佐川宣寿前国税庁長官の現在!天下り先や家族は?学歴や経歴も エンタメ

佐川宣寿前国税庁長官の現在!天下り先や家族は?学歴や経歴も

森友学園問題で公文書改ざんを指示したとされる佐川宣寿前国税庁長官。現在は退官し自宅ももぬけの殻だと言われていますが、どこで何をしているのでしょう。佐川宣寿前国税庁長官のその後、妻や娘などの家族はどうしているのかや、学歴や経歴について紹介していきます。

目次

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前国税庁長官・佐川宣寿の現在は?

佐川宣寿前国税庁長官は2017年に発覚した森友学園問題で、国有地の払い下げに関わる公文書の改ざんを指示したとされる人物です。

事件の証言をきちんと行わないまま2018年に財務省を辞めていますが、その後は何をしているのでしょう?

森友学園問題で公文書改ざんを指示した佐川宣寿前国税庁長官

安倍昭恵総理大臣夫人が名誉校長である小学校、森友学園に国有地をなんと8億円も安く払い下げた疑惑が指摘された森友学園問題。

この事件で土地売却に関わる文書の改ざんを現場職員に指示したとされるのが、佐川宣寿前国税庁長官です。

佐川宣寿前国税庁長官は安倍昭恵総理大臣夫人のために公文書改ざんを引き受けたことで、理財局長から国税庁長官に出世したのではないかとも囁かれています。

改ざんを強いられた赤木俊夫氏は自殺

2018年3月7日、森友学園問題に関する報道が加熱する中で1人の財務省職員が命を絶ちました。亡くなったのは、近畿財務局に勤務していた赤木俊夫氏です。

赤木俊夫氏は遺書を残しており、その中には佐川前長官から国有地売却の公文書改ざんの指示を受け、幹部からの圧力で改ざんに関わってしまったこと、そして罪の意識に苛まれていることが綴られていました。

元は、すべて、佐川理財局長の指示です。局長の指示の内容は、野党に資料を示した際、学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するよう指示があったと聞きました。

佐川理財局長の指示を受けた、財務本省理財局幹部、杉田補佐が過剰に修正箇所を決め、杉田氏の修正した文書を近畿局で差し替えました。

(引用:Independent Web Journal)

改ざんの指示に何度も反抗し、生前の赤木俊夫氏はうつ病を発症するまでに追い込まれていました。

そしてその後、国民を騙したという良心の呵責と、国会の答弁でも誠実な証言をしない佐川宣寿前国税庁長官らへの絶望から、赤木俊夫氏は死を選んだとされます。

その後・真相がうやむやなまま依願退官

2018年3月になると衆議院予算委員会で森友学園問題が大きく取り上げられ、佐川宣寿前国税庁長官も証人として国会に呼ばれることとなりました。

しかし改ざんが疑われる資料は全て破棄している、電子データも消去済みで復元不可能との一点張りで、疑惑に対して明確な答弁をすることはありませんでした。

そしてその後、事件の責任は自分にあるとだけ述べて、問題の全貌を明かさないまま2018年4月に佐川宣寿前国税庁長官は依願退官という形で財務相を去ったのです。

2020年現在・赤木氏の妻から起訴されている

2020年3月に自殺した赤木俊夫氏の妻・雅子さんが夫の死の真相解明を目指して国と佐川宣寿前国税局長官を相手取り、裁判を起こしました。

雅子さんは佐川宣寿前長官と国に対し、合計で約1億1000万円の賠償金を求める訴状を提出。2020年7月15日に第1回目の口頭弁論が開かれる予定です。

佐川宣寿前長官は赤木氏の妻の請求を棄却する構え

現在の時点で佐川宣寿前長官は、「一公務員であった自分が、責任を負う必要がない」との見解を示しており、雅子さんの請求の棄却を大阪地裁に求めるものと見られてます。

雅子さんにはこれまでも夫の死の真相を知るべく、35万もの署名を募って森友学園問題の再調査を訴えるも拒否されるなど、奮闘を続けてきた過去があります。

そのため今度こそ雅子さんが、そして国民が納得するような判決を下してほしいとの声も高まっています。

佐川宣寿前国税庁長官の天下り先とは?現在の仕事は?

森友学園問題について説明責任を果たさずに退官した佐川宣寿前国税局長官ですが、現在の仕事は何をしているのでしょう。天下りしていると噂される佐川宣寿前長官のその後の仕事について見ていきます。

2016年にいわき応援大使に就任

2016年、まだ財務省理財局長時代に、地元である福島県いわき市の応援大使に就任した佐川宣寿前国税局長官。

いわき市応援大使は市のイメージの向上にふさわしい人物が選ばれるとされ、これまでに秋吉久美子さんやケーシー高峰さん、石井ふく子さんらが選任されてきました。

「ふさわしくない!」森友学園問題後にクレーム続出

選ばれた当初は、市を代表する人物として社会的な立場は申し分なかった佐川宣寿前国税局長官ですが、2018年に森友学園問題との関係が取り沙汰されると事態は一変しました。

このような不誠実かつ黒いイメージのつき纏う人物を、市の応援大使にするのはいかがなものかと批判の声が相次いだのです。

市ふるさと再生課には「早く降任させるべき」「あの人がいわき市の顔だなんて、市民として恥ずかしい」と苦情の電話が多数かかってきたといいます。

2019年には佐川宣寿前長官は応援大使を辞めている?

いわき市応援大使の任期は3年とされているため、任期満了まで務めていても2019年に佐川宣寿前長官は応援大使を辞めているものと考えられます。

また、いわき市応援大使に報酬は支払われないため、退官後に応援大使の職務のみを行っていたとは考えにくいでしょう。

佐川宣寿前長官は現在何をしている?

佐川宣寿前長官には退官前に天下り先が用意されていた、現在は上場企業の役員職に就いて給料を得ているとの噂もありますが、どこで働いているといった確かな情報は出ていません。

しかし、2018年にセクハラ問題で退職した財務官僚の福田淳一氏も現在はSBI大学院大学の委託講師になっていることから、佐川宣寿前長官にも天下り先のポストが用意されていても不思議ではないでしょう。

佐川宣寿前国税庁長官の自宅は?現在はどこにいる?

森友学園問題の報道が過熱した当時、佐川宣寿前国税局長官の自宅には連日数多くのマスコミが取材に押しかけました。そしてその映像をもとに視聴者から自宅住所を特定されてしまったのです。

森友学園問題の前は世田谷区に住んでいた

佐川宣寿前国税局長官の自宅は、世田谷区祖師谷にあるといいます。ネットで検索すると詳細な番地まで出てきますが、約180㎡もの敷地面積がある2階建ての邸宅です。

森友学園問題の報道が加熱した時には引っ越していた?

森友学園問題でマスコミが押しかけた時、佐川宣寿前国税局長官の自宅には誰もいませんでした。

妻を含めた家族も帰宅している様子がなく、一家全員で自宅に寄り付かず、現在に至るまでマスコミや世間の目を避けた生活を続けているようです。

佐川宣寿前長官の自宅の購入価格も怪しい?

佐川宣寿前国税局長官の自宅は、高級住宅地として知られる成城からも程近い場所にある、閑静な住宅街にあります。

そこに180㎡の土地を買い、2階建ての住宅を建てたとなれば、相当な金額が必要であったと考えられます。しかし2018年2月22日発売の週刊文春が、佐川宣寿前長官は競売に掛けられた土地を買った旨を掲載。

土地は相場よりも安く買い、建物と合わせて1億円程だったと報じたのです。面積からして土地代だけでも1億円を超える可能性が高い場所のため、自宅の購入にも裏がありそうだと囁かれています。

ツイキャスで佐川宣寿前長官の自宅に突撃する人も現れる

自宅の番地まで特定されたことから、佐川宣寿前国税局長官の自宅に突撃する一般人まで現れました。

中には佐川邸の前からツイキャスで中継する人までいましたが、ネット上に「佐川宣寿前長官や家族と会えた」という報告があがったことはありません。

現在も自宅には帰らずホテルを渡り歩いている?

森友学園問題で槍玉に挙げられて以降、佐川宣寿前国税局長官は自宅には一切帰らずにホテル生活を続けているとも報道されています。

この生活は2020年現在も続いており、赤木俊夫氏の妻・雅子さんの裁判で再度注目を集めることから、今後も自宅には帰らない日々が続くと見られています。

佐川宣寿前国税庁長官の家族は現在どうしている?

佐川宣寿前国税局長官には妻がいることが判明していますが、家族は現在どうしているのでしょうか?また娘がいるという噂がありますが、子供の生活はどうなっているのでしょうか?

佐川宣寿前長官の妻の現在は?

2018年1月に発売された『週刊新潮』で、佐川宣寿前国税局長官が妻とともに祖師ヶ谷大蔵のスーパー「サミット」で買い物をしているシーンがスクープされました。

夫婦は人目を避けるように大きなマスクで顔を隠して買い物をしており、これ以降、佐川宣寿前国税局長官の妻の姿が週刊誌に掲載されたことはありません。

そのため現在も、人目につかないよう、佐川宣寿前長官の妻とわからないように暮らしているものと考えられます。

佐川宣寿前長官には娘がいる?

佐川宣寿前長官には中学生(2018年時)の娘がいるという噂がありますが、夫妻の間に子供がいるのかは不明です。

しかし2003年に2階建ての家を建て、そこに大人2人だけで住んでいたというのも珍しい話なので、娘や息子がいても不思議ではないでしょう。

佐川宣寿前国税庁長官の学歴・経歴

現在も多くの国民から疑惑の目を向けられ続けている、佐川宣寿前国税局長官。しかし学歴や経歴は文句のつけようがないもので、家族に支えられての出世であったといいます。

佐川宣寿前長官の学歴と経歴についてまとめていきます。

1957年・福島県平市(現在のいわき市)に生まれる

佐川宣寿前国税局長官は、1957年に福島県のいわき市(当時は平市)で生まれました。兄弟は兄が3人。小学校と中学校は地元の公立校に通っていました。

1973年・東京都に引っ越して高校に進学

佐川宣寿前国税局長官が中学3年生時に父親が他界。その後一家は上京し、佐川前長官は都立九段高校に進学しました。父親が亡くなったため、学費は兄たちが負担してくれたのだといいます。

当時は同級生たちに「学費を出してくれた兄たちのためにも、頑張って勉強をして東大に行く」と話すなど、勤勉な学生だったそうです。

大学は東京大学経済学部に進学

九段高校を卒業した後は、2浪して東京大学経済学部に入学した佐川宣寿前国税局長官。在学中に国家公務員Ⅰ種試験を受けて合格しており、大学進学後も勉強に励んでいたことが窺えます。

大学卒業後・大蔵省(現在の財務省)に就職

大学卒業後、佐川宣寿前国税局長官は1982年に大蔵省に入省しました。当時、大蔵省は最強官庁と称されており、そこにキャリア官僚として入った佐川前長官はエリートの中のエリートでした。

同期入省の顔ぶれが凄い!

佐川宣寿前国税局長官の同期には、片山さつき参議院議員、遠藤俊英金融庁長官らが名を連ねています。同期の顔ぶれの豪華さからも、当時の大蔵省が一目置かれていた様子が窺えます。

2001年に塩川正十郎氏の秘書官に

2001年には「塩爺」の愛称で呼ばれた塩川正十郎財務大臣の秘書官に就任。その後も主計官、大阪国税局長、関税局長と順調に出世を重ねていきました。

2017年に財務省のNo.2にのぼりつめる

その後、財務省理財局長を経て2017年7月に国税庁長官に就任。国税庁長官は財務省内でナンバー2とも呼ばれるポストで、この役職に佐川前長官は60歳の時に就任したのです。

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