佐村河内守の今現在は?妻と引っ越し?ゴーストライター会見後の活動について エンタメ

佐村河内守の今現在は?妻と引っ越し?ゴーストライター会見後の活動について

代作騒動で話題となった佐村河内守の今現在が噂になりました。騒動後に目撃され写真画像もありましたが、今現在は引きこもって妻が働き生活しているという情報があります。そのほかゴーストライター会見や佐村河内守の本名、耳の障害について調査しました。

目次

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佐村河内守の今現在は?自宅売却で行方不明に!【画像アリ】

佐村河内守は騒動後に目撃されており、ネット上に写真画像が投稿されていました。そして今現在、自宅が差し押さえられて売却していることがわかっています。

騒動後に電車で目撃!ネット上で話題に!

2014年2月、佐村河内守の代作騒動が世間を騒がせました。それから約2ヶ月後、電車内で佐村河内守が目撃されています。

ネット上に目撃情報と写真画像が投稿されたのですが、耳が聞こえないという話だったのにも関わらず名前を呼んだらこっちを見てきたと投稿者はコメントしていました。

耳が聞こえない人は危ないから電車内のような混雑している場所は行かないはずだ、と指摘されています。

ドキュメンタリー映画「FAKE」に出演!

2016年10月14日、映画「FAKE」が公開されました。ドキュメンタリー映画で佐村河内守が出演、自宅で撮影が行われています。

トークショーでは監督を務めた森達也に対し、耳が聞こえていると思う瞬間はあったかどうかという質問を観客がしていました。

監督はその問いに「あった」と答えています。しかし、音は曲がって聞こえているのだと説明していました。

「まず彼の場合は感音性難聴だから、音は聞こえているけど曲がって聞こえている。聞こえる音と聞こえない音があり、口の形である程度わかるわけです。でも初めて会う人はほとんどわからず、奥さんはだいぶわかるそう。体調によっても彼の耳は違う」

(引用:映画.com)

楽曲の権利は佐村河内守へ譲渡!

自身がゴーストライターであると会見で告白し注目を浴びた新垣隆でしたが、作曲した時にはちゃんとお金をもらっていたといいます。

そのため楽曲の権利は佐村河内守に譲渡していると言われており、一躍有名となった楽曲「交響曲第1番 HIROSHIMA」を始めクラッシックの楽曲は財産権を手放していると新垣隆の弟が明かしていました。

それに加えて争っているわけではないがあくまでも佐村河内守は「共作だった」と主張している。しかし作曲自体は弟の新垣隆が行ったのだと語っていました。

2016年JASRACに対して使用料の支払いを求める

2016年10月、佐村河内守は日本音楽著作権協会(JASRAC)を提訴しました。JASRACは佐村河内守が作曲者ではなく、新垣隆だったことから権利不明として契約を解除していたのです。

けれど新垣隆は権利を佐村河内守に譲渡することになりました。よって佐村河内守に権利があることとなったのですが、楽曲の使用料が支払われていなかったのです。

2017年の3月にはJASRAC側が784万2844円の著作権料の支払いを行うとして和解しました。

レスラーの「ザ・グレート・サスケ」入場曲を作曲

2018年12月、プロレスラーの「ザ・グレート・サスケ」が新入場曲で登場しました。この新入場曲は佐村河内守が作曲したものであることを告白しています。

えっと、これ勝ったんだよね?新入場曲、佐村河内守さん、ゴーストライター無しで、ご自身が作曲して、そして演奏もして、レコーディングしてくださいました。映画『FAKE』に続く復讐劇第二弾ですね!まだまだ奥様と2人手を取り合って頑張って行きています!どうか応援してください!

(引用:バトルニュース)

引きこもっていた?表に出たくないと発言!

2018年に12月、佐村河内守は週刊新潮のインタビューに答えていました。

2014年2月の代作騒動から転落人生となった佐村河内守のその後について聞かれているのです。

佐村河内守は騒動後、家にずっとこもっていたと語り、民放を見ようとすれば自身が映っているし、ヴァイオリンが映っているのも嫌だったと明かします。

心臓がバクバクすることもあったと話し、妻も同じような状態だったことがあることを告白しました。

映画「FAKE」には登場したものの、以降作曲を依頼されていたものも佐村河内守だという理由でなくなってしまったといいます。

フジテレビからは「地獄から復帰した人」という番組に出演しないかという話もあったけれど、反省すべき時期だったため出演はしなかったと話しています。

また、今後は表に登場することなく地下で作曲活動を続けたい。もう二度とごめんだとも語っていました。

今現在仕事はしていない?妻が花屋で働き生活を支えている

2018年の時点では、自宅を訪ねられても誰も出ることはなかったそうです。

佐村河内守夫婦の友人だという人物は、今現在、佐村河内守は仕事をしに出ていく状況ではなく、妻が花屋で働き生活をしていると話していました。

2019年に自宅を差し押さえられ売却!今現在は行方不明?

2019年に佐村河内守が住んでいたマンションを再び訪ねていますが、すでに佐村河内守はいなかったといいます。

2018年に自宅を差し押さえられており、2019年の2月に自宅は売却されていたことが判明。すでに引っ越しており、今現在は行方不明となっていました。

ゴーストライター・新垣隆の今現在は作曲家として活躍!

ゴーストライター会見で話題になった新垣隆はその後様々な番組に出演しました。そして今現在は作曲家として活躍しています。

バラエティ番組に出演!ゲス川谷とバンドも組んでいる

ゴーストライター会見で話題となったもう一人の人物、新垣隆はその後バラエティ番組に多数出演することになりました。

そういった場で代作騒動についても語っており、ゲス不倫で注目を集めた川谷絵音とはテレビ番組がきっかけでバンドを結成。メンバーとして活躍します。

今現在は人気作曲家として活動!コンサートも開催!

そうして新垣隆は人気作曲家及びピアニストとして活躍しました。月に3回ほどコンサートがあり、年間にすると30回程度こなしていることになります。

年間の作曲数は20曲ぐらいになることもあるといい、CDも発売中です。そして、佐村河内守とは連絡をとれておらず音信不通だと明かしていました。

映画「蝶の眠り」で音楽を担当!

代作騒動後は多忙な毎日を送っているようで、2017年公開映画「蝶の眠り」では音楽も担当しました。

現在も話題!佐村河内守の代作騒動とは?【画像アリ】

現在でも話題になっている佐村河内守は、代作騒動で大きな注目を集めました。新垣隆が自身がゴーストライターだと暴露したことで、佐村河内守の嘘が指摘されるようになったのです。

「交響曲第1番 HIROSHIMA」が大ヒット!

聴覚障害がありながら作曲家として活躍する佐村河内守は現代のベートーベンとも呼ばれていました。

楽曲「交響曲第1番 HIROSHIMA」が累計出荷数18万枚を突破。クラッシック界では異例の大ヒットでした。

作曲家・新垣隆が会見!ゴーストライターを告白

2014年2月、世間を騒がせた代作騒動が起こります。作曲家・新垣隆が自身がゴーストライターであることを会見で告白したのです。

そして、佐村河内守の耳が聞こえないというのは嘘であることも告白しました。聞こえていないと感じたことがない、と発言したのです。

新垣隆は18年間ゴーストライターをやってきて、総額700万円前後を受け取っていたといいます。最初は軽い気持ちで作曲していたと話しました。

佐村河内守を通じてだけれど、自身が作曲した作品が世に受け入れられるのが嬉しかったと告白。しかし佐村河内守の知名度が上がるにつれて、不安になっていたといいます。

そうして音楽で世間を欺くのは嫌だと思い、ゴーストライターだったことを暴露したのでした。

耳が聞こえないのは嘘だった?障碍者手帳は本物?

佐村河内守の耳が聞こえないというのは嘘だったと話題になりました。けれど最初は本当に障害者手帳を持っていたと代理人が証言しています。

佐村河内守の代理人は、佐村河内守は聴覚障害2級の手帳を持っており、新垣隆の話は唇の動きでわかっていたとし、新垣隆の暴露を否定していたのです。

聴覚障害2級とは、『両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB(デシベル)以上のもの』のことを指し、ガードの真下で電車が走り抜ける音がようやく感じられる程度の等級に相当しますが、正直、全ろうを装って医師を欺くのは相当難しいと思いますよ。

(引用:日刊SPA!)

医師が患者の意向に沿うように診断書を書いた可能性がある、とも指摘されており、詐病だと噂になったこともありました。

詐病での障害者手帳取得は現実に行われており、聴覚障害は特に程度がわかりにくいのだといいます。

なお、手帳を交付した横浜市が再検査を実施。結果中度の感音性難聴であると診断されており、障害者手帳を交付するレベルではないことが判明しました。

佐村河内守は嘘がばれて損害賠償を請求される

耳が聞こえないというのはまったくの嘘ではないものの、予想されていたものとは程度が異なりました。

そして、作曲していたとする楽曲もゴーストライターがいたことがわかり、佐村河内守は嘘つきだと世間から認識されるようになります。

この一連の騒動で、全国ツアー予定があった大阪市にある企画会社は佐村河内守に対して約6100万円の損害賠償を求めています。

2017年には判決が下り、佐村河内守は約4200万円を支払うことになりました。

権利関係が問題に?著作権は佐村河内守にある?

これまで支払われていた印税は、代作騒動後に凍結されています。会見で新垣隆は著作権を放棄したいとしていましたが、佐村河内守は設計図を書き、その通りに作曲されていると主張しました。

新垣隆が作曲したものを佐村河内守に譲渡する。譲渡された場合の対価を払う。佐村河内守の名前で世間に楽曲を発表し著作者の人格権は行使しない。

以上の合意があった場合、ゴーストライティング契約が合意がされていたと考えられ、著作権は佐村河内守にあるものといいます。

佐村河内守の今現在までの活動は?経歴を紹介!

佐村河内守は今現在に至るまで音楽と関わってきた人生でした。虚言癖を問題視されデビューできなかった過去もあったのです。

1963年誕生!大部屋役者をしていた

佐村河内守は1963年、9月21日に広島で生まれました。高校を卒業したのちに京都・太秦の撮影所で大部屋役者として活動していた時期もあります。

その後役者として生活し悪役商会に加入すると言い東京に行きます。

妻と結婚!虚言癖でデビューできなかった?

高校生だった頃に現在の妻と出会っており、その後結婚し横浜に住むことになります。

音楽プロデューサーとも知り合いになり、「第二の矢沢永吉」というキャッチコピーで売り出す話があったものの、虚言癖を疑われて話はなかったことになりました。

バンド「KIDS」を結成!聴力を失う

佐村河内守は音楽に執着していたと言われています。デビューの話がなかったことになったそのあとも、音楽活動を続けました。

バンド「KIDS」を結成しサミーの名前で活動していたこともあったのですが、ブレイクには至っていません。

そして左耳の聴力を失うのですが、音楽に関わることは辞めませんでした。NHK山河憧憬シリーズの一つ、「武蔵野」の音楽を手掛けています。

1996年に新垣隆と知り合いアシストしてもらう

1996年、佐村河内守は新垣隆と出会いました。初めは佐村河内守が作曲した楽曲を、オーケストラ風にしてほしいと頼んでいたそうです。

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