【危険】日本のスラム街ランキングTOP10!日本三大スラムとは? 社会

【危険】日本のスラム街ランキングTOP10!日本三大スラムとは?

スラム街。洋画等で時折存在が語られますが、日本にもスラム街と呼ばれる街は大阪、東京、尼崎、川崎、沖縄、西成、横浜、神戸と日本各地に存在します。あるいはしていました。そこで今回は日本三大スラム街と呼ばれる街を筆頭にランキング形式で画像と共に紹介します。

目次

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スラム街の定義は?ドヤ街とは何が違うの?

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スラム街と聞いて漠然としたイメージは湧きますが、実際に何を基準にしてスラム街と呼ぶのでしょう。またドヤ街と呼ばれる街もありますがスラム街との違いはなんなのでしょうか。

スラム街とドヤ街の違い

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スラム街とは都市部において貧困層が過密して暮らす地域のことを指します。高い失業率とそれに伴う貧困が常であり、それ故犯罪や自殺者が多発する傾向にあります。

一方ドヤ街とは日雇い労働者が多く住む街の事を指し、安価で寝泊まりの出来る簡易宿泊所が多数立ち並んでいることが起因します。

スラム街はなぜ出来上がる?

スラム街の住民の殆どは地方出身者であるとされ、職を求めて都市部に移り住むも都市部の雇用も十分ではなく、雇用を求めて路上で寝泊まりを繰り返します。

その内、廃材を使ってバラックを建てる者が現れ、それらが集まることでスラム街が形成されます。

またスラム街は小屋を取り壊される心配のない川べりやごみ収集区などに建てられることが多く、いずれにせよ危険な場所や不衛生な場所にスラム街は形成されます。

日本のスラムと海外のスラムの違い

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前述の通り、海外のスラム街は重犯罪が起こり易い傾向にあります。一方で日本のスラム街と呼ばれる街はドヤ街であることが多く、重犯罪が多発しません。

とは言え全く事件が起こらない訳でもなく、日雇い労働者を狙った強盗事件が発生したり、後述する暴動事件などのような犯罪が起こることもあります。

また日本のスラム街の場合、貧困層のみが暮らしている訳ではなく地区内に中産階級の住宅も存在しているのも特徴です。

【画像有】日本のスラム街ランキングベスト10!

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ここまでスラム街の定義について解説させて頂きました。ここからは日本のスラム街と呼ばれる街をランキング形式にて10個紹介いたします。

第10位・新川スラムとかつて呼ばれた神戸市中央区南本通街

兵庫県神戸市中央区南本通街の生田川公園周辺の土地は、神戸近隣の差別民が集まって生活をしていた被差別部落であったため、肥大化したスラム街・新川スラムと呼ばれていた時期がありました。

しかし、明治42年には現代の三大聖人の1人賀川豊彦が居を構えたことで環境は改善。賀川豊彦の他にも大森喜作達が改善事業を行っており、現在はスラム街と呼ばれることはなくなりました。

改良住宅が設けられていたために、阪神大震災時にも建造物倒壊等の被害が少なくて住んだとされます。尚伝説のヤクザと言われる菅谷政雄ことボンノも神戸市中央区南本通街の出身者です。

第9位・名残が見受けられる名古屋の元ドヤ街

かつて名古屋駅の裏には笹島ドヤ街と呼ばれるドヤ街が存在していました。現在でもその名残は残っており、実際に訪れた人が画像のような光景を発見しています。

これ以外にも物騒な落書きは転々と描かれている上に漢字を間違えていたりするパターンも少なくないようです。また簡易宿泊所の名残として安価(1泊1500円から等)な宿泊施設も現存しています。

しかし、あくまで元ドヤ街である為さほど治安は悪くなく、どことなくヲタクの街の匂いも漂っているのが笹島ドヤ街の特徴でもあります。

第8位・住みたい街にも選ばれる東京都大田区蒲田

下町感が残る東京都大田区蒲田は2018年には東京23位の住みたい街ランキングで10位にランクインしました。その一方でスラム街とも呼ばれています。

実際に2019年には住みたくない街ランキングの1位にノミネートされており、家賃の安さは魅力的なものの治安が悪いと評する人が多くいます。

実際に酔っ払いにナンパされ断ったところ暴言を吐かれた、酔っ払い同士が喧嘩しているところを目撃したなどの体験談もあり、夜になると特に駅周辺の繁華街で治安の悪さが目立つようです。

第7位・アメリカのスラム?沖縄県コザ

実際に訪れた人からアメリカのスラム街のようと印象を抱かれた沖縄県のコザ。かつては米兵向けのバーや飲み屋で大変賑わっていたことでも知られます。

夜ともなればYナンバーの車が路上に並び、酔っ払った米兵が奇声をあげるなど日本国内の沖縄とは思えないような光景が広がっていたのもコザの特徴でした。

また韓国人売春婦が客引きをしており、屈強な黒人兵士と共に暗い場所に消えていく様は狂気と称している人もいるなど独特な雰囲気は今も存在するようです。

コザは嘉手納飛行場と米陸軍のキャンプレクターを有しており、終戦後に米兵向けの飲食店や小売店が激増した街でした。

アメリカ軍の施政下にあった終戦直後の沖縄県は、県全体が日本の法律が適用されないという状態でありましたが、米軍との関係が密であったコザにおいては特に米兵と住民とのトラブルが多発。

米兵の暴力を受けても国が守ってくれないことから、コザでは1970年に「コザ暴動」という大規模な抗議と暴動が起きたこともあります。

第6位・ダウンタウンの出身地兵庫県尼崎市

ダウンタウンの出身地としても有名な兵庫県尼崎市。テレビでも度々治安が悪いなどと揶揄され、スラム街とも呼ばれているのは有名な話です。

尼崎は大阪に隣接しており、土地柄・人柄を大阪に近いと称する人も多数です。また高級住宅街も市内にあるなど格差の大きい地域という認識もあります。

またただでさえ治安が悪いとのイメージがあり、2012年に発覚した尼崎連続変死事件もそのイメージに拍車をかけており、事件が多いとの認識があります。

しかし実際に住んでいる方からは「物価も安く、物件の賃料も安いため住みやすい」「駅の周辺に一通りのものが揃っているため、便利」といった声も上がっています。

ガラの悪い人を見かけることが多い、窃盗などの軽犯罪の発生率が比較的高いといった面はあるものの、自衛ができれば噂ほど住みにくい街ではないと感じる人も少なくない様子です。

第5位・隠れたドヤ街とも呼ばれる神奈川県川崎市日進町

ランキング5位にノミネートされた神奈川県川崎市日進町は隠れたドヤ街とも呼ばれており、京急八丁畷駅を降りたすぐ傍にあります。鶴見川を挟んで横浜に面した場所です。

しかしながら、最近は開発によりマンションが立ち並び徐々にドヤ街としての面影は消えつつあるようです。それに伴い簡易宿泊所の数も減少傾向にあります。

更に2015年には川崎市日進町で放火による大規模の火災が発生。当時2件だけ残っていたドヤもこの火事により焼失してしまいました。

この火災で11名もが命を落としたのですが、その理由は被害にあった簡易宿泊所が建築基準法に違反しており、火災時の避難経路が確保されていなかったためです。

しかも延焼して取り壊された簡易宿泊所の隣には、川崎警察署が建っていました。警察のお膝元で放火が発生したということからも、当時の日進町の治安の悪さが窺えます。

第4位・不穏な看板が並ぶ京都ウトロ地区

画像のような看板が立ち並ぶのが京都にあるウトロ地区。在日韓国・朝鮮人地区であり、自衛隊大久保駐屯地の北側にへばりつくようにして存在しています。

元々は戦中における航空機工場建設の飯場であり、戦後帰国命令が下るも日本に留まり続け、不法に同地を占拠・居住を続けたことが起因となっています。

土地所有者との対立や都市転がしと複雑な経緯を辿っており、現在住人は極端に減少しているものの今にも崩れそうなバラックが残るなど異様な雰囲気を有し続けています。

ウトロ地区では2016年からはバラックの取り壊しが開始されており、市営住宅の整備が進んでいます。2017年に40世帯が市営住宅に入居、2023年を目処に残りの住民も市営住宅に入居する予定です。

不法占拠が続いたためにインフラの整備も進まなかったウトロ地区ですが、この開発を経て治安も大幅に改善されるのではないかと予想されています。

第3位・日本三大スラム街の1つでもある東京都上野山谷

日本三大スラムもしくは三大ドヤ街と呼ばれる内の1つが東京にある山谷です。現在地図上から山谷の地名は消滅しているものの、山谷の名は依然として有名なままです。

山谷に日雇い労働者が集まるようになったのは江戸時代中期からで、この頃から清掃や建設を行う労働者が使う木賃宿が山谷に立ち並ぶようになりました。

また江戸時代後期には幕府が山谷の北部にある小塚原刑場で働かせるために、被差別民を山谷に集めたことから被差別部落としての顔も持つようになっていったのです。

昭和になった後も戦後日雇い労働者が集まり、ドヤが立ち並びドヤ街となった山谷は1960年代には数千人規模に及ぶ暴動が発生したこともあり、あしたのジョーの舞台ともなりました。

現在でもドヤは点在しているものの、日雇い労働者の高齢化などに伴いバックパッカーや生活保護受給者の街となりつつあります。

山谷から出られずに高齢化し、孤立してしまった人も多いことから、山谷は「都市型限界集落」とも呼ばれ、孤独死を迎える高齢者が後をたたないことも問題となっています。

第2位・日本三大スラム街の1つ横浜寿町

横浜にある寿町も日本三大スラム街の1つにカウントされます。寿町がドヤ街になったのは、1950年の朝鮮戦争勃発に伴い労働者が押し寄せたことがきっかけでした。

現在はホームレスの数は少なくなり、山谷と同じくバックパッカーご用達の街となりつつありますが、日雇い労働者の募集は現在でも継続しているようです。

また白昼堂々違法賭博が行われ、ヤクザが闊歩し高級車が路上に停車しているなど、変わりつつあると言っても横浜寿町が特殊な街である名残は今も色濃く残っているようです。

横浜市にありながら発展から取り残されてしまった寿町は、湾岸労働の需要が減ったことから現在では高齢化が急速に進んでいるといいます。

2019年に行われた国勢調査によると、寿町の簡易宿泊所を居住地とする人の半数以上が65歳以上の高齢者であり、うち95%以上もの人が生活保護を受給していることが明らかになっています。

さらに全住民のうち小学生以下の人口は1%に満たないことも判明しており、現在の寿町は都市部とは思えない限界集落のような状態になっているのです。

第1位・日本で唯一暴動が起きる大阪府西成あいりん地区

阪府大阪市西成区の北部に位置するあいりん地区(釜ヶ崎、西成)は、2000年代に入ってもなお暴動が起こるという治安悪さから「日本で一番危険な町」と称されることも多い場所です。

あべのハルカスのある天王町駅からも電車で2分と近い場所にありながら、あいりん地区の三角公園には終戦直後のようなブルーシートの小屋が立ち並びます。

周辺には日雇い労働者が利用する簡易宿泊所も多く、2007年にリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害した市橋達也受刑者が一時期身を隠していたことなどから、犯罪者の潜伏場所としても知られるようになりました。

現在でも数は減ったとはいえ道路上でよくわからない薬品や児童ポルノなどの違法アダルトビデオが売られていたり、日本国内とは思えないような姿を見せているあいりん地区。

近年はYouTuberが多く訪れて撮影をしていますが、面白半分で足を踏み入れる、無暗に地区内を撮影するなどすれば住民から恫喝されるなど、トラブルになる可能性があります。

ちなみに西成区の他の地区は普通の住宅街であり、治安に問題があるわけではありません。西成区=あいりん地区というわけではないので、注意してください。

ランキングベスト3の日本三大スラム街で起きた事件

スラム街と呼ばれた街も治安が改善したり、別の街としての一面を持ち始めているのは前述の通りです。しかし、未だに治安が悪いというイメージも健在です。

実際にスラム街と呼ばれる街で何かしら事件は発生したのでしょうか。

山谷争議団事件

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ランキング3位に入った東京山谷では日雇い労働者に仕事を斡旋し給与をピンハネする暴力団とそれを良しとしない左翼系組織山谷争議団が対立していました。

1983年には暴力団と争議団の間で乱闘が発生。逮捕者7名を出しました。その後も争議団・暴力団の間で睨み合い及び衝突が繰り返されます。

1984年には映画監督の佐藤満男が刺殺。86年には争議団幹部が銃殺されました。また一連の事件を受けて、警察と争議団との衝突も発生しています。

西成暴動

日本で唯一暴動が起きるあいりん地区では暴動が初めて発生したのは1961年のことでした。暴動の発端となったのは、日雇い労働者とタクシーの事故の事故処理を巡ってのことです。

その後もたびたび暴動が起きていますが、1970年代になるとあいりん地区に新左翼団体が侵入し日雇い労働者を扇動するようになりました。

現在まででのべ24回もの暴動があいりん地区では発生しています。しかし、2008年の暴動を最後に10年以上暴動は発生していません。

寿町16歳少女死亡事件

2015年9月10日には寿町にある簡易宿泊所内で当時16歳だった少女が死亡しているのが発見されニュースになりました。少女の死因は窒息死とされます。

少女の着衣に乱れた形跡などはなく、警察は同部屋に宿泊していた当時36歳の男を逮捕しています。

逮捕に際し男は「目覚めたら死んでいた」とのコメントを残しています。

日本スラム街に足を踏み入れた人達

Bindue / Pixabay

危険な噂が実しやかに囁かれる日本のスラム街。そんな場所に実際に足を踏み入れた方もいますので本項にて紹介いたします。

【動画】激辛ジョニー

激辛ジョニーさんは幾つかあいりん地区の潜入動画を投稿しており、あいりん地区にある激安自動販売機などの光景を公開しています。

また実際にあいりん地区の日雇い労働者の方にインタビューも行っており、生の労働者の声を届ける動画となっています。

【動画】EXIT JACK

EXIT JACKさんもまた幾つかの西成地区をテーマとした動画を投稿・配信しています。その内容は多岐に渡り、様々な方法で西成を巡っています。

また動画内においても、実際の日雇い労働者の方と会話し西成の今を伝えているのが特徴です。

【動画】ほのねむちゃんねる

ほのかねむちゃんねるでは西成ではなく、山谷に潜入した際の動画を配信しています。

動画は前後編に分かれていますがさほど長い動画ではない為に手軽に見ることができ、山谷の住人との交流もしっかりと配信されています。

【動画】イカ子

西成の潜入動画がきっかけとなり、自身も実際に西成地区に潜入。動画を撮影したのがいか子さんであり、動画のみならずブログでも詳しく解説しております。

また単に西成地区への潜入だけに留まらず、ドヤに女性も宿泊することが出来るかなどの検証を行っているのもイカ子さんならではです。

【動画】サンセットスタジオTV

サンセットスタジオTVさんは日本一周写真旅の途中で立ち寄った西成の潜入動画を投稿しています。

動画内では西成ならではの一杯200円の激安ラーメンを食しており、それに関する詳しい感想や街を散策する様子などを楽しむことができます。

【動画】生きざまTV

こちらの動画では、実際に投稿者さんがあいりん地区で日雇い労働に参加したうえ、簡易宿泊所に滞在する様子を収めています。

もちろん仕事中の様子を見ることはできないのですが、どのような仕事内容でいくらもらったといった情報をまとめて紹介しているため、どのような求人があるのかリアルな情報がわかっておすすめです。

また、この動画が他の動画と一線を画しているのが、簡易宿泊所の内部を撮影しているところです。ホラー映画かと思うような共同風呂の様子には寒気すら感じます。

やばい噂を検証したロカフレ

西成区の学校に勤める教師と西成区元住民と共に西成区の探索を行ったのはロカフレ。土地勘のある2人が案内する形で西成地区をレポートしています。

変わりつつある西成区の様子に加えて、まだまだ日本では西成区出身ということであらぬ偏見を受けてしまうことなどが語られています。

怖すぎる!海外のスラム街も紹介!

Herm / Pixabay

ここまで日本国内のスラム街と呼ばれる街にスポットを当てて紹介して参りました。しかし、当然ながら日本国外にもスラム街は存在しています。

日本のスラム街よりも遥かに危険である海外のスラム街。一体どのようなものがあるのでしょうか?

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