【画像】岩下志麻の若い頃が美人すぎ!極妻時代は?昔の出演作品や生い立ちも! エンタメ

【画像】岩下志麻の若い頃が美人すぎ!極妻時代は?昔の出演作品や生い立ちも!

女優の岩下志麻さんの若い頃についてご存知ですか?とても美しく、今と変わらずカッコ良くて素敵な女優さんでした。今回は岩下志麻さんの昔の画像や、生い立ち、父親や兄弟など家族について、学歴、極道の妻たちなどの出演作をまとめていきます。

目次

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岩下志麻の若い頃!プロフィールや生い立ちは?

まずは岩下志麻さんのプロフィールと生い立ちを見ていきましょう。どこで生まれ、どんな両親・兄弟をもち、どんな若い頃を過ごしていたのでしょうか?

岩下志麻の生年月日・現在の年齢は?

岩下志麻さんの生年月日は1941年1月3日。現在の年齢は79歳です。

岩下志麻の出身地は?

出身地は東京府東京市京橋区、現在の東京都中央区銀座に当たります。住んでいたのは吉祥寺の前進座住宅近くだったそうです。

岩下志麻の父は俳優・野々村潔!兄弟は?親戚は俳優だらけ!

岩下志麻さんの生まれた家庭は役者一家。まず父は俳優の野々村潔さん、母は元女優の山岸美代子さん、叔母は元前進座という歌舞伎劇団に所属する河原崎しづ江さんでした。

さらに岩下志麻さんには兄弟もおり、弟さんも俳優をしていました。名前は岩下亮さん。九州で障害児施設を作られた山本三郎さんの実話に基づく映画「しいのみ学園」などに出演されていたようです。

岩下志麻の学歴は?

Wokandapix / Pixabay

岩下志麻さんの学歴は次の通りです。大学は中退しているので、最終学歴は高卒ということになりますね。

  • 武蔵野市立第三小学校
  • 武蔵野市立第三中学校
  • 東京都立武蔵高等学校から明星学園高等学校へ編入
  • 成城大学文芸学部中退(1962年)

岩下志麻は精神科医を目指していた?

Eligrek243 / Pixabay

岩下志麻さんは高校生までの間、精神科医を目指していたそうです。

近所に精神的な病を抱える人がいて、からかわれていたのを見たんです。なんとか助けたい、力になりたいと思ったのがきっかけです。

(引用:AERA dot.)

本気で精神科医を目指していたものの、高校2年で体を壊してしまったそうです。

原因不明の熱が出て、「小児リウマチ熱」だということがわかり薬で治ったものの、猛勉強していた最中学校を1年留年してしまいます。

岩下志麻は夢を諦め17歳で女優デビュー!?

小児リウマチにかかり留年、「今までやっていたことは、なんだったんだろう」と思うようになったそうです。

そんな17歳のころ、父・野々村潔の知り合いのプロデューサーがドラマ「バス通り裏」に誘ってくれたことで彼女の人生は変わります。

「バス通り裏」に出演後、その演技は様々な人の目に止まりました。その結果1960年「笛吹川」に出演し映画デビュー。本格的な女優への道を歩み出したのでした。

【画像集】岩下志麻の若い頃が可愛い!

岩下志麻さんの若い頃の画像、ここまでも少しだけご覧になっていただきましたが、やはり彼女の美貌は若い頃からちっとも変わっていません。ということで、ここでは岩下志麻さんの昔の画像をまとめます。

動画「昭和の美人女優を今っぽくしてみました」の岩下志麻が可愛い!

こちらの動画は現在年齢を重ねた大女優さんたちの、”若い頃の画像をカラーにして現代風のメイクや髪型にしてみた”という動画です。その中に岩下志麻さんの画像もあります。

動画の49秒あたりをご覧になってみてください。今っぽくした岩下志麻さんはなんだか堀北真希さんのように見えますね。清純度がかなり高いです。

岩下志麻の若い頃が野際陽子に似てる?May.Jや優木まおみにも?

岩下志麻さんの若い頃が野際陽子さんに似ていると言われています。この上の画像は野際陽子さんなのですが、どうでしょうか?下の画像もご覧ください。

こちら若干似ているような気がしますね。どちらかというと野際陽子さんの方が大人っぽいイメージかもしれません。

さらに、若い頃の岩下志麻さんがモデルでタレントの優木まおみさん、歌手のMay.jさんに似ているとも言われています。こちら確かに似ているような気がしませんが?

岩下志麻は実は天然?若い頃の天然エピソードとは?

岩下志麻さんは「極道の妻たち」に出演したことからか、しっかりとした強い女性というイメージが強いです。しかし、実際のところ若い頃から天然だったことが発覚しました。

ある時、タクシーを止めようとしたところ、パトカーを止めてしまったというエピソードがあります。まずどうやったらパトカーを止められるのか気になりますね。

他にも、見覚えがあると思って相手に挨拶をしたら自分の父親だった、など若干ぽやんとしているところがあるのかもしれない、と感じ取れるエピソードが多くありました。

岩下志麻の昔の出演作品は?

ではここから岩下志麻さんの昔の出演作品をご紹介します。まずはあの代表作から!

岩下志麻といえばこれ!代表作『極道の妻たち』(1986年〜98年)

  • 1986年「極道の妻たち」
  • 1990年「極道の妻たち 最後の戦い」
  • 1991年「新極道の妻たち」
  • 1993年「新極道の妻たち 覚悟しいや」
  • 1994年「新極道の妻たち 惚れたら地獄」
  • 1995年「極道の妻たち 赫い絆」
  • 1996年「極道の妻たち 危険な賭け」
  • 1998年「極道の妻たち 決着(けじめ)」

岩下志麻さんの代表出演作といえばまさにこれ!『極道の妻たち』です。このシリーズは1986年から1998年のうちに10本も映画が作られ、そのうちの8本に岩下志麻さんが出演しています。

それまでは清純派女優だった岩下志麻さんですが、圧倒的な存在感を見せつけました。極妻撮影までは非喫煙者であったにもかかわらず、役作りのためにタバコをはじめ以来チェーンスモーカーになったほど。

極妻全ての撮影が終了した5年後にはタバコをやめて、現在は再び非喫煙者となっているとのことですが、徹底的な役作りを行っていました。

くわえたばこで足を組み、ブランデーをあおり、「あほんだら、撃てるもんなら撃ってみい!」と啖呵を切る。背中に刺青、懐にはピストル。どこから見ても筋金入りの極道一家の姐さんだった。

(引用:ウィキペディア)

この映画でそれまで任侠映画は”男性が見るもの”とされてきましたが、岩下志麻さんのかっこよさに惚れ、多くの女性層にも指示されました。

1962年ヒロインに抜擢!『秋刀魚の味』(1962年)

小津安二郎監督の遺作となった1962年の映画、『秋刀魚の味』ではヒロインに抜擢されました。小津安二郎監督からは1960年『秋日和』出演以降その才能を見出されており、

「岩下志麻は10年に1人の逸材だから大切に育てるように」と松竹のスタッフに語り継いでいたとのことです。岩下さんが撮影の時の様子をのちに語っています。

小津先生は自然体がお好きで、役者のくせやテクニックを嫌います。だから自然にできるまで、何度もテストなさるんです。50回、100回のテストはざらでした。

(引用:AERA dot.)

特に苦労したのは失恋したときのシーンで「巻き尺を右に2回、左に2回半、また右に2回で、パラッと落として、ぼんやりしてください」と言われたそう。

これができないの。頭で数えちゃってるんでしょうね。どこが悪いのか先生もおっしゃってくださらない。情けなくなりました。

(引用:AERA dot.)

その後2人で食事へ行った時「人は悲しいときに悲しい表情をするんじゃない。喜怒哀楽はそんなに単純じゃないんだ」と教えられたと言います。

岩下志麻さんの役者人生において、大きな財産になったことに間違いないでしょう。

報知映画賞主演女優賞を獲得!『はなれ瞽女おりん』(1977年)

1977年の作品『はなれ瞽女おりん』では報知映画賞主演女優賞を獲得しています。監督は旦那でもある篠田正浩が努めました。

さらにこの作品では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞も受賞しています。

大河にも出演!『葵 徳川三代』(2000年)

岩下志麻さんは大河ドラマにも出演しています。2000年の大河ドラマ『葵 徳川三代』ではお江役を演じました。その凛とした姿が印象深いですね。

岩下志麻は旦那とおしどり夫婦!いつ結婚?旦那は誰?

岩下志麻さんと旦那さんについてまとめていきます。結婚した旦那さんはどんな人物で、どんな馴れ初めだったのでしょうか?

岩下志麻の旦那は映画監督・篠田正浩!

岩下志麻さんは1967年に映画監督の篠田正浩監督と結婚しました。当時は結婚=引退という道が当たり前の時代だったため、反対の声も多かったそうです。

しかし岩下さん自身は女優をやめる気はサラサラなく、旦那の篠田監督も「結婚で、女優としてプラスαの魅力をつけてほしい」とおっしゃていたそうです。

さらに、家事について旦那・篠田監督は岩下さんにこう伝えたそうです。「僕は『女優・岩下志麻』を奥さんにもらったのだから、君は家事・育児を一切やらなくていい。」

篠田は私たち夫婦に「戦友」という言葉を使うけれど、目標を同じくして2人で歩んでいく感じです。

(引用:AERA dot.)

家事は一切やらないことを決め、2人でプロダクションを立ち上げまさに夫婦であり戦友という関係性になった2人は、結婚後も様々な作品を作り続けています。

2人の馴れ初めは?

5688709 / Pixabay

そんなお二人の馴れ初めは、岩下志麻さん19歳の頃。「乾いた湖」という作品のオーディションが神楽坂の旅館で行われた時、初めて出会いました。当時篠田監督に出会った時の印象は次のようなものでした。

 篠田はね、派手な格好をしていたんです。本人は否定するんですけど、ショッキングピンクのショートパンツに金のペンダントで、私は「こんなに若い監督さんもいるんだ!」とびっくりした記憶があります。

(引用:AERA dot.)

最初からインパクトのある方だったようです。関係が発展したのは1964年の『暗殺』という作品の撮影中、たまたま2人で食事に行くことになった時からでした。

そしてこの映画の打ち上げが赤坂のナイトクラブで行われた時、当時はやっていたダンスのマンボを篠田監督と2人で踊ったそうです。その時「ああ、私この人と結婚するな」と思ったとのこと。

そして「私、監督と結婚するような気がします」と口に出したそうです。それには監督もびっくり思わずダンスを止めてしまったと言います。

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