【閲覧注意】戦慄の猟奇事件55選!日本・世界のヤバイ事件まとめ 社会

【閲覧注意】戦慄の猟奇事件55選!日本・世界のヤバイ事件まとめ

日本国内はもちろん、韓国、アメリカといった世界各地で目を覆いたくなるような猟奇事件が発生しています。そこで今回は平成を代表する猟奇事件やベナベンテ事件、和夫一家殺害事件などの猟奇事件をまとめると共に犯人不明の未解決事件についても併せてまとめました。

目次

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戦慄の猟奇事件まとめ【日本13選】

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まず最初に紹介するのは日本において発生し犯人逮捕など解決に至った猟奇事件です。

尚特性上、グロテスクかつ暴力的な表現を含む場合がありますことをご留意ください。

動機は愛?「阿部定事件」

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阿部定事件は1936年5月18日に東京で発生した事件であり、犯人の阿部定は待合旅館にて睡眠中の愛人石田吉蔵を殺害。殺害後、定は吉蔵の性器を切断しました。

動機は吉蔵への独占欲と言われ、同月5月20日に逮捕されるまでの間吉蔵の性器を持ち歩いていました。性器を切断し持ち歩いた理由も常に一緒にいたかったと供述しています。

定には懲役6年の判決が下されるも1941年恩赦を受けて出所。その後、紆余曲折有りつつも一般人として生活を続けましたが1971年に置手紙を残し失踪。以後の行方は知られていません。

神隠しと騒がれた「江東区マンション殺人事件」

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マンション内から忽然と女性が消えたことで神隠しかと騒がれた江東区マンション殺人事件は2008年4月18日に発生。警察の懸命な捜査により翌25日犯人が逮捕されました。

犯人星野貴徳は性奴隷獲得目的で被害女性を待ち伏せ部屋に侵入。殴打し気絶させて部屋に連れ込むも、同居している被害者姉の通報により早々に警察の捜査が開始されました。

事件発覚を恐れて星野は女性を殺害。包丁やのこぎりで死体を解体しトイレに流すなどして証拠の隠滅を図りました。また星野は事件後、何食わぬ顔で事件に関するインタビューを受けています。

被害者・加害者共に親が著名人だった「少年誘拐ホルマリン漬け殺人事件」

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1957年4月2日、林邦太郎は被害少年を自宅へと連れ込み殴って殺害。2日かけて死体は解体した挙句、金魚鉢と熱帯魚用の水槽を用いホルマリン漬けにして保管していました。

被害者は過去精神病院への入院歴があり、事件当時は自宅療養をしていたものの同月6日は再入院。その際、言動がおかしかったことから担当医が警察に通報しています。

通報を受けて警察は林の自室の捜査を行ったところ、室内には血痕が散らばっており、床下から前述のホルマリン漬けが発見されました。また事件について綴った日記も発見されています。

金魚鉢に入ったあの子は、見ても見ても飽きるということがない。ホルマリン漬けになったあの子は生きているときより、いっそうかわいい。親父たちがいるから、もったいないけど昼間は床下に隠す。でも隠す前には必ずサヨナラを言うんだ。でも、別れの旅に、つらい・・・

(引用:蝙蝠と蛞蝓の宴)

事件より前から少年に猥褻な行為や暴力を働いていた林はこうして逮捕され裁判にかけられます。裁判では責任能力が認められ懲役10年の刑に処されました。

またこの猟奇事件は犯人・被害者双方の父が著名人である点も注目されています。被害少年の父は角界出身のプロレスラー清美川、林の父親は囲碁棋士の林有太朗でした。

ボディを透明に「埼玉愛犬家連続殺人事件」

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本事件は被害者の数は30人以上にも登ると言われる猟奇事件であり、犯人の1人である関根元は「殺しのオリンピックがあれば自分は金メダルだ」と豪語していました。

ボディを透明にする。関根はそう言って徹底して死体の処理を行いました。しかし、徹底的な警察の捜査により河川から被害者の痕跡を発見。逮捕に至ります。

裁判の場において関根は共犯である風間博子と罪を擦り付け合いますが通じる訳もなく死刑判決が下されます。風間は現在も死刑を待っており、関根は2016年拘置場で死亡しています。

現地では今もタブー?「津山30人殺し」

八つ墓村のモデルとなった本事件は約2時間の間に28名が即死、重傷を負った5名の内2名が後に死亡した昭和史に残る猟奇事件であり、現地では今も尚事件の話はタブーだと言われています。

犯人の名前は都井睦夫。1937年に徴兵検査を受けるも過去に患った結核を理由に事実上の不合格となり村人にも検査の結果及び結核についてが知れ渡ります。

当時はまだ夜這い文化が残っており、以後かつて関係を持っていた村の女性からも拒絶されるばかりか当時の事情も相俟って次第に村の中で睦夫は孤立していきました。

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睦夫は日々不満を募らせるようになり日本刀などの凶器を集め始めます。途中で凶器は一旦没収されるものの、知人を通じて再び凶器を集めました。

そして、1938年5月21日。かつて睦夫と関係を持っていた女性が里帰りした日を狙い犯行が行われます。通報から警察が到着するまでの時間を計るなど用意も周到でした

犯行後、睦夫は遺書をしたためた後に現場から約3.5km離れた山中で自殺しています。

盲信の末「福島悪魔祓い殺人事件」

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1995年7月、福島県須賀川市で発覚した本事件は祈祷師の女性とその信者が除霊と称して被害者たちに殴る蹴るなどの激しい暴行を加え6人もの死者が出た猟奇事件です。

犯行は1994年から1995年6月の間にかけて行われており、犯人でもあり、被害者でもある信者の1人が入院したことがきっかけで捜査が開始、犯人逮捕に至ります。

現場に入った捜査員の人から聞いたんですよ。玄関を開けたら、嗅いだことがないような臭いがしたんですって。それだけじゃなくて、床一面に蛆虫が這っていたそうです。
(引用:日刊現代デジタル)

その後裁判では各々に有罪判決が下され主犯の祈祷師には死刑判決が下されています。そして、2012年9月27日、戦後10人目の女性死刑囚である祈祷師への死刑が執行されました。

悪魔を払う為に「藤沢悪魔払い殺人事件」

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藤沢悪魔払い殺人事件は1987年2月26日の朝に発覚した猟奇事件であり、被害者はメジャーデビューもしたバンド「スピッツ・ア・ロコ」のリーダー茂木正弘さんでした。

犯人は茂木さんの妻と従兄弟の2人であり、通報を受けた警察が犯行現場であるアパートに踏み込んだ時茂木さんの遺体を解体していました。警察が声をかけても一向に手を止めなかったといいます。

当時3人は悪魔の存在を信じ切っており、次第に茂木さんに悪魔が獲りついている妄想に駆られ悪魔を払う為に殺害。その後も内臓や肉にまで悪魔は憑いていると盲信したことが遺体の解体に繋がりました。

都市伝説も生み出した「東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件」

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昭和63年から平成元年にかけて発生した本事件は4人の罪の無い幼女が殺される日本犯罪史上に残る猟奇事件であり、社会に与えた影響も非常に大きなものでした。

最初の犯行は1988年8月、4歳の女の子を誘拐し殺害。その1か月後には7歳、その2か月後には4歳の女の子を誘拐し殺害。そればかりか、死体に対して猥褻な行為も行っています。

また翌89年には今井勇子の偽名を使い被害者宅や新聞社あてに犯行声明文を送りつけました。また被害者宅には幼女の遺骨を送っています。

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同年6月には最後の犠牲者である5歳の幼女を誘拐し殺害。遺体をバラバラに切断しました。その翌月についに宮崎は逮捕し凶行は終わりを告げます。

その後の裁判で宮崎には死刑判決が下され2008年に死刑が執行。宮崎はこの世を去りましたが、遺族や被害者への謝罪の言葉を口にすることはありませんでした。

本事件は非常にセンセーショナルな事件であり、ネット上に転がるウルトラセブン幻の12話の出元は宮崎であるなどの都市伝説も生まれています。

帰国後メディアに引っ張りだこ「パリ人肉事件」

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1981年、花の都パリで発生した猟奇事件の犯人は当時フランスに留学していた日本人佐川一政でした。佐川は友人であるオランダ人女性を殺害、死体を犯した挙句食人まで犯しています。

佐川はフランスで逮捕され精神病院に入れられますが、世間からのバッシングもあり強制退院の末日本に帰国。日本では1年間の入院の後に退院し書籍を出版するなど一躍時の人となります。

その後もメディアに対し依然として食人に対する興味が失われていないかのような発言を繰返した佐川ですが、現在では脳梗塞に要介護状態となっています。

あまりの事態にメディアもスルー?「北九州監禁殺人事件」

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事件の内容があまりに残虐過ぎて報道規制がかけられたとまで言われる本事件は1996~98年にかけて発生し、幼い子供を含む7人の尊い命が失われました。

犯人松永太は言葉巧みに被害者たちに取り入り、暴力や暴言を用いて洗脳。被害者らを支配下に置き、家族に家族を殺させ、死体を解体させるなど残虐極まりない行為を働いています。

しかし、被害者の少女が逃げ出したことで事件が発覚。松永は共犯である緒方と共に逮捕されました。緒方は松永の洗脳下にあったとして死刑から無期懲役に減刑されるも松永の死刑は覆らることはありませんでした。

生きたまま解体された「横浜港バラバラ殺人事件」

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2009年に神奈川県横浜市で発生した事件は裁判員裁判制度が施工されて初めて死刑判決が確定した事件でもあり、犯人の残酷極まりない殺害方法が取り沙汰にされました。

麻雀店の経営トラブルが発端とった本事件は近藤剛郎の依頼を受けた池田容之が被害者2名をホテルに呼び出し殺害に及びます。被害者の1人高倉さんは生きたままチェーンソーで首を斬られました。

被告人池田「泣くなよお前アッハッハ(ハサミで淡々と被害者の指を数えながら切り落とし)俺も上には逆らえないからよ」
被害者の高倉さん「おねがいします!ウワー!!ウオ、オオオ、ゴフ」
(首が切断された)
被告人池田「きたねーなこの野郎。この道具早えーな!見た?30秒もかからなかったな!こいつ気持ち悪いヤクザだな」

(引用:NEVERまとめ)

更に池田は残る1人も刺殺。2人の死体はバラバラに解体されスーツケースに詰められた後遺棄されます。その後、犯行が発覚し池田には死刑判決が下ったのは前述の通りです。

しかし、実行犯である池田は逮捕されたものの殺害を計画した今度は今も尚逮捕されていません。近藤はタイに国外逃亡しているとみられています。

溶かされた遺体「八王子ホスト殺人事件」

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2010年、八王子のホストクラブ「バリカン」のオーナー土屋正道さんが行方不明となり3年後の2013年犯人の自宅から土屋さんのインプラントが発見されました。

主犯はバリカンの共同経営者だった玄地栄一郎とバリカンの元ホストである阿部卓也の2名。バリカン店内で土屋さんを殺害後、阿部の自宅に遺体を運びました。

阿部は自宅で土屋さんの遺体を解体、鍋に入れパイプ洗剤などを用いて遺体を溶かしました。またこの時、阿部の父親も土屋さんの遺体損壊に加担しています。

戦前の闇「小林多喜二拷問死事件」

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蟹工船などの著者として知られる小林多喜二。プロレタリア文学の旗手であり、貧しい者の味方であった小林は特高警察の暴行を告発した作品も発表しています。

この事が特高警察の怒りを買いました。1933年2月20日、小林は都内で逮捕され思想を変えるよう言われますがこれを拒否。結果小林には苛烈な拷問が加えられました。

その結果小林は死亡しますが、当局は死因を心臓麻痺と発表。しかし、小林の体には暴行の痕跡が見て取れ、全身が腫れあがり、下半身はどす黒く変化していました。

戦慄の猟奇事件まとめ【未解決10選】

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続いての猟奇事件まとめは未解決編です。手がかりがありながら、あるいは痕跡さえ残されておらずなどの色々な理由によ依然としてり未解決な猟奇事件をまとめました。

今も尚未解決「世田谷一家殺人事件」

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2000年12月30日から31日にかけて発生した世田谷一家殺人事件は依然として解決の糸口を掴めておらず、毎年年末になればニュースで触れられることもあります。

子供まで滅多刺しにする残虐な手口で4人が犠牲になった本事件は犯行現場となった被害者宅に多くの指紋、血痕の他靴の跡など数多くの遺留品が発見されています。

しかし、現在でも犯人逮捕には至っていません。犯人は国外に逃亡していると言われる他、既に犯人は特定しているが諸々の事情で逮捕出来ないといった陰謀論じみたものも存在します。

この人悪い人「長岡京ワラビ採り殺人事件」

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ワラビ採りの為、地元民憩いの山に入山した主婦2人が変わり果てた姿で発見された本事件は未だに未解決なままです。また法改正以前の事件の為、公訴時効が成立しています。

事件の発声は1979年5月23日。パートを終えた主婦2名がワラビ採りに向かった先で何者かに殺害されました。遺体の状態から激しい暴行が加えられたことも分かっています。

また「追われている、助けて下さい、この人悪い人」と震える字で書かれた勤務先のレシートも発見されており記憶に残る猟奇事件としてしばしば話題にあがります。

世界的に有名な劇場型殺人「ゾディアック事件」

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犯行声明文の中で犯人がゾディアックを再三自称したことから呼ばれるようになった事件であり、典型的な劇場型殺人として世界的な知名度を誇るアメリカの犯罪史に残る事件です。

死亡者の数は確定しているだけで5人。犯人は37人の人命を奪ったと自称しています。また犯人は犯行声明文の他警察への電話など派手なパフォーマンスを行いました。

捜査線上に何人もの被疑者は浮かび上がるものの決定的な証拠にはならず犯人も不明なまま。その為、現在でも警察はゾディアック事件の捜査を継続しています。

訪問者の正体は?「青ゲットの男」

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1906年2月12日、福井県の現・坂井市において発生した青ゲット殺人事件は日本における猟奇事件の1つであると同時に犯人逮捕に至っていない未解決事件の1つです。

犯行当日は大雪であり、被害者宅に青ゲット(毛布)を被った男が訪れました。男は応対した番頭の遠い親戚を装い、言葉巧みに番頭を連れ出しました。

その後、番頭の妻、母も青ゲットの男によって連れ出されます。辛うじて2歳の娘は連れ出されることはありませんでしたが、妻と母は遺体で見つかり、番頭に至っては遺体さえ発見されていません。

人違いで殺された?「井の頭公園バラバラ殺人事件」

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井の頭公園バラバラ殺人事件では名前の通り井の頭公園で遺体が発見されています。そればかりか、遺体は20cm間隔に切り揃えられ、また血液が一滴残らず抜き取られていました。

医療知識と大量の水が無ければ出来ない所業であり、指紋も削り取られていました。犯人は医学関係者、カルトな宗教団体など様々な憶測が飛びかいました。

しかし、犯人逮捕には至らず2009年時効が成立します。また時効後、新たな情報が発覚し被害者は人違いで殺害された可能性が浮上しています。

子宮に電話とキーホルダー「名古屋妊婦切り裂き殺人事件」

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1988年に発生した名古屋妊婦切裂き事件は被害者である臨月の妊婦の子宮に受話器とミッキーマウスのキーホルダーが詰め込まれていた未解決の猟奇事件です。

胎児は犯人によって子宮から取り出されており、第一発見者である夫が発見した時母の遺体の傍で泣いていました。その後、母子は病院に搬送されます。

到着後間も無く母は死亡。胎児は懸命で的確な治療により命の危機から脱しました。遺族である夫とこの時の子供は現在海外に移住しています。

度々創作物の題材に「切り裂きジャック事件」

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切り裂きジャック、あるいはジャック・ザ・リッパーの名前で知られる本事件も世界的に有名な猟奇事件であり未解決事件の1つに数えられます。

事件が起きたのは1888年のイギリス。売春婦ばかりが狙われ確定しているだけで5人の命が失われました。本事件が劇場型犯罪の元祖とも言われます。

犯行はメスのような鋭利な刃物を使って行われ、特定の臓器が抜き取られていたことから犯人は医師ではないかと予測されましたが犯人逮捕には至っていません。

多数の自称犯人が名乗り出た「ブラックダリア事件」

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1947年、アメリカで両断された美女の遺体が発見されました。遺体は丁寧に洗浄されており、血痕も無く発見者は最初マネキンだと思ったと記録されています。

しかし、口に至っては右耳から左耳にかけて大きく切り裂かれていました。検死の結果、被害者は生きたまま胴体を両断されていたことが判明します。

被害者は映画デビューを夢見てハリウッドを訪れていた女性で彼女のあだ名は「ブラック・ダリア」でした。事件名は被害者のあだ名から撮られています。

韓国史に残る未解決事件「華城連続殺人事件」

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韓国犯罪史に残る事件である華城連続殺人事件は1986年から1991年にかけて発生した連続強姦殺人事件であり、10代から70代までの女性10人が犠牲になりました。

事件の重大さを省みて述べ167万人にも及ぶ捜査員が投入され、21000にも及ぶ容疑者及び捜査対象者がリストアップされるも犯人逮捕には至らず2006年時効が成立しました。

時効成立から13年後の2019年9月19日、突如として犯人が特定されます。犯人は妻の妹への強姦殺人の罪で服役中の男でありDNAが一致したと警察は発表。しかし、時効成立後の為罪に問うことはできません。

少年の身元さえも不明「ボーイ・イン・ザ・ボックス」

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1957年2月25日、アメリカペンシルバニア州フィラデルフィアで4~6歳の男児の遺体が発見されました。遺体は不法投棄された段ボールの中に納められていました。

検死の結果男児の死因は頭部への打撃が原因であることが判明。体の至るところに痣があったことや死亡数時間前から何も食べていないことから虐待を受けていた可能性があります。

事件は大きく注目され、当時のフィラデルフィアのガソリンスタンドには情報提供を呼び掛けるポスターが張り出されました。しかしながら、犯人逮捕はおろか男児の身元特定にも至っていません。

戦慄の猟奇事件まとめ【少年犯罪13選】

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続いての猟奇事件まとめは犯人が未成年、いわゆる少年犯罪における猟奇事件まとめです。

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