フレディマーキュリーの死因は?晩年は足を切断?遺産や命日・名言も エンタメ

フレディマーキュリーの死因は?晩年は足を切断?遺産や命日・名言も

命日には追悼式やイベントが行われるほど、世界中から愛されているフレディマーキュリーは45歳でエイズにより亡くなりました。晩年は足を切断したり、視力が失われたりと壮絶なものだったそうです。フレディマーキュリーの生涯や死因、残した名言、遺産相続について紹介します。

目次

[表示]

フレディマーキュリーの死因は何?

世界的に有名なロックバンドグループQUEENのボーカル、フレディマーキュリー。近年では彼の生涯を表現した映画も公開されたのは記憶に新しいです。彼の死因であるエイズを公表したのは、亡くなる前日でした。

フレディマーキュリーとは?

フレディマーキュリーはQUEENのボーカルとしての活動だけではなく、シンガーソングライターや音楽プロデューサーとしても活躍していた人物です。レマン湖のほとりには、彼の銅像が立てれられています。

フレディマーキュリーのプロフィール

本人は積極的に公表していませんが、フレディマーキュリーはインド出身です。タンザニアにあるザンジバル島で誕生し、幼少期のほとんどをインドで過ごしていたと言われています。妹と両親と4人家族でした。

  • 出生名:ファルークバルサラ
  • 生年月日:1946年9月5日
  • 没年月日:1991年11月24日
  • 出身地:インド

17歳で一家でイングランドへ

12019 / Pixabay

幼少期をインドで過ごしていましたが、ザジンバル革命により生命の危機を感じた一家は安全を確保するために、イングランドへ渡ります。フレディマーキュリーが17歳の頃でした。

1970年にバンドに加入

Free-Photos / Pixabay

芸術を学んだイーリングアートカレッジ卒業後に、バンドに参加するようになります。インドではピアノを習っていたため、幼少期から音楽には興味があったのでしょう。ここから才能をどんどん開花することとなります。

クイーンのボーカリスト

1970年4月に加入したスマイルは、QUEENの前身。このバンドでフレディマーキュリーは、伝説を残すこととなります。セクシュアリティ、容姿へのコンプレックスを抱えていた彼が輝ける場所となったのです。

1991年に45歳で死去している

Carola68 / Pixabay

フレディマーキュリーの死因となるエイズ感染が診断されたのは、1987年彼が39歳の時でした。わずか45歳という若さで、1991年11月24日に命を落としてしまったのです。

バンドメンバーに一体感が生まれた

Pexels / Pixabay

一度は疎遠になりかけたバンドメンバーも、エイズ告白後にはフレディマーキュリーを支えようと一体感が生まれ始めます。日に日に体調が悪化していく姿を目の当たりにして、メンバーは胸を痛めたことでしょう。

フレディマーキュリーの死因は何だったのか?

フレディマーキュリーが命を落とすこととなった死因は一体なんでしょうか?原因はエイズですが、直接的な死因は別なものでした。フレディマーキュリーは最晩年まで自身がエイズに感染したことを隠しています。

死因はエイズによる免疫不全

geralt / Pixabay

フレディマーキュリーの死因はエイズの合併症により発症した、ニューモシスキス肺炎です。他にもさまざまな症状が現れ、本人が否定していても明らかに病にかかっているほどがわかる姿となっていました。

エイズとは?

Cdd20 / Pixabay

後天性免疫不全症候群をアルファベットで表記した時の頭文字となる部分をとり、エイズ(AIDS)と呼ばれています。ヒト免疫を破壊することで、免疫を低下させさまざまな病気にかかりやすくなるのが特徴です。

当時は不治の病と言われていた

geralt / Pixabay

現在は早期治療を行えば発症を遅らせることが可能で、非感染者と変わらないくらいの寿命も確保できるようになったエイズ。しかしフレディマーキュリーが感染した時は、不治の病として恐れられていた時代でした。

フレディマーキュリーはエイズであることを隠していた

peterbwiberg / Pixabay

1986年にエイズ診断を受けていたことを、イギリスのマスコミに報じられたことがありました。しかしフレディマーキュリーは、その報道を完全否定しています。死期が迫るその時まで公表する気はなかったようです。

バンドメンバーも察していた

Free-Photos / Pixabay

世間に公表するより前に、メンバーにはエイズ感染を伝えています。メンバーはフレディマーキュリーが健康に不安を抱えていたこと、病気治療を受けていたことは察していましたが、触れられなかったそうです。

メンバーに伝えたのは亡くなる5~6年前

T_ushar / Pixabay

QUEENのメンバーには亡くなる5~6年前にエイズ感染を伝えています。映画とは違う時期・シーンだったようですが、メンバーは映画で演出されたストーリーを認めているようです。

痩せた姿などでエイズが疑われた

geralt / Pixabay

完全否定したエイズ感染疑惑でしたが、やせ衰えていくフレディマーキュリーの姿を見た世間の疑惑を拭い去ることはできませんでした。激ヤセ具合やライブ参加回数の激減など、噂の真相は深まるばかりだったとか。

フレディマーキュリーの晩年は?

QUEENとして表舞台に姿を見せたのは、1990年2月が最後でした。それはイギリスで行われたブリット・アワードの表彰式です。授賞式後、症状はさらに悪化し立つことすらままならなくなったと言われています。

足を切断している

Pexels / Pixabay

衝撃的な事実となりますが、エイズが進行していたフレディマーキュリーの晩年は足を切断していたと言われています。エイズによる壊疽が始まり、体全体へ広がるのを防ぐために切断した可能性が高いです。

フレディマーキュリーは美脚の持ち主

ファンなら周知の事実ですが、フレディマーキュリーは美脚の持ち主。その美脚を活かしたパフォーマンスや、衣装はQUEENのライブアクトにかかせません。その自慢の足を切断することになってしまったのです。

エイズ症状のひとつ

MintBlack4u / Pixabay

エイズの症状のひとつとして壊死があります。それは足に発症することが多いようです。晩年に撮られた写真の中には、切断後を思わせる姿のものも残っています。

視力も落ちていた

analogicus / Pixabay

足を切断しただけではなく、さらに痩せこけ体を動かすこともできなくなります。最晩年にはフレディマーキュリーは、視力すら奪われていったと言われています。

恋人のジムハットンと過ごした

過酷な生活の中、唯一の光と言って良いのでしょうか?フレディマーキュリーはエイズになってから真のパートナーと出逢うこととなります。彼の名前は、ジム・ハットン。晩年は彼と暮らしていました。

ロンドンで療養生活を送る

Free-Photos / Pixabay

フレディマーキュリーの晩年はロンドンにあるガーデンロッジにて、ジム・ハットンと一緒に暮らしていました。ここで愛する人と共に療養生活を送っていたと思われます。

エイズを告白してもそばにいてくれた

Peggy_Marco / Pixabay

辛い日々が続く中、一筋の光と言って良いのでしょうか?エイズ感染を告白しても、変わらず側に居てくれたのがジム・ハットンでした。彼は病気になったことで、人生の伴侶を見つけることができたのです。

2人で過ごした日々は書籍に

jarmoluk / Pixabay

フレディマーキュリーの晩年はロンドンにあるガーデンロッジにて、ジム・ハットンと一緒に暮らしていました。ここで愛する人と共に療養生活を送っていたと思われます。

治療をやめて死と向き合った

1866946 / Pixabay

死期が近づき始めたフレディマーキュリーは、1988年ごろからスイスのジュネーブ湖を見渡せる家を借りて過ごしていました。容赦なく迫る死期を察し、自身の命と向き合うようになります。

否定していたエイズ感染の公表を

MichaelGaida / Pixabay

死期が迫っていたフレディマーキュリーは最後の仕事を決意します。今まで否定していたエイズ感染を、世間に公表することにしたのです。報道されたのは、亡くなる前日だったと言われています。

医師を招いてパーティーを

Couleur / Pixabay

亡くなる1ヶ月前には、医師たちを家に招いてパーティーを行います。今まで治療に尽力してくれていた彼らに対して、精一杯の感謝の気持ちを込めて開かれたものだったそうです。

NEXT:フレディマーキュリーがエイズになった理由は?
1/2