川島なお美の死因はワイン?福島?真相は?闘病生活やその後について エンタメ

川島なお美の死因はワイン?福島?真相は?闘病生活やその後について

女優・川島なお美が2015年に亡くなりました。死因は胆管癌で国立がんセンターが生前川島なお美が好きだったワインの危険性を発表しています。病気の原因はワイン?福島?旦那に一緒の墓に入りたいと遺言を残した川島なお美の死因や闘病生活、最後を調べました。

目次

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川島なお美の死因はワインだった!?真相は?

川島なお美は病気を患い2015年に逝去しています。死因は胆管癌でした。

では何故胆管癌になったのか、何故亡くなってしまったのか、原因となったのはワインや福島、医師という説など色々な噂が流れました。

2013年、腫瘍を発見!2014年1月腹腔鏡手術を行う

2013年8月、川島なおみは健康診断で腫瘍が発見されます。この際手術することを勧められましたが拒否、抗がん剤治療を拒否しました。

そして、腫瘍は肝内胆管癌だとわかり信頼できる医師を見つけることができた川島なおみは、腹腔鏡手術を2014年1月末に受けています。

その後は抗がん剤治療、放射線治療を受けず民間療法であるビタミンCを点滴したり、電磁波療法を受けたりしながら過ごしていました。

しかし2014年7月、癌は再発してしまい旦那の鎧塚俊彦のみ川島なお美の余命が1年未満だと宣告されています。川島なお美は余命を知らず、抗がん剤治療を拒否しました。

2015年9月24日、川島なお美が死去!死因は胆管癌

旦那が川島なお美の余命を聞いてからも代替医療を続けていたのですが、癌が発見されてから2年経過した2015年9月24日、川島なお美は逝去しています。死因は胆管癌でした。

胆管癌とは?

胆管癌はあまり研究が進んでいない癌だと言われています。そのため、手術や治療法も確立しておらず、死亡率の高い癌です。

「胆管がんの患者は欧米に少なく、アジアに多い傾向があります。日本では、胆嚢・胆管がんで年間2万人弱の患者さんが亡くなっています。死亡者数でいうと、肺、大腸、胃、膵臓、肝臓に次いで6番目に多いのです」

(引用:現代ビジネス)

胆管とは肝臓で作られた胆汁を流す管のこと。胆管のわきには胆汁を貯める胆嚢という部位があり、それぞれにがんができると、胆管がん、胆嚢がんとなる。

胆管がんは男性に多く、胆嚢がんは女性に多い。また、肝臓内の胆管にできるがんを肝内胆管がん、肝臓外の胆管にできるものを肝外胆管がんと分類する。

(引用:現代ビジネス)

胆管癌は黄疸が出て癌が発覚することが多いのですが、肝内胆管癌は出ないこともあり発見が遅れることもあります。

通常の検査では発見しにくい上、症状が表れて見つかった時にはすでに癌が広がってしまっている恐ろしい癌です。

死の原因は?①ワインが病気に関係していた?

川島なお美が胆管癌になったのはワインが原因ではないかという噂がありました。川島なお美は大のワイン好きだと知られており、自身の血はワインでできているとも語っていたのです。

現段階の研究ではワインが原因だと断定できない

アルコールを摂取することで胆管癌になりやすくなるのかどうか、という研究ではアルコールを摂取していない患者の3倍胆管癌リスクがあるという結果になりました。

しかしこの研究はまぐれだった可能性を指摘されており、アルコールを摂取した量についても調べられていません。

また、C型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルスやアルコールの摂取が原因で胆管癌が発生するリスクについて調べた研究もありました。

C型肝炎ウイルスで約10倍のリスクがあることは判明しているものの、B型肝炎ウイルスとアルコールの摂取はリスクを増加させるという結果にはならなかったのです。

現段階では、川島なお美が癌になった原因はアルコール(ワイン)だと断言できないと言われていました。

フランス国立がんセンターが赤ワインの危険性を発表

しかし、フランス国立がんセンターが衝撃の発表をしていたことが判明しました。赤ワインが癌のリスクを増加させるというものです。

赤ワインは健康にいいとも言われてきましたが、特に根拠のない話であることが判明しています。

そしてフランス国立がんセンターは赤ワインを常飲していると癌の罹患率は168%増え、咽頭癌、食道癌、乳癌などのリスクもあると報告しました。

フランスでは癌が死因のトップであり、肝臓癌でなくなる人が多いのですが飲酒率が高いからだと見られています。

また、ワイン畑に使用した塩素系農薬のDDTの影響で胆管癌になったのではないかという説もありました。

塩素系化合物は胆管癌になるリスクを増加させるということが現在の医療で判明しているのです。

古く、高価なワインほど危険だとされており、ワイン好きの川島なお美が好んで飲んでいた可能性があるでしょう。

死の原因は?②死因は福島と関係があった?

川島なお美の死因・胆管癌は福島と関係があったのではないかとも言われています。

福島・岩手の原発事故後に川島なお美はボランティア活動に励み、農産物も気にせず食べて応援していました。

日頃の食事でもキノコ、海産物などを食べていたのですが当時の農作物はセシウムのほかにヨウ素131が放出されていて危険だったと言われています。

そのため内部被ばくの可能性があったのではと言われています。風評被害という声もありますが、福島県立医大では胆管癌の治療数が増加しているという意見もありました。

また、ネット上では放射線物質の影響なのか、福島県産の食べ物を食べていた親戚の子やおじさん亡くなったという投稿もあります。

死の原因は?③セカンドオピニオンが死亡の原因に?

川島なお美の死因はセカンドオピニオンだったという医師の指摘がありました。川島なお美は近藤誠という医師の元を訪れてセカンドオピニオンを希望していたのです。

スケジュール的にも合わなかったのか、川島なお美9月に医師の元に訪れたものの仕事を優先し12月の舞台終了後に治療を受けたいのだと話しました。

その件について予後の悪い癌だった、切除手術が無意味、末期のステージだと説明していたといいます。しかしこれは勝手に決めつけているだけだったと指摘されているのです。

癌は早期発見されていた

川島なお美の癌は早期発見されており転移もありませんでした。情報から考えられるのはステージⅡの段階だったと別の医師が語っています。

担当医師は手術を勧めなかった?

そして手術で取り残しがなければ予後は3年生存する確率が80%、5年では70%になります。つまり診断されたばかりの頃は治せる可能性があったのです。

けれど適切なタイミングで手術をしなかった、早期発見だったのに放置されていた状態だったのだと説明しました。

死の原因は?④死因は栄養失調だった?

川島なお美の死因は栄養失調だったという噂もありました。ツイッターでは栄養失調に見えるというコメントが少なからずあったのです。

川島なお美が激やせしていたからでしょう。テレビに映った姿はネット上でも話題になりました。

減量が癌の原因になったのではないかという説もあります。

間違ったダイエット方法、つまりアルコール摂取を優先しバランスよく栄養を摂取できる食生活じゃなかった場合、脂肪肝になるリスクが増加します。

そうして脂肪肝から肝硬変、肝臓癌、胆管癌になっていくこともあるのです。

川島なお美の死に世間の反応は?医師の対応に注目?

川島なお美の死について反応は様々でしたが、特に川島なお美を診ていた近藤誠医師の癌とは戦わない療法が注目されていました。

治療法に問題があった、近藤誠医師を批判している本は多くある、という意見のほか末期だったならしょうがないという意見もありました。

【感動秘話】川島なお美の闘病生活の様子

川島なお美は大変前向きな性格で弱音を吐く人ではなかったと旦那の鎧塚俊彦が語っています。

けれどそんな川島なお美も、壮絶な闘病生活の間で弱音を漏らすことがありました。

川島なお美は弱音を吐かなかったと旦那・鎧塚俊彦が証言

川島なお美は弱音を吐かない女性だったと旦那・鎧塚俊彦は証言しています。弱音を吐いたのは癌の末期症状が表れた時、舞台を降板しなければならなくなった時でした。

腹水が溜まって弱音をこぼした?

川島なお美は2015年6月頃にはがんの末期症状に襲われ、腹水が溜まるようになっていました。この時川島なお美は「もうダメなのかな」と溢していたといいます。

2015年9月7日、旦那・鎧塚俊彦と一緒にシャンパンのイベントに登場しましたが激やせぶりが注目されました。

当時は1日5ℓの腹水が溜まり、抜いても次の日にまた溜まるという状態で川島なお美の体重は38㎏、そのうち5㎏が腹水でした。

解熱剤と点滴を打ち舞台に立った

川島なお美は腹水を抜いて点滴を打ち、解熱剤を使用して9月8日の舞台に立ちました。

けれど9月17日、長野公演が開演する直前に体が動かなくなり降板することになります。川島なお美は悔しくて泣いていました。

アンモニアで脳が麻痺!川島なお美の最後は?

旦那・鎧塚俊彦は妻の川島なお美が舞台の袖で右往左往していたことを証言しています。

肝臓がうまく機能せず、血液にアンモニアが残り脳が麻痺していた川島なお美は、次の出番での台詞がわからなかったのだと鎧塚俊彦は話しました。

最後、川島なお美は頭を起こして鎧塚俊彦の手を握り見つめたといいます。その後大きく息を吐いて意識をなくしたのです。

昏睡状態になった時心肺も停止していたのですが、鎧塚俊彦の呼びかけに応えるように大きく息をすることが2度ありました。そしてこれが、川島なお美の最後の様子でした。

亡くなる前には片岡鶴太郎が見舞いにきていた

川島なお美が亡くなる前に、片岡鶴太郎が見舞いに来ました。亡くなる20分前の様子を弔電で伝えています。

「よく頑張ったねえ、最後まで女優だったねえ、美しいねえ、と話しかけたら、薄い意識の中で瞳を濡らした。髪も若々しかった。握った手の柔らかさ。ネイルもかわいかった。そのかわいらしさがいじらしかった。それさえも奪っていくのか。(中略)また来るからね、と病院を後にした。それから20分。鎧塚さんからの電話。腰が崩れ落ちた」

(引用:AERAdot.)

「一緒のお墓に入りたい」と旦那に遺言を残す

川島なお美は旦那・鎧塚俊彦に遺書を残していました。「徹子の部屋」に出演した際、手術を承諾するサインを書きながら術後目が覚めない可能性もあるのかと思い、書いたそうです。

川島なお美は「一緒のお墓に入りたいのでできたら再婚しないでほしい」というメッセージを鎧塚俊彦に残しましたが、手術は成功したため遺書を破棄しています。

川島なお美の闘病ノートを発見!

旦那の鎧塚俊彦は川島なお美の死後、闘病生活を綴ったノートを発見しています。テレビ番組「直撃!シンソウ坂上」のインタビューで公開しました。

「これは2013年8月に見つかった私の肝臓内の腫瘍をめぐる記録です」という言葉で始まるノートには「自分なりに闘ってきた、でも腫瘍はじわじわ大きくなるばかり…もう限界!」「私はまだ生きます」といった偽らざる本音がつづられていた。

(引用:マイナビニュース)

川島なお美の死後!世間への影響や旦那の現在は?

川島なお美が亡くなった後、旦那の鎧塚俊彦がまるで意思を継ぐように川島なお美が望んだであろう活動を行ってきました。そして鎧塚俊彦の新恋人もスクープされています。

一周忌は「慰愛碑除幕式」を行った

川島なお美の一周忌には小田原にある一夜城・ヨロイヅカファームにて川島なお美の慰愛碑除幕式が行われました。

ヨロイヅカファームは鎧塚俊彦が経営する店で、川島なお美は「私の夢」だと語っていたといいます。

川島なお美が残したノートに、自分の生まれ変わりとしてガーデンを育ててもらいたいという思いが綴られていたのです。

また、三回忌はファンと一緒に都内にあるお墓へお参りしに行ったり、川島なお美の行きつけだった蕎麦屋で思い出話をするつもりだと鎧塚俊彦は話していました。

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