益野友利香さんが殺害されたルーマニア事件とは?犯人や動機は?事件のその後 エンタメ

益野友利香さんが殺害されたルーマニア事件とは?犯人や動機は?事件のその後

2012年にルーマニアで殺害された女子大学生・益野友利香さん。死因は絞殺、犯人のルーマニア人男性の目的は遺体から性的暴行と窃盗とされています。ルーマニア事件は何故起きたのか、益野友利香さんの弟の訴えや葬儀、出身高校への影響、噂の心霊写真なども紹介致します。

目次

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ルーマニア事件の被害者・益野友利香さんとは

2012年にルーマニアに渡航中だった日本人大学生の益野友利香さんが、現地の男性に殺害されるという痛ましい事件が起こりました。

ルーマニアは決して治安が良い国ではなく、女性1人で訪れるのは危険とされています。なぜ益野友利香さんは単身でルーマニアに向かったのでしょうか?

益野友利香さんが殺害されたルーマニア事件の概要

2012年8月、ルーマニアの首都・ブカレストの郊外にある森で日本人女性の遺体が発見されました。遺体の身元は大学生の益野友利香さんのものと判明。

死因は首を締められたことによる絞殺と報じられ、遺体からは性的暴行の痕跡も見られたとされます。

益野友利香さんはなぜルーマニアに?

益野友利香さんは学生インターンとして、ボランティア目的でルーマニアに渡航していました。南部にあるクラヨバという町で日本語教師をするために、ルーマニアに渡ったといいます。

しかしルーマニアにやってきたその日に犯人の男に目をつけられて、殺害されてしまったのです。

事件当時・益野友利香さんは聖心女子大学の学生だった

事件が起きた当時、益野友利香さんはキリスト教系の大学である聖心女子大学に在籍していました。

益野友利香さんは高校も実家のある兵庫県宝塚市内にある小林聖心女子学院に通っており、大学進学と同時に上京したといいます。

益野友利香さんを殺害した犯人は?

益野友利香さんを襲ったのはニコラエ・ブラッドという当時26歳のルーマニア人男性でした。

ニコラエ・ブラッドはブカレストのギャング団に所属していたとの話もあり、素行の良くない人物だったといいます。

益野友利香さんが殺害されたルーマニア事件の詳細

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益野友利香さんがボランティアに訪れたルーマニアで殺害されたという事件が報じられた際、残酷な事件を悲しむ声が上がるのと同時に「なぜ怪しい人物について行ったのか?」と疑問視する人もいました。

ルーマニア事件はどのように起きたのか、時系列で詳細を説明していきます。

2012年8月・ルーマニアで日本人女性の遺体発見

2012年8月19日、ブカレストから北へ50kmほど行った森の中で、日本人女性の遺体が発見されたことをルーマニアのメディアが報じました。

遺体発見現場付近には幹線道路が通っているものの、両端を森に囲まれており夜間はもちろんのこと昼間も人気のない場所だといいます。

遺体は益野友利香さんのものと断定

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発見された遺体は所持品から益野友利香さんのものと断定。遺体発見現場から50mほど離れた場所に益野友利香さんのスーツケースが放置されていたことが身元を示す証拠となりました。

死因は絞殺・遺体には激しい損傷があった?

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益野友利香さんの死因は絞殺とされ、遺体には性的暴行を受けた痕跡もあったと報道されました。

またネットでは「被害者の遺体は動物に襲われたと見紛うほどの損傷があり、犯人は異常性癖(サディズム)の持ち主」との噂も流れましたが、この噂の出どころはYahoo!知恵袋の回答です。

正式に新聞やニュースサイトが報じた情報ではないため、信ぴょう性は低いと考えられます。

財布や金品も盗まれていた

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益野友利香さん殺害は暴行目的と見られましたが、所持品から財布、携帯電話、デジカメなどが無くなっていたことから、強盗目的でもあったとされます。

中でもデジカメは、益野友利香さん殺害後に犯人が転売していたことが明らかになっています。

犯人は空港で益野友利香さんに声を掛けていた

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犯人のニコラエ・ブラッドは、8月15日の夜に益野友利香さんがブカレストの空港に到着した際に、声を掛けていました。

空港の防犯カメラには、犯人とともにタクシーに乗り込む益野友利香さんの姿が記録されていました。

犯人は益野友利香さんを車に乗せて犯行現場へ移動

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ニコラエ・ブラッドは「タクシーを探すのを手伝おう」と言って益野友利香さんに接触しました。

そして益野さんがボランティアのために目指していたクラヨバとは、反対の方向にタクシーで向かったとされます。その後犯行現場となった森の付近でタクシーを降り、益野友利香さんを殺害したのです。

益野友利香さんの携帯を所持していたことで犯人逮捕

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犯人逮捕の決定打となったのは、ニコラエ・ブラッドが現場から盗まれた益野友利香さんの携帯電話を所持していたことでした。

その後、遺体に残されたDNAとニコラエ・ブラッドのDNAが一致、盗品のデジカメを転売していたことも明らかになり、逮捕されました。

なぜ益野友利香さんは事件に巻き込まれた?

益野友利香さんは事件前にTwitterでルーマニアの治安への不安を訴えていました。それなのに、なぜ見ず知らずの男についていってしまったのでしょうか。

ここではルーマニア事件は何故起きてしまったのか、そして現地ルーマニアでの事件の報道のされ方などを紹介していきます。

Twitterでルーマニアの治安を警戒していた益野友利香さん

益野友利香さんはTwitterで渡航した後の状況を随時つぶやいていました。そして8月15日の夜にルーマニアに到着し、そこから夜間に鉄道で3時間も移動することを不安だともつぶやいていたのです。

ルーマニアに到着後、1人で移動することを「最大の不安」と言っていた益野友利香さん。現地の危険性をよく理解していたと予想されます。

インターンを仲介した団体が急に予定を変更した?

益野友利香さんのルーマニアへのインターンを仲介していたのは、学生が運営するNPO法人・アイセックという団体でした。

事件直前の益野友利香さんのツイートから、突然事前に受けていた行程から変更が生じ、夜間に1人でブカレストを発たなかればいけなくなった可能性が示唆されています。

20時過ぎに1人で空港にいた益野友利香さん

益野友利香さんがブカレストの空港に到着したのは、8月15日の夜、20時過ぎでした。ここからクラヨバに行くには鉄道が出ている駅に行く必要があるのですが、駅は徒歩で行ける距離にはありません。

駅に行くには空港から出ているバスに乗る必要があるのですが、このバスは既に最終便が出た後で、空港に到着したものの益野友利香さんは立ち往生していたといいます。

インターンを仲介したアイセックに非難の声も

益野友利香さんにインターン先を紹介したアイセックに対して、何故もっと安全な行程を組まなかったのか、事前にどの程度説明をしていたのかといった非難の声が集まりました。

最悪、事件に巻き込まれる可能性もある危険な事業を、素人である学生が主体で行っていたことについても、疑問の声が多く寄せられたのです。

しかし、メディアの取材に対してもアイセックは説明を拒否。ルーマニア事件当時、どのような運営だったのかは明らかにされていません。

益野友利香さんの危機意識を疑問視する声も

またネットでは、益野友利香さんに対して「軽率だったのでは?」「不安だからといって、民間人についていくのはどうなのか」との声もあがりました。

ルーマニア、特にブカレストなどの都市部では窃盗やひったくりなどの犯罪が横行しており、そのような場所で見知らぬ相手に着いていくのは不用心すぎると指摘されたのです。

ルーマニアのメディアの反応は?

ルーマニア事件を受けて現地では、日本人の危機管理はどうなってるのか?と益野さんの意識の低さを指摘する報道がされました。

被害者女性は英語を学んでいるということだったが、常識は学んでいなかったのではないか

(引用:エキサイトニュース)

このような厳しい意見も報じられ、治安が悪いことを前提に自衛してもらわないと、日本との関係も悪化しかねないとまで現地メディアでは言われたのです。

ルーマニア事件の犯人のニコラエ・ブラッドとはどんな人物?

ルーマニア事件の犯人であるニコラエ・ブラッドは、益野友利香さんを殺害する前にもルーマニア人の女性2名を殺害していたといいます。

ニコラエ・ブラッドとはどのような人物で、現在はどうなっているのでしょうか?

益野友利香さん殺害が初犯ではなかった

ニコラエ・ブラッドはルーマニア事件の前にも、2人の女性を益野友利香さん同様に性的暴行、強盗のうえで殺害していました。また他にも暴行や住居侵入等の前科もあったのです。

  • 2011年2月 強盗・性的暴行未遂
  • 2012年2月 強盗・性的暴行(被害者は85歳の女性)
  • 2012年3月 強盗殺人・性的暴行
  • 2012年4月 住居侵入・性的暴行
  • 2012年8月6日 強盗殺人・性的暴行(被害者は73歳女性)

益野友利香さんを殺害する以前に、判明しているだけでこれだけの犯罪をニコラエ・ブラッドは起こしていました。

2013年には終身刑が言い渡された

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ルーマニア事件の翌年、2013年3月7にニコラエ・ブラッドを終身刑にするという判決が下されました。ルーマニアでは死刑が廃止されているため、終身刑が最も重い刑罰です。

ルーマニア事件のその後

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ルーマニア事件の後、益野友利香さんの遺体は遺族とともに日本に帰国。その後、葬儀も行われました。

ここでは姉の死についての情報提供を求める益野友利香さんの弟の声をアイセックが無視する、心霊写真の噂が流れるなど、事件後に起きた様々な事柄を紹介していきます。

葬儀後・ルーマニアからも日本からも弔慰金はなかった

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現在、海外で殺害された被害者に対しては葬儀後に国から弔慰金が支払われます。しかし、この制度ができたのは2016年のため、2012年に殺害された益野友利香さんには適用されませんでした。

またルーマニアにも外国籍の人物が自国民に殺害された場合に補償金が支払われる制度がありますが、この制度は旅行者には適用されません。

益野友利香さんはボランティアでルーマニアに渡航しましたが、ビザが旅行者のものであったため、ルーマニアの補償制度からも抜け落ちてしまったとのことです。

益野友利香さんの通った高校の受験者数が減った?

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ルーマニア事件が起きて以降、益野友利香さんの母校である小林聖心女子学院高校は人気が落ち、受験生が減ったと言われています。

またネットでは益野友利香さんの写真が可愛い、高校生時代から美人だったと話題になりました。

益野友利香さんの弟の訴えをアイセックが無視

益野友利香さんの弟は、姉と連絡が取れなくなってすぐに「益野友利香の弟です、姉と連絡が取れている方はいますか?」とTwitterで呼びかけを行っていました。

弟さんはルーマニア国内のボランティアスタッフにも益野友利香さんの消息を聞いており、アイセックと話がしたいとも訴えていました。

しかし、アイセックは益野友利香さんの弟さんの訴えを無視したばかりか、助けを求められたスタッフは自分のSNSのアカウントごと削除したのです。

事件が起きたルーマニアの心霊写真も話題に

益野友利香さんが殺害されたブカレスト郊外の森では、心霊写真が撮れるという噂もネットでは流れました。

どのような写真が撮れるのかは不明ですが、一説には上のロシア国内で目撃された人体樹のようなものが生えてきているという話もあります。

この人体樹はロシアで第二次世界大戦時にポーランド人虐殺があって以降、急に生えてきたものだとされます。益野友利香さんが殺された場所にも、似たものが生えていると囁かれているのです。

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