宮前愚連隊とは?有名メンバーの写真と現在・起こした凶悪事件を紹介  社会

宮前愚連隊とは?有名メンバーの写真と現在・起こした凶悪事件を紹介

杉並を拠点とした悪名名高い暴走族、宮前愚連隊。柴田や廣田などの歴代総長や大嶽らメンバーは現在何をしているのでしょう?ヤクザ顔負けの殺人事件まで起こした宮前愚連隊とはどんな団体なのか、関東連合小池との関係や有名メンバーの写真とともに紹介します。

目次

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宮前愚連隊とはどんな組織?関東連合との関係は?

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最も有名な半グレ集団である関東連合。その関東連合の友好組織であり、殺人事件を含む数々の悪行を重ねてきたのが宮前愚連隊です。

宮前愚連隊とはどのような組織なのか、その成り立ちや概要を紹介していきます。

杉並の暴走族・宮前愚連隊とは?関東連合の友好組織?

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宮前愚連隊とは杉並区を拠点に活動をしていた暴走族で、久我山狂乱恋命という団体をルーツに持ちます。

元は関係のない人間にまで暴力を振るうほど問題の多い団体ではなかったのですが、柴田大輔が8代目総長に就任してからは一変して、ヤクザ顔負けの残虐さで殺人事件まで起こすようになりました。

また小池幹士や見立真一といった関東連合の中心人物とも交流があったことから、関東連合の友好組織として位置づけられています。

ヤクザとの抗争がきっかけで宮前愚連隊は復活

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宮前愚連隊は昭和46年生まれのメンバーを中心に、東京都杉並区で結成されました。しかし結成後は休眠期間があり、ずっと暴走族として活動をしていたわけではありません。

宮前愚連隊が活発に動くようになったのは昭和50年生まれ世代のメンバーの1人が、土支田一家に殺害されたことがきっかけでした。

暴走族狩りでヤクザに殺された仲間への仇討のために、宮前愚連隊は5代目総長の代から本格的に抗争を好む武闘派になっていったのです。

かつての宮前愚連隊は凶器を使わなかった

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抗争を好むようになったと言っても、この頃の宮前愚連隊はステゴロ(素手での喧嘩)を好み、凶器の使用も角材や木刀止まりでした。不良には間違いなかったのですが、ある程度の秩序があったのです。

8代目の総長・柴田大輔以降の宮前愚連隊

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しかし代替わりをして8代目総長に柴田大輔が就任すると宮前愚連隊も様変わりをして、金属バットやサバイバルナイフ、包丁を使って抗争相手を襲撃するのが普通になっていったといいます。

そして以前のように真っ向からの殴り合いではなく奇襲を用いたり、狙った人間が1人でいるところを拉致して拷問のような仕打ちをするようになりました。

さらに、宮前愚連隊に敵対する組織に所属している人間の家族や恋人にまで手を出すようになっていったのです。

宮前愚連隊の歴代総長・有名メンバーの顔写真と現在

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宮前愚連隊のメンバーの中には、ヤクザ顔負けの残虐な性格を持つメンバーも複数存在しました。

そのような危険なメンバーは現在では刑務所の塀の向こうにいるのだろうと思われがちですが、宮前愚連隊や関東連合を抜けて意外な生活を送っている人物も少なくありません。

柴田や大嶽、百井、伊藤リオンなどの宮前愚連隊の有名メンバーの現在とはどのようなものなのでしょう?写真とともに紹介していきます。

宮前愚連隊の有名メンバー①与国秀行(谷山秀行)

与国秀行は宮前愚連隊に3日間だけ在籍していた人物です。関東連合の加藤伸雄と同級生で、友人関係にあったために抗争に手を貸していたといいます。

群れることを嫌う性格で、喧嘩も素手でのタイマンを好むことから関東連合や宮前愚連隊といった組織とは距離を置いていました。

しかし喧嘩の強さは群を抜いており、宮前愚連隊8代目総長の柴田大輔や関東連合の見立真一も与国秀行に憧れたいたそうです。

与国秀行の現在は?宗教家になった?

与国秀行は現在、宗教団体・幸福の科学に所属しており、2009年には幸福実現党から衆議院議員総選挙に出馬しています。

かつての姿からは想像もつかないような変貌ぶりですが、与国秀行は高校卒業後にこのまま暴力に明け暮れていて良いのかと悩んで自分探しを始めたのだといいます。

アルバイトをしながら日本各地を旅する中で幸福の科学と出会い、結婚を機に不良時代の「谷山」という姓とも決別したとのことです。

宮前愚連隊の有名メンバー②柴田大輔

宮前愚連隊歴代総長の中で最悪・最強と呼ばれるのが、柴田大輔です。後に説明するトーヨーボール殺人事件を含め、数々の凄惨な事件に関与したと見られています。

在日朝鮮人2世の母を持ち、関東連合とも深い関わりを持つ柴田大輔ですが、写真からは分かりにくいものの石元太一らの証言では身長が150cm程度しかなく、極端に小柄であるといいます。

歴代総長最強・柴田大輔の現在は?執筆活動をしている?

宮前愚連隊の歴代総長、全てのメンバーの中で最も残虐だと言われた柴田大輔ですが、現在では「工藤明男」というペンネームで関東連合周辺の暴露本を執筆しています。

自身が関与した事件や市川海老蔵さん襲撃事件の裏側を描いた『いびつな絆・関東連合の真実』は17万部を超すベストセラーとなりました。

宮前愚連隊の有名メンバー③大嶽正史

柴田大輔が率いた8代目宮前愚連隊で、副総長を努めたのが大嶽正史です。

特攻隊長として名を馳せた大嶽正史は、宮前愚連隊として活動をした18歳から21歳前後の間は少年院を出たり入ったりする生活が続いていました。

喧嘩が強いだけではなく手口も非道であったことから、この頃の大嶽正史は「都内最強」と呼ばれていました。

大嶽正史の現在は?ボクサーに転身?

21歳に出所をして以降、大嶽正史は暴力の世界とは縁を切ってボクシングに没頭していくようになりました。その後は結婚をしてひたすらボクサーとしての邁進し、2016年には日本ランクにも入っています。

現在では2人の息子を持つ良き父親となっており、子供の成長を綴るブログも開始しています。

宮前愚連隊の有名メンバー④百井智志

百井智志は宮前愚連隊8代目の代のメンバーでした。兄弟で関東連合と関係があり、弟の百井茂も飲食店経営の男性を殺害(六本木クラブ襲撃事件)で逮捕、懲役15年を言い渡されています。

百井智志の現在は?AV男優チューペッツ桃井?

百井智志は宮前愚連隊を抜けた後に「チューペッツ桃井」という名義でAV男優として活動をしていました。

しかし2013年7月には、府中市にあるスナックで関東連合系の組織に所属していたという30代の男性を脅して逮捕されています。

宮前愚連隊の有名メンバー⑤伊藤リオン

市川海老蔵さん襲撃事件の主犯格として注目を集めた伊藤リオンは、宮前愚連隊の9代目総長です。前科持ちであったために同事件で逮捕後、懲役1年4ヶ月の実刑判決を受けました。

伊藤リオンの現在は?沖縄にいる?

刑期を終えた後の伊藤リオンは、山口組系のヤクザ組織に入ったものの2年余りで破門されています。

関東連合とも関わりが深かったヤクザ組織に拾われたものの破門されていることから、余程のことをしでかしたのではないかと囁かれていますが、破門の理由は明かされていません。

2018年には沖縄で地元のヤクザと乱闘を起こしたたと話題になりましたが、それ以降の消息は不明です。

宮前愚連隊の八代目総長・廣田とは?現在はIT社長?

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宮前愚連隊の8代目総長は1人ではなく、柴田大輔の前には廣田という人物が短期間総長を務めていました。

廣田は総長に就任して間もなく事件を起こして逮捕され、その後は地方で生活をして都内には戻らなかったといいます。

名字だけしか知られていない廣田ですが、現在はIT会社の社長になったとの噂もあり、同姓の社長が経営する会社は宮前愚連隊の廣田のものなのではないか?との噂がネットでは流れています。

宮前愚連隊が起こした事件

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宮前愚連隊は関東連合とともに数々の非道な事件を起こしてきました。ここではトーヨーボール殺人事件など、世間を震撼させた宮前愚連隊が関与した事件を紹介していきます。

1997年の殺人事件

1997年、柴田大輔は関東連合と合同で暴走行為を行い、その最中に関東連合のメンバーの1人がバイクで一般人をはねて死亡させるという事故を起こしました。

このことについては関東連合と口裏を合わせて罰金刑のみを受けた柴田でしたが、同じ年に抗争相手をナイフで刺して殺害し、特別少年院に入所。2000年に出所、東洋ボール殺人事件を起こしたと見られています。

トーヨーボール殺人事件

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トーヨーボール殺人事件とは、2000年5月に大田区にあるトーヨーボールというボーリング場で起こった傷害致死事件です。

被害者は人違いで襲われた18歳の寿司職人の少年で、関東連合と宮前愚連隊のメンバーが少年を拉致、非道な暴行の末に病院の前に遺棄し、間もなく被害者の少年は息を引き取りました。

この事件に柴田大輔は関与したと見られましたが証拠不十分で実刑には至らず、8ヶ月の勾留の後に釈放されました。

大森デニーズ襲撃事件

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大森デニーズ襲撃事件とは、トーヨーボール殺人事件の直後に同じメンバーによって起こされた傷害事件です。

この事件では大森にあるファミリーレストラン・デニーズに関東連合、宮前愚連隊のメンバーが乱入し、店内にいた少年2人を拉致。金属バットなどで数時間に渡って暴行を加え、全身打撲などの怪我を負わせました。

十一代目市川海老蔵暴行事件

2010年に歌舞伎役者の石川海老蔵さんが西麻布のバーで関東連合の石元太一とトラブルを起こし、同席していた伊藤リオンから暴行を受けて大怪我を負う事件がおこりました。

伊藤リオンが市川海老蔵さんを暴行した動機は、先輩である石元太一が侮辱されたからというもので、彼らの中では筋の通る犯行動機だったのかもしれません。

刑期を終えた伊藤リオンには関東連合から相応のシノギが用意されていた、という話もあります。

宮前愚連隊の歴史

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現在では関東連合とともに実質解散したものと見られている宮前愚連隊。これまでどのような足跡をたどってきたのでしょうか?宮前愚連隊の歴史を見ていきましょう。

宮前愚連隊の前身・TOP J

TOP-Jは1990年代に井上勇と田丸大を中心に結成されたチーマーグループです。

昭和52年生まれの井上勇と田丸大の2人がメインとなっていたことから、TOP-Jが活動した時期はS52年世代とも呼ばれ、この頃はヤクザでさえTOP-Jには手出しをしなかったといいます。

全盛期には200人を超すメンバーが集まったとされますが、田丸大が少年院に服役している間にメンバーが他の暴走族などに流れてしまい、TOP-Jは1代で解散しました。

永福町ブラックエンペラーと見立真一

続く昭和53年生まれが中心となるS53世代には、関東連合の総長であり2013年に起きた六本木金属バット撲殺事件の犯人として、今もなお指名手配されている見立真一がいました。

見立真一は永福町ブラックエンペラーという暴走族を復活させましたが、この組織はバイクで走ることよりもリンチや恐喝、拉致監禁などをメインに行っており、全盛期の宮前愚連隊に通じるものがあります。

また永福町ブラックエンペラーは、一時期メンバーが全員逮捕されて事実上解散となった関東連合を復興するのにも一役買ったといいます。

昭和54年・宮前愚連隊が台頭

昭和54年生まれが中心となるS54世代になると、宮前愚連隊が存在感を増してきます。この世代には柴田大輔、大嶽正史、百井智志らがいました。

柴田大輔と小池幹士の縁で関東連合と友好組織に

柴田大輔が小池幹士や見立真一、吉田安清らと友好関係があったことから、宮前愚連隊は関東連合の友好組織になっていきます。

宮前愚連隊、関東連合ともに傷害致死になるような凄惨な暴行を好み、敵対する組織のメンバーには包丁や金属バットでリンチを加えるように。

さらに柴田大輔らはリンチで半殺しにした相手に自分の便を食べさせる、糞食暴行というおぞましい行為まで行っていました。

昭和55年・柴田大輔が原因で宮前愚連隊は壊滅状態に

しかし昭和55年生まれが中心となるS55世代になると、柴田大輔に恐怖を覚えたメンバーが次々と逃げ出して宮前愚連隊も壊滅状態になってしまいます。

同様に見立真一についていけないメンバーが後を立たなくなり、関東連合も弱体化していきました。

昭和56年以降・石元太一らが台頭

宮前愚連隊はS55世代以降勢いを失っていきますが、関東連合はS56世代の石元太一が中心となって勢いを取り戻していきました。

千歳台ブラックエンペラーの総長であった石元太一は暴走族仲間に人気が高く、彼が関東連合の幹部になったことで、猛者が集まってきたといいます。

この世代が中心となって起きたのがトーヨーボール殺人事件であり、関東連合がメディアに取り上げられるようになったのもこの世代からです。

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