山口百恵の生い立ちと引退、三浦友和との結婚、そして現在何をしているの? 女優

山口百恵の生い立ちと引退、三浦友和との結婚、そして現在何をしているの?

山口百恵と聞いてわからない人も増えている平成の時代、夫や子供たちの名前を挙げたらわかる人も多いのではないでしょうか。平成が終わる時期に昭和の大スターだった山口百恵さんの軌跡と家族、そして今を取り上げ昭和を懐かしみたいと思います。

山口百恵は引退している!!その後は⁈

平成生まれの子どもたちは「山口百恵」と聞いてもわからないのではないでしょうか。昭和を過ごした者にとっては「昭和の大スター」であり、デビューが1973年、引退が1980年の7年の歌手・俳優人生でした。結婚相手は三浦友和さん、子供達は三浦祐太朗さん、三浦貴大さん、引退・結婚後に公の場に一切出ていません。

山口百恵生い立ちとは⁈

出生:東京都渋谷区1959年1月17日生れ、幼少期を神奈川県横浜市、小学生から中学生まで横須賀市で過ごす。小学校は横須賀市立鶴久保小学校を卒業し、中学校は横須賀市立不入斗中学校卒業、高校は東京都目黒区目黒にある私立高校である日出高等学校に入学・卒業をしています。

山口百恵の生い立ち デビュー前って⁈

山口百恵さんの家族などは非公表のため記載できません。ただ、デビュー前の中学校2.3年の時にオーディション番組「スター誕生!」に応募、選考を通り、準優勝、20社からの指名を受ける。応募のきっかけは同い年の森昌子さんがテレビで活躍するのを見て「自分も森昌子さんのように活躍したい」と思ったこと。

山口百恵の生い立ち 家族は⁈

山口百恵さんはあまり家族の話をしてません。しかし、自叙伝「蒼の時」には父親のことについて「私には父親はいません」ときっぱり言っています。その理由は父と母との関係で、母は愛人であったようで毎週日曜日のみに現れる父の姿と経済援助をあまりしなかった人であることがわかっています。

山口百恵の生い立ち デビューに込められた思いって⁈

家族関係から家の経済状態はあまり良くなく、兄弟もいたこと、母を助けるために自分ができることを考えて芸能界に入ったのではないでしょうか。実際にスターとなった後、母を助けていますが、父からはお金を無心され親権の裁判まで起こされお金で解決するしかなかったようで、自叙伝にある言葉が出て来たかもしれません。

歌手 山口百恵 引退まで!!

1973年4月映画「としごろ」で同名のデビュー曲で歌手デビュー、セールス的には期待以下だったためイメージ転換を図り、第二弾「青い果実」では大胆な歌詞を唄わせる路線に変え、第三弾の「ひと夏の経験」で花開くことになりました。この歌詞や唄い方で山口百恵の歌手としてのイメージ「大人びた少女」が定着する。

歌手として引退までのセールス

デビューから引退までの歌手としては、シングル31作の累計1630万枚、LP45作の累計450万枚、1970年代で一番売れた歌手であり、オリコン1位は「冬の色」「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「夢先案内人」、これ以外での代表曲はセールス100万枚以上を売り上げた、作詞作曲谷村新司「いい日旅立ち」である。

俳優 山口百恵 引退まで!!

1973年4月映画「としごろ」で映画デビュー、その後映画出演は13作、テレビ出演は15作、その中で映画作品の代表作は三浦友和さんとの共演「伊豆の踊子」、テレビドラマの代表作は宇津井健さんとの親子役での「赤いシリーズ」となっています。最後の映画は1980年の「古都」、テレビは同年11月の「赤い死線」である。

一人の女性 山口百恵 引退まで!!

1973年の映画・歌手のデビューから引退まで約7年程度、一気にスターダムを駆け上がった山口百恵さん。年齢的にも14歳から21歳までの間で引退となりましたが、家族を養うためには芸能界入りし、その中で色々な誘惑もあったようで、郷ひろみもその一人、「電場番号を渡したけど相手にされなかった」と言われています。

山口百恵の引退と結婚とは⁈

山口百恵さんが結婚を意識し付き合った男性は映画「伊豆の踊子」で共演をしていた三浦友和さん。そのため、当時所属していたホリプロはゴシップと引退は当然反対であり、社長と確執があったようで独立騒動も持ち上がったほどでした。

引退まで

1979年10月20日大阪厚生年金会館のリサイタルで突如「私が好きな人は、三浦友和さんです」と発表、その後、三浦さんも記者会見で「婚を前提にして付き合っています」と語り事実を認める。翌1980年3月7日婚約会見、引退を発表しました。

山口百恵の引退コンサート!!

このように結婚・引退が発表され、引退までの間にレコードのリリース、公演が発表され、最後コンサートは1980年10月5日日本武道館で行われたコンサートであり、最後の「マイクを置いてステージを去る」演出は今も使われるほど有名になりました。

引退前のテレビ出演

引退公演の翌日10月6日にはフジテレビ「夜のヒットパスタジオ」に出演、歌手として最後のテレビ出演は10月13日の日本テレビ「NTV紅白歌のベストテン」、芸能人としての最後の出演は10月15日の引退会見とその姿を映したテレビ朝日の「水曜スペシャル特番 山口百恵 今夜 旅立ち!」となりました。

三浦友和の生い立ちとは?

1952年1月28日生れ、山梨県今の甲州市出身、本名:三浦稔(みうら みのる)、警察官であった父を持ち退職後東京都に引っ越す、その後立川市に転居し、東京都立日野高等学校に進学し、忌野清志郎と出会う。忌野清志郎の音楽の影響で大学進学を辞め芸能界に入る。

三浦友和の俳優としては?

デビューはTBS「シークレット戦隊」、共演した宇津井健が同ドラマプロヂューサー野添和子の和を取って芸名「友和」を付けたとのこと。二枚目俳優として数々の映画ドラマに出演し、特に70年代後半の山口百恵と共演した作品では人気を博す。その後、山口百恵と結婚、二人の子供を授かる。

結婚後の三浦友和

結婚後はNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で伊達成実役を演じ好評を得る。1984年の東映映画「天国の駅 HEAVEN STATION」では、主役の吉永小百合の運命を狂わせる悪徳警察官を演じ、それまで多かった好青年のイメージから脱却している。今ではコミカルな役柄からヤクザ、老年の役までこなす俳優として評価を得ている。

山口百恵と三浦友和二人の子供の生い立ち

山口百恵さんと三浦友和さんは二人の子供を授かっています。1984年4月30日生れ三浦祐太朗さん、1985年11月10日生れ三浦貴大さん、山口百恵さんは結婚後、公の場に出ず子育てに専念し、夫の俳優業、子供の送り迎えと学校行事にと過ごしてきました。

プライベートの侵害とマスメディアとの関係

70年代スターとして活躍した山口百恵さん、引退・結婚後公の場に出なかったこともあり、執拗にマスメディアに追われ家庭内・子供との行事の姿など今でも問われるプライバシー侵害を数多く受けてきました。具体的なこととして

プライバシーを大幅に侵害したマスメディア①

「自宅の中まで撮影し報道した」これはカメラマンが無理やり自宅周辺に陣取り撮影、視聴者や購読者が興味をあるとは言え行き過ぎであり、報道したテレビではコメンテーターが容認するような発言をしたことでも有名。

プライバシーを大幅に侵害したマスメディア②

子供の送り迎えに自動車が必要になったため自動車教習所で受講していただけで、教習所の周りにカメラマン・報道関係者が大勢集まり撮影をした。このことに三浦さんは憤慨、人権擁護局に訴え認められる。そのことで報道各社は立ち去ったと伝えられる。

プライバシーを大幅に侵害したマスメディア③

子供たちの入学式出席に行こうとしたがマスメディアが大挙して小学校に押し寄せ、人権擁護局に訴えるも却下される。そのため自宅から強行突破しようとしてカメラマンと押し問答となり、百恵さんがカメラマンに平手打ちをする。

山口百恵のプライバシーとは?

山口百恵さんはデビューも引退も鮮烈なイメージがあったがゆえに数年を経てもマスメディアや報道関係者が「視聴者購読者が興味を持っている」と説明する理由はわかります。しかし、完全に引退し、家庭や子供の人権の侵害まで行く時点で怖さも覚え、同じ時代を生きた者たちとして敬意を持つべきだと感じずにはいられません。

家族と自分を貫いた山口百恵とは?

現在ではSNSなどで発信は可能ですが、当時はマスメディア報道のみが発信場所であったため、ここまで侵害された場合、マスメディアを使って反論・世間に訴えるなどの行動しかありませんでした。しかし、それもせず家族を守ろうとした百恵さんの思いは何だったのでしょうか?

山口百恵さんの思いを考える

多くの役者さんや歌手の方々は光を浴びた世界に未練があり、復帰話に乗って復活することも多いようですが、ここまで出てこないのは古くは原節子さんなど限られた人であり、この中に百恵さんもいます。思うに光の当たる世界はあくまでも生きるため、生活のために芸能界入りをしたなら未練はないしょう。

また、父親と母親との関係が恋愛ではなく従属関係であったならば百恵さんが思い描く家庭を作りたい、家族を守りたいと思う気持ちが非常に強く、夫三浦さんにプライバシーが脅かされる生活に「私は、これ以上芸能界にいたことを後悔したくない」と漏らしたという。つまり、引退後そっとしてあげてたら変わったかもしれません。

山口百恵の現在

引退をしたのが1980年今から38年も前になり、この間、公の場に出てきたのは中条静夫さんの葬儀の一回であり、コンサートや紅白での復帰話も多数持ち込まれたようですが、基本的に受けていないようで今後も静かに過ごすことを選ばれると思います。

最後に

山口百恵さんの現役を知る世代も減りましたが、夫三浦友和さんと子供たちが元気に活躍する姿を見て、また、懐かしの映像や歌からスターだった時代を懐かしむこともありますが、子供たちが結婚し孫が生まれた時には面倒見の良い祖母になるのではないかと勝手に想像しています。