あの出川哲郎の実家がリアルガチにスゴかった!名門過ぎる家系に驚愕!! お笑い

あの出川哲郎の実家がリアルガチにスゴかった!名門過ぎる家系に驚愕!!

出川哲郎(でがわ てつろう)さんは、リアクション芸人として不動の地位を築き上げ、今や、出川さんを尊敬する芸人さんも多数おられます。あの個性的なキャラのルーツはどこにあるのでしょうか?出川さんが生まれ育ったご実家や華麗な家系、現在の結婚生活などをまとめました。

出川哲郎の実家がリアルにやばい!?

実家は老舗の海苔問屋

出川哲郎さんはどのようなご家庭で育ったのでしょう。以前、テレビで出川さんはお坊っちゃまだったとおっしゃっていました。自分専用のお手伝いさんまでいたのだとか。なんとご実家は、明治27年創業の「蔦金商店(つたきんしょうてん)」という海苔問屋で、横浜で120年以上も続く老舗中の老舗だったのです。

兄弟で支える海苔問屋

一時期は出川さんが取締役を務めたこともあったそうですが、今はお兄さんの雄一郎さんが代表取締役を務めていらっしゃいます。そして、出川哲郎さんはここでも広告塔として活躍されているようです。元気のりのり味付海苔や元気のりのり焼き海苔など顔写真付きパッケージの商品が売られています。

出川哲郎の海苔の味

気になるお味の方はどうなのか?そこはさすが120年以上続いている老舗だけのことはあり、食通で有名なタモリさんや梅宮辰夫さん、千秋さんなどが太鼓判を押すほどの良い商品だということです。ちょっと食べてみたくなりました。

海苔問屋の出川哲郎の実家、ガチで華麗な家系とは?

さて、ご実家もすごいのですが、親戚はこれまた驚きの大物人物でした!出川さんの母方の曾祖父(出川さんのひいおじいさま)が、岩手軽便鉄道(後のJR東日本釜石線)の社長さんで、衆議院議員も務められた三鬼鑑太郎(みき かんたろう)さんという方なのだそうです。

さらには、出川さんの大伯父(出川さんの祖父母のお兄さん)は八幡製鉄の初代社長で日本製鉄の社長も務められた三鬼隆(みき たかし)さんという方です。隆さんは経団連の副会長も務められていたそうです。日本の歴史にとって重要な方々が親戚だということですが、想像を越えたスゴさでした。

出川哲郎プロフィール

  • 本名:出川哲郎(でがわ てつろう)
  • 生年月日:1964年2月13日
  • 出身地:神奈川県
  • 身長:160㎝ 体重74㎏
  • 血液型:B型
  • 所属事務所:マセキ芸能社
  • 主な活動:「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」「世界の果てまでイッテQ!」「VSリアルガチ最強生物」「アッコにおまかせ!」など。

出川哲郎、実家ではどんな少年だったのか?

超お坊っちゃまな生活

出川さんが幼稚園のころにはベンツでお見送りとお迎えをしてもらっていたそうです。また、その頃は5階建てビルの4階と5階に住んでおり、お手伝いさんが5人もいて、出川さんの兄、姉、出川さんと3人の子供達全員に専用のお手伝いさんがついていたのだとか。相当なお金持ちだったのでしょうね。

少年時代の出川哲郎

小学生の頃の出川さんは決して目立つような子供ではなかったそうです。芸人さんって意外とそういう方が多いですね。そして運動音痴だったとか。ただ、当時からブルース・リーさんや松田優作さんのモノマネをしていたそうですから、きっと表現力のあるお子さんだったのでしょう。

出川哲郎、実家ではどんな青年だったのか?

中学、高校の部活は運動部

運動音痴だった出川さんは中学になると水泳部に入部しました。高校では軟式野球部に入部しますが、公式戦への出場はなかったそうです。とはいえ、中学、高校と運動部に入部していたので、自ずと体力も付いたのではないでしょうか。出川さんの全力投球なリアクション芸には体力が必要ですものね。

  1. 出川哲郎の不良時代?

今の芸風からはほど遠いのですが、出川さんが不良だった時代があるそうなんです。高校生の時はケンカばかりしていたとか、その頃のあだ名が「キレたナイフ」だったと昔テレビで聞いたことがあります。それにしても、あの温厚そうな今の出川さんの様子では想像しがたいです。

出川哲郎の芸風と実家のリアルな関係

実家、海苔問屋の経営

ご本人が不良だったとおっしゃっていた高校生の頃、ちょうど父親が経営に失敗し、ご実家の海苔問屋の経営が傾き始めたそうです。現在は、出川さんの兄、雄一郎さんが代表取締役に就任され、その後は経営が安定してきたそうです。今では出川さんの活躍や宣伝効果もあり、地元では冠婚葬祭にも利用されていて、愛される老舗となっているようです。

出川哲郎の芸風が生まれるまで

ご実家の家計を支えようと、出川さんは老舗料亭で働くため、まずは修行することになったそうですが、その修行先とは尼寺での精神修行でした。この時に出川さんを支えたのが「矢沢永吉激論集 成ありがり」でした。出川さんの大好きな永ちゃんの言葉に刺激を受けて、自分も好きなことをやってスーパースターになってやろうと思ったそうです。

出川哲郎のリアルな爆笑エピソード

出川さんと言えば体を張ったリアクションがすごいのは勿論ですが、同時に言葉のセンスや言葉のチョイスにも才能を感じます。おそらくそれは1つではなく、リアクション、声、言葉、風貌など出川さんの持つ全てが合わさってできる絶妙な爆笑配合なのでしょう。

例えば、お酒に弱い出川さんは、「喉が赤ちゃんだから。」と表現します。「食べるのが遅いね。」と言われた時にもやっぱり「喉が赤ちゃんだから。」と答えます。カッコつけて「英語ペラペラだから!」と言うところを、カッコつけたまま「英語ペロペロだから!」と神レベルな言い間違いをします。他にもたくさんのエピソードがありそうです。

出川哲郎、リアルな人気の秘密

嫌われていた過去?

1990年代には女性誌「an・an」の「抱かれたくない男」で殿堂入りを果たしたこともある出川さん。当時はブサイク、キモイと、世間から散々な嫌われ方をしていました。また、当時は出川さんを見つけたら、引っ張ったり殴ったりする「出川狩り」が流行ってしまい、渋谷を歩くのが怖かったそうですから、とても辛い思いをされたのでしょう。

まさかのボスキャラ

現在では以前と真逆の評価になり、ご本人も驚いていらっしゃいます。特に子どもや若い女性を中心にファンが急増しているようです。小、中学生の子供たちに「尊敬する人は?」と尋ねた時に「出川哲郎」と名前が出てくるまでになったのは正直、驚きです。子供達の評価については、「大!天才テレビくん」という番組内での出川さんが印象的でした。

何事にも一生懸命

2011年から2014年まで放送された「大!天才テレビくん」でMCをされていた出川さんは、みんなからボスと呼ばれ、お父さんのような存在として親しまれていました。何事にも全力で手を抜かない姿、熱い心で挑む姿、場の空気をポジティブに変えてくれる姿があったそうです。出川さんの素敵な部分が際立っていた番組の1つだと思います。

出川哲郎、嫁とのリアルな関係

出川哲郎の嫁は誰?

出川さんの奥様は14歳年下の元モデルでレースクィーン、阿部瑠璃子(あべ るりこ)さんというかたです。お2人は2004年に結婚されており、プロポーズの様子は「ロンドンハーツ」で放送されました。出川さんは全くできなかったピアノを猛練習して、阿部さんの大好きな曲「星に願いを」を演奏したあとにプロポーズし、感動を呼びました。

現在の夫婦関係

奥さんは結婚を機に引退され、現在は完全に顔出しNGです。奥さんは出川さんを「くそてつ」と呼んでおり、奥さん作の「くそてつの歌」が酷い内容でここに書くのもはばかられるほどです。他には、奥さんが作ってくれたオムライスに「LOVE」と書いてあると思ったら「KILL」だったとか。衝撃です。2人の夫婦関係は大丈夫なのでしょうか?

実は夫婦仲良し?

一方で、奥さんから出川さんへの手紙の中で感動的なメッセージがありました。「恥ずかしくて、13年間一度も言ったことはありませんが、たくさんの出会いの中で私を選んでくれてありがとう。これからも、身体に気をつけて笑いの絶えない2人でいましょう。いつもありがとう。」きっと2人は強い絆で繋がっていると思いました。

出川哲郎に子供はいるの?

出川さんは奥さんにキスすることも、触れることすらもNG と言われているそうで、寝室も別、「あなたの遺伝子はいらない。」とも言われているとか。お2人にお子さんはいらっしゃらないようです。ただし、先ほどの感動メッセージのように、本心はまた別のところにあって2人の間では成立しているのかもしれませんね。

出川哲郎の今後

リアクション芸はいつまで?

現在54歳の出川哲郎さん、体力的な問題でリアクション芸を続けられるか心配ですが、出川さんの目標は「熱湯風呂とかザリガニとかやっても、かわいそうだと思われないおじいちゃん」だそうです。芸歴32年目にしてようやく掴んだ冠番組「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」は絶好調のようで、ここでも変わらず全力で挑む姿が見られます。

冠番組は人情すがり旅

「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」は、出川さんが番組トレードマークのオーバーオールに白いTシャツ、スイカ柄のヘルメットを被り、電動スクーターで旅する番組です。スクーターの充電が切れると、行く先々の心優しい人にガチンコで「充電させてもらえませんか?」と頼み、人情にすがりながら目的地を目指す、バラエティー旅番組です。

何も変わらない

出川さんは昔から何も変わらないのです。純粋で、温厚で、誰かのことを悪く言うようなことは絶対にない。全力で熱く、周囲を和ませる。それなのに、世間の評価は正反対になるということを身をもって体験した出川さんは、また評価が真逆になるかもしれず逆に怖いと言っておられました。

スクーターでの過酷な充電旅は60歳まで続けていきたいということですので、たくさんの人とふれ合う中で、笑いと感動の出川イズムを各地に残して行かれることを期待して、今後も応援したいと思います。