小泉純一郎の家系図が豪華!祖父や父は?親戚にはあの一族も!? エンタメ

小泉純一郎の家系図が豪華!祖父や父は?親戚にはあの一族も!?

小泉純一郎さんと言えば第87・88・89代の総理大臣を勤めています。政治家系であることは知られていますが、小泉純一郎さんの家系図をご覧になったことはありますか?息子は孝太郎さんや進次郎さんだけでなく三男もいます。父・祖父・姉など兄弟や家族についてもまとめます。

目次

[表示]

小泉純一郎の家系図が凄すぎ!4代続けて大臣?石原家と親戚?

元総理大臣である小泉純一郎さんには芸能人である息子・孝太郎さんと政治家である息子・進次郎さんがいらっしゃいます。

そして小泉純一郎さん自身も政治家の息子です。ということで、政治家の家系である小泉純一郎さんの家族、親族について家系図とともに見ていきます。家族・親族にはどんな人物がいるのでしょうか?

また小泉純一郎さんのルーツは?曽祖父の代まで振り返ってみましょう。まずは小泉純一郎さんの家系図の画像をご覧ください。

【画像】小泉家の家系図

こちらが小泉純一郎さんの家系図です。名前の下には、職業が赤色で記されています。ざっとみただけでも政治関係の職に就いている人物が8人以上います。

小泉純一郎は祖父の代から息子までが大臣!

家系図を見ていただくとわかるように、小泉純一郎さんは祖父から息子の4代にわたり大臣に任命されています。

  • 祖父・小泉又次郎:逓信(てんしん)大臣
  • 父・小泉純也:防衛庁長官
  • 小泉純一郎:厚生大臣、郵政大臣、農林水産大臣、総理大臣
  • 次男・小泉進次郎:環境大臣、内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)

このように、大臣を務めており、特に小泉純一郎さんは総理大臣にまで上り詰めた人物です。息子の小泉進次郎さんは2019年に史上最年少で閣僚入り、今後を期待されています。

小泉純一郎と石原良純は親戚!

小泉純一郎さんの家系図を見ると、気になる部分がありますよね?見てわかるように、実はあの石原家と親戚関係にあるのです。

小泉純一郎さんの弟である正也さんの妻が、石原慎太郎さんの妻といとこ同士。血縁関係はないですしかなり遠いですが、親戚関係であることは確かです。

ということは石原良純さんと小泉家は親戚ということになるのですね。ただ、親戚関係ではありますが、特に大きな関わり合いがあるわけではないようです。

『石原父子にとって、総理になることは、政治家としての夢。親戚のよしみで、なんとか進次郎議員に、伸晃の当選のために協力してくれませんか』

(引用:PIKARINE)

以前、自民党の石原伸晃幹事長の母・典子さんから、小泉純一郎さんの姉・信子さんにこのような内容の電話があったと言います。

しかし、「親戚は関係ない」と進次郎さん自身がキッパリとお断りを入れたのだそうです。

いくら親戚関係であるとは言え、かなり遠い親戚ですし血縁関係もないため、深い関わりがないのも当然と言えば当然かもしれません。

小泉純一郎の家族構成!兄弟は秘書?息子たちは?妻との離婚理由は?

小泉純一郎さんの家系図をご覧になっていただいたところで、小泉家の家族構成とそれぞれどんな人物なのかをまとめていきます。

ここでは小泉家のルーツにも触れていきます。下記の家系図を見ながら、確かめてみましょう。

①小泉純一郎

  • 名前:小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう)
  • 生年月日:1942年1月8日
  • 年齢:78歳
  • 出生地:神奈川県横須賀市
  • 出身校:慶應義塾大学経済学部卒業
  • 前職:衆議院議員福田赳夫秘書
  • 所属政党:自由民主党(清和政策研究会→無派閥)
  • 出身大学:慶應義塾大学(経済学士)
  • 配偶者:小泉佳代子(1978 – 1982)

小泉純一郎さんは1942年1月8日、神奈川県横須賀市出身です。父・小泉純也と母・芳江の間に5人兄弟三番目、長男として誕生しました。戦後のころは祖父の又次郎と父の純也は公職追放にあった関係で、

小泉家は経済状態が特に恵まれているわけではありませんでした。貧しいため夕飯は芋の煮っ転がしのみという中、父が釣ってきた魚やうなぎを純一郎さんは喜んで食べていたそうです。

慶應義塾大学経済学部を卒業後イギリスのロンドン大学へ留学、1969年8月に父が急死したため緊急帰国、同じ年の12月には父の跡を継ぐために弔い選挙に自由民主党公認で立候補しました。

Couleur / Pixabay

この選挙では10万3000票余りを獲得、しかし4000票差で落選しました。その後は福田赳夫の秘書を務め、1972年12月の選挙で初当選。

1988年竹下改造内閣で厚生大臣として初入閣、郵政大臣などを務めたのち、2001の総裁選で圧勝。代87・88・89の総理大臣を歴任、小泉旋風を巻き起こしました。

小泉元総理として行なった政策で代表的なのは「郵政民営化」、外交で有名なのは「北朝鮮拉致被害者帰国」と言えるでしょう。

②元嫁・宮本佳代子

小泉純一郎さんの元嫁は、宮本佳代子さんという方です。彼女はエスエス製薬元会長泰道照山の孫で、反対されながらも1978年(昭和53年)にお見合い結婚しています。

宮本佳代子さんとの間には、長男・孝太郎、次男・進次郎、三男・宮本佳長さんが生まれています。

小泉純一郎さんと宮本佳代子さんは約5年の結婚生活の末に離婚、離婚したときは三男の佳長さんはまだ誕生しておらず、身重(妊娠6ヶ月)の状態での離婚となりました。

ernestoeslava / Pixabay

離婚後は鎌倉へ帰り三男を出産。純一郎さんからは養育費などを「ビタ一文払わないからな」と言われたそうで、未経験ながらも不動産業界に飛び込んでいき、猛勉強しながら仕事と子育てをしていたのです。

離婚原因は小泉家を牛耳っていたとされる、純一郎さんの姉・道子さんと信子さんの存在があったと言われています。

政治家の家族として厳しい世界に生きてきた姉たちの中に、馴染めなかった、居場所がなかったのではと考えられています。

③長男・小泉孝太郎

小泉孝太郎さんと言えば、様々なドラマに出演する人気俳優です。バラエティにも出演し、タレントとしの一面もある才能溢れた方ですね。

  • 本名:小泉 孝太郎(こいずみ こうたろう)
  • 生年月日:1978年7月10日
  • 年齢:41歳
  • 出身地:神奈川県横須賀市
  • 身長:177 cm
  • 血液型:AB型

小泉孝太郎さんは高校時代甲子園を目指していましたが、ベンチ入りできず野球の道は断念。父から政治の道は反対されており、「他の道を探せ」と言われていたことから俳優の道を志しました。

2000年に、遠い親戚でもある石原軍団の「21世紀の石原裕次郎を捜せ」オーディションに応募しているのですが、身長が180cmに満たなかったために二次審査で落選しています。

しかし翌年、父が総理大臣になったことで芸能界から声がかかり、事務所の先輩いかりや長介さんに師事。CMの仕事が一気に増え2002年に俳優デビューしました。

現在は『ハケンの品格 第2シーズン』に出演中、俳優として様々な作品に出演しています。

④次男・小泉進次郎

小泉純一郎さんの次男である小泉進次郎さんは、自由民主党所属(無派閥)で環境大臣、内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)を務める政治家です。

  • 名前:小泉進次郎(こいずみ しんじろう)
  • 生年月日:1981年4月14日
  • 年齢:39歳
  • 出生地:神奈川県横須賀市
  • 出身校:関東学院大学経済学部経営学科、コロンビア大学大学院修士課程
  • 現職:環境大臣、内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)
  • 配偶者:滝川クリステル

現在39歳という若さで閣僚に入閣しており、実力を見極められている段階と言えるでしょう。

生まれて間もない頃に両親が離婚、進次郎さんの母代わりは父の姉・道子さんで、道子さんのことを母だと信じ「ママ」と呼んでいました。進次郎さんが事実を知ったのは中学2年の時だったそうです。

進次郎氏は1歳の時に父・純一郎氏が離婚し、母親代わりの道子さんに育てられた。幼少時には道子さんを「ママ」と呼んでいたことは本人が認めるところだ。それだけではない。純一郎氏の国会事務所の「金庫番」は三姉・信子さんであったことも周知の通り。2人の姉に頭が上がらない関係であったのだ。

(引用:講談社)

進次郎の嫁・滝川クリステル

2019年8月7日、フリーアナウンサーである滝川クリステルさんと結婚予定であり、滝川さんが妊娠中であることを公表しました。

翌日の8日に婚姻届を提出、2020年1月17日には第1子の男の子が誕生しています。長男は「道之助」と命名されたそうです。

兄の孝太郎さんもお二人の結婚を祝福、カメラの前でコメントをしています。

⑤三男・宮本佳長

SnapwireSnaps / Pixabay

小泉純一郎さんの三男である宮本佳長さんは、現在37歳。母に引き取られているため、苗字は宮本となっています。現在は母と同じ会社三井不動産に勤めている、という情報があります。

成長してから父に会いたがっていたとのことですが、「血は繋がっているが親子関係はない」と拒否されたことから長年会っていませんでした。逆に孝太郎さんと進次郎さんが母に会えることもありませんでした。

しかし、純一郎さんの政界引退後、進次郎さんが宮本佳長さんに連絡を取り食事会が実現、生後初めて顔を合わすことになったのです。

⑥姉・小泉道子

小泉純一郎さんの兄弟、一番上の姉・小泉道子さんは、孝太郎さんと進次郎さんの母親がわりでした。

進次郎さんがずっと本当の母だと信じ切っていたことに対し、「いつか本当のことを言わなければならない。言いそびれていた」と純一郎さんは明かしています。

道子さんは2016年84歳で亡くなっており、家族に寂しい思いをさせまいと必死に家族のために尽くした人生でした。

⑦姉・小泉信子

小泉純一郎さんの兄弟で三番目の姉・信子さんは、父・純也さんが防衛庁長官を歴任していたときに、秘書を務めていました。

さらに純一郎さんの秘書も30年務めたことで『影の総理』とも呼ばれた人物でした。進次郎さんが政治の世界へ進むときに政治のいろはを叩き込んだのも、彼女だと言われています。

⑧父・小泉純也

  • 生年月日 1904年1月24日(没年月日:1969年8月10日65歳没)
  • 出生地:鹿児島県川辺郡東加世田村(加世田市、現南さつま市)
  • 出身校:日本大学法学部
  • 配偶者:妻・小泉芳江

小泉純一郎さんの父・小泉純也さんは、鹿児島県川辺郡東加世田村大字小湊小松原地区で漁業を営む鮫島家に生まれました。

立憲民政党の職員として働いていたときに、小泉又次郎さんの娘である芳江さんと知り合っており、又次郎さんのところへ出入りしている間に恋に落ちて結婚を意識するようになりました。

しかし又次郎さんからは結婚を反対されており、2人は駆け落ちし青山の同潤会アパートで同棲開始したそうです。しかし、”純也が代議士になれたら認めてやる”という理由で又次郎さんに呼び戻され婿入りしています。

⑨母・小泉芳江

小泉純一郎さんの母は小泉芳江さんといい、神奈川県横須賀市出身です。

  • 名前:小泉 芳江(こいずみ よしえ)
  • 1907年生まれ
  • 没年:2001年10月30日(享年93〜94歳)

父は小泉又次郎さんで、母は石川ハツさん。又次郎さんと正妻ナオさんとの間には子どもがなかったので、石川ハツさんが芳江さんを出産しています。

芳江さんは、1929年(昭和4年)日本女子大学の家政学科を卒業したのち、鮫島純也さんと出会い、結婚。駆け落ちをしたものの呼び戻され、純一郎さん含む5人の子供を出産しています。

⑩祖父・小泉又次郎

祖父の小泉又次郎さんは、1865年6月10日、武蔵国久良岐郡六浦荘寺分村大道(現在の神奈川県横浜市金沢区大道2丁目)に生まれました。

祖父の父で純一郎さんの曽祖父にあたる・由兵衛さんは鳶職人でしたが、のちに横須賀に移って鳶職の仕事だけでなく、海軍に労働者を送り込む軍港随一の請負師になっています。

一方又次郎さんは鳶職を継ぐのが嫌だったため、家を飛び出し海軍士官予備学校の旧制攻玉社中学校に入学。しかし父に連れ戻され教師になるもまた家出、兄の死をきっかけに家業を継いでいます。

請負師としてゴロツキたちをまとめなければならない立場だったため、威厳や強さを見せつけるために刺青を入れています。後に「いれずみ大臣」「いれずみの又さん」と呼ばれたのは、この時があったからなのです。

1887年(明治20年)には立憲改進党に入党しており、政治家の道へと突き進み始めます。1889年には党員として活動しながらも、東京横浜毎日新聞の記者にもなっています。

政治家としては横須賀市長、逓信大臣、衆議院副議長などを歴任しています。

小泉純一郎の現在は?

ここからは小泉純一郎さんの現在をまとめていきます。政界引退後はどのように暮らしているのでしょうか?

反原発・脱原発の呼びかけ

総理時代は原発推進派だった小泉純一郎さんですが、政界引退後東日本大震災が起こった後の夏頃には脱原発を主張するようになりました。

2013年からは講演会等でも脱原発を強く主張しており、メディアにも多く取り上げられています。

元芸者と余生を過ごす?

政界引退後、2017年にはかねてから噂のあった赤坂の元芸者の女性と一緒に、デートしているところをスクープされています。

小泉純一郎さんが大ファンである、X JAPANのドキュメンタリー映画を観にいっていたそうです。お二人は、小泉さんが元奥さんと離婚直後から関係が続いていました。

しかし、政界で生きる小泉さんの邪魔にならないよう身を引いた時期もあったと言います。しかし、現在は2人で余生を大切に生きているようです。

進次郎の結婚にコメント

息子の小泉進次郎さんが結婚したことに対し、直撃の取材に小泉純一郎さんが答えています。

小泉さんは記者の質問に対し「いい人見つかって良かったね」「(初孫誕生を前に)楽しみだね」とおっしゃっていました。

小泉純一郎の息子たちの活躍に注目!

小泉純一郎さんの家系図とともに、家族構成や親戚関係を中心にまとめてきました。政治家の家系ということでとてつもなく豪華な人たちが勢揃いではありましたが、ルーツは意外なものでしたね。

小泉純一郎さんはすでに政界を引退しているため、なかなか顔を見る機会はないでしょうが、今後は息子さんたちの活躍に期待しましょう!