壇蜜の本名は齋藤支靜加!年齢と身長は?実家や生い立ち経歴まとめ! エンタメ

壇蜜の本名は齋藤支靜加!年齢と身長は?実家や生い立ち経歴まとめ!

壇蜜の本名は齋藤支靜加といいます。壇蜜の現在の年齢や身長はどれ位でしょう。昔の実家やその生い立ちと経歴は、20代で苦労した異色の経歴を反映します。壇蜜の芸名の由来や、それまで関わった職業などグラビアデビューに至るストーリーを追いかけます。

目次

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壇蜜の本名が読めない!?本名は「齋藤支靜加(さいとうしずか)」!

タレントで女優の壇蜜の本名が、難しい漢字過ぎて読めないなどの意見が活発に交わされています。芸名の壇蜜も相当謎ですが、素のままの本名も難解なのでしょうか。

壇蜜の本名は「齋藤支靜加」と書いて、さいとうしずかと読みます。少なくとも「靜」という漢字は普段の文章に使う単語には、まず含まれない漢字ではあります。

壇蜜の本名については、デビュー当初からバラエティ番組などで紹介される機会はありました。では今また、なぜ壇蜜の本名に関する話題が多くのぼるのでしょう。

2019年の結婚報道で壇蜜の本名が再燃!?カッコいい!?似合ってる!?

壇蜜は2019年、漫画家の清野とおると「いい夫婦の日」、11月22日に入籍しています。この話題から、本名の齋藤支靜加が取り上げられるようになったと言われます。

この本名についてファンは、カッコいい、似合っているなど多くは好意的な印象を語っています。むしろ本名の方が芸名っぽいなどの声もあるようです。

「支靜加」命名は父方の祖父!おじいちゃんは漢字に詳しい人だった!?

この難読な漢字での「支靜加」は、壇蜜の父方の祖父が命名したと言われています。おじいちゃんは漢字に造詣の深い方だったらしく、「しずか」の読みにこの漢字をあてたのだそうです。

書いてみますと、フルネームの「齋藤支靜加」は、どことなく威厳があるような雰囲気を感じる人もいるでしょう。字面的に、古風な感覚もあるかもしれません。

壇蜜の本名「支靜加」は姓名判断では大吉!?

姓名判断には多数の流儀があり、一概には言えないのですが「支靜加」が大吉という見方をするものも多いようです。下の名前は「地格」といい、支靜加は25画に数えるようです。

地格25画は、吉または大吉の相であり、結婚しても地格に変化はありません。姓名判断での画数の数え方は独特な場合もあり、諸説ありますが、印象深い本名ではあることに違いはないでしょう。

芸名の「壇蜜」はどんな由来から?経歴と深い関係が!?

逆に芸名としての「壇蜜」は、どのような由来から来た命名だったのでしょうか。実はこの芸名の壇蜜は、壇蜜自身が名付けたものだということがわかっています。

これには壇蜜自身が20代の頃に関わった経歴の中に、強く由来しているのだそうです。

壇蜜の命名は仏教用語から?葬儀専門学校卒の経歴ならではの教養!

この壇蜜という名は、出典は仏教用語からなのだそうです。壇蜜は大学では英米文学専攻ですので、そこだけ見ると仏教との繋がりが見えてきません。

これには壇蜜が大学を卒業してから、2つ目の専門学校で学んだ経歴が絡んでいるのです。その専門学校は、葬儀関連専門の学校でした。これに関しての詳細は、後述することにします。

「壇」は仏壇「密」はお供え!生贄みたいと自分で命名した自虐のセンス!?

彼女の説明によると「壇」は仏壇を表し、「蜜」はお供えを意味するのだそうです。すなわち2語で、生贄(いけにえ)みたいなものだと本人は語っています。

それプラス、壇蜜という2文字ならば、少ない文字枠にも入りやすいのでは、という計算も含まれるそうです。ややもすると自虐的過ぎる発想ですが、この辺りが壇蜜らしい面でもあります。

壇蜜の年齢・身長などのプロフィール

壇蜜の現在の年齢や、身長などのプロフィールについても触れていきましょう。先に引用で、プロフィール全体を紹介してみることにします。

別名義 齋藤 支靜加(さいとう しずか、本名および旧芸名)
生年月日 1980年12月3日
現年齢 39歳
出身地 秋田県横手市
血液型 O型
公称サイズ(2013年時点)
身長 158 cm
スリーサイズ 85 – 60 – 89 cm
カップサイズ E
靴のサイズ 23.5 cm

(引用:Wikipedia)

壇蜜は遅咲きのグラビアデビュー?現在の年齢は?

壇蜜の公式プロフィールによれば、現在は39歳です。2020年の誕生日が来ると、40歳になるのですから見た目に若い印象があるでしょう。

壇蜜の芸名でグラビアデビューしたのが29歳の時ですから、芸能界自体はそう長くはないです。

壇蜜の身長は平均的!?スリーサイズは?やはり巨乳!?

壇蜜の身長は、158cmと、日本人女性の平均値ぴったりと言えます。もっと小柄かと思われるのは、やはりスレンダーながら恵まれたプロポーションだからかもしれません。

グラビアアイドル時代の公称が、Eカップと突出しています。スリーサイズで見ますと、バストは85ですから、アンダーは非常に細いことがわかります。

エロいグラビアや映画などで魅せた豊満な胸は、さすがEカップと言うべきでしょう。

壇蜜の生い立ちについて

壇蜜の生い立ちは、そう平坦なものではありませんでした。大学までは順当に進学していますが、卒後に就職せず専門学校に行き直すなどの道を歩んでいます。

その後の20代での生い立ちに関しては、ある意味壮絶な道だったと言えるでしょう。

一貫校の女子大出身!しかし両親共働きの実家で不安な生い立ち?

壇蜜は母親の強い願いから、一貫校の昭和女子大学附属小学校をお受験して入学しました。都内では現在有数の女子大学としての実績を誇る、伝統校です。

しかし壇蜜の両親は共稼ぎの実家で、裕福な実家だったとは到底言えない家庭でした。いつも疲れた様子の両親の姿に、幼い頃の壇蜜は不安を感じていたと言います。

周囲は裕福な実家が多いのに、自分の家庭はそうでないことを知り、壇蜜は家事を率先する子供だったと言います。成績は優秀で、大学には飛び級で上がったほどの才女でした。

大卒後に就職せず料理専門学校へ進学!和菓子屋開業の予定があった!?

学生生活が順当過ぎたのか、壇蜜は大学在学時に就職先を絞り切れずにいました。そのまま英語の教師になることをためらい、母の勧めで服部栄養専門学校へと進学したのです。

この頃壇蜜の母には、和菓子店開業の話が持ち掛けられ、出資者もいたと言います。そのために壇蜜は、専門学校ではオーナーシェフを目指せるコースで学んでいたのです。

和菓子屋開業の支援者の死!壇蜜の20代が大きく揺らぐ!?

ところがその出資者である恩師が急死してしまうという、大アクシデントが発生しました。目指す道を閉ざされた壇蜜は、この「死」に直面し、大いに揺らぎました。

しかし好きなことが仕事になるならと、和菓子工房へ就職したのでした。

和菓子工房は3年で退職!「死」と向き合う人生観が壇蜜を動かす?

和菓子工房の務めは、まず薄給で生活が厳しいことが1つの悩みだったそうです。また搬送業務の運転中、車が廃車になるほどの大事故を起こし、工房へ大きな迷惑もかけてしまいました。

無論、自身も「死」さえ思わせる大惨事でしたので、壇蜜の心は死と向き合う人生観に大きく傾き出しました。和菓子工房は、3年の勤続で退職しています。

2つ目の専門学校で「エンバーマー」の資格を取得

そして壇蜜は、2つ目の専門学校へと進んだのです。それは冠婚葬祭の中でも、葬儀に特化した専門学校でした。ここで壇蜜は「遺体衛生保全士」の民間資格を取得しました。

通称「エンバーマー」と言われる、この特殊な資格は、ご遺体を一定時間キレイに保つ技能の資格だそうです。この技能も併せ持ち、壇蜜は葬儀関連の仕事に就いたと言われています。

20代半ばで銀座のホステスに!?圧倒的な存在感でおじさまを悩殺?

20代半ばには、壇蜜は銀座のホステスの仕事もしていたようです。この時のクラブのママの証言によれば、若くして抜きん出た存在感と教養で、重役クラスの殿方の指名が多かったそうです。

これは中学時代に、日舞の師範代の資格を取得した際の身のこなし、所作が影響したと言われます。日々新聞を読む習慣から、常に社会情勢等の一般常識に明るい聡明さも手伝ったとされます。

壇蜜の経歴について!グラビアデビューは29歳の遅咲き!?

壇蜜のデビューまでの経歴についてを追ってみましょう。混迷した20代後半までの歩みに対して、遅咲きではありますが、壇蜜のデビューまでの経歴にはめざましいものがあります。

順を追って、時系列に紹介していきましょう。

2009年ゲームのオーディションを経てキャバ嬢役で出演!

壇蜜は2009年、ゲーム「龍が如く4 伝説を継ぐもの」でのオーディションに応募しました。この頃はまだ本名の齋藤支靜加名義でしたが、キャバ嬢役での出演を勝ち取っています。

2010年3月「週刊SPA!」の公募でグラビアデビュー!29歳だった!

そして翌2010年3月には、一般公募のグラビア企画へ、なんと余っていた写真で応募したそうです。これが見事に通過を果たし、「週刊SPA!」に初グラビアで登場しました。

この華やかな世界に触れながらも、壇蜜は当初は芸能活動に前向きではなかったそうです。

同年7月芸プロへ所属!壇蜜の芸名でグラビアメジャーデビュー!

同年7月、齋藤支靜加は芸プロにスカウトされました。ここで「撮られる」ということに1つの喜びと目標を得て、壇蜜名義でグラビアアイドルになることを決心しました。

グラビアデビューとしては異例とも言える、29歳の遅咲きスタートとなりました。ところが一風変わったそのエロチシズムは、瞬く間に世の男性たちの心を奪っていくことになります。

エロス全開で映画にドラマに大活躍!知的な一面も!?

2012年以降の壇蜜の快進撃は、記憶に新しい部類にも入ります。どういうキツイ質問にも、独自の機転で流麗に返答し、どこか達観しつつ派手な脱ぎっぷりはバカ受けしました。

2013年には現事務所「フィット」に移籍し、連ドラ初出演も果たします。以後ドラマ「半沢直樹」でホステス役を演じ好評を得たり、NHKにも多数出演する女優として活躍します。

文筆家としての壇蜜の才能!?ドキュメンタリーに小説に!

壇蜜の信条は、やはりエロスにその根源があるとも言えます。しかしながらデビュー当時から、読書家でもある、物書きの才能の片鱗も見せ続けていました。

それはまず、今でも継続しているアメーバブログに端を発します。

壇蜜はデビュー当時からずっとブログを連載し続けている!

壇蜜は「黒髪の白拍子」というタイトルで、グラビアデビュー前の2009年からブログを継続しています。その内容は番宣や、自分の売込みなどよりも、身の回りの小さな出来事を綴った日記です。

地道なブログ活動が認知されてか、「壇蜜日記」という名のエッセイ書籍を刊行するようにもなります。エッセイストとしては数冊の自著が出ています。

初の小説集「はんぶんのユウジと」刊行!壇蜜は時が満ちるのを待っていた?

壇蜜初の小説集「はんぶんのユウジと」が、2019年発売されました。本作は短編集ですが、壇蜜念願の「小説」ということになります。発刊に当たって次のようなことを述べています。

ですからブログをやって連載を持ってエッセイの本を何冊か出して、〝この人は書く人なんだ〟という前提知識をうっすらとでも持てていただけたところから始めよう、と時機を計っていました

(引用:小説丸)

少なくともゴーストライターに書かせたものだとは、決して思わせない覚悟があったと語っています。そのための地ならしに、数年費やした辺りは、壇蜜の緻密な計画性が見えるようです。

ドキュメンタリー「死とエロスの旅」は壇蜜の魂の叫び!?絶賛の声!

NHKでのドキュメンタリー番組「生と死の坩堝」は、壇蜜ならではの死生観の番組です。元の題が「死とエロスの旅」だったことから、書籍名はそちらで刊行されています。

この言わば「聖地巡礼の旅」の語りを書籍化したこの本は、極めて高い評価を得ています。足掛け6年の旅の工程と、エンバーマーとしての達観が、この書を形作っているのです。

小説も素敵ですが、このドキュメンタリーは、生半可なタレントに書けるものではないと言えます。壇蜜の文才は、今やっと世に認められ始めたと言えるでしょう。

壇蜜の本名はそのままで芸名っぽい素敵な名前!異色の経歴が壇蜜の個性に!

壇蜜の本名にまつわる逸話と、その生い立ちについてを紹介しました。壇蜜の本名「齋藤支靜加」は、芸名以上にインパクトのある漢字の並びで、壇蜜に似合っていると好評のようです。

また苦労と不運に見舞われた20代の経験値は、今の壇蜜の人格形成に少なからず影響していることも想像できます。エンバーマーという異色の資格を持つ女性ならではの個性が光ります。

デビュー当時は不思議なエロスの人だと思われていた壇蜜ですが、実に懐が深い人だと感じさせます。その豊かな才能と感性を活かし、今後の活躍にも大いに期待したいですね。