おしんのモデルはヤオハンスーパー創業者の妻で実話?海外での反応は? エンタメ

おしんのモデルはヤオハンスーパー創業者の妻で実話?海外での反応は?

おしんは有名な朝ドラで多くのファンを持つ作品で、ヤオハンスーパーの創業者などモデルになった人物がいて、実話も含まれているとの噂があります。おしんのあらすじやモデルになった人、実話の噂の真相に加え、イランなど海外でも知られていることをご紹介していきます。

目次

[表示]

「おしん」のモデルになった人物はだれ?実話なの?

Skitterphoto / Pixabay

「おしん」にはモデルになった人物がいると噂され、それが誰なのか気になっている人が多いようです。人気作品の登場人物にモデルがいたということや、実話も含まれるという話は衝撃を与えました。

「おしん」のモデルになった人物と、脚本を書いた橋田壽賀子さんが語った話をご紹介していきます。

「おしん」とはNHKの人気連続テレビ小説

「おしん」とは朝ドラと呼ばれているNHKの連続テレビ小説作品の1つで、1983年4月から1984年3月まで放送されていました。昭和で言うと58年から59年です。

連続テレビ小説の中でも最高傑作では、という呼び声も高く当時大人気の朝ドラでした。その中に登場するヒロインの名前がおしんと言います。

「おしん」の人生は幼い頃から苦難の連続ですが、それに負けず懸命に生き抜いた姿が描かれていて、多くの人に感動を与えました。

「おしん」のモデル①:丸山静江

おしんのモデルとされている人物の1人が、丸山静江さんです。静岡県榛原郡生まれで、民宿「丸山」の創業者としても一部では有名な人です。

丸山静江さんは1984年に亡くなっていますが、「おしん」の誕生に大きく関わりそのモデルとしても内容に影響を与えたと言われています。

また丸山静江さんが経験した実話が「おしん」の中でも使われているとされ、モデルの1人となっています。

丸山静江は「おしん」誕生のきっかけにもなった

Free-Photos / Pixabay

「おしん」は丸山静江さんがいなければ出来ていないとも言われていて、誕生のきっかけを作った人物とされています。

きっかけとなった出来事とは1974年に丸山静江さんの次女が代筆して、脚本家の橋田壽賀子さんに手紙を送ったことです。手紙には丸山静江さんの半生が書かれていました。

当時月刊雑誌に連載を持っていた橋田壽賀子さんにとって、その手紙の内容は「おしん」を書くきっかけとなったとされています。

丸山静江は脚本づくりにも協力

丸山静江さんから手紙を受け取った橋田壽賀子さんは、本人から直接話を聞くために取材を行いました。NHKの関係者からの取材も受けていて、ドラマ化へ向けて大きく貢献しています。

丸山静江さんは「おしん」の放送終了後、1984年78歳で死去しました。生前ドラマを一緒に見ていた次女は、おしんは母そのものと語っていたようです。

「おしん」のモデル②:ヤオハンスーパー元会長の母の和田カツ

「おしん」のモデルとして名前が上がる人物の2人目は、和田カツさんです。和田カツさんはヤオハンスーパーの創業者である和田良平さんの妻です。

青果商を行う田島半次郎さんの奉公人だった和田良平さんから、のれん分けされて始めた青果店「八百半商店」がヤオハンスーパーの発祥とされています。

奉公人として働いていて、そこから青果店を拡大していき大手のヤオハンスーパーにした和田良平さんと和田カツさんの生き方や考え方は「おしん」のモデルになっています。

カツの手紙は「おしん」に影響を与えた

和田カツさんは豆腐屋に手紙を送っていたことがあり、その内容はおしんの考え方のヒントになったとされています。

便箋5枚に書かれた手紙には
お客様を大切に
社員を大切に
問屋様を大切に
品物を大切に
信用を大切に
地域社会のためにある企業
を目指し誰よりも美味しい豆腐作りを・・・と書かれていた。

(引用:燃える豆魂日記 【豆腐道とうふみち】)

橋田壽賀子は特定のモデルはいないと語った

「おしん」の脚本を担当した橋田壽賀子さんは、取材を行い話を聞いたりしたことで作品のヒントにはしたが、特定のモデルはいないと語っています。

またあえてモデルとするならばということも語っていて、脚本家としての考えや作品に対する想いが見えると話題になりました。

「ヒントはいただいたが、モデルはいない。いるとすれば、それは苦難の時代を生き抜いてきた全ての日本人女性です」

(引用:Wikipedia)

 

「おしん」のあらすじは?ヒロインも数人いた?

StockSnap / Pixabay

「おしん」はモデルとなった人物だけではなく、実際にヒロインを演じたのも複数の人がいました。それはおしんの人生を描くのに必要だったことで、幼少期、成年期、老年期と役者が分かれています。

当時は役者が変わるたびに賛否両論の意見が飛び交いましたが、最終的に大ヒット作品となったのは各女優の演技力が高かったことも関係しました。

「おしん」のあらすじと共に、ヒロインを演じた役者をご紹介していきます。

「おしん」は全297話の朝ドラ

「おしん」は少女編、青春編、試練編、自立編、太平洋戦争編、再起編、完結編に分かれていて、物語は7歳の谷村しん(おしん)が口減らしのために奉公に出されるところから始まります。

始めの奉公先では真面目に働いていたにもかかわらずいじめや脅迫を受け、泥棒の疑いなどをかけられた結果脱走し家に帰りましたが、再び酒田の米問屋の加賀屋に奉公しにいきます。

そこで働きながら成長していき結婚して自ら商売を始めますが、後に戦争で夫と息子を亡くしたりと苦難の連続です。しかしそこから再起して店を大きくしていく、というのがおしんのあらすじです。

名シーンのいかだでの川下りは実話

「おしん」には奉公先に行くために、幼いおしんが最上川を筏で下るシーンがあり、名シーンとして知られています。懸命に頑張る姿は多くの人の涙を誘いました。

この話は「おしん」のモデルとなった丸山静江さんが体験した実話で、同じく奉公先に行くために、大井川を筏で下って行ったことがあるようです。

過酷な名シーンとして知られていた筏での川下りが、丸山静江さんの実話だったという話は多くの人に衝撃を与えました。

「おしん」少女期のヒロインは小林綾子

「おしん」の幼少期を演じたのは、約500人の中からオーディションで選ばれた小林綾子さんです。5次試験を全て勝ち残り、おしんを演じることになりました。

当時本当は別の子を採用する予定だったそうですが、スケジュールが合わず小林綾子さんに決まり、結果的にドラマが大ヒットして人気子役になっています。

小林綾子さんは1972年生まれで、2020年では47歳です。現在も東映マネージメントに所属して女優として活動しています。

「おしん」成年期のヒロインは田中裕子

「おしん」の成年期を演じたのは、女優の田中裕子さんです。こちらはオーディションではなく、直接声を掛けられ、おしん役になりました。

「おしん」は少女期から大人気で、内容もよく子役も素晴らしい演技だと声が上がっていました。その状態から作品の主役を引き継ぐのは大きなプレッシャーで、一度撮影中に倒れて救急車により運ばれました。

それにより撮影が遅れるトラブルはありましたが、「おしん」を演じたことは高評価を得ています。過去の朝ドラで印象に残った女優ランキングでもランクインしています。現在も女優として活躍中です。

「おしん」老年期のヒロインは乙羽信子

「おしん」の老年期を演じたのは女優の乙羽信子さんです。こちらもオーディションではなく、直接声を掛けられおしん役を演じることに決まりました。

中年期から晩年までを演じ、喜怒哀楽が言葉に詰まっているという声などが上がっていました。乙羽信子さんは1994年に70歳で亡くなっています。

ドラマ、映画、舞台と多くの場で活躍してどんな役でもこなせる演技派女優としての評価を受けています。

人気すぎて起きた社会現象「オシンドローム」

GDJ / Pixabay

「おしん」はあまりに人気がありすぎて「オシンドローム」と呼ばれた社会現象を引き起こしました。アメリカの雑誌「タイム」の記者ジェーン・コンドンさんが考えた造語です。

オシンドロームは1984年の流行語大賞、新語部門の金賞を受賞しています。それほど世間に人気があり「おしん」は広まっていました。

テレビドラマの最高視聴率も記録

Lalmch / Pixabay

「おしん」の平均視聴率は52.6%とほぼ半数で、最高視聴率はなんと62.9%を記録しています。この記録はテレビドラマの最高視聴率記録であり、現在では考えられないような数字です。

内容に加えこの歴史的な記録から「おしん」は、NHK連続テレビ小説史上で最高の作品、朝ドラの最高傑作などと呼ばれています。

「おしん」は海外でも大人気ドラマに!

PIRO4D / Pixabay

「おしん」は日本だけではなく、海外でも大人気を記録した作品です。そのため出演した女優も放送された国では知られています。

「おしん」が海外で人気になったきっかけ、どの国で人気になったのかをご紹介していきます。

シンガポールでの大ヒットがきっかけで各国に広まった

cegoh / Pixabay

「おしん」が海外で人気になるきっかけとなったのがシンガポールです。駐日シンガポール大使が日本で「おしん」を見て、シンガポールでも放送してほしいという声にこたえた結果、大ヒットしました。

シンガポールでは1984年から放送が開始され、なんと視聴率80%台を記録しています。この大ヒットがきっかけになり、海外でも放送しようという動きが活発になりました。

香港・中国・ベトナム・イランでも大ヒット

nextvoyage / Pixabay

シンガポールに続き香港では1985年に放送され、イランでは1986年に、ベトナムでは1990年、中国では1994年に「おしん」が放送されました。

香港、中国ではドラマの主題歌として歌われたオリジナル曲が大ヒットし、イランでは視聴率90%代を記録、ベトナムでは放送時間に街中に人がほとんどいなくなるなどの現象が起きたようです。

エジプトでは放映中の停電で事件に

shadyshaker / Pixabay

エジプトでは1993年に「おしん」が放送開始されたのですが、放送時間中に停電になり「おしんが見られない」と怒った視聴者が暴動を起こす事件まで起きています。

この暴動では放火などが行われていましたが、政府の再放送をするという約束で収まりました。

「おしん」は海外68の国と地域で放送された

TheAndrasBarta / Pixabay

「おしん」は主にアジア圏で大ヒットして、現在までに放送されたのは68の国と地域となっています。またアメリカでも放送されて人気を得ました。

東欧などでは耐え忍ぶ女性像というのが、視聴者の共感を得られないのではないかと懸念され、放送されなかったようです。

「おしん」が人気の名前に

Pixaline / Pixabay

アジアの各国で放送されヒットしたことがきっかけで「おしん」という名前も一緒に人気になりました。ジャマイカでは性別問わず「オシン」と名付ける親が増えています。

またベルギーでは「おしん」の放送時間に合わすため、尼僧がお祈りの時間を変更したりもしていて、話題になりました。

おしんのモデルは苦難を生き抜いた日本人女性

alefolsom / Pixabay

「おしん」の脚本のヒントになったとして有名なのは、丸山静江さんやヤオハンスーパー創業者の妻である和田カツさんですが、橋田壽賀子さんから特定のモデルはいないと語られています。

モデルは苦難を生き抜いた日本人女性という言葉で語られていて、その内容は多く人に感動を与えました。海外からの評価も高く、日本人女性の強さが見れる作品です。

現在は時代背景も状況も違いますが「おしん」の人生からは多くのことを学べます。「おしん」を見習って、強く生き抜きましょう。