大島優子の子役時代がかわいい!画像や出演作品まとめ!演技の評判や現在は? エンタメ

大島優子の子役時代がかわいい!画像や出演作品まとめ!演技の評判や現在は?

元AKB48メンバー大島優子の子役時代がかわいいと評判です。ドラマや「メガレンジャー」など数多くの作品に出演してきており、当時の画像も残っていました。現在は演技力が高く評価されている大島優子の子役時代の出演作品をまとめました。

目次

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大島優子の子役時代がかわいい!出演作品・画像まとめ【ドラマ編】

大島優子の子役時代のかわいい画像とともに、出演作品を振り返っていきましょう。

1996年ドラマ「ひよこたちの天使」でデビュー!

大島優子は1966年放送のドラマ「ひよこたちの天使」で子役デビューをしています。

当時7歳。デビューしたてのため緊張しているような表情を見せていました。

1996年ドラマ「ラブの贈りもの」でチョイ役に

大島優子は同年の1666年、ドラマ「ラブの贈り物」にも出演しています。

「ラブの贈り物」は登坂恵理香が執筆した小説が元となったドラマで、1966年と1967年の夏休み「花王 愛の劇場で」放送されました。

大島優子は作中で友達役を演じましたがチョイ役だったといいます。

1997年月9ドラマ「バージンロード」で主人公の幼少期を演じる

大島優子は続けて1997年に放送された月9ドラマ「バージンロード」にも出演しました。主人公である桜井和美の幼少期を演じています。

こちらの作品の主題歌は安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE?」でした。オープニングでは小室哲也とともに安室奈美恵も出演しています。

和美の少女時代という設定で出演していた大島優子は、『FNS名曲の祭典 秘蔵映像で振り返る55年 -NO MUSIC, NO TV.-』で小室と共演した際、本作の主題歌「CAN YOU CELEBRATE?」について「ずっと心の中にあった」と語っている。

(引用:Wikipedia)

1997年ドラマ「D×D」でも幼少期役で出演

大島優子は1997年放送ドラマ「D×D」にも出演。円城寺園子の幼少期を演じています。

1998年ドラマ「LOVE&PEACE」にも幼少期役で出演

子役時代の大島優子はコンスタントに出演し続けます。次いで1998年ドラマ「LOVE&PEACE」では、太田明日香の幼少期役を演じていました。

1999年ドラマ「千年王国III銃士ヴァニーナイツ」に出演

1999年ドラマ「千年王国III銃士ヴァニーナイツ」では第二話に出演しています。

1999年ドラマ「らせん」で双子役に挑戦!

1999年にはドラマ「らせん」が放送されました。大ヒットしたホラー映画「リング」の続編で、大島優子は双子の役を演じています。

貞子を復活させるという役柄の双子「亜美」「里美」として出演しており、当時の大島優子はかわいいとネット上で好評でした。

2001年ドラマ「アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜」に出演

2001年放送の月9ドラマ「アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜」にも、大島優子が出演していました。

大林加世子の役を演じており、当時まだ13歳ですが画像を見ると現在と同じ顔になってきていることがわかります。

2002年ドラマ「東京庭付き一戸建て」で娘役を担当

2002年ドラマ「東京庭付き一戸建て」では、松本明子演じる福田結夏とパパイヤ鈴木演じる福田三郎の娘、福田夏深として出演しています。大島優子にとって初のレギュラー作品となりました。

2002年「狼女の子守唄」に狼女役で出演!

2002年に放送された月曜ミステリー劇場にも大島優子が出演しています。狼女の幼少期を演じました。

大島優子の子役時代がかわいい!出演作品・画像まとめ【映画・CM編】

大島優子はドラマのほか、戦隊ものや映画、CMにも出演しています。イメージビデオへの出演経験もあり話題になりました。

1997年戦隊作品「電磁戦隊メガレンジャー」で少女役に

大島優子は1997年放送の戦隊作品「電磁戦隊メガレンジャー」に出演。ネジイエロー役を演じています。

ツイッターでは大島優子が「電磁戦隊メガレンジャー」に出演していたことを知らずに見ていた世代の人も多く、出演していたという情報に驚くツイートもありました。

また、「電磁戦隊メガレンジャー」出演時に大島優子がパンチラしているというツイートもあります。

1998年映画「大怪獣東京に現わる」では祭りの少女役を担当

1998年公開の映画「大怪獣東京に現わる」にも大島優子が出演。一風変わった祭りの少女役を演じています。

2000年映画「千里眼」で主人公の幼少期役を演じる

大島優子は2000年公開の映画「千里眼」に出演。主人公・岬美由紀の幼少期役を演じました。

2000年「ケンタッキー」のCMに登場!

大島優子はドラマや映画に多数出演してきましたが、CMにも登場しています。2000年に「ケンタッキー・フライドチキン」のCMでRIKACOの娘として出演していました。

2001年イメージビデオの「Growing up!」に出演!

2001年、大島優子はイメージビデオの「Growing up!」に田島穂奈美と一緒に出演しました。

ネット上ではイメージビデオの出演は黒歴史だと言われており、過激なイメージビデオに出演していたと記事になったこともありました。

しかしその頃にはすでにネット上でも知られており、めちゃくちゃかわいいと評判でした。今更な記事だったためあまり大きな話題にはなっていません。

ちなみにこちら「Growing up!」発売元の心交社のチーフプロデューサーは、2007年に児童ポルノ禁止法違反で逮捕されています。

2003年イメージビデオの「adolescence」に出演!

2003年に再びイメージビデオに出演します。セーラー服姿を披露したこの「adolescence」に出演した当時、大島優子は中学校3年生でした。

この時から将来女優になることを目指していましたが、厳しい道のりだったといいます。

大島優子の子役時代のエピソードは?

大島優子は元々女優志望でした。プロ意識が高く危険な撮影にも挑戦しています。しかし高学年になるにつれて仕事がなくなるという辛い過去もありました。

子役時代から芝居が好きで女優志望だった?

大島優子はAKB48のメンバーとしてブレイクしましたが、元々は女優志望だったと考えられています。

AKB48卒業後には「女優業に専念する」としており、遡れば幼少期からずっと芝居の仕事をしてきていました。

このことから最初から芝居が好きで、女優として活動したかったことがわかるでしょう。

小学3年生の時には過酷なシーンにも挑戦

大島優子が小学校3年生の時、出演ドラマで過激なシーンをこなさなければならないことがありました。

山中湖に飛び込むというシーンで、危険な撮影だったといいます。大島優子の母親はスタッフに現場を見ないようにと言われ離れたほどでした。

保険金をかけて撮影が行われたのですが、大島優子本人は元より女優志望だった故に辛さを感じたことはないと話していました。当時からプロ意識が高かったことがわかるエピソードです。

高学年になり需要が減少!仕事が激減した

過酷なシーンも果敢に挑んできた大島優子でしたが、その後苦労することとなります。

子役はそもそも小学校低学年までは需要があり、オーディションなども頻繁に行われています。しかし高学年になるにつれ需要が減少していく傾向にあるのです。

そうして子役を辞めていく子供が多い中、大島優子も例外ではなく成長するにつれて仕事が激減していきました。

オーディションを受け、最後の数名まで残っても最後には落とされてしまうといったことが続いたといいます。

「SDM発i」出演するもグループが自然消滅

それからは大きな仕事も入らず普通に生活を送っていました。高校生になった頃、大島優子はフジテレビの番組「SDM発i」でタカミープロジェクトというものに参加します。

「THE ALFEE」高見沢プロデュースのアイドルユニットを結成する、という計画で「業界初となる50人組アイドルオーケストラ」がコンセプトでした。

2005年にCDをリリースしましたが、残念ながらそこから売れていくことはなくグループ自体が自然消滅してしまいます。

大島優子はこの結果にショックを受けました。所属事務所も辞めています。

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