【危険】日本のスラム街ランキングTOP10!日本三大スラムとは? 社会

【危険】日本のスラム街ランキングTOP10!日本三大スラムとは?

日本にもスラム街・ドヤ街と呼ばれる街が、大阪、東京、尼崎、川崎、沖縄、西成、横浜、神戸など日本各地に点在していると言われます。東京スラム街一覧、そして日本三大スラム街と呼ばれる地域をにランキング形式で画像と共に紹介していきましょう。

目次

[表示]

スラム街の定義は?ドヤ街とは何が違うの?

Free-Photos / Pixabay

スラム街と聞いて漠然としたイメージは湧きますが、実際に何を基準にしてスラム街と呼ぶのでしょう。またドヤ街と呼ばれる街もありますが、スラム街との違いはなんなのでしょうか。

スラム街とドヤ街の違い

Pexels / Pixabay

スラム街とは都市部において貧困層が過密して暮らす地域のことを指します。高い失業率とそれに伴う貧困が常であり、それ故犯罪や自殺者が多発する傾向にあります。

一方ドヤ街とは日雇い労働者が多く住む街の事を指し、安価で寝泊まりの出来る簡易宿泊所が多数立ち並んでいることで治安が良くない地域を指します。

スラム街はなぜ出来上がる?

スラム街の住民の殆どは地方出身者であるとされ、職を求めて都市部に移り住むも都市部の雇用も十分ではなく、雇用を求めて路上で寝泊まりを繰り返します。

その内、廃材を使ってバラックを建てる者が現れ、それらが集まることでスラム街が形成されます。

またスラム街は小屋を取り壊される心配のない、川べりやごみ収集区などに建てられることが多く、いずれにせよ危険な場所や不衛生な場所にスラム街は形成されます。

日本のスラムと海外のスラムの違い

vladvalkonen / Pixabay

前述の通り、海外のスラム街は重犯罪が起こり易い傾向にあります。一方で日本のスラム街と呼ばれる街はドヤ街と重複することが多く、重犯罪がそれほどには多発しません。

とは言え全く事件が起こらない訳でもなく、日雇い労働者を狙った強盗事件が発生したり、後述する暴動事件などのような犯罪が起こることもあります。

また日本のスラム街の場合、貧困層のみが暮らしている訳ではなく地区内に中産階級の住宅も存在しているのも特徴です。

【画像有】東京のスラム街一覧・ランキングベスト7!

telophase / Pixabay

東京都内だけでも、スラム街・ドヤ街の痕跡が色濃く残る地域がいくつかあります。新宿などは「都庁」が建設されてから、路上生活者が一掃されるような変化もありました。

しかし依然として、安宿がたくさん残っている、非常に治安が悪いなど、昔からの歴史を引きずっている地域はあります。それらをランキング形式でご紹介していきましょう。

ランキング第7位・治安が悪い駅ランクでは1位とも言われた東京都足立区綾瀬

都内でも治安の良くない区としては、常に上位ランキングに入るのが足立区です。その中でも「綾瀬」は、綾瀬駅の西側エリアに風俗店や消費者金融などが並び、治安が悪いことで有名です。

深夜まで騒音がしたり、浮浪者や暴走族などが徘徊していることもあるようです。都内においては、ある種のスラム街的な匂いを放つ街の1つだと言えそうです。

ランキング第6位・新宿の隣駅でコリアタウンがある東京都新宿区新大久保

新宿のすぐ隣の「新大久保」は、コリアタウンとしてよく知られ、韓国籍の店が多く立ち並ぶ賑やかな街です。しかし飲食街としての治安はかなり悪いようで、住むには相応しくないとも言われています。

立地条件はいいのですが、歌舞伎町までも徒歩圏内というカオスな状況は、一種のスラム街を形成しているとも言えるかもしれません。

一方、都内でも有数の名門進学校「海城学園」があることでも知られています。

ランキング第5位・駅からの方位や距離で危なさが変化する東京都豊島区池袋

池袋は、渋谷・新宿と並び称される、3大都市の1つでもあり、大歓楽街としても有数の街です。それゆえ、特に駅北口方面は風俗店が多く立ち並び、非常に治安が悪いことで知られています。

駅から距離のある地域には、名門・立教大学があったり、東口から少し歩くと、アニメオタクの「聖地」、アニメイト本店があります。

ランキング第4位・マツコDXも一目置いたダークな街東京都江戸川区小岩

マツコDXさんの番組でも取り上げられましたが、小岩ほど都内にありながら「ダーク」な街もないと言われます。東京の最も東の江戸川区にある、古くから栄えた街の1つです。

海外からの移住者も多く、特に夜の街の顔が独特なのだそうです。スラム街という程ではないにせよ、ややレトロ系な暴走族などが多く生息する地域だと言われているようです。

ランキング第3位・今は立派でキレイに生まれ変わった街東京都荒川区北千住

現在は各種鉄道の乗り換え始発駅として、クリーンなイメージを持ち始めた北千住ですが、都内ではまだスラム街的イメージを持たれているようです。特に東京メトロの出口付近は、治安の悪さを実感するそうです。

南千住がこのあと登場する「山谷」と隣接地域であることも、治安の悪さの印象を引きずっているのだと言われます。

ランキング第2位・住みたい街にも選ばれる東京都大田区蒲田

下町感が残る東京都大田区蒲田は、ある調査で2018年には東京23区の住みたい街ランキングで10位にランクインしました。その一方でスラム街とも呼ばれています。

実際に2019年には住みたくない街ランキングの1位にノミネートされており、家賃の安さは魅力的なものの治安が悪いと評する人が多くいます。

実際に酔っ払いにナンパされ断ったところ暴言を吐かれた、酔っ払い同士が喧嘩しているところを目撃したなどの体験談もあり、夜になると特に駅周辺の繁華街で治安の悪さが目立つようです。

ランキング第1位・日本三大スラム街の1つでもある東京都上野山谷

日本三大スラム、もしくは三大ドヤ街と呼ばれる内の1つが東京にある山谷(さんや)です。現在地図上から山谷の地名は消滅しているものの、山谷の名は依然として有名なままです。

山谷に日雇い労働者が集まるようになったのは江戸時代中期からで、この頃から清掃や建設を行う労働者が使う木賃宿が山谷に立ち並ぶようになりました。

また江戸時代後期には幕府が、山谷の北部にある小塚原刑場で働かせるために、被差別民を山谷に集めたことから被差別部落としての顔も持つようになっていったのです。

昭和になった後も戦後日雇い労働者が集まり、ドヤが立ち並びドヤ街となった山谷は1960年代には数千人規模に及ぶ暴動が発生したこともあり、名作アニメ・あしたのジョーの舞台ともなりました。

現在でもドヤは点在しているものの、日雇い労働者の高齢化などに伴い、バックパッカーや生活保護受給者の街となりつつあります。

山谷から出られずに高齢化し、孤立してしまった人も多いことから、山谷は「都市型限界集落」とも呼ばれ、孤独死を迎える高齢者が後をたたないことも問題となっています。

【画像有】日本のスラム街・ドヤ街一覧ランキングベスト10!

Activedia / Pixabay

ここまでスラム街の定義について解説させて頂きました。ここからは日本のスラム街と呼ばれる街をランキング形式にて10個紹介いたします。

第10位・新川スラムとかつて呼ばれた神戸市中央区南本通街

兵庫県神戸市中央区南本通街の生田川公園周辺の土地は、神戸近隣の差別民が集まって生活をしていた被差別部落であったため、肥大化したスラム街・新川スラムと呼ばれていた時期がありました。

しかし、明治42年には現代の三大聖人の1人賀川豊彦が居を構えたことで環境は改善。賀川豊彦の他にも大森喜作達が改善事業を行っており、現在はスラム街と呼ばれることはなくなりました。

改良住宅が設けられていたために、阪神大震災時にも建造物倒壊等の被害が少なくて住んだとされます。尚伝説のヤクザと言われる菅谷政雄ことボンノも神戸市中央区南本通街の出身者です。

第9位・名残が見受けられる名古屋の元ドヤ街

かつて名古屋駅の裏には笹島ドヤ街と呼ばれるドヤ街が存在していました。現在でもその名残は残っており、実際に訪れた人が画像のような光景を発見しています。

これ以外にも物騒な落書きは転々と描かれている上に漢字を間違えていたりするパターンも少なくないようです。また簡易宿泊所の名残として安価(1泊1500円から等)な宿泊施設も現存しています。

しかし、あくまで元ドヤ街である為さほど治安は悪くなく、どことなくヲタクの街の匂いも漂っているのが笹島ドヤ街の特徴でもあります。

第8位・岐阜の花街に隣接する国際園

岐阜の遊郭街で知られる「金津園」と隣接して、国際園という寂れた街があります。ここは戦後の闇市の時代に拓けた、いわゆる「赤線地帯」であり、現在は昭和レトロの雰囲気を色濃く残す街です。

現在、危険なことはないですが、まるでゴーストタウンのような佇まいはスラムのようにも見えます。

第7位・アメリカのスラム?沖縄県コザ

実際に訪れた人からアメリカのスラム街のようと印象を抱かれた沖縄県のコザ。かつては米兵向けのバーや飲み屋で大変賑わっていたことでも知られます。

夜ともなればYナンバーの車が路上に並び、酔っ払った米兵が奇声をあげるなど日本国内の沖縄とは思えないような光景が広がっていたのもコザの特徴でした。

また韓国人売春婦が客引きをしており、屈強な黒人兵士と共に暗い場所に消えていく様は狂気と称している人もいるなど独特な雰囲気は今も存在するようです。

コザは嘉手納飛行場と米陸軍のキャンプレクターを有しており、終戦後に米兵向けの飲食店や小売店が激増した街でした。

アメリカ軍の施政下にあった終戦直後の沖縄県は、県全体が日本の法律が適用されないという状態でありましたが、米軍との関係が密であったコザにおいては特に米兵と住民とのトラブルが多発。

米兵の暴力を受けても国が守ってくれないことから、コザでは1970年に「コザ暴動」という大規模な抗議と暴動が起きたこともあります。

第6位・ダウンタウンの出身地兵庫県尼崎市

ダウンタウンの出身地としても有名な兵庫県尼崎市。テレビでも度々治安が悪いなどと揶揄され、スラム街とも呼ばれているのは有名な話です。

尼崎は大阪に隣接しており、土地柄・人柄を大阪に近いと称する人も多数です。また高級住宅街も市内にあるなど格差の大きい地域という認識もあります。

またただでさえ治安が悪いとのイメージがあり、2012年に発覚した尼崎連続変死事件もそのイメージに拍車をかけており、事件が多いとの認識があります。

しかし実際に住んでいる方からは「物価も安く、物件の賃料も安いため住みやすい」「駅の周辺に一通りのものが揃っているため、便利」といった声も上がっています。

ガラの悪い人を見かけることが多い、窃盗などの軽犯罪の発生率が比較的高いといった面はあるものの、自衛ができれば噂ほど住みにくい街ではないと感じる人も少なくない様子です。

第5位・隠れたドヤ街とも呼ばれる神奈川県川崎市日進町

ランキング5位にノミネートされた神奈川県川崎市日進町は隠れたドヤ街とも呼ばれており、京急八丁畷駅を降りたすぐ傍にあります。鶴見川を挟んで横浜に面した場所です。

しかしながら、最近は開発によりマンションが立ち並び徐々にドヤ街としての面影は消えつつあるようです。それに伴い簡易宿泊所の数も減少傾向にあります。

更に2015年には川崎市日進町で放火による大規模の火災が発生。当時2件だけ残っていたドヤもこの火事により焼失してしまいました。

この火災で11名もが命を落としたのですが、その理由は被害にあった簡易宿泊所が建築基準法に違反しており、火災時の避難経路が確保されていなかったためです。

しかも延焼して取り壊された簡易宿泊所の隣には、川崎警察署が建っていました。警察のお膝元で放火が発生したということからも、当時の日進町の治安の悪さが窺えます。

第4位・不穏な看板が並ぶ京都ウトロ地区

画像のような看板が立ち並ぶのが京都にあるウトロ地区。在日韓国・朝鮮人地区であり、自衛隊大久保駐屯地の北側にへばりつくようにして存在しています。

元々は戦中における航空機工場建設の飯場であり、戦後帰国命令が下るも日本に留まり続け、不法に同地を占拠・居住を続けたことが起因となっています。

土地所有者との対立や都市転がしと複雑な経緯を辿っており、現在住人は極端に減少しているものの今にも崩れそうなバラックが残るなど異様な雰囲気を有し続けています。

ウトロ地区では2016年からはバラックの取り壊しが開始されており、市営住宅の整備が進んでいます。2017年に40世帯が市営住宅に入居、2023年を目処に残りの住民も市営住宅に入居する予定です。

不法占拠が続いたためにインフラの整備も進まなかったウトロ地区ですが、この開発を経て治安も大幅に改善されるのではないかと予想されています。

第3位・大阪食い倒れの街・新世界(通天閣)

ランキング3位は大阪、食い倒れの街を象徴する、新世界です。ここは大阪名物「通天閣」があり、安価な飲食店が立ち並び、昼夜関係なく酔っ払いが徘徊する街と知られています。

B級グルメの街としても重宝されますが、ガラの悪い酒飲みが多くいるので些細な揉め事は絶えないようです。ただ、この混沌とした雰囲気こそ、大阪の神髄だとみる人も多くいるのも事実です。

第2位・日本三大スラム街の1つ横浜寿町

横浜にある寿町も日本三大スラム街の1つにカウントされます。寿町がドヤ街になったのは、1950年の朝鮮戦争勃発に伴い労働者が押し寄せたことがきっかけでした。

現在はホームレスの数は少なくなり、山谷と同じくバックパッカーご用達の街となりつつありますが、日雇い労働者の募集は現在でも継続しているようです。

また白昼堂々違法賭博が行われ、ヤクザが闊歩し高級車が路上に停車しているなど、変わりつつあると言っても横浜寿町が特殊な街である名残は今も色濃く残っているようです。

横浜市にありながら発展から取り残されてしまった寿町は、湾岸労働の需要が減ったことから現在では高齢化が急速に進んでいるといいます。

2019年に行われた国勢調査によると、寿町の簡易宿泊所を居住地とする人の半数以上が65歳以上の高齢者であり、うち95%以上もの人が生活保護を受給していることが明らかになっています。

さらに全住民のうち小学生以下の人口は1%に満たないことも判明しており、現在の寿町は都市部とは思えない限界集落のような状態になっているのです。

第1位・日本で唯一暴動が起きる大阪府西成あいりん地区

ランキング1位は大阪市西成区の北部に位置するあいりん地区(釜ヶ崎、西成)です。2000年代に入ってもなお暴動が起こる治安の悪さから「日本で一番危険な町」と称されることも多い場所です。

あべのハルカスのある天王町駅からも電車で2分と近い場所にありながら、あいりん地区の三角公園には終戦直後のようなブルーシートの小屋が立ち並びます。

周辺には日雇い労働者が利用する簡易宿泊所も多く、2007年にリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害した市橋達也受刑者が一時期身を隠していたことなどから、犯罪者の潜伏場所としても知られるようになりました。

現在でも数は減ったとはいえ道路上でよくわからない薬品や児童ポルノなどの違法アダルトビデオが売られていたり、日本国内とは思えないような姿を見せているあいりん地区。

近年はYouTuberが多く訪れて撮影をしていますが、面白半分で足を踏み入れる、無暗に地区内を撮影するなどすれば住民から恫喝されるなど、トラブルになる可能性があります。

ちなみに西成区の他の地区は普通の住宅街であり、治安に問題があるわけではありません。西成区=あいりん地区というわけではないので、注意してください。

ランキングベスト3の日本三大スラム街で起きた事件

スラム街と呼ばれた街も治安が改善したり、別の街としての一面を持ち始めているのは前述の通りです。しかし、未だに治安が悪いというイメージも健在です。

実際にスラム街と呼ばれる街で何かしら事件は発生したのでしょうか。

山谷争議団事件

stux / Pixabay

ランキング3位に入った東京山谷では日雇い労働者に仕事を斡旋し給与をピンハネする暴力団とそれを良しとしない左翼系組織山谷争議団が対立していました。

1983年には暴力団と争議団の間で乱闘が発生。逮捕者7名を出しました。その後も争議団・暴力団の間で睨み合い及び衝突が繰り返されます。

1984年には映画監督の佐藤満男が刺殺。86年には争議団幹部が銃殺されました。また一連の事件を受けて、警察と争議団との衝突も発生しています。

西成暴動

日本で唯一暴動が起きるあいりん地区では暴動が初めて発生したのは1961年のことでした。暴動の発端となったのは、日雇い労働者とタクシーの事故の事故処理を巡ってのことです。

その後もたびたび暴動が起きていますが、1970年代になるとあいりん地区に新左翼団体が侵入し日雇い労働者を扇動するようになりました。

現在まででのべ24回もの暴動があいりん地区では発生しています。しかし、2008年の暴動を最後に10年以上暴動は発生していません。

NEXT:寿町16歳少女死亡事件
1/2