沢田研二は今・現在の激太りの真相とは?昔から暴言発言があった? 歌手・アーティスト

沢田研二は今・現在の激太りの真相とは?昔から暴言発言があった?

『勝手にしやがれ』『TOKIO』などヒット曲を多数持ち、バラエティ番組でも活躍していた大スター、沢田研二さん。最近ではテレビに出演している姿を見かけなくなり、どのような活動をしているのか気になるところです。沢田研二さんの現在の姿について迫ります。

沢田研二の今・現在の姿とは?激太りしていた?!

歌手の沢田研二さんが、デビュー50周年ツアーを開始した時の外見が衝撃的だと話題になりました。以前では信じられないぐらい、髪が短く白髪交じりの髪の毛になっていたのです。そして、昔の華奢な沢田研二さんとは似ても似つかないくらいの激太りをしていました。

その姿にファンはもちろんのこと、ネットでもまたたくまに画像が広がり一躍話題の人となってしまいました。若いころは男女問わず人気でキャーキャー騒がれていた沢田研二さんに何があったのか真相を探りたいと思います。

沢田研二のプロフィール

沢田研二さんは、1948年6月25日生まれです。鳥取県鳥取市生まれですが、京都府京都市育ちです。京都にあるCafe Barton」という小さな喫茶店の白河通りを挟んだ向かいに、沢田研二さんの実家があります。現在の自宅は横浜にあります。

長い間横浜に住んでいて「もう引っ越す気がしない」とか「横浜でお墓を探さないといけない」といった旨の発言をされているようなので、かなり横浜が気に入っているみたいで、今後も横浜に住む予定みたいです。

デビュー

沢田研二さんは、1967年2月5日、岸部一徳さんらと共にザ・タイガースのボーカリストとしてデビューしました。ヒット曲を連発して、国民的アイドルになっています。そして、1969年3月1日には、アメリカの音楽雑誌『ローリング・ストーン』の表紙を飾っています。日本人が表紙を飾ったのは沢田研二さんだけなのだとか。

タイガーズを解散してから、PYG(ピッグ)というバンドに加入して、萩原健一さんとのツインボーカルとして活躍していました。1971年11月1日、沢田研二さんはソロデビューをします。1973年『危険なふたり』で65万枚を売り上げ、ソロとして初のオリコン1位を獲得して、第4回日本歌謡大賞を受賞します。

沢田研二の歌手活動歴

早川タケジさんによる、斬新なファッションで歌う沢田研二さんの人気は不動のものになります。1975年リリースした『時の過ぎゆくままに』は、5周連続でオリコン1位となり、92万枚の売り上げは、沢田研二さんのソロとしては最大のヒット曲となりました。

また、1977年の『勝手にしやがれ』もまた、5週連続でのオリコン1位を獲得し、89万枚の売り上げを記録して、第19回日本レコード大賞を受賞しました。当時、歌っている途中で客席に向けてパナマ帽を投げるパフォーマンスが当時話題となりました。

テクノブーム

70年代後半からはテクノブームが到来。沢田研二さんの代表曲「TOKIO」は、新しかったテクノを歌謡曲に真っ先に取り入れています。テクノポリスTOKIOことトキオ(東京)のことです。パラシュートを背負ったパフォーマンスも有名になりました。

沢田研二の昔はイケメンすぎて失神者続出?性格はヤンチャ?

特にアイドル系グループ・サウンズ全盛期の沢田研二さんの魅力は凄まじかったようで、タイガース時代には若者を失神させ、「君だけに愛を」の曲では、指を向けられたファンが失禁したのだという噂もあります。

これを俗に“黄金の人差し指”のと異名で呼ばれたそうで、「君だけに〜」と指を指すポーズは何人も失神させれるほどの魅力を持っていました。しかしながら沢田研二さんの性格は、虫の居所が悪ければとことん機嫌が悪いと極端な性格。

横暴な性格?

「浮き沈みが激しいのは元から」でファンに対してもキツイ態度で「帰れー!」と言ったこともあるのだとか。ファンに対してもキツイ態度を取るのは、実は裏の理由もあり、若い時に、追っかけやつきまといが多かった為に、色眼鏡で見られる事が嫌いだったといいます。

沢田研二の今・現在が丸刈り姿で激太りな理由

沢田研二さんの現在の姿をyoutubeなどで見ると、丸刈り姿で、昔とは別人です。従来のファンは、画像を見て、あまりの変わりように驚きを隠せない様です。2017年デビュー50周年のツアーを開始したのですが、衝撃的な外見だったためネットで話題になっています。以前とは比べものにならない位、髪が短くなっていました。

その理由は、6月まで僧侶役の舞台をしていた為の様です。上演していた「音楽劇 大悪名」で僧侶を演じた影響から丸刈りで登場。「もう1カ月経つけど年のせいか伸びてこない。この頭のまま日本中を行脚しなきゃならなのかな」と話して笑いを誘ったそうです。

沢田研二の今・現在にジュリーの面影なし!?

沢田研二さんといえば1970年代の男前の代名詞でした。グループサウンズのトップグループ、ザ・タイガースのボーカルとして君臨し、ソロになってからは、阿久悠さんという、時代を創った天才作詩家との出会いにより、ヒット曲を連発した歌手です。

一昔前なら、男前の代名詞は木村拓哉さんでしたが、さらに前の1970年代、男前といえば、ジュリー・沢田研二さんに間違いありません。奇抜な衣装に身を包み、妖艶ともいえる沢田研二さんの存在は、まさに時代のアイコンでした。しかし、時代とは残酷なものです。そこいらの中年のオジサンと同じく、驚くほど太ってしまいます。

今だ人気は衰えず

人気ドラマ「寺内貫太郎一家」で、木樹希林さんが演じたばあちゃんが「ジュリー」と悶え叫んだ、あの面影はもうどこにもありません。とはいえ、驚くべきことに、ジュリーのファンには、ザ・タイガース時代からの熱狂的ファンが多く、沢田研二さんがひとたびコンサートを開けば、今でもホールが満杯になる人気ぶりです。

沢田研二の今の妻は女優の田中裕子だった

沢田研二さんは、1948年生まれで、70歳になりました。現在の妻は、女優の田中裕子さんですが、実は、田中裕子さんとの結婚は、自身2度目の結婚である沢田研二さん。1度目の結婚相手は、同じ渡辺プロダクションに所属していた、伝説の双子デュエット、ザ・ピーナッツの伊藤エミさんでした。

沢田研二さんと伊藤エミさんは、田中裕子さんとの不倫が発覚したことから離婚しています。沢田研二さんには、伊藤ユミとの間に授かった1人息子がいますが、現在は立派に成人し、音楽関係の会社に勤務しているそうです。また、伊藤ユミさんは2012年に、すでにがんで亡くなっています。

沢田研二の息子がいる?現在の年齢は?

沢田研二さんは、音楽番組だけでなく、バラエティ番組でも人気を博していましたが、1992年頃からテレビの露出が激減しました。沢田研二さんは、1975年27歳の時に、ザ・ピーナッツの伊藤エミさんと結婚しています。伊藤エミさんとの間に、子供が1人います。

1979年に生まれた澤田一人(かずと)さんです。息子の澤田一人さんは、今年で39歳ということになりますが、音楽関係の仕事をしていて、ネットでは、障害を持っているといううわさがありますが、全く証拠がないので、単なる噂です。田中裕子さんと沢田研二さんとの間には、子供はいません。

沢田研二の反原発ソングに仰天!コンサートでファンに暴言も!?

沢田研二さんは、東日本大震災発生に際して、「3月8日の雲~カガヤケイノチ」というミニアルバムを発売しました。中でも、脱原発をテーマにした「F・A・P・P(フクシマ・アトミック・パワー・プラント)」という楽曲中には、「バイバイ原発」「へこたれないで福島」などという、ストレートなメッセージが込められています。

人気絶頂期の中性的で妖艶な雰囲気から一転、反原発ソングを堂々と歌い上げる現在の沢田研二さんは、次世代の若者たちから、市井の音楽が好きな団塊世代のオジさんとして認められ、今も意気軒昂です。

沢田研二コンサートではMC炸裂!「嫌なら帰れ!」

沢田研二さんは、最近、自分のコンサートではかなり自由に振る舞っているようです。ウェーブがかかり長かった髪は、白髪頭で短く切り、その分あご髭を蓄えている沢田研二さん。昭和の頃から比べれば、体重は倍近くになっているようですが、その歌声やステップは変わらず、オヤジの色気に溢れています。

MCでは、さすがに団塊の世代らしく、結構時事問題に触れることが多い様子。イスラム国による日本人人質事件が報じられた当日のコンサートでは、「皆さん、大変な事態になりました。日本の将来を憂うのではなく、自分自身の頭と心で考えなければなりません」と熱く語りはじめました。

暴言行動

ところが、客席から、「歌って~!」と甘えた声がかかると、即座に「黙っとれ!誰かの意見を聞きたいんじゃない。嫌なら帰れ!」と観客を怒鳴りつけ、会場が凍りつく事態になったとか。沢田研二のこの暴言行動に関しては、賛否両論が巻き起こりました。

沢田研二の夏の全国ツアーは今も中高年女性が総立ち!!

沢田研二さんは1967年のデビュー以来、沢田研二の夏のコンサートは、実に半世紀を迎えます。初日公演は、東京国際フォーラムにて。オープニング曲「ポラロイドGIRL」が流れると同時に、5000人のファンはすでに総立ち。場内を包む悲鳴のような歓声が、中高年の女性たちを、十代の少女に戻します。

沢田研二さんは、両腕を突き上げ、その後もステージを縦横無尽に動き回って、「TOKIO」など往年の大ヒット曲から、最新曲「un democratic love」まで、全23曲を熱唱しました。もちろん、MCでは、時々の社会問題に触れることを忘れません。

今でも変わらず自由奔放なジュリー

「障害者を600人殺すというやつが出てきて、のほほんとライブをしていていいのか」と、相模原障害者施設殺傷事件に心を痛めたかと思えば、「ポケモンGO」をめぐる騒動に関しては、「オタクを外に出したいから作ったって、出てきたら事故が起きている。おそろしいでえ」と、オヤジらしい、辛辣な皮肉を放っていました。

スターであり続けるからこその、栄光と挫折を味わいつくした沢田研二さんは、21世紀の実体のない空っぽの世の中など我関せず。1人の70歳になるオヤジに戻って、自分が愛した音楽を素直に楽しんでいるその姿には、清々しさすら感じられます。まさに沢田研二さんのヒット曲「時の過ぎゆくままに」のようにです。

現在、激太り中の沢田研二。その真相は?

昔と違い、現在の姿を見て、すっかり太ってしまい、いきなり老けたので、病気なのではないかと憶測が飛び交っています。丸刈りによる変貌の原因は病気なのか気になるところですが、今まで沢田研二さんの口から病気などの発言を聞いたことはありません。沢田研二さんは、元々が太りやすい体質だったと言います。

若い頃は、かなりの節制生活をしていて、常にお腹がすいた状態だったといいます。現在は、ストレスが原因で暴飲暴食などに走ったということはないようです、そして今回の役作りの「丸刈り姿」がなおもそれを強調してしまったかのかも知れませんね。もう70歳になった沢田研二さんですが、これらも精力的な活動をしてくれるでしょう!