古田順子は女子高生コンクリート事件の被害者?家族や事件のその後とは エンタメ

古田順子は女子高生コンクリート事件の被害者?家族や事件のその後とは

監禁、レイプ、リンチ、さらには殺害した後コンクリート詰めにして遺体を放置した「女子高生コンクリート事件」。その被害者、古田順子さんとは?美人と近所で評判だった古田順子さんの家族や加害者の現在、事件の全貌を徹底解説していきます。

目次

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古田順子の事件について知りたい

昭和最大の悪質な事件とまで言われた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」をご存じでしょうか?

1988年11月から~1989年1月までの数か月に及び誘拐、わいせつ、監禁、略取、強姦、暴行、殺人、そして死体遺棄にまで及んだ事件で、そのすべてを総称して事件の名前がつけられています。

吉田順子さんと言うのは、加害者ではなくこの事件の被害者です。吉田順子さんはどんな方だったのでしょうか?また事件の全貌とは?詳しく解説していきます。

古田順子とはどんな人?

まずは被害者となった古田順子さんとはどんな人物だったのか見ていきましょう。なぜ無残に殺害されなければならなかったのか、彼女に何か原因があったのでしょうか?

噂によると近所で評判の美人で、埼玉の学校に通う普通の女子高生だったようです。公開されている写真を見ても、目鼻立ちが整っているかなりの美人で、学校でもモテたことでしょう。

では、古田順子さんのプロフィールやエピソードなどを解説していきます。

古田順子のプロフィール

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「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の加害者・古田順子さんは1971年1月18日生まれです。埼玉県三郷市高州町に生まれ、両親と兄と弟の5人家族でした。

埼玉県三郷市立高洲小学校から埼玉県三郷市立南中学校へ進学し、その後は県立八潮南高校に通っていました。兄弟も仲が良く、性格も明るく活発な女の子だったと言います。

近所で評判の美人だった

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当時のアイドル・倉田まり子さん似の美人で、近所の人からも評判だったと言います。身長も165cmとまるでモデルのように長身で、その気立ての良さからもクラスでマドンナ的存在だったでしょう。

異性からだけでなく同性からも人気があり、クラスの中心的人物でした。

埼玉県の学校に通う女子高生だった

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とりとめて変わったところもなく、学校でも優等生という印象。悪い噂も一切なく、高校を欠席したのも3年間で1日か2日ほどだったと言います。

高校時代はアルバイトもしており、店長からも「真面目な子だった」とのコメントがありました。その美貌とスタイルの良さもあり、将来はアイドルになりたいと語っていたそうです。

また、すでに高校卒業後の進路も決まっており、家電量販店への内定をもらっていました。そのまま卒業すれば仕事をしながら夢に向かって頑張っていたことでしょう。

古田順子は女子高生コンクリート事件により死亡

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残虐極まりない「女子高生コンクリート詰め殺人事件」。どのように被害者の古田順子さんは拉致され、危害を加えられたのでしょうか。

公開された写真からは笑顔で未来に希望を抱いていた少女のように見受けられます。就職も決まっており、前途ある女性だったことは間違いありません。

そんな古田順子さんがなぜこのような残虐な事件に出くわしたのでしょうか。ここからは、事件の経緯を詳しくお話ししていきます。

アルバイトから帰宅途中に拉致される

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事件当日は、プラスティック成型工場でアルバイトをしていました。その日は午後8時半頃、仕事を終えて自転車で帰宅していたようです。

加害者男性二人は、東京都足立区から遠征しており、周辺をバイクで走っていたのです。そこで古田順子さんの姿が目に入り、加害者Cが自転車から蹴り落としたそうです。

そこにヒーロー役の別の加害者Aが現れ、助けるふりをしてバイクの後ろに乗せるのです。古田順子さんは蹴り落としてきた男性が怖いので、すんなりバイクの後ろにまたがりました。

ホテルで強姦される

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バイクの後ろに乗せた古田順子さんをそのまま人気の少ない倉庫に連れて行き、暴力団関係だと名乗り脅したそうです。助けてもらったはずの男性が突然豹変!訳もわからぬままホテルに連れて行かれるのです。

古田順子さんはまだ男性経験がありませんでしたが、そのまま加害者に強姦されてしまったのです。しかも、加害者は不良グループのたまり場に電話し、強姦したことを自慢げに話していたようです。

仲間のBやDは興奮してしまい、「女を帰さないでください」と発言!そのまま拉致・監禁の計画が企てられ、たまり場になっていた足立区綾瀬にあるCの家の2階に彼女を連れ込んだのです。

監禁や強姦、傷害を何日も繰り返される

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自宅の2階に連れ込まれた古田順子さんですが、Cの両親はいなかったのでしょうか?丁度父親は社員旅行で3日間留守にしていましたが、母親と1つ年上の兄が自宅には居たようです。

自宅にEやFを呼び、家族が寝た後、輪姦しました。古田順子さんは必至の思いで抵抗しようとしましたが、複数の男性に抑えられており、逃げることは不可能だったのです。

1階で寝ていた母親が目覚めたようですが、口を抑えられていたため叫び声も上げれませんでした。監禁された2日後には母親と出くわしましたが「すぐに帰りなさい」と言われただけのようです。

自宅に電話して家出だと言わされていた

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少年たちは、古田順子さんに自宅に電話をかけさせていました。捜索願いを取り消してもらうため「家出だ」と言わせていたようです。両親も何の疑いも持たず、家出だと信じ込んでいたと言います。

そこからの数日は強姦、輪姦を繰り返し、気絶しそうになった冷たい水をかけて目を覚まさせていたようです。その間はグループの誰かが見張りをし、バレないように注意していました。

12月のある日、少年たちの目を盗んで警察に電話しようと試み、それがバレてしまいさらにひどい仕打ちを受ける事になります。ライターの火を押し付けられたり、リンチされたり・・。

殺害された後コンクリートを詰められて遺体遺棄された

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ウイスキーや焼酎などのお酒を飲ませ、シンナーを吸わせたこともありました。精神的にも肉体的にもさまざまな方法で追い詰められましたが、逃げることはできなかったようです。

火傷の跡にジッポのオイルをかけ、火であぶって熱がるのを楽しむという遊びも何度と繰り返され、意識がもうろうとしていた古田順子さんは、布団に小便を漏らしてしまうのです。

その姿を見て、これまでにないほど強い力でリンチ!顔面は無残に腫れあがり、顔の凸凹がわからないほどでした。トイレにも行かせてもらえず紙コップで小便を足し、それを飲まされていたようです。

両親も恐れて何も言えなかった

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Cの両親は、彼女が家にいることを知っていました。息子のことが怖かったのでしょうか。追求することもできず、耳を塞いで過ごしていたと言います。

やがて衰弱し、歩くこともできなくなった古田順子さん。その頃には悪臭が家じゅうに漂っており、少年たちも彼女を持て余すようになったのです。

かろうじて意識がある状態の古田順子さんを3人の男性が次々と殴り、顔からはロウをかけ彼女は痙攣し始めたと言います。そこに1.7kgの鉄棒を落とし、暴力はさらにエスカレートしていきました。

空き地にドラム缶を投げ出して帰った

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暴力の途中で、彼女の死を確認できたと言います。Aが以前働いていたタイル工でセメントを調達し、毛布でくるんだ古田順子さんを鞄ごと入れてコンクリート詰めにしました。

本来は海に遺体投棄するつもりでしたが、途中で怖くなって空き地にドラム缶の遺体を投げ出して帰宅したようです。

古田順子の家族は?

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このように「女子高生コンクリート詰め殺人事件」が、両親が住む自宅で行われ、その存在に気が付きながらも周りの大人が止めることができなかった残虐な事件です。

「家出」だと何度と自宅に電話していたことで、捜索願いも出さないまま、無残な形で殺害される形になったのです。

どのような経緯で殺害されたのか、事件の一部始終を知ったご家族は精神的に大きなダメージを受けたことでしょう。両親が自殺したなどの噂もありますが、家族は現在どのように過ごしているのでしょうか?

両親、兄、弟の5人家族

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先ほどもお話ししたように、被害者の吉田順子さんは3人兄弟の真ん中として生まれました。兄と弟という男性に囲まれていたため、男勝りな部分もあったようです。

報道では、不良少女だった、不良少年と認識があったとうの間違った情報も流れていましたが、これらは悪質なデマです。

真面目で優等生タイプの女の子で、学校で問題を起こしたという話はありません。当時は長渕剛さん主演のドラマ『とんぼ』の最終回を楽しみにしていたと言います。

事件後の家族の様子は不明

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兄と弟、そして両親は現在どうされているのでしょうか?事件の被害者家族でありながら大きな事件として取り上げられたため、家族のことも話題になりました。

連日マスコミに追いかけられ、精神的にかなりのストレスを受けたことでしょう。さらに吉田順子さんの身元確認をするため、人の原型をとどめていない無残な娘の姿を対面した訳です。

どんな強い人であってもその姿が脳裏に焼き付き、トラウマになっても不思議はありません。一部では家族の自殺説も出ていましたが、その後の家族についての情報はないようです。

古田順子を死なせた少年らの現在は?

「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の加害者は4人とされていますが、他にも大勢の不良少年・少女が関わっていたとの情報もあります。

事件発覚後、逮捕されたのは4人のみになりますが、現在はどうしているのでしょうか?特に主犯格と言われているAは懲役20年の刑を受けましたが、出所後再び逮捕されたとの情報もあります。

ここからは逮捕された4人の現在を追っていきます。

主犯格の少年Aは懲役20年!出所後再び逮捕

主犯格の少年Aは、宮野裕史という名前でしたが、養子縁組によって横山裕史に改名しています。1970年4月30日生まれで、半グレ集団を立ち上げていました。

小柄でがっしりとした体型。懲役20年の刑が下され、2008年に出所しています。出所後の2013年に詐欺容疑で再び逮捕されています。

サブリーダーの少年Bは5~10年の不定期刑!出所後再び逮捕

サブリーダーだった少年Bは、小倉譲といい身長180cmとかなり大柄の男性でした。裁判では5~10年の不定期刑が確定し、1999年8月3日に出所しています。

中国人と結婚し神作へ改名しましたがその後離婚!また、2004年には「埼玉県三郷市逮捕監禁致傷事件」を起こし再逮捕されています。

少年Cは不定期刑を終えた後再び逮捕

少年Cこと湊伸治は5~9年以下の不定期刑が確定し、出所後はプロボクサーとして活躍していたようです。しかし事件に関するヤジが酷く、引退に追いやられています。

その後、20018年に殺人未遂で逮捕されています。なお、少年Dは5年以上7年以下の不定期刑の判決が下されましたが、上告し懲役3年以上4年以下の不定期刑が確定したようです。

加害少年の親は謝罪もしなかった

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逮捕された4人の少年の家族もマスコミに連日つけわされ、精神的にも辛い日々を送ったでしょう。両親としては「まさか家の子が」という思いもあったのかもしれません。

特にプロボクサーになった少年Cの母親は吉田順子さんを逆恨みしたと言います。被害者に対する批判的な意見を周りに漏らしており、当然親として謝罪の言葉はありませんでした。

その一方で少年Aの両親は自宅を売り払い、慰謝料の500万円を払ったと噂されています。加害者家族全員が罪の意識がなかった訳ではありませんが、一部の両親の態度は大きくニュースに取り上げられました。

古田順子が逃げ出せなかった理由は?

古田順子さんは、少年たちの目を盗んで警察に電話しようとしたこともありました。悲鳴をあげようとしても口を抑えられ声を出せなかったのです。

視聴者からすれば、「なぜ逃げれなかった?」と疑問に思う人もいるでしょう。始めの内は逃げようと努力もしたでしょう。しかし複数の男性に囲まれており、常に監視されている状態です。

当然力では男性にかなう訳もなく、徐々に食事の量も減っていき暴力も加速したため、途中からは意識も朦朧としていたでしょう。逃げ出したくても逃げ出すすべもありませんでした。

古田順子の事件は凶悪犯罪

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今回は昭和最大の残虐な事件とも言われる「女子高生コンクリート詰め事件」の全貌を見てきました。被害者の古田順子さんが過ごした日々を思うと胸が痛む思いです。

大事なのはこのような事件があったことをしっかりと知り、再発しないように努めることです。残虐な事件はどんな時代でも起こります。

そのような意識ないまま事件の主犯格になっている場合もあるのです。無知は最大の罪!まずは事件の全貌をしっかり知り、語り継いでいきましょう。