな人物をイメージするかもしれません。裁判での意味不明な言葉遣いを聞くと、ふざけているように感じられた人も多くいます。

しかし、彼もまた虐待の被害者であり、自分を認識するのに苦労してきました。まずは池永チャールストーマスのプロフィールを紹介します。

池永チャールストーマスのプロフィール

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池永チャールストーマスは事件当時21歳でした。日本人の父親とフィリピン人の母親を持つハーフであり、出身はマニラとされています。

1歳10ヶ月で日本に移住して日本国籍を取得し、ジャピーノ(日本とフィリピンのハーフ)が通う高校を卒業しました。高校卒業後から逮捕されるまでトラック運転手をしていました。

池永チャールストーマスが起こした事件とは?

池永チャールストーマスの起こした事件は「三鷹ストーカー殺人事件」という名前がついており、全国的なニュースで大きく取り上げられたので記憶に残っている人も多いでしょう。

殺害後にリベンジポルノを行っていたことや池永チャールストーマスの人格の歪みなどが話題となりました。ここでは三鷹ストーカー殺人事件を紹介します。

SNSで知り合った女子高生と交際する

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2011年頃にFacebookを通じて、池永チャールストーマスは被害者の女子高生と知り合いました。Facebook上では南米系のハーフで、関西の有名私立大学に通っていると嘘をついていました。

12月頃から交際が始まり、関東と関西の遠距離恋愛が始まっています。そこから1年間ほど交際は続きますが、被害女性は成績優秀であり、留学をするため別れ話が出ました。

交際後に破局したが池永チャールストーマスは復縁を迫る

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別れ話でもつれる事はなく、意外とすんなりと別れました。しかし被害女性が帰国した2013年春頃、池永チャールストーマスは執拗に復縁を迫り始めます。

携帯での連絡は続きましたが、被害女性は2013年6月から着信拒否をして関係を断とうと試みました。

復縁できないことを知り殺害計画を立てる

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着信拒否をされた事で復縁できないと理解した池永チャールストーマスは、この頃から殺害計画を練っていたとされています。

9月27日に高速バスで関西から上京し、翌日には吉祥寺の雑貨チェーン店で刃渡り13cmのペティナイフを購入しました。友人には数年アメリカに行く前に彼女に話があると言っていました。

東京まで来ていることを知った被害女性は身の危険を感じ、10月4日にストーカー被害を高校に相談し、その後警察に相談しています。

元恋人の部屋のクローゼットに隠れて待機

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警察はストーカー規制法に基づいて池永チャールストーマスの携帯に電話をかけますが、電話に出る事はありませんでした。10月8日、学校が終わって帰宅し、両親は仕事で不在でした。

高校から帰宅するまで家が留守になっていたことから、池永チャールストーマスは2階の無施錠の窓から侵入していました。被害女性のクローゼットの中に隠れて帰宅を待っていました。

被害女性は、16時51分に無事家に着いたことを三鷹署員に電話で伝えています。待ち伏せなどをされていないことや無事に家に着いたことで安堵していたことでしょう。

ナイフで刺して殺害する

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被害女性が帰宅したことで、16時53分、池永チャールストーマスはクローゼットから出て殺害に及びました。被害女性は刺されながらもなんとか外に出て助けを呼びましたが、それを追いかけ更に刺し続けました。

池永チャールストーマスが刺したのは11箇所にも達し、そのうちの3箇所が致命傷となったと言われています。18時半、ズボンに血がついている状態で歩いていたため職務質問をされ、殺害を認めました。

池永チャールストーマスがリベンジポルノ法のきっかけ?

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池永チャールストーマスはリベンジポルノ法を作るきっかけとなった事件を起こしたと言われることも多いです。どのような行動がリベンジポルノと言われているのでしょうか。

ここではリベンジポルノ被害防止法について紹介します。

ネット上で被害者女性の性的画像を出していた

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池永チャールストーマスは、ネット上で被害女性の性的画像を故意に流出させていました。7月22日にアメリカのXvideoで投稿スペースを作成しています。

10月2日〜6日には被害女性が池永チャールストーマス宛に送った性的な動画や画像をアップロードしました。10月5日から4日間に渡って、殺人を示唆するコメントと動画のURLも掲示板に投稿しています。

殺害事件が報じられてネット民たちが動画や画像の存在に気づき、ダウンロードして拡散したことで多くの人の目に触れてしまいました。

リベンジポルノ被害防止法が制定される

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池永チャールストーマスは殺害しただけでなく、性的な動画や画像を流出したことで「リベンジポルノ」と言われるようになりました。

これがきっかけとなり、2014年11月に国会で「リベンジポルノ被害防止法」が制定されました。プライベートで撮影された性的画像記録を拡散した場合に3年以下の懲役または50万円以下の罰金が課せられます。

池永チャールストーマスの家族は?生い立ちが悲惨?

女子高生を残忍な手口で殺害した池永チャールストーマスですが、彼の生い立ちはかなり悲惨であったことが分かっています。この体験が事件を招いたと言っても過言ではありません。

人格形成の大事な時期に壮絶な体験をしたことで、自己肯定感や自己認識に歪みが出たと専門家は分析しています。池永チャールストーマスの家族や生い立ちについて紹介します。

母親から虐待を受けていた

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池永チャールストーマスは小さい頃から10数年にわたって、母親から虐待を受けていました。フィリピン人の母親はマニラで里帰り出産をし、まだ乳飲み子の彼を置いて1人で日本へと戻りました。

1歳10ヶ月の時に祖父母に連れられて日本に住み始めましたが、フィリピンクラブで働いていた母親はずっと池永チャールストーマスを保育園に預けるなど、育児放棄をして母親の愛情を注がれていませんでした。

家には日本人の父親がいましたが、かなりの子供嫌いで、ベッドに縛り付けるなど日常的に暴力を振るっていました。なお、両親は彼が4歳の時に離婚しています。

母親の恋人からも暴力を受けていた

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離婚したことで暴力が落ち着くかと思えば、池永チャールストーマスは母親の新しい恋人からさらに激しい暴力を受けました。ライターの火であぶったり熱した鉄を体に押し付けたりしました。

あまりにもひどい傷跡を見て医者が母親に告げますが、恋人のことを恐れているあまり「告げないでくれ」と頼むだけでした。その後、この恋人とは別れるものの新しい恋人は暴力団員でした。

母親へのDVもひどく、池永チャールストーマスの前で性行為を見せつけるなど精神的な暴力も振るわれて鬱状態になっていたと言われています。

池永チャールストーマスの刑期はどうなった?

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2013年10月29日から裁判が始まり、2014年7月22日から裁判員裁判が始まりました。殺人罪、銃刀法違反、住居侵入罪の罪で起訴されています。

ここでは池永チャールストーマスに課せられた刑期と現在の両親の様子について紹介します。

懲役22年が判決された

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2016年3月15日の裁判で、池永チャールストーマスは懲役22年が言い渡されました。旧1審では事件当時にリベンジポルノ被害防止法が無かったのにそれで罰するのは不当として裁判のやり直しがされました。

結果として旧1審と同じ懲役22年が言い渡されましたが、刑期を終えても50歳手前とまだやり直せる年齢であり、さらなる被害者が出ないか心配されています。

少女の両親は納得していない

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有期刑最長の懲役22年に対し、少女の両親は全く納得していません。事件の残忍さから極刑を望んでいた両親にとって、22年はあまりに軽すぎるでしょう。

結婚13年目でようやくできた愛娘を奪われた恨みは計り知れません。両親は告訴を選び、リベンジポルノでの追起訴も行っていました。

両親の悔しさや怒り、ショックは現在も全く癒えておらず、精神科に通っているとの噂もあります。

池永チャールストーマスの現在!少女の写真の差し入れを要求

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池永チャールストーマスは現在も刑務所で服役しています。実母が面会に訪れた際には、被害女性の画像を要求しており、まだ彼女に固執していることが伺えます。

検察が持っている記録媒体の他に画像を所持していれば、出所後にまた画像が拡散される可能性も否定できません。

池永チャールストーマスは恋愛観がおかしい?

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裁判では殺したことを後悔しつつも、遺族への謝罪の気持ちはないと語っています。人格の歪みも指摘されている池永チャールストーマスですが、恋愛観も歪んでいたと言われています。

自己観がないため、他人から認識されることで自己を証明できるとしています。それが「交際していた過去を半永久的に残したかった」という証言で裏付けられるようです。

つまり、ネット上に性的画像をばら撒いて多くの人に認識されることで自分が彼女と付き合っていたという過去が存在すると考えていたのです。専門家はただのリベンジポルノではないとしています。

池永チャールストーマスの事件は残虐的

今回は池永チャールストーマスが起こした三鷹ストーカー殺人事件について詳しく紹介しました。計画的に殺人を進め、11箇所も刺していたことはとても残虐的です。

殺害に加え、性的画像を拡散して彼女の尊厳を傷つけたことも許されてはならないことでしょう。彼の生い立ちや家族関係に問題があったからと言って、それが殺人をしてもいいとはなりません。

これからあなたもこのような人物に出会わないとは言い切れません。ネットが普及している現代だからこそ、特に性的画像の取り扱いには気を付けていきましょう。