奥村彰子が起こした滋賀銀行9億円横領事件とは?現在は何をしてる? エンタメ

奥村彰子が起こした滋賀銀行9億円横領事件とは?現在は何をしてる?

昭和を代表する衝撃的な事件のひとつ「滋賀銀行9億円横領事件」。逮捕されたのは当時42歳の銀行行員・奥村彰子でした。事件のインパクトはもとより、逮捕時の写真を見て美人だと話題にもなった犯人です。奥村彰子は現在どのような生活を送っているのでしょうか?

目次

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奥村彰子が起こした横領事件の概要

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滋賀銀行9億円横領事件は、歴史に残る事件として現在もテレビ番組で取り扱われます。事件現場は滋賀銀行山科支店。1973年2月までの6年間、奥村彰子は約1,300回に渡り約9億円ものお金を着服しました。

奥村彰子と山県元治のプロフィール

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約9億円ものお金を着服したのは、愛する男性に貢ぐため。愛する男性のためとは言え、ここまで衝撃的な事件を起こした奥村彰子は一体どのような人物なのでしょうか?相手の山県元治と共にプロフィールを紹介します。

奥村彰子のプロフィール

奥村彰子は1930年12月に大阪府北河内郡にて、3姉妹の末っ子として誕生しました。生まれて割とすぐ一家で、京都市左京区に引っ越しをしています。どうやら家庭環境もあまり恵まれていなかったようです。

高校編入後すぐに退学

市立堀川高等女学校を卒業しますが、学制改革により高校3年生で編入します。改革後の学校は共学ということで、母親が拒否反応を示し本人の意思とは関係無く退学することとなったのです。

退学理由は母親の男性不信

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奥村彰子が学生生活を送っている頃、父親は愛人を作り家を出ます。その出来事がきっかけで、母親は男性不信となり娘が共学に通うことに嫌悪感を抱くようになりました。今でいう毒親だったのかもしれません。

退学した年に滋賀銀行に就職

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父親のこともあり、男性に負けたくない!という意思が強かった奥村彰子。退学した年に滋賀銀行京都支店に入社し、必死に働きます。仕事面では割と早くから評価をされていたようです。

山県元治のプロフィール

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奥村彰子をダークサイドへ引き入れるきっかけを作った男性・山県元治についてみていきましょう。彼は1940年に朝鮮にて、7男5女の5男として誕生しました。13人兄弟という大家族です。

定時制の商業高校へ入学

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豊浦高校に受験をしますが、失敗。ガラス店にて住み込みで働きながら、定時制の商業高校に入学します。父親は警察官ということもあり、学業はあまりおろそかにする人間ではなかったように感じられます。

この頃からギャンブルに足を踏み入れる

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知り合いに誘われたことをきっかけに、ギャンブルに足を踏み入れ始めます。山県元治が主にハマっていたのは競艇。もしもこの時にギャンブルにハマっていなければ、事件は起きなかったのでしょうか?

独立して起業

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ガラス店で6年間勤務した後は、独立し陶器店を開業します。しかしギャンブルでお金を使い込みすぎて、自らの手で店を潰してしまいました。のちにタクシー運転手として働き始めました。

会社は転々としていた

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タクシー運転手になった山県元治は所属会社を転々としていたようです。理由は売上金をごまかして納金するなどが続いたからだとか。この頃から、犯罪者としてのベースが出来上がっていたように感じられます。

山県元治は歌手になりたかった

山県元治は歌手になりたいという夢を抱いていたようです。かなり本気だったようで、鼻も整形しています。歌謡喫茶で歌をうたったり、おしゃれだったりと、女性たちからはモテていたとか。

2人が出会ったきっかけ

2人が出会ったのは、1965年春のことでした。当時奥村彰子は35歳、山県元治は25歳。奥村彰子は滋賀銀行北野支店に努めています。銀行員とタクシー運転手がどのようなきっかけで繋がったのでしょうか。

奥村彰子は傷心していた

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当時付き合っていた彼氏と喧嘩をしていた奥村彰子。職場の懇親会の帰り道にタクシーを拾い乗り込むと、酔いも手伝って泣き始めます。そこで優しく声をかけたのが、タクシーを運転していた山県元治でした。

タクシー内で話が盛り上がる

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除々に落ち着きを取り戻した奥村彰子は「酔って帰ると母親がうるさいから、もう少しドライブしたい」と、山県元治に持ちかけます。30分ほど京都市内をドライブして帰路につき、2人はそのまま別れました。

2度目の運命の出会い

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もう2度と会うことは無いと思っていた2人でしたが、1966年春に再度出会ってしまいます。奥村彰子がバスに乗り帰宅していると、山県元治が声をかけてきたのです。山県元治の記憶力にも少し驚いてしまいます。

そのまま喫茶店へ

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再会を果たした2人は、そのまま京阪三条南口の喫茶店でお茶をします。そこで山県元治はお金に困っていないこと、兄は大きな商売をしていることを得意気に話していたようです。

奥村彰子がアプローチを始める

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山県元治に魅力を感じ始めた奥村彰子は自らアプローチを始めます。始めは断っていた山県元治でしたが、何度か食事をした後に交際に発展することとなりました。この頃、奥村彰子は滋賀銀行山科支店に転勤しています。

奥村彰子と山県元治に下された判決

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約9億円もの大金を横領した奥村彰子は、実行犯です。しかしそのお金はほとんど山県元治に流れていました。この関係性が配慮したのか、奥村彰子と山県元治の判決や賠償金額には差があります。

奥村彰子は懲役8年

1973年2月19日に逮捕状が出され、全国に指名手配がされた奥村彰子。同年10月21日に逮捕され、懲役8年の判決がくだされました。銀行への賠償は1,000万円と言われています。

山県元治は懲役10年

1973年10月15日に山県元治は、造物収受容疑にて逮捕されました。銀行への賠償金は奥村彰子の3倍である3,000万円です。逮捕状が出て身を隠していた奥村彰子の居場所を、すぐに白状したそうです。

奥村彰子を騙した山県元治がひどい!どんなエピソードがある?

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世間が注目したのは山県元治の人間性。女性をたぶらかし、犯罪に導き、私腹を肥やすという悪魔のような人間性に怒りを感じた人も少なくないのではないでしょうか?彼のエピソードをいくつか紹介します。

ギャンブルに使う金をせびる

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山県元治は交際を始めてすぐに奥村彰子に対して、お金を請求し始めます。そのお金はほとんどギャンブル(競艇)に使うためです。奥村彰子は自身や家族の貯金をくずして、お金を渡し続けていました。

お金がないのに派手な暮らし

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奥村彰子の友達として、逮捕前から山県元治はマスコミから注目されていたようです。職を就いていないにも関わらず派手な暮らしを続けていたとか。本人だけではなく、家族も羽振りが良くなっていたと言われています。

豪邸も所有していた

何千万もの大金をギャンブルにつぎ込む、外車やボートを数台、豪邸まで所有していたという山県元治。周りも気づきやすいほど、かなり派手な生活を送っていたことがわかります。

奥村彰子がいながら他の女性と結婚

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人間性を疑うのが、このエピソードです。山県元治は1970年5月に別の女性と結婚し、2人の間に長女をもうけています。1970年は奥村彰子がまだ、山県元治に貢いでいた頃です。

奥村彰子は美人だった!奥村彰子の写真を公開!

奥村彰子の逮捕当時の写真を見た世間は、派手なメイクはしているものの、美人だと話題になりました。山県元治もこんな年上の美人が自分を相手にするわけはないと思っていた事もあったので、間違いないでしょう。

指名手配写真は地味

全国に出された指名手配写真は、逮捕時とは違い化粧っ気のない地味な雰囲気でした。見た目から人々を欺き、身元を隠して暮らしていたのでしょう。

奥村彰子は出所後どうしてた?現在は?

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好きだった男性に騙され横領まで働いてしまった奥村彰子は、現在どのような生活を送っているのでしょうか?彼女の現在は明らかにされていませんが、行員時代に知り合ったK氏と結婚したという噂があります。

被害者と結婚?!

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結婚相手とされるK氏は、事件前に奥村彰子に好意をよせていた人物です。実は初めて横領したのはK氏の預金だったと言われています。奥村彰子が出所するのを待ち、結婚を申し込んだそうです。

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