バスキアの死因は?バスキアの凄さや名言・前澤さんが買った作品とは エンタメ

バスキアの死因は?バスキアの凄さや名言・前澤さんが買った作品とは

バスキアは天才画家と呼ばれていましたが、27歳の若さで亡くなったその死因についてご説明いたします。バスキアの凄さ、そして消防士などの絵の作品や名言、さらには彼の人生が映画化されたことや前澤友作さんが彼の絵を購入したことについて解説いたします。

目次

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バスキアの死因は何?

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画家、バスキアをご存知ですか。世界的に有名な絵をいくつも残しているバスキアですが、彼は実は27歳という若さで亡くなっています。

彼は亡くなって評価された画家というわけではありません。

バスキアの絵が高く評価されたのは、彼が生前のときであり、世界的に有名な画家になったのも生前時代です。なぜ、バスキアは亡くなったのでしょう。その死因について解説いたします。

バスキアってどんな人?

まずはバスキアのプロフィールなどについて、解説いたします。バスキアはかなり有名な画家ですが、知らない人も多いかもしれません。

27歳という、とても短い人生を絵に捧げた、バスキアのプロフィールなどについてご説明いたします。次の説明を確認すれば、バスキアについて詳しくなれるはずです。

バスキアのプロフィール

バスキアの生年月日は、1960年12月22日生まれ、生きているなら60歳になっています。1988年の8月に亡くなることになりますが、それまで約9年間に3000枚もの絵を残しています。

どの絵も独創的なものばかりで、一見すると落書きのように見えますが、彼の思いがこもったとても奥が深い絵ばかりを残しています。

アメリカ出身の画家

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バスキアの出身は、アメリカのニューヨーク市ブルックリンです。画家としてデビューする前は、路上で落書きをしていました。

芸術に興味を持ったのは、バスキアが小さな頃だったようです。芸術が好きな母について美術館を訪れることが多く、自然と才能が生まれたようです。

またバスキアは、語学も堪能だったようで、11歳になるまでにフランス語やスペイン語までも話せるようになっていました。

1996年に映画化されている

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バスキアの生涯は映画化もされています。1996年に作られたこの映画は、その名のも「バスキアのすべて」と名付けられ、2010年には日本でも公開されました。

監督はジュリアンシュナーベルで、バスキアはジェフリーライトが演じています。彼の生涯が映画化されるほど、バスキアは世界的に知名度が高い人気の画家だったということです。

バスキアの死因は?若くして亡くなったの?

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バスキアはかなり若くして亡くなっています。なぜ彼は若い年齢で亡くなってしまったのでしょうか。

バスキアに興味がある人は、彼の死因は気になってしまうでしょう。実はバスキアはあることが原因となり亡くなったのです。彼の死因について詳しく解説いたします。

1988年に27歳で死去

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バスキアは1988年8月12日、27歳という若さでこの世を去りました。17歳の頃から地下鉄などでスプレーペインティングを始めていましたので、画家の人生としてもとても短い生涯だったと言えます。

27歳で亡くなったときには、バスキアはかなり有名な画家だったため、その死はとても惜しまれました。

しかし、気になるのはバスキアの死因です。なぜこれだけ若い年齢で亡くなることになったのでしょうか。

死因はヘロイン

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バスキアの死因はヘロインが原因と言われています。バスキアは1987年頃からヘロインを大量に摂取するようになります。1983年にアンディウォールという画家に出会い、共同制作を行うようになります。

2人は互いに友人同士として活動をしていましたが、1987年にアンディウォールは亡くなります。バスキアは頃からヘロインを過剰摂取するようになりました。

ヘロインに溺れてしまったバスキアは、そのまま亡くなってしまうのです。

バスキアの作品はどんなもの?見ることはできる?

バスキアの作品は、今でも見ることができます。バスキアは亡くなるまでの9年間に約3000枚もの絵をこの世に残しています。

彼の作品にはメッセージ性が高いものが多いです。日本でも過去にバスキア展が開催されていますので、もし見れる機会があればバスキアの絵を実際に見てください。

ニューヨーク美術館の絵やグレイの解剖書がモチーフ

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バスキアの絵は、ニューヨーク美術館の絵や、グレイの解剖書がモチーフになっているものが多いです。

バスキアは7歳のときに車にはねられ入院をしてしまいます。そのときに彼の母が入院中のバスキアにグレイの解剖書を贈りました。

その解剖書が、彼に強いインパクトを与えたようです。

人種差別と向き合う作品もあった

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バスキアは、80年代のアメリカで流行ったアートシーンという舞台の波に乗ることができました。どんどん人気を得ていくバスキアですが、一方で人種差別にも強く向き合っていました。

世界で高く評価されるバスキアですが、その裏では苦悩する彼の心の叫びが絵に表れていたのです。こうしたバスキアの一面も、現在でも高く評価されている要因になっています。

日本でバスキア展が開かれた

バスキアの絵の展示は、実は日本でも行われていました。2019年の9月から開催されたバスキア展には、とてもたくさんの人が集まったようです。

今後も日本でバスキア展が開催されるかもしれませんので、機会があれば足を運んでみてください。彼が伝えたかった思いが、その絵にはたくさん含まれています。

北九州にバスキアの消防士がある

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実はなんと、北九州にはバスキアの絵があるのです。消防士と呼ばれるこの絵は、北九州市の市立美術館に展示されています。この消防士の絵はバスキアが1960年から1988年の描いたとされる作品です。

バスキアの絵は現在ではとても高値だオークションに出品されており、現在の価値として100憶円を超えるのではないかとも言われています。

ちなみに、北九州市はこのバスキアの絵を375万円で購入したようです。

バスキアの凄さとは?

バスキアはどういったことが評価されていたのでしょうか。絵がうまいというだけではなく、彼が残した絵には思いが強く込められています。

バスキアの絵から伝わることはとても多く、彼が何を言いたかったのかが絵から溢れています。バスキアの凄さについて、詳しく解説いたします。

小さな頃から多くの絵を描いた

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バスキアは物心がついたときには、人生を題材にした絵を描いていたとされています。絵自体には0歳から既に興味を持っていました。

3、4歳頃になるとバスキアについての人生論を絵で表現するようになります。10代前半の頃に描いた絵「翼を広げられなかった籠の鳥」はとても奥が深く、今でもとても有名な作品です。

ブラックピカソと呼ばれていた

バスキアは、ブラックピカソと呼ばれていました。彼の絵がピカソのような独特な雰囲気があること、そして彼が黒人であったことを含めてブラックピカソと呼ばれていたようです。

しかしバスキアは、アートと肌の色は関係ないと主張しています。彼は天才的な画家であったことは間違いありませんが、同時に人種差別とも闘っていたのです。

バスキアの名言は?

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それではバスキアの名言をご紹介します。バスキアは数々の名言をこの世に残しています。

世界的に有名になったバスキアだからこそ、これからご紹介する名言は多くの人の心に残るでしょう。

とても奥が深い名言ばかりなので、バスキアの凄さがより伝わります。ぜひチェックしてください。

芸術とは言葉では伝えきれない「何か」を伝える術

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「芸術とは言葉では伝えきれない「何か」を伝える術」という名言は、とても有名です。確かに、芸術とは言葉では伝えることができないものです。

そして、その芸術に触れる人のよって、その何かの捉え方は違います。バスキアは、この名言の中に、全て詰め込んだのでしょう。

人間はもっと精神的に生きるべきだろ

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「人間はもっと精神的に生きるべきだろ」は、多くの人が共感できる名言ではないでしょうか。人間は深く物事を考えることができる生き物です。

だからこそ、バスキアは精神的に人間は生きるべきと語ったはずです。普段の生活では気付くことができないことを、バスキアは気付かせてくれているのかもしれません。

俺は芸術評論家のいうことに耳を傾けたりしない

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「俺は芸術評論家のいうことに耳を傾けたりしない。アートがなんであるかを見出すために評論家が必要な奴なんて俺は一人も知らない。」も有名な名言です。

他の人の芸術に対する評論家の説明なんて、確かに必要ありません。大切なことは、個々がその作品に触れて何を感じるのかということでしょう。

バスキアの作品を前澤友作が買っている?

バスキアの作品は、先ほどご紹介した北九州だけではなく、有名人の手にも渡っています。それも日本人の前澤友作さんの手に渡っているのです。

どういった絵を手に入れたのか、そして購入価格はいくらなったのかについてご説明いたします。

123億円で購入した絵がある

前澤友作さんの手に渡ったバスキアの絵は、なんと123憶円で購入したと言われています。

2017年に購入したこの絵は、「Untitled」と呼ばれており、価値は今後、さらに上がる可能性があると言われています。バスキアの絵を選ぶとは、前澤友作さんは先見の目がやはりあるのでしょう。

バスキアの絵が日本にあるというだけで素晴らしいことですが、前澤友作さんの手に渡っていることも素晴らしいことです。

バスキアはマドンナと付き合っていた?

バスキアは過去に、マドンナと付き合っていたと言われています。マドンナ自身も1980年代前半にバスキアと付き合っていたことを、インスタグラムに投稿しているのです。

マドンナは「彼はすごい才能の持ち主で、彼を愛していた」と語っています。バスキアとマドンナと接点があったことにも驚きですが、付き合っていたことについても驚かされます。

バスキアの絵がUTコレクションに

バスキアの絵は、UTコレクションになっています。バスキアの独特なタッチで描かれた絵が、Tシャツやパーカーになっており、とても興味深いデザインばかりです。

現在、ユニクロの公式オンラインにて発売されています。オンラインだけではなく、一部の店舗では店頭販売もされていますので、ぜひチェックしてください。

どれも斬新な絵が採用されていますので、とても斬新なものになっています。

バスキアの死因はヘロイン!天才の絵はすごかった

バスキアの死因などについて解説しました。バスキアは、惜しまれつつ亡くなった天才画家であることは間違いありません。

ヘロインの過剰摂取により亡くなったバスキアは、まさに人生を絵に捧げた人と言っても過言ではありません。

どの絵も独特な存在感があり、何かを語り掛けてくれています。もし、バスキアの絵を生で見れる機会があれば、必ず見ておくことをおすすめします。